学位論文要旨



No 124843
著者(漢字) 坂本,啓
著者(英字)
著者(カナ) サカモト,ケイ
標題(和) 消化管癌におけるNF-κBの活性化に関する検討
標題(洋)
報告番号 124843
報告番号 甲24843
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3263号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 准教授 田中,廣壽
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 特任准教授 小川,誠司
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

大腸癌はこれまで様々な治療法が開発されてきたにもかかわらず、先進国の癌関連死の原因で上位を占めている。近年、VEGFを標的とした化学療法が普及しつつあるが、治療耐性を示す症例は依然として多い。したがって、新たな治療標的を検索することは、有意義なことであると考えられる。

NF-κBは自然免疫、炎症反応など、様々な生体反応に関わる重要な因子である。NF-κB の活性が上昇しているという現象は、リンパ腫、白血病、悪性黒色腫、乳癌、膵臓癌、大腸癌など、様々な腫瘍細胞で報告されている。更に、NF-κBが活性化することで、細胞増殖の促進、抗アポトーシス効果の発現といった、抗癌治療に不利な要素が助長されることが報告されている。しかし、大腸癌において、NF-κB の活性が上昇することで及ぼされる影響は明らかにはなっていなかった。本研究では、NF-κBの活性の上昇が大腸癌細胞に対して果たす役割を、in vitro及びin vivoで検討し、更には、新たな大腸癌治療の標的分子となり得るかを検討した。

方法と結果

大腸癌の組織アレイを抗p65抗体の免疫染色により観察したところ、約40%の組織中で半数以上の腫瘍細胞における核の濃染が認められ、それらの組織ではNF-κBの活性が上昇していることが推測された。また、大腸癌細胞株についてはEMSAによる検索により、67%でNF-κBの活性上昇が確認された。

大腸癌におけるNF-κBの活性上昇の意義を調べるため、NF-κBシグナルの重要な因子であるIKK複合体に含まれるIKKγに着目し、その発現を低下させることによる影響を検討した。IKKγのsiRNA配列を含むプラスミドをトランスフェクションし、geneticin用いてコロニー化させることでstable knock-down細胞株(KD)を作成した。使用する細胞株として、上記EMSAにおいてNF-κBの活性上昇を強く認めた細胞株を選択した。KDではcontrolの細胞株にくらべて明らかにNF-κBの活性が抑制されていることが確認された。

In vitroでの検証では、controlとKDとはその増殖速度に優位な差は認められなかった。しかし、TNFαや5-FUで刺激を与えた場合、KDにおいて細胞死が増加する現象が認められた。

また、マイクロアレイによる分析の結果、KDでは数種のケモカイン、抗アポトーシス遺伝子などの転写活性が低下していることが確認された。これらの遺伝子は、NF-κBに制御されている遺伝子と考えられた。マイクロアレイにおいて転写の低下が検出された抗アポトーシス遺伝子についてreal-time PCRで再度検討したところ、実際にKDでの発現低下を認めた。また、実際にケモカインの分泌がKDにおいて低下しているか否かを、ケモカインアレイで判定したところ、IL-8、MCP-1、Groなどでの分泌低下が確認できた。更に、実際の大腸癌組織でIL-8やMCP-1が増加しているかを確認したところ、20検体中7検体でIL-8の増加が、また、6検体でMCP-1の増加が認められた。一方各癌組織の近傍の非癌部ではIL-8やMCP-1の上昇は認めなかった。大腸癌細胞株について同様に調べたところ、IL-8またはMCP-1の分泌が上昇している細胞株は9株中7株あり、IL-8の分泌が上昇していた株はNF-κBの活性上昇を認めた株であった。ControlとKDを比較したところ、IL-8、MCP-1共にcontrolからの分泌がKDに比べて亢進していた。

マイクロアレイやケモカインアレイで発現および分泌が低下を認めたケモカインについてはこれまで血管新生作用との関連が報告されていたため、controlおよびKDの培養液の上清を用いてhuman umbilical vein endothelial cells (HUVEC)を培養し、その血管新生能を評価した。HUVECの形態変化の程度(枝分かれ形成数)はKDの培養上清中ではcontrolの培養液の上清中に比べ、明らかに減少していることが確認された。また、IL-8とMCP-1のそれぞれの、もしくはその両方の分泌をsiRNAを用いて抑制し、その培養液の上清中でHUVECの形態変化を観察した。IL-8またはMCP-1どちらか一方、またはその両方の分泌抑制下では、形成される枝分かれ数はcontrolの培養液の上清中で認められた枝分かれ数よりも低下するものの、KDの場合で認められた枝分かれ数ほどの低下ではなかった。このことから、大腸癌におけるNF-κBのj活性上昇は、血管新生作用を促進する因子を癌細胞から分泌する働きがあることが示された。また、個々のケモカインを抑制するよりも、NF-κBの活性そのものを抑制する方が血管新生作用を効率的に阻害できることが示唆された。上記のcontrolとKDの血管新生作用の結果がin vivoで再現されるか検証するために、controlおよびKDの培養上清をゲル化し、円筒容器に注入したものをマウスの皮下に移植して検討した。移植後14日目で回収し、円筒内に誘導された血管量を比較したところ、controlの培養上清を注入した円筒内に多量の血管が誘導されていることが確認できた。

ヌードマウスの皮下にcontrol及びKDの細胞を移植し、in vivoにおける両者の違いを比較検討することとした。KDの腫瘍はcontrolの腫瘍に比べて成長が明らかに遅く、結果的にKDの腫瘍体積はcontrolの腫瘍体積の23%に抑制されていた。また、得られた腫瘍を免疫染色で比較した。抗von Willebrand因子抗体(血管内皮を染色)による染色では腫瘍内の血管はKDの腫瘍において明らかに減少していることが確認された。また、抗PCNA抗体による染色では細胞の活性がKDの腫瘍中ではcontrolの腫瘍中に比べ明らかに低下していることが確認された。抗p65抗体による染色では、controlの腫瘍中では腫瘍細胞の核の濃染が認められ、KDの腫瘍中では核の濃染はそれほど認めなかった。TUNEL染色による検討では、KDの腫瘍中で細胞死がcontrolの腫瘍中にくらべて増加していることが確認された。

In vitroでの検証から、KDの腫瘍は5-FUに対する良好な反応を示すと予測され、上述のヌードマウス担癌モデルにおいて5-FUを腹腔投与し、その腫瘍体積を測定した。Controlの腫瘍では腫瘍体積が5-FU投与群では非治療群に比べて約50%に抑制されたが、KDでは5-FU投与群の腫瘍体積はcontrolの5-FU非投与群の6%にまで抑制された。

結論

上記の結果から、大腸癌のNF-κBの活性上昇は生体内において、増殖促進効果、抗アポトーシス効果、血管新生能を助長しているものと考えられた。また、NF-κBを抑制することで抗腫瘍効果を発揮することが動物モデルで示され、5-FUを併用することで更に効果が増加することが確認された。

したがって、NF-κBは大腸癌に対する新たな治療標的分子の有力な候補となり得ると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は転写因子であるNuclear factor-kappaB (NF-kB)の活性上昇が消化管癌において果たす役割を明らかにするため、ヒト大腸癌細胞株及び大腸癌切除検体を用いて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.NF-kBの活性が上昇したヒト大腸癌細胞株を検索し、その活性をNF-kB シグナルの因子の一つであるIKKyのsiRNAを用いて抑制した細胞株 (以下KDと略) を作成した。In vitroではKDでは、元の細胞(以下controlと略)に比べ、TNFαおよび5FUの刺激により細胞死が誘導されやすくなっており、既報を支持する結果を得た。

2.controlとKDにおける転写遺伝子の違いをマイクロアレイを用いて検索し、IL-8などのケモカインの転写レベルがKDにおいて著明に抑制されている現象を見出した。また、実際のケモカインの分泌レベルをcontrol、KDで比較し、IL-8、Gro、MCP-1などがcontrolに比べてKDで低下する傾向にあることを示した。IL-8、MCP-1のレベルについては大腸癌切除検体においても検討し、それらケモカインレベルが癌組織においても非癌組織に比べて高レベルに検出されることがある(約30%)ことを示した。

3.controlが培養液中に放出する因子が血管新生作用を持ち、その作用はKDにおいて著明に抑制されることをHUVECを用いた実験により示した。また、controlおよびKDの培養液をゲル化してマウスの皮下に移植し、controlの群では、KD群に比べて著明に血管が誘導されることを明らかにした。血管新生因子として既報に見られるIL-8およびMCP-1の分泌がKDにおいて低下していたことから、in vitroでそれらのsiRNAを用いた実験で検討したが、IL-8またはMCP-1、もしくはその両方を抑制したいずれの場合にも、血管新生作用の低下はKDの上清で見られたレベルには達しなかった。この結果から、NF-kBの活性を抑制することで、個々の血管新生因子を抑制した場合より、効率的な血管新生抑制作用を期待できる可能性を示した。

4.ControlおよびKDをヌードマウスの皮下に移植し、経時的に腫瘍の体積を測定したところ、KDの腫瘍体積はcontrolの腫瘍体積に比べて有意に抑制されていた。また、腫瘍中の細胞死はKDの腫瘍において亢進し、腫瘍内の血管はKDにおいて抑制されていることが判明した(52日目で23%に抑制)。

5.ControlおよびKDのヌードマウス皮下移植もでるに5-FUを腹腔投与したところ(腫瘍径が5mmになった時点から1日目、12日目、19日目)、KDにおいて著明な腫瘍増殖抑制効果を認め、観察期間中にほとんど腫瘍増殖は認めず、腫瘍体積はcontrol群(5-FU投与なし)の6%まで抑制されていた(35日目)。

以上、本論文はNF-kBの活性が上昇した大腸癌細胞が、in vivoおよびin vitroにおいて抗アポトーシス能、血管新生能を発揮することを示すことができた。また、NF-kB の活性を抑制することでin vivoにおいて5-FUにたいする感受性が増大することも示すことができた。NF-kB活性が上昇することによる In vitroにおける抗アポトーシス能、血管新生能、化学療法耐性能の亢進は既報を支持するものであり、in vivoにおいてそれらの作用が再現されることを示したことは本論文における新たな報告である。また、これらの結果から、NF-kB活性の抑制が抗腫瘍効果に有利に働く可能性を示唆することができた。

本研究は今後の抗腫瘍治療の開発に新たな展開をもたらす可能性を提示しており、学位の授与に値するものと考えられる。

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