学位論文要旨



No 124846
著者(漢字) 澁谷,美穂子
著者(英字)
著者(カナ) シブヤ,ミホコ
標題(和) 抗原特異的なT細胞免疫応答に伴う、抗原特異性の異なるT細胞活性化の解析
標題(洋)
報告番号 124846
報告番号 甲24846
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3266号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 准教授 田中,栄
 東京大学 講師 山口,正雄
内容要旨 要旨を表示する

〈背景〉

自己免疫疾患は自己の成分を抗原とする免疫反応が病態に関与している疾患群であり、その病像は全身症状と特定の臓器障害が組み合わさって形成される。臓器障害は様々な免疫細胞の浸潤により惹起されると考えられているが、なかでもT細胞と関節リウマチ(Rheumatoid Arthritis; RA)との関連を示唆する報告が多数存在する。しかし従来のT細胞集団を解析する方法では、単一細胞レベルでの遺伝情報はもとより、T細胞上でペアとなっているT細胞レセプター (T Cell Receptor; TCR)のα鎖とβ鎖の組み合わせの同定も困難であった。個々のT細胞の抗原特異性や機能がわかれば、RAの病態解明にさらに近づくことができると、当時から期待されていた。

当研究室の藤尾らは、T細胞をシングルセルソーティングによって回収し、同定したTCRを用いて免疫応答の解析を行う手法を開発した。彼らはこの手法を用いてRAの動物モデルであるII型コラーゲン(Type II Collagen; CII)誘発性関節炎 (Collagen Induced Arthritis; CIA) の関節炎局所に集積しているCD4陽性T細胞を解析した。すると、マウス関節炎局所においては抗原であるCIIに特異性を示さないが、所属リンパ節及び炎症局所で何らかの刺激を受けたT細胞が存在した。T細胞の活性化を誘導する機序の一つとして知られているbystander activationは「ある抗原Xに特異的なT細胞の活性化が、別の抗原Yに対する免疫応答に伴って生ずる現象」である。ウイルス感染症やヘルペス角膜炎などの動物モデルや試験管内の検討でbystander activationはTCRシグナルではなくサイトカインに依存していることが報告されている。以上より、CIAの炎症局所におけるCIIに特異的でない活性化したCD4陽性T細胞の集積の機序の一つとしてbystander activationの関与が考えられた。

〈目的〉

本研究はCII免疫時のリンパ節でbystander activationが生じているのかについて検討し、抗原特異的なT細胞免疫応答に伴う抗原特異性の異なるT細胞の活性化様式を明らかにすることを目的とした。

〈方法〉

CIIで2回免疫を行ったC57BL/6(B6)マウスの鼠径リンパ節よりT細胞をシングルセルソーティングによって回収し、単一細胞解析を行った。一実験あたり単一細胞として約70個の細胞と、バルク群を回収した。単一細胞由来のcDNAを合成し、PCRによりTCR α鎖、β鎖の配列を同定した。またFoxp3とサイトカイン (IL-17A、IL-17F、IL-10、IL-4、IFN-γ) 遺伝子の発現につき、すべての単一細胞で PCRによる検討を行った。約50種類存在するマウスのJα鎖遺伝子配列をもとに、すべてのT細胞のJα鎖による分類を行った。C251とC171クローンのTCRをレトロウイルスベクターを用いて、B6マウスのCD4陽性T細胞に遺伝子導入した。C251及びC171導入細胞のCII特異性とCII特異的T細胞存在下での増殖反応について検討した。

2種類のTCRトランスジェニックマウスのCD4陽性T細胞の共培養系の解析を行った。一組はEαペプチド(MHCクラスIIのI-E由来、Eα52-68)とEαペプチドに特異的なTEa T細胞、もう一組はOVAペプチド(ニワトリオボアルブミン由来、OVA323-339)とOVAペプチドに特異的なOT-II T細胞である。この二組のT細胞を種々の量の抗原と抗原提示細胞と共に培養し解析した。

〈結果〉

合計322個のT細胞を回収し、このうち194個(60.2 %)のTCRα鎖の配列を同定した。バルク群の細胞は336コロニーのTCR α鎖の配列を同定した。ソーティングした全ての単一細胞及び、バルク群中のTCRα鎖の配列を約50種類存在するJα鎖を指標に分類すると、約82%のJα鎖が使用されていた。単一細胞のみをJα鎖で分類すると、高頻度に使用が認められたJα鎖は9つあった。次に免疫惹起抗原であるCII添加時と、OVA添加時または抗原非添加時でのJα鎖の使用頻度を検討すると、CII存在下で特異的に使用頻度が高いJα鎖の出現が認められた。

単一細胞から同定したTCRα鎖のアミノ酸配列が同一である細胞集団(クローン)が全部で17個確認された。TCRを再構築するにあたり4つ以上の単一細胞が認められ、さらにFoxp3とIL-17A及びIL-17Fの発現が高頻度であった2つのクローン(C251とC171)を選択した。C251とC171クローンのTCRα鎖とα鎖を細胞表面に発現させたT細胞を作成し、惹起抗原存在下での増殖反応を解析すると、C251及びC171導入細胞ともにCIIに対する明らかな増殖反応を示さなかった。一方でCII特異的T細胞を含むCIIで免疫したB6マウスのリンパ節のCD4陽性T細胞存在下にC251導入細胞を抗原、抗原提示細胞と共に培養すると、C251導入細胞は明らかに分裂した。

以上の結果からCII免疫後のリンパ節内に、それ自身はCIIへの特異性をもたないがCII存在下で分裂するT細胞が存在する可能性が示された。またC251TCRを再構築したCD4陽性T細胞は活性化したCII特異的T細胞の存在下で分裂が促進された。これらの結果はCII免疫後のマウスリンパ節でbystander activationによるCD4陽性T細胞活性化を生じており、それには活性化したCII特異的T細胞の存在及び活性化するCII特異的でないT細胞自体の抗原認識が関与している可能性を示唆していた。

抗原特異性の判明しているOT-IIとTEaの2種類のTCRトランスジェニックマウスのCD4陽性T細胞を使った実験系を用いて、この可能性についてより詳細な解析を試みた。OT-IIを大量のOVAペプチドに反応して十分に増殖するResponder、TEaをごく少量のEαペプチドに反応するAssociatorとし、この二組のT細胞を種々の量の抗原と抗原提示細胞と共培養し解析した。AssociatorのEαペプチドが少量しか存在しない条件下で、ResponderのOVAペプチドが十分量存在すると、Associatorである TEaの分裂が亢進した。

T細胞活性化に関与する刺激として、抗原特異的な刺激と抗原非特異的な刺激(サイトカン等)の大きく二つが挙げられ、bystander activationではサイトカイン等の影響が大きいと考えられている。そこでMHCクラスII (I-Ab)とEαペプチドの複合体に結合する抗体(Y-Ae)を用いてTEaへの抗原提示を阻害すると、TEaの分裂は著明に抑制された。これらの結果により、抗原X (OVAペプチド) が大量に存在しそのXに特異的なCD4陽性T細胞(OT-II) が十分に増殖する条件下で、ごく少量しか存在しない抗原Y (Eαペプチド)に特異的なCD4陽性T細胞(TEa) の増殖反応が誘導されることが示された。またその増強反応にはY抗原特異性が重要であることが示唆された。

OVAに特異的なOT-IIが十分に増殖し、少量のEαペプチドが存在する条件下で分裂したTEaと通常の抗原刺激で分裂したTEaの発現遺伝子を検討したところ、両者は明らかに異なっていた。このことは両者の活性化メカニズムが異なっていることを示唆していると考えられた。

〈考察〉

本研究では単一T細胞の遺伝情報解析により、CII存在下の培養で増殖する特定の表現型のT細胞のTCRを同定した。同定したTCRの解析により抗原特異的なT細胞免疫応答に伴う抗原特異性の異なるT細胞活性化のメカニズムの存在が示唆された。抗原特異性の判明している2種類のCD4陽性T細胞を用いて詳細に解析すると、抗原Xが大量に存在しXに特異的なT細胞が十分に増殖する条件下で、ごく少量しか存在しない抗原Yに依存してY特異的なT細胞が活性化する現象が観察された。この結果から抗原Xの存在下でのCD4陽性T細胞の活性化には、従来指摘されている抗原Xに特異的なT細胞の活性化やbystander activationと呼ばれる抗原非特異的なT細胞の活性化以外の、X以外の抗原Yによる刺激に依存性が高い活性化様式が存在する可能性が示唆された。Bystander activationは特異的なTCR刺激に依存しないT細胞の活性化であるという定義もあり、今回の研究で確認された活性化様式をbystander activationに含めることは妥当でない可能性も考えられた。そこで今後この活性化様式を「拡張抗原提示」という現象として解析を進めることを検討している。このような現象は自己免疫病態の細胞レベルでの基盤となっている可能性があると考えられる。

〈結論〉

マウスの所属リンパ節に存在する単一T細胞の解析により、抗原特異的なT細胞の免疫応答に伴って抗原特異性の異なるT細胞が活性化するメカニズムが存在する可能性を示した。また抗原特異性の判明している2種類のT細胞を用いた実験系においても、抗原Xの存在下でのCD4陽性T細胞の活性化には、X以外の抗原Yによる刺激に依存性が高い活性化様式が存在する可能性を示した。従来試験管内でT細胞をある抗原の存在下で培養した際に、分裂又はサイトカインを産生するT細胞は抗原特異的であるとみなされている。今回の研究結果は抗原存在下で分裂するT細胞には、培養した抗原に特異的でないが何らかの抗原認識を介して活性化したT細胞が含まれている可能性を示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は自己免疫疾患の病態形成において重要な役割を担っていると考えられるT細胞の活性化様式を検討した。マウスにおいて免疫惹起抗原に反応してリンパ節内で増殖するT細胞の単一細胞レベルでの遺伝子発現・T細胞レセプター (T Cell Receptor; TCR) の解析と2種類のTCRトランスジェニックマウスのT細胞を用いた相互関連の解析を通して、抗原特異的なT細胞免疫応答に伴う抗原特異性の異なるT細胞の活性化に関して検証したものであり、下記の結果を得ている。

1. II型コラーゲン(Type II Collagen; CII)で2回免疫を行ったC57BL/6 (B6)マウスの鼠径リンパ節で、CII存在下に分裂するT細胞の単一細胞解析を行い、合計322個の細胞のうち194個(60.2 %)のTCR α鎖の配列を同定した。Jα鎖については、約50種類存在するJα鎖のうち約82%と多くのJα鎖が使用されていた。その中でも9つのJα鎖の使用が高頻度に認められた。免疫惹起抗原であるCII添加時と、無関係な抗原の添加時または抗原非添加時でのJα鎖の使用頻度を検討すると、CII存在下でのみ使用頻度が高いJα鎖が複数認められた。

2. 前項で解析したTCR α鎖のアミノ酸配列に関して、配列が同一の単一T細胞が2つ以上同定できた細胞集団(クローン)を17個見出した。特に4つ以上の単一細胞が認められたクローンは5個であった。その中でFoxp3を高発現し、IL-17A/IL-17F、IFN-γ、IL-4の発現を認めなかったクローンC251は制御性T細胞の表現型と考えられた。またIL-17A/IL-17Fを発現するが、Foxp3、IFN-γ、IL-4の発現を認めなかったクローンC171はTh17の表現型と考えられた。

3.C251とC171のTCRをレトロウイルスベクターを用いてCD4陽性T細胞上に再構築し、免疫惹起抗原存在下での増殖反応を解析したところ、C251及びC171導入細胞ともにCII存在下で増殖反応を示さなかった。一方、CII特異的T細胞を含むCD4陽性T細胞存在下にC251導入細胞を抗原、樹状細胞と共に培養すると、C251導入細胞は明らかに増殖した。従って、CII免疫後のリンパ節に存在しCII存在下で増殖するCD4陽性T細胞中に、CIIへの特異性をもたないT細胞の存在が示唆された。

4. 抗原特異性の判明している2種類のTCRトランスジェニックマウスのCD4陽性T細胞(Eαペプチドに特異的なT細胞TEaとOVAペプチドに特異的なT細胞OT-II )の相互の関係を検討した。OT-II を大量のOVA抗原に反応して十分に増殖するResponder、TEa をごく少量のEα抗原に反応して分裂するAssociatorとみなした。十分量のOVA抗原でResponderのOT-IIが刺激されると、Eα抗原が少量しか存在しない条件下でAssociatorである TEa の分裂が亢進することを示した。MHCクラスII (I-Ab)とEαペプチドの複合体に結合する抗体(Y-Ae) を用いてTEaへの抗原提示を阻害することによりTEaの分裂は著明に抑制された。すなわち、抗原X (OVAペプチド) が大量に存在しX特異的なCD4陽性T細胞(OT-II) が十分に増殖する条件下で、ごく少量しか存在しない抗原Y (Eαペプチド)に特異的なCD4陽性T細胞 (TEa) の増殖反応が誘導された。またその増強反応にはY抗原特異性が重要であることが示唆された。

5. OVA特異的なOT-IIが十分に増殖する状況下で、少量のEαペプチド存在下で分裂したTEaと、通常の抗原刺激で分裂したTEaの発現遺伝子を検討したところ、両者のプロファイルは異なっていた。

以上、本論文は自己抗原で免疫したマウスの所属リンパ節内のT細胞の解析により、抗原特異的なT細胞免疫応答に伴って抗原特異性の異なるT細胞が活性化するメカニズムが存在する可能性を示した。また既知の抗原特異性をもつ2種類のT細胞を用いた実験系においても、抗原Xの存在下でのCD4陽性T細胞の活性化には、従来知られている抗原Xに特異的なメカニズムやbystander activationと呼ばれる抗原非特異的な活性化とは別のX以外の抗原Yによる刺激に依存する活性化様式が存在する可能性を示した。よって、本研究はT細胞免疫応答において新たな基礎的システムの可能性を提示している点で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク