学位論文要旨



No 124845
著者(漢字) 佐藤,隆久
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,タカヒサ
標題(和) C型慢性肝炎患者に対する肝癌サーベイランスの意義
標題(洋)
報告番号 124845
報告番号 甲24845
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3265号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 講師 森屋,恭爾
 東京大学 特任教授 山崎,力
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 講師 原,一雄
内容要旨 要旨を表示する

緒言

肝癌患者の大部分は何らかの背景肝疾患を有し、B型慢性肝炎およびC型慢性肝炎がおおよそ9割を占める。そのため、我が国ではこれらB型及びC型慢性肝炎患者を対象に、肝癌を早期に発見するためのサーベイランスが普及している。本研究では、肝癌を適切に発見するためにはどのような検査プロトコールが適切か、およびサーベイランスによって発見された肝癌患者の予後について検討した。

研究1 C型慢性肝炎患者を対象とした肝癌発見の至適プロトコールの検討

背景

本研究の目的は、肝癌を早期に見つけるために効率的な方法を検討することにある。超音波検査は低コスト、簡便かつ非侵襲的であるため、肝癌サーベイランスに広く用いられている。超音波検査の間隔は海外の多くの研究では、6ヶ月あるいは1年に1回が採用されている。一方、日本の肝癌診療ガイドラインでは6ヶ月以下の短い間隔が推奨されている。

われわれの施設でも、C型慢性肝炎で肝硬変が疑われる患者に対して、多くは6ヶ月よりも短い検査間隔が選択されている。このため、超音波の間隔と発見された腫瘍の大きさの関係について検討することが出来た。また、肝癌特異的な腫瘍マーカーの測定についても、その意義を検討した。

対象と方法

1) 対象症例

1994年1月から2004年12月までの間に当科に通院していたC型慢性肝炎患者のうち、B型肝炎の重複感染や肝発癌の既往の無い1431人の中で、平均6.1年の観察期間中に、340例の肝癌の発癌を認めた。これらの初発肝癌患者のうち、97例は他の施設でサーベイランスを受けていたため、今回の検討から除外した。残りの243例を対象とした。

2) 肝癌サーベイランス

超音波検査の間隔は、外来主治医の判断で決められていた。より進行した肝疾患の患者にはより短い検査間隔が選択される傾向があった。肝癌特異的な腫瘍マーカー、alpha-fetoprotein (AFP) とdes-gamma-carboxy prothrombin (DCP)は、1-3ケ月毎に測定された。

3) 肝癌の診断

超音波検査で肝癌を疑う結節が指摘された場合、造影CTあるいは造影MRIが施行された。造影CTや造影MRIで、動脈相で濃染を認め遅延相で染まり抜けを認める場合、これを古典的肝癌と診断した。造影CTや造影MRIの所見で診断に至らない場合、その結節は超音波検査で3ヶ月ごとに経過観察された。造影CTや造影MRIの所見が典型的でない場合にも、腫瘍が明らかな増大傾向を示す場合には、超音波ガイド下腫瘍生検が施行された。超音波検査で明らかな腫瘍が指摘されない場合でも、AFPやDCPなどの肝癌特異的な腫瘍マーカーが異常高値を示す際には、造影CTや造影MRIが施行された。

4) サーベイランス間隔の計算

サーベイランスの間隔については、肝癌と診断される結節が初めて指摘された時と、その一回前の検査の間隔と定義した。

5) 腫瘍倍加時間の推定

腫瘍の発見から治療まで、通常1-2ヶ月の間があった。腫瘍マーカーが上昇している症例ではその上昇を検討することが可能であった。発見時の腫瘍マーカーをC1、治療時の腫瘍マーカーをC2、C1とC2の測定の間隔をtとすると、推定される腫瘍倍加時間DTはC2 = C1 × 2t/DTと定義された。

結果

1)サーベイランス間隔と発見時腫瘍径

243例中、221例の患者で腫瘍は超音波検査で最初に発見された。超音波検査の間隔と発見された腫瘍の大きさの関係を図3および図4に示す。血小板数の少ない患者に短い検査間隔が選択される傾向があった。発見された腫瘍の大きさと超音波検査の間隔には、有意な差は認めなかった(P = 0.7072 by Jonckheere-Terpstra trend test)。

2)推定腫瘍倍加時間

腫瘍倍加時間の推定は、221例中67例 (30.3%) で可能であった。大きな腫瘍ほど腫瘍マーカーの陽性率が高い傾向があった。(図5)。推定腫瘍倍加時間の中央値は87.0日であった。

3)例外的症例

検討した243例のうち、肝癌が超音波検査ではなくCTで最初に発見された例が22例 (9.1%) あった。このうち、14例(5.8%) では超音波検査で腫瘍は指摘されなかったが腫瘍マーカーが異常高値を示したために撮影されたCTで発見された。これら腫瘍マーカーの異常高値が契機となってCTで発見された腫瘍の大きさは12-43 mmでこのうち2例は30 mmを越えており、超音波検査で発見された腫瘍の大きさと比較すると有意に大きかった(P = 0.0003 by Mann-Whitney test)。

考察

6ヶ月未満の間隔でサーベイランスを行った患者も、6ヶ月以上の間隔でサーベイランスを行った患者も、いずれもほとんどの肝癌は30 mm以内の大きさで発見された。

超音波検査で発見された221例中30 mmを越えて発見されたものは3例(1.4%)のみであった。これら221例とは別に14例は、超音波検査で腫瘍は発見されなかったが腫瘍マーカーの異常高値のために撮影したCTで肝癌が発見、診断された。この14例のうち2例は30 mmを越えて発見され、残りの12例も腫瘍マーカー測定なしには30 mm以下では発見されなかった可能性がある。

AFPの肝癌サーベイランスにおける有用性は疑問視されているが、AFPの持続的上昇は、より肝癌特異的であり、超音波検査による肝癌サーベイランスを補完する可能性がある。AFPより肝癌に特異度の高い腫瘍マーカーであるDCPも同様である。

結論として、高危険群には6ヶ月毎に、超高危険群にはより短い(6ヶ月未満の)超音波間隔でサーベイランスを行う方法により、両群の腫瘍を同程度の大きさで発見することができ、またほとんどの肝癌が30mm以内の大きさで発見された。しかし、ごく一部の症例では腫瘍は30 mmを越えた大きさで発見され、これらの症例では腫瘍マーカーから推定される腫瘍倍加時間が短かった。腫瘍が30 mmを越えて発見された患者では全て、いずれかの腫瘍マーカーが陽性であり、腫瘍マーカーの経時的測定がサーベイランスにおいて超音波検査を補完する可能性がある。

研究2 サーベイランスで発見された肝癌患者の予後

背景

本研究では、発見された肝癌患者の予後と予後に影響を与える因子を解析することを目的とした。

また、癌のスクリーニングによって見つかった患者の予後を検討する場合、治療によって治癒した患者の割合が平均生存期間を大きく左右する。よって、治療による治癒確率を検討するため、癌治療後の生存曲線の形状も検討した。

方法

生存期間の推定

観察期間は、初回の肝癌治療日から死亡日あるいは最終観察日までとし、累積生存率をKaplan-Meier法にて算定した。初回の肝癌治療時の各種臨床データを用いて、Cox比例ハザードモデルで解析を行った。

結果

1)患者背景

243人の患者の平均年齢は、67.1歳、男性が63%であった。治療時の腫瘍径は、2.2cm、79%の患者で腫瘍は単発であった。

2)生存予後

Kaplan-Meier法による1年、2年、3年、5年、7年、10年累積生存率は、それぞれ94.6%、87.3%、77.4%、51.9%、42.3%、23.2%であった(図6)。Child-Pugh分類別で検討するとChild-Pugh A、B、Cの順に有意に生存率は不良であった(図8)(傾向性検定 P<0.001)。

3)予後に影響を与える因子

単変量解析(表4、表5)では、腫瘍数、AFP>100ng/mL、年齢、Child-Pugh B・C、血小板<10x104/mm3が有意であった。Child-Pugh Cがきわめて予後不良であったため、多変量解析(表6)は、Child-Pugh C 9人をのぞいた234人で行った。

考察

当科のサーベイランスによって発見された肝癌は、治療後の予後も推定平均生存期間は5年以上と、既報と比較しても良好であった。

一方、生存曲線は時間経過とともに下降し続ける摩耗故障型の曲線を描き、C型慢性肝炎を背景とする肝癌において治癒が得られにくいことを示していると考えられた。

背景肝機能は治療後の予後に最も大きく影響し、特にChild Cの予後は不良で、肝移植の適応がないと考えられる場合は、サーベイランスの対象から除外しても良いと思われる。

複数病変の存在は背景肝の発癌ポテンシャルを示しているとも解釈できるかもしれない。この場合は、複数病変の存在はより精緻にサーベイランスを行っても変えることが出来ない属性であると考えられる。

結論として、サーベイランスによって見つかった肝癌患者は、早期に発見されることによって根治的な治療を受ける機会を得て良好な5年累積生存率を得られるが、その後も生存曲線の下行は続き、10年累積生存率は23.3%と不良であり、真の長期生存を考えた場合には、早期発見の効果は限定的であった。C型肝炎患者全体の長期予後改善のためには、インターフェロン治療や肝移植などの背景肝の治療を含めた戦略が必要であると考えられる。

図3 超音波検査の間隔と発見された腫瘍の大きさの関係(血小板10万未満)

図4 超音波検査の間隔と発見された腫瘍の大きさの関係(血小板10万以上)

図5 推定腫瘍倍加時間と発見時腫瘍径の関係

図6 患者243人の生存曲線

図8 Child A,B,C別生存曲線

表4 単変量解析(背景因子)

表5 単変量解析(腫瘍因子)

表6 多変量解析(生存寄与因子)

審査要旨 要旨を表示する

本研究はC型慢性肝炎患者に対する肝癌サーベイランスの意義を検討したものであり、研究1ではC型慢性肝炎患者を対象とした肝細胞癌早期発見の至適プロトコールを、研究2ではサーベイランスで発見された肝癌患者の予後を検討しており、以下の結果を得ている。

東京大学医学部附属病院消化器内科通院中のC型慢性肝炎患者で、肝癌サーベイランス中に発癌した243例のうち、超音波検査間隔が6ヶ月未満の群と6ヶ月以上の群で発見された腫瘍の大きさを検討したところ、何れの群でも同じ程度の大きさで発見されており、有意差を認めなかった。血小板数で比較すると、血小板数が10万未満の患者群は10万以上の患者群に比べて短い検査間隔が選択される傾向にあった。

肝癌サーベイランス中に発見された肝癌のうち、221例は超音波検査で発見された。この221例のうち、218例は30mm以下の大きさで発見された。

肝癌特異的な腫瘍マーカーであるalpha-fetoprotein (AFP) とdes-gamma-carboxy prothrombin (DCP)については、発見時の腫瘍径が大きいほど、陽性率が高かった。超音波で発見された肝癌のうち、30mmを超えて発見された肝癌3例は全て、いずれかの腫瘍マーカーが陽性であった。

発見時の腫瘍マーカーが陽性の症例67例につき、腫瘍マーカーの上昇から推定される腫瘍倍加時間が検討された。大きく発見された肝癌ほど、推定腫瘍倍加時間が短い傾向があり、特に30mmを超えて発見された肝癌の推定腫瘍倍加時間はそれぞれ26.9日、44.8日、80.1日であり、既報と比較して短かった。

肝癌治療後の予後は、Kaplan-Meier法による1年、2年、3年、5年、7年、10年累積生存率が、それぞれ94.6%、87.3%、77.4%、51.9%、42.3%、23.2%であった。また、死亡の累積ハザード曲線は、時間の経過とともに曲線の傾きが急峻になる摩耗故障型の曲線を示した。

多変量解析では予後規定因子として、年齢、肝機能、腫瘍数、AFP値が有意であった。

以上、本論文はC型慢性肝炎患者における肝癌早期発見を目的とした肝癌サーベイランスの至適方法を検討し、更に肝癌治療後の予後を検討している。サーベイランスによって早期に発見することにより、有効な治療を受ける機会が増し、良好な5年累積生存率を得られるが、死亡の累積ハザードは上昇を続け、10年生存率は不良であり、サーベイランスの有用性と同時に限界が示される結果であった。これはC型慢性肝炎患者の真の長期予後の改善に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24390