学位論文要旨



No 124841
著者(漢字) 古木名,和枝
著者(英字)
著者(カナ) コギナ,カズエ
標題(和) タクロリムスによる制御性T細胞の分裂に対する影響
標題(洋)
報告番号 124841
報告番号 甲24841
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3261号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 准教授 田村,智彦
 東京大学 准教授 田中,栄
内容要旨 要旨を表示する

タクロリムス(FK506)は、1984年茨城県つくば市の土壌から分離された放線菌Streptomyces tsukubaensisの代謝産物から精製された免疫抑制剤である。当初リンパ球混合培養反応抑制物質として発見されたが、後にIL-2産生抑制などT細胞が関与する免疫反応を広く抑制することが分かり、シクロスポリンと同様のT細胞をターゲットとしたカルシニューリン阻害薬として、現在では、臓器移植患者のみならず関節リウマチ患者を含む多くの自己免疫疾患患者に使用されるようになっている。

タクロリムスはT細胞の活性を抑制することで、その免疫抑制効果を発揮する。T細胞ではT細胞レセプター(TCR)からの活性化シグナルにより、細胞内のCa(2+)濃度が上昇し、カルシニューリンと呼ばれる脱リン酸化酵素が活性化される。そして活性化されたカルシニューリンにより細胞質内のNFATが脱リン酸化され活性型となることで、核内への移行が可能となり、MAPK経路により誘導されたAP-1と会合しIL-2など種々のサイトカインの転写因子として働き、T細胞の活性化を促す。タクロリムスはそのイムノフィリンとして知られているFKBPと複合体を形成することでカルシニューリンに結合し、カルシニューリンの活性化を阻害する。これによりNFATの脱リン酸化が妨げられ、NFATの細胞内移行や、それに引き続いて起こる様々な遺伝子の転写が抑制される。その結果、タクロリムスはT細胞の重要な成長因子であるIL-2を含む様々なサイトカイン遺伝子の発現を低下させ、T細胞活性を阻害する。最近の研究では、タクロリムスがin vitroでT細胞のアナジーを誘導するという報告もあるが、タクロリムスによる免疫抑制機能の重要なメカニズムは未だ明らかになっていない。

関節リウマチは、多発関節炎を主徴とした全身性の炎症性疾患であり、病因の一つとしてT細胞の異常が言われている。炎症性T細胞として重要視されているTh17細胞が関節炎局所に集積、マクロファージ・線維芽細胞からの炎症性サイトカインの誘導や破骨細胞を誘導し、骨破壊を促す。これと対極にあり、エフェクターT細胞の抑制作用を持つのが制御性T細胞であり、この細胞も炎症局所に存在し、炎症を沈静化する方向に働くといわれている。近年、この制御性T細胞が、免疫機構の制御や抑制に重要な役割を担うT細胞サブセットとして注目されてきた。この制御性T細胞に特異性の高いマーカーとして、転写因子であるFoxp3が同定され、この遺伝子が制御性T細胞の分化や維持に重要であることが分かってきた。タクロリムスの制御性T細胞に対する影響は未だ明らかになっていないが、我々はタクロリムスがエフェクターT細胞の活性を低下させるだけでなく、制御性T細胞の増殖能を促進することにより、免疫抑制効果を発揮する可能性を考えた。

今回我々は、タクロリムスがCD4陽性T細胞のうち特に制御性T細胞に対しどのような影響を及ぼすのか検討し、タクロリムスによる免疫抑制のメカニズムについて考察した。

まず、in vitroでタクロリムスを経口投与時の至適血中濃度と同濃度でマウスCD4陽性細胞に添加し細胞培養を行った。タクロリムス存在下で、エフェクターT細胞の増殖は著しく抑制されるのに対し、制御性T細胞の増殖は抑えられるもののエフェクターT細胞と比較し抑制の程度は弱く、その増殖能はタクロリムス存在下でも保たれていることが分かった。つまり、in vitroにおいて、マウス制御性T細胞はタクロリムスによる分裂抑制を受けにくいと考えられた。

また、最近の研究で、末梢組織中あるいはvitro培養下で、CD4+Foxp3-細胞のCD4+Foxp3+細胞へのcell conversionが観察されることが報告されていることから、タクロリムス存在下で分裂したFoxp3+細胞の一部に、Foxp3-細胞からcell conversionしたFoxp3+細胞が含まれている可能性についても検討したが、タクロリムスによるエフェクターT細胞から制御性T細胞へのcell conversionは殆ど見られなかった。このことから、Foxp3+細胞とFoxp3-細胞それぞれの細胞群でのタクロリムス添加による分裂細胞の割合の変化の違いは、制御性T細胞へのcell conversionに起因するものではないと考えられた。

次に、in vitroにおけるヒト末梢血中のCD4陽性T細胞の分裂に対するタクロリムスの影響についても検討した。タクロリムス存在下で、CD4+Foxp3-細胞中の分裂細胞の割合は明らかに減少傾向を示したが、CD4+Foxp3+細胞中の分裂細胞の割合はタクロリムス存在下でも保たれ、さらに増強する傾向もみられた。このように、タクロリムスの細胞分裂に対する影響は、マウス、ヒト両者とも、制御性T細胞とエフェクターT細胞で異なっており、この2つのCD4陽性T細胞サブセットに対するタクロリムスの作用の違いが、炎症局所での制御性T細胞とエフェクターT細胞のバランスを変化させる可能性や、さらにタクロリムスの免疫抑制効果の重要なメカニズムの説明の一つとなる可能性も示唆された。

ここで、タクロリムスがどのようなメカニズムで細胞増殖を制御しているのかを調べるため、タクロリムスによって誘導されるヒト制御性T細胞における遺伝子発現の変化を検討した。我々は、TCRシグナル関連遺伝子に注目し、特にFoxp3がプロモーター領域につくことで発現を直接コントロールしていることが報告されている遺伝子について解析した。この内の一つであるProtein tyrosine phosphatase N22(PTPN22)は、T細胞内において、Cskと会合し、TCRシグナルを伝達するカスケードの上流分子であるZAP70やLckを脱リン酸化することで、T細胞内の活性化シグナルを抑制的に制御している。PTPN22(C1858T)SNPは関節リウマチや全身性エリテマトーデス、1型糖尿病、Graves病の発症と関係しており、PTPN22遺伝子は複数の自己免疫疾患に関連した原因遺伝子であることが知られている。また、IL-2 inducible T cell kinase(Itk)は、TCRの刺激に応答し、PLC-γ1のリン酸化を介して細胞内へのCaイオン導入を促し、T細胞活性化に関わる転写因子の活性化をもたらす。これら2つのTCRシグナル関連遺伝子は、Foxp3がプロモーター領域につくことで発現がコントロールされることが知られている。タクロリムス存在下で培養した制御性T細胞のPTPN22、Itkの発現をm-RNAレベルでそれぞれ調べたところ、タクロリムス存在下では、制御性T細胞におけるPTPN22の発現は減少し、Itkの発現は上昇することが分かった。すなわち、タクロリムスの免疫抑制効果は、制御性T細胞におけるPTPN22発現を抑制し、Itk発現を亢進することに起因し、これらの遺伝子プロファイルの変化は、エフェクターT細胞と比較し制御性T細胞の増殖阻害が減弱することに繋がっていると考えられた。最近の研究で、関節リウマチなどの自己免疫疾患の発症に関係するPTPN22遺伝子の変異はT細胞内でPTPN22のフォスファターゼ活性を上昇させ、機能を亢進させる変異であることが明らかになっているが、タクロリムスによるPTPN22発現の抑制が、この遺伝子変異によるPTPN22の機能亢進を正常な方向に修正する働きを担っている可能性も示唆された。

さらに、in vivoでも制御性T細胞の実数に対してタクロリムスが影響するのかどうか調べるため、マウスにタクロリムスを内服させ、異なる臓器中のCD4陽性T細胞数の変化を分析した。タクロリムスを7日間内服させたマウスの末梢リンパ臓器中のCD4+CD25-CD45RB(int.)エフェクターT細胞、CD4+CD25+制御性T細胞の数は、いずれも著明に減少していた。この結果は、移植患者に対するカルシニューリン阻害薬の投与がCD4+CD25+Foxp3+制御性T細胞の割合を減少させたという過去の報告と一致した結果であった。このin vivoにおける制御性T細胞数の減少は、タクロリムスによるエフェクターT細胞からのIL-2産生の低下に関係しているのかもしれない。タクロリムスが生体内の制御性T細胞数の維持に関連しないということは、炎症局所における制御性T細胞の抗原特異的な増殖を促進する効果がタクロリムスの作用機序として重要であるということも推測された。さらに、コラーゲン誘導性関節炎(CIA)マウス生体内におけるCD4陽性T細胞の分布に、タクロリムスが影響するかどうか調べた。これにより、タクロリムスに曝露されたCD4陽性T細胞の分布は、CIAマウス中で末梢臓器から脾臓へシフトすることが分かった。従って、in vivoにおいて、タクロリムスはエフェクターT細胞、制御性T細胞とも、末梢プールへの分布を減少させることが示唆された。

以上の検討より、タクロリムスは、制御性T細胞とエフェクターT細胞の2つのCD4陽性T細胞サブセットに対して、in vitroでのTCRシグナル誘導性の細胞分裂に異なる作用を示すと考えられた。特に、ヒトCD4陽性T細胞においては、タクロリムスにより制御性T細胞の分裂は促進される傾向さえ見られた。制御性T細胞ではTCR関連遺伝子であるPTPN22とItkの発現がタクロリムスによって修飾され、このことがタクロリムス存在下での制御性T細胞の分裂促進に繋がると考えられた。これらの結果から、炎症局所における免疫制御にタクロリムスが重要な役割を果たすことが示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は関節リウマチ等の自己免疫疾患や移植患者に対する免疫抑制剤として効果の知られているタクロリムス(FK506)のCD4陽性T細胞、特に制御性T細胞に与える影響を明らかにするため、タクロリムス存在下でのマウスやヒトCD4陽性T細胞分裂の変化や、制御性T細胞のシグナル遺伝子に対するタクロリムスの作用の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. in vitroでタクロリムスを経口投与時の至適血中濃度と同濃度でマウスCD4陽性細胞に添加し細胞培養を行った結果、タクロリムス存在下ではCD4+Foxp3-細胞の分裂は著しく抑制されるのに対し、CD4+Foxp3+細胞に対するタクロリムスの分裂抑制効果はCD4+Foxp3-細胞と比較して弱く、CD4+Foxp3+細胞の増殖能はタクロリムス存在下でも保たれていることが分かった。すなわち、in vitroにおいてマウスCD4+Foxp3+細胞はタクロリムスによる分裂抑制の効果を受けにくいことが示された。

2. タクロリムスがFoxp3-細胞のFoxp3+細胞へのcell conversionに影響するか検討したところ、タクロリムスによるFoxp3-細胞からFoxp3+細胞へのcell conversionは殆ど見られなかった。この結果から、タクロリムス存在下で分裂したFoxp3+細胞に、Foxp3-細胞からcell conversionしたFoxp3+細胞が含まれている可能性は低く、Foxp3+細胞とFoxp3-細胞それぞれの細胞群におけるタクロリムス添加による分裂細胞の割合の変化の違いは、Foxp3+細胞へのcell conversionに起因するものではないことが示された。

3. ヒト末梢血中のCD4陽性T細胞の分裂に対するタクロリムスの影響についてin vitroで検討した結果、タクロリムス存在下ではCD4+Foxp3-細胞中の分裂細胞の割合は明らかに減少傾向を示したが、CD4+Foxp3+細胞中の分裂細胞の割合はタクロリムス存在下でも保たれ、さらに増強する傾向が明らかになった。

4. Foxp3がプロモーター領域につくことで発現を直接コントロールすることが報告されているシグナル遺伝子に対するタクロリムスの影響をmRNAレベルの発現で解析した結果、タクロリムス存在下で制御性T細胞におけるPTPN22の発現は減少し、Itkの発現は上昇することが示された。すなわち、タクロリムスの免疫抑制効果は、制御性T細胞におけるPTPN22発現を抑制し、Itk発現を亢進することに起因し、これらの遺伝子プロファイルの変化はエフェクターT細胞と比較し制御性T細胞の増殖阻害が減弱することに繋がっていると考えられた。また、関節リウマチなどの自己免疫疾患の発症に関係するPTPN22遺伝子の変異に対して、タクロリムスによるPTPN22発現の抑制が、この遺伝子変異によるPTPN22の機能亢進を正常な方向に修正する働きを担っている可能性も示唆された。

5. タクロリムスを7日間内服させたマウスの末梢リンパ臓器中のエフェクターT細胞、制御性T細胞の数は、いずれも著明に減少することが示された。この結果からタクロリムスが生体内の制御性T細胞数の維持に関連しないことが示唆され、炎症局所における制御性T細胞の抗原特異的な増殖を促進する効果がタクロリムスの免疫抑制作用機序として重要であるが推測された。さらに、コラーゲン誘導性関節炎(CIA)マウス生体内におけるCD4陽性T細胞の分布に対するタクロリムスの影響を検討した結果、タクロリムスに曝露されたCD4陽性T細胞の分布は、CIAマウス内で末梢臓器から脾臓へシフトすることが示された。

以上、本論文はタクロリムスの制御性T細胞に与える影響に着目し、タクロリムスがエフェクターT細胞と制御性T細胞の2つのCD4陽性T細胞サブセットに対して、in vitroでのTCRシグナル誘導性の細胞分裂に異なる作用を示すことを明らかにした。このことは、タクロリムスの作用機序として今まで知られていなかった点であり、本研究の重要な新規発見であると考えられる。また、この研究を通してT細胞の増殖についての新たな側面が明らかとなった点も重要である。本論文の成果はこれまで未知であったタクロリムスの免疫抑制のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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