学位論文要旨



No 124842
著者(漢字) 小林,正稔
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,マサトシ
標題(和) 肥満・糖尿病におけるWilms' tumor 1-associating proteinの役割の解明
標題(洋)
報告番号 124842
報告番号 甲24842
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3262号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 講師 野田,泰子
内容要旨 要旨を表示する

肥満・糖尿病の発症・増悪過程においては、高血糖の増悪に先行して膵β細胞が代償性に増殖し、高インスリン血症による代償が生じるが、その代償性機構の破綻が2型糖尿病発症原因の一つと考えられている。従ってこの代償機構の破綻のメカニズムを明らかにし、これを防ぐことができれば新規の2型糖尿病の治療につながるものと期待される。そこで我々のグループでは、インスリン抵抗性下における膵βの代償性増殖機構に関与する分子を同定することを目的として、インスリン抵抗性マウスモデルの膵島細胞における網羅的発現解析を施行したところ、細胞周期調節因子の一つであるCyclin A2が上昇することを見出した。

細胞周期関連因子と疾患の関連は、腫瘍や発生、老化に関係する研究ばかりでなく、肥満・糖尿病に関するものも数多く報告されている。特に膵β細胞の増殖障害は糖尿病の主要な原因となると考えられるため、Cyclin D1、CyclinD2、Cdk4、p21(Cip1)などの多くの報告がある。また脂肪細胞についても、Cyclin D1、Cyclin D3、Cdk4などがPPARyの転写活性調節を介して脂肪細胞分化にかかわるということばかりでなく、p21(Cip1)、p27(Kip1)、Skp2などが脂肪細胞の数の制御に関わるということが近年明らかになってきた。

我々が着目したCyclin Aは、細胞周期においてサイクリン依存性キナーゼCDK2、CDK1と複合体を形成し、G1/S, G2/Mの移行に働くとされる。Cyclin A1は生殖系列に特異的に発現するのに対し、Cyclin A2は体細胞で発現している。全身のCyclin A2ホモノックアウトマウスは、着床前胚盤胞後期までは発育するものの胎生5.5日以降に致死となり、成体のヘテロ欠損マウスの詳細な表現型は報告されていない。膵β細胞においてCyclin Aが果たす機能の報告は多くなく、膵β細胞特異的ノックアウト動物の表現型も報告されていない。そしてCyclin A2が脂肪細胞や、肝臓・骨格筋などのインスリン感受性臓器に作用して、肥満・糖尿病の病態に関与するという報告は未だない。

一方、一方Wilms' tumor 1-associating protein(Wtap)がCyclin A2の制御因子として働くということがHoriuchiらにより近年報告された。WtapはCyclin A2のmRNAの3'-UTRの特異配列に結合し、mRNAの安定化に働く。従って、上述の如く細胞周期関連因子が一般に膵β細胞やインスリン感受性臓器で重要な働きを担っている場合が多いことを勘案すると、肥満およびインスリン抵抗性下における糖代謝変化に、細胞周期調節因子であるCyclin A2とその制御因子Wtapが関与する可能性も考えられる。

WtapはLittleらによりyeast-two-hybrid screen法を用いて、腫瘍抑制遺伝子産物でありまた泌尿生殖器系の発生に必須の因子であるWilms' tumor-1(WT-1)に結合する核蛋白として同定された。Horiuchiらはヒト臍帯静脈内皮細胞株(HUVEC)において、WtapのsiRNAによりCyclin A2蛋白が低下し、G2/M期で細胞周期回転が停滞しHUVECの増殖が抑制されするのに対し、アデノウイルスを用いたCyclin A2の回復により細胞周期回転の停滞が部分的に解除されることを報告し、そのメカニズムとしてWtapがCyclin A2のmRNAの3'-UTRの特異配列に結合し、mRNAの安定化に働くことを示した。さらにWtap欠損マウスの解析を行い、ホモ欠損マウスは、胎生6.5日には致死となり、これがCyclin A2ホモ欠損マウスの表現型と一致することを報告している。Wtapは全身にユビキタスに存在しており様々な臓器で働く可能性があるが、Wtapの機能は多くが未知のままで、Wtapヘテロ欠損マウスについての解析はほとんどなされておらず、糖代謝および肥満に関連する機能については全く報告されていない。さらにHoriuchiらによると、血管内皮細胞においてWtapをノックダウンした時に変化する遺伝子をマイクロアレイで解析すると、発現が低下した上位の遺伝子に細胞周期関連因子が多く認められるのに加えて、発現が上昇する遺伝子の上位には代謝・炎症・細胞接着にかかわる遺伝子が多く認められたと報告されている。

そこで我々は、本研究においてCyclin A2およびWtapが肥満および糖代謝に関与するという仮説をたて、肥満モデルマウスであるob/obマウスを用いて、膵島細胞および白色脂肪組織(WAT)のCyclin A2およびWtapの発現を検討した。するとob/obマウスの膵島細胞においてCyclin A2ならびにWtapの発現の増加を認めた。さらにWtapは白色脂肪組織においても発現が上昇していた。このことからWtapはCyclin A2とならんで、インスリン抵抗性下・高血糖下でおこる組織の細胞増殖・代謝変化に関わる可能性が示唆されたため、その機能を解析することにした。特にin vivoにおけるWtapの役割を明らかにするため、Wtapヘテロ欠損マウスの解析を中心に行った。

その結果、Wtapヘテロ欠損マウスは野生型に比し体重および体脂肪率が小さく、その差は高脂肪食でより著明となった。またWtapヘテロ欠損マウスは高脂肪食で惹起される脂肪肝が著明に抑制されていた。現在までの解析ではWtapヘテロ欠損マウスの膵β細胞が減少している可能性は否定できなかったが少なくとも本実験の条件下においては耐糖能を悪化させる影響は認められず、Wtapヘテロ欠損マウスは野生型と比較してインスリン負荷試験においてインスリン感受性が高く、経口ブドウ糖負荷試験において良好な耐糖能を示した。そしてインスリンシグナル伝達試験により、肝臓および骨格筋においてインスリン受容体シグナル伝達が亢進(肝臓においてはインスリン受容体およびIRS-2の、骨格筋においてはIRS-1のチロシンリン酸化が亢進)していた。また血清脂質について検討すると、Wtapヘテロ欠損マウスは野生型と比較して、高脂肪食下で中性脂肪・総コレステロールおよび遊離脂肪酸(FFA)が有意に低値であった。次に、肥満によるインスリン抵抗性増大のメカニズムとして、脂肪細胞の肥大化により、インスリン抵抗性を惹起するアディポカインが増加する一方、インスリン感受性を改善させるアディポカインが減少することが近年明らかになってきているため、脂肪組織の組織学的解析および血中アディポカインの解析を行った。するとWtapヘテロ欠損マウスの脂肪細胞は、普通食下および高脂肪食下ともに野生型と比較して有意に小型であった。そして血中のアディポカインにおいては、糖代謝改善作用をもつアディポネクチン値には有意差を認めず、高脂肪食下でのmonocyte chemoattractant protein-1(MCP-1)の血中レベルの上昇が有意に抑制されていた。脂肪組織からのMCP-1によりマクロファージが脂肪組織に集積して、脂肪組織での炎症をもたらすことが肥満によるインスリン抵抗性惹起の一因となることが近年明らかになっているため、Wtapヘテロ欠損マウスの脂肪組織におけるマクロファージについて検討した。すると、高脂肪食を負荷したWtapヘテロ欠損マウスのWATにおいて、免疫組織化学によりマクロファージ特異的分子マーカーF4/80の陽性細胞数が野生型と比較して有意に抑制されており、別のマクロファージ特異マーカーであるCD68、MMP-12の発現も有意な低下を認め、マクロファージの脂肪組織への浸潤が低下していることが示唆された。また近年、肝臓におけるマクロファージも肝細胞に影響を与えることにより糖代謝に影響を与えうることが報告されているため、Wtapヘテロ欠損マウスの肝臓について解析したところ、高脂肪食負荷により野生型マウスの肝臓では免疫組織化学でF4/80陽性細胞が多数認められるのに対して、Wtapヘテロ欠損マウスの肝臓ではこれが有意に抑制されており、CD68およびMMP-12の発現も有意な低下を認め、MCP-1の発現も有意に低下していた。また、マクロファージ由来と考えられるサイトカインであるTNFα、IL-1βの発現も有意に低下していた。

以上の結果から、Wtap欠損マウスは、脂肪細胞の小型化、脂肪組織へのマクロファージ浸潤の抑制、血中MCP-1およびFFA濃度の低下、肝臓における脂肪蓄積の抑制と肝臓マクロファージ特異マーカーの減少が少なくともその原因の一部となって、肥満への抵抗性およびインスリン感受性の亢進を呈したと考えられた。

本研究は、新規の肥満・糖尿病の増悪因子候補としてWtapを見出した。またWtapが肥満・糖代謝に関わりうるということを初めて示した。Wtapがいかなる分子メカニズムによって、これら脂肪細胞、肝臓、マクロファージに影響するかは現時点では明らかではないが、Wtapの作用機構や制御機構を明らかにし、特異性のあるWtapの阻害薬あるいはWtapの標的因子への阻害薬が見いだせれば、より有望な抗肥満・抗糖尿病薬の創薬へつながるものと期待され、今後の研究の発展が望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、インスリン抵抗性下において膵島細胞の代償性増殖にはたらく因子の網羅的発現解析でCyclin A2を見出したことを契機とし、Cyclin A2の制御因子の一つとして近年報告されたWilms' tumor 1-associating protein(Wtap)に着目し、これらの因子の肥満・糖尿病への関わりについて、肥満モデルマウスおよびWtap遺伝子改変マウスを用いて、膵島細胞、脂肪組織、肝臓、骨格筋などの糖代謝臓器における解析を行い、以下の結果を得ている。

1.肥満モデルマウスであるob/obマウスの膵島細胞においてCyclin A2ならびにWtapの発現の増加を認め、さらにWtapは白色脂肪組織(WAT)においても発現が上昇していた。

2.Wtapヘテロ欠損マウスは野生型に比し体重および体脂肪率が小さく、その差は高脂肪食でより著明であった。またWtapヘテロ欠損マウスは高脂肪食で惹起される脂肪肝が著明に抑制されていた。

3.現在までの解析ではWtapヘテロ欠損マウスの膵β細胞が減少している可能性は否定できなかったが少なくとも本実験の条件下においては耐糖能を悪化させる影響は認められず、Wtapヘテロ欠損マウスは野生型と比較してインスリン負荷試験においてインスリン感受性が高く、経口ブドウ糖負荷試験において良好な耐糖能を示した。

4.インスリンシグナル伝達試験を施行すると、Wtapヘテロ欠損マウスでは肝臓および骨格筋におけるインスリン受容体シグナル伝達の亢進が認められた。

5.Wtapヘテロ欠損マウスは、高脂肪食下で中性脂肪・総コレステロールおよび遊離脂肪酸(FFA)が野生型と比較して有意に低値であった。

6.Wtapヘテロ欠損マウスの脂肪細胞は、普通食下および高脂肪食下ともに野生型と比較して有意に小型であった。

7.Wtapヘテロ欠損マウスは、高脂肪食下におけるmonocyte chemoattractant protein-1(MCP-1)の血中レベルの上昇が有意に抑制されていた。

8.高脂肪食を負荷したWtapヘテロ欠損マウスのWATにおいて、マクロファージ特異的分子マーカーF4/80の陽性細胞数が野生型と比較して有意に抑制されており、別のマクロファージ特異マーカーであるCD68、MMP-12の発現も有意な低下を認め、マクロファージの脂肪組織への浸潤の抑制が示唆された。

9.高脂肪食負荷により野生型マウスの肝臓ではF4/80陽性細胞が多数認められるのに対して、Wtapヘテロ欠損マウスの肝臓ではこれが有意に抑制されており、CD68およびMMP-12の発現も有意な低下を認めた。またMCP-1、TNFα、IL-1βの発現も有意に低下していた。

すなわち以上の結果から、Wtapヘテロ欠損マウスは肥満・糖尿病・脂肪肝に抵抗性であることが示された。さらにそのメカニズムの少なくとも一部として、脂肪細胞の小型化、脂肪組織へのマクロファージ浸潤の抑制、血中MCP-1およびFFA濃度の低下、肝臓における脂肪蓄積の抑制と肝臓マクロファージ特異マーカーの減少が寄与していることが示唆された。

この研究により、Wtapが肥満・糖代謝へ関与しうるすることが初めて明らかにされた。またこの研究は肥満・糖尿病の増悪因子候補として新たにWtapを見出したものでもあり、これらの研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられた。

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