学位論文要旨



No 124848
著者(漢字) 鈴木,尚宜
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ヒサノリ
標題(和) 翻訳後修飾によるFibroblast Growth Factor(FGF)23蛋白の活性調節
標題(洋)
報告番号 124848
報告番号 甲24848
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3268号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 特任准教授 山内,敏正
 東京大学 講師 塚本,和久
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

線維芽細胞増殖因子 (fibroblast growth factor : FGF)23は、FGFファミリーの一員として同定された蛋白である。FGF23は常染色体優性低リン血症性くる病/骨軟化症 (autosomal dominant hypophosphatemic rickets/osteomalacia : ADHR)の原因遺伝子として同定され、腫瘍性くる病/骨軟化症 (tumor-induced rickets/osteomalacia : TIO)の低リン血症惹起液性因子であることも報告された。FGF23は腎近位尿細管での2a、2c型ナトリウム-リン共輸送体の発現抑制と、25-水酸化ビタミンD-1α-水酸化酵素の発現低下を介し、血中リン濃度を低下させる。

FGF23ノックアウトマウスが著明な高リン血症を起こすことや、正常健常人において高リン負荷や低リン食で、FGF23血中濃度がそれぞれ上昇、低下することから、FGF23は血中リン濃度の生理的調節因子と考えられる。FGF23は、Klothoと1型FGF受容体の複合体に作用し、ERKリン酸化やearly growth response 1 (Egr-1)遺伝子発現の誘導などを惹起する。

一部のFGF23蛋白は、RXXRを認識するスブチリシン様プロテアーゼにより(179)Argと(180)Serの間でプロセッシングを受け、不活性なフラグメントに分解される(図1)。

- リン代謝異常とFGF23 -

ADHRやTIOに加え、X染色体優性低リン血症性くる病/骨軟化症 (X-linked hypophosphatemic rickets/osteomalacia : XLH)や常染色体劣性低リン血症性くる病/骨軟化症 (autosomal recessive hypophosphatemic rickets/osteomalacia : ARHR)も過剰なFGF23活性により惹起されることが報告された。逆に、尿細管でのリン再吸収亢進による高リン血症と、高1,25-水酸化ビタミンD血症、異所性石灰化を特徴とし、ADHRやARHR、XLH、TIOと鏡像をなす疾患として、家族性高リン血症性腫瘍状石灰沈着症 (familial hyperphosphatemic tumoral calcinosis : FTC)が知られている。FTCの原因遺伝子としてはFGF23遺伝子と、UDP-N-acetyl-α-D-galactosamine:polypeptide N-acetylgalactosaminyltransferase3 (ppGaNTase-T3)をコードするUDP-N-acetyl-α-D-galactosamine:polypeptide N-acetylgalactosaminyltransferase3 (GALNT3)遺伝子、およびKlotho遺伝子が報告されている。このうちppGaNTase-T3蛋白は、ムチン型O型糖鎖付加を媒介する酵素である。GALNT3遺伝子変異によるFTCでは、FGF23蛋白のプロセッシングが亢進し、生理活性のある全長FGF23蛋白が減少することが明らかにされている。したがって、FGF23蛋白へのO型糖鎖付加は、FGF23蛋白活性に重要な意義を持っているものと考えられる。

- FGF23蛋白への糖鎖付加 -

野生型FGF23蛋白は、培養液中では生理活性のある全長FGF23蛋白、およびプロセッシングを受けたフラグメントとして存在している。C端抗体を用いたウエスタンブロットでは、全長FGF23蛋白は32kDa近辺に、C端フラグメントは16kDa近辺に検出される(図2)。プロセッシング部位近傍の(176)Arg, (179)ArgをGlnへ変異させたFGF23蛋白(以下RQ蛋白と記載)は、プロセッシングを受けず、培養液中では、糖鎖の数にしたがって3本のバンドして検出される。このRQ蛋白の3本のバンドをそれぞれ質量分析したところ、FGF23蛋白は最初に199~228番の間、次に162~175番の間、最後に176~187番の間のSerまたはThrにO型糖鎖付加を受けると考えられた。

[目的]

FGF23の糖鎖付加の意義について明らかするために、以下の検討を行った。

1.FGF23蛋白への3か所の糖鎖付加部位の決定

2.糖鎖付加異常がFGF23蛋白のプロセッシングに及ぼす影響

3.糖鎖付加異常がFGF23蛋白の活性に及ぼす影響

[方法]

- 糖鎖付加部位を決定 -

RQ蛋白において、糖鎖付加の可能性がある10か所のSerまたはThrをAlaに変異させた蛋白を、ヒト骨芽細胞様細胞株HOS TE-85細胞に発現させて、培養上清中のFGF23蛋白を、(180)Serから(196)Argの間の配列を認識するC端抗体(図3)を用いてウエスタンブロットで解析した。

- 糖鎖付加障害による蛋白発現の変化 -

RQ蛋白にT171A、T178A、T200Aを2~3種類導入し、ウエスタンブロットで解析した。

-糖鎖付加障害によるプロセッシングの変化 -

血清中では、一部の全長FGF23蛋白は、セリンプロテアーゼの一種であるthrombinにより(196)Argと(197)Alaの間で切断され、(25)Tyr~(196)Argと(197)Ala~(251)Ileへ分解される(図3)。Protease inhibitor cocktail(PIC)は、セリンプロテアーゼなどを阻害するプロテアーゼインヒビターである。

野生型FGF23蛋白にT171A, T178A, T200Aを導入し、ウエスタンブロットで解析した。更に、培養上清にはPICを添加して同様に検討した。

- 糖鎖付加障害による蛋白活性の変化 -

野生型FGF23蛋白、およびT200A変異蛋白をHOS TE-85細胞の培養上清から採取した。Thrombinの影響を避けるために無血清培地を使用し、PICを培養上清に添加した。Klotho蛋白を発現させたHEK293細胞にFGF23蛋白を作用させ、egr-1レポーターアッセイでFGF23蛋白活性を測定した。

[結果]

- FGF23蛋白の糖鎖付加部位 -

RQ蛋白にT171A, T178A, T200A変異を導入したところ、32kDa近辺の3本のバンドのうち、分子量が最も大きく、3つの糖鎖を持つと考えられるバンドが消失した(図4)。RQ蛋白にT171A, T178A, T200A変異を2~3種類導入したところ、バンドはさらに消失した(図5)。

- 野生型FGF23蛋白への変異導入 -

野生型FGF23蛋白にT171A, T178A変異を導入すると、32kDa近辺の蛋白はほぼすべて消失した(図6, 7)。一方、T200Aでは、PIC添加時は32kDa近辺(図7)、PIC無添加時は22kDa近辺にバンドを認めた(図6)。

- T200A変異蛋白の機能解析 -

野生型FGF23蛋白にT200A変異を導入しても、FGF23蛋白活性は変化しなかった。

[考察]

RQ蛋白にT171A, T178A, T200A変異を導入した結果から、FGF23蛋白への糖鎖付加は、最初に(200)Thr、次に(171)Thr、最後に(178)Thrに生じると考えられた。

図4、5の結果から糖鎖付加のルールを検討した(図8)。RQ(T171A, T178A)の結果から、(200)Thrの糖化は約100%生じ、RQ(T178A, T200A)の結果から、(171)Thrの糖化は約半分で生じると考えられた。RQ(T171A, T200A)の結果から、(178)Thrは単独では糖鎖付加を受けず、RQ(200A)の結果から、(178)Thrの糖化には(171)Thrの糖化が必須であると判明した。

野生型FGF23蛋白にT171AまたはT178A変異を導入すると、プロセッシング亢進を認めた(図6、7)。RQ蛋白の結果から、T171Aでは、(171)Thrだけでなく(178)Thrへの糖化も障害されていると考えられた。したがって、プロセッシング阻害には178Thrの糖化が必須と考えられた。一方、T200A変異では、プロセッシング亢進を認めなかった(図7)。

また、RQ蛋白の3本のバンドの比率を検討したところ、一番上のバンドは約46%、中央のバンドは約9%、一番下のバンドは約45%であった。

上記の結果から、最初に(200)Thrがほぼ100%糖化され、次に(171)Thrが約55%糖化され、そのうち約84%が(178)Thrにも糖化されることが明らかとなった(図9)。そして、(178)Thrに糖鎖がない蛋白はプロセッシングを受け、不活性なフラグメントとなることが示された。

野生型FGF23蛋白にT200A変異を導入したところ、PIC添加時は32kDa近辺(図7)、PIC無添加時は22kDa近辺に蛋白が検出された(図6)。過去の検討によると、thrombinによる分解産物である(25)Thy~(196)Argは約22kDaである。したがって、T200A変異は、thrombinによるFGF23蛋白分解を促進することが示唆された。しかしin vivoの血漿中では(196)Argと(197)Alaの間で分解された蛋白を認めない。したがって、その生理的意義は不明である。

また、(200)Thrの糖化はFGF23蛋白の活性に関与しなかった。

[結論]

FGF23蛋白は(171)Thr, (178)Thr, (200)Thrに糖鎖付加を受けることが明らかとなった。(171)Thrの糖化は(178)Thrの糖化に必須であり、(178)Thrの糖化はプロセッシングの阻害に必須であった。(200)Thrの糖化は、プロセッシングや蛋白の活性に影響しなかった。(200)Thrの糖化は、in vitroの血清中ではthrombinによる全長FGF23蛋白分解を抑制するが、その生理的意義は不明である。

図1: FGF23蛋白のプロセッシング

RXXRを認識するスブチリシン様プロテアーゼにより(179)Argと(200)Serの間でプロセッシングを受け、不活性なフラグメントとなる。

図2: FGF23蛋白へのO型糖鎖付加

培養液中のFGF23蛋白を、FGF23蛋白C端側に対する抗体を用いたウエスタンブロットで検討した。野生型蛋白では、全長蛋白が32kDa近辺に、C端フラグメントが16kDa近辺に検出される。RQ蛋白は、糖鎖の数にしたがって3本のバンドとして検出される。FGF23蛋白は最初に199~228番の間、次に162~175番の間、最後に176~187番の間のSerまたはThrにO型糖鎖付加を受けると考えられた。

図3: thrombinによる全長FGF23蛋白の切断

血清中では、一部の全長FGF23蛋白は、thrombinにより(196)Argと(197)Alaの間で切断を受ける。今回のウエスタンブロットで使用したC端抗体は、(180)Serから(196)Argの間の配列を認識している。

図4 FGF23蛋白の糖鎖付加部位

T171A, T178A, T200Aでは、最も分子量が大きく、3つの糖鎖を有すると考えられるバンドが消失した。

図5: FGF23蛋白への糖鎖付加部位

RQ蛋白にT171A, T178A, T200A変異を2~3種類導入したところ、バンドはさらに消失した。

図6 野生型FGF23蛋白への変異導入(PIC無添加)

野生型FGF23蛋白にT171A、T178A変異を導入すると、全長FGF23蛋白は消失した。T200A変異では、22kDa近辺のバンドを認めた。

図7 野生型FGF23蛋白への変異導入(PIC添加)

野生型FGF23蛋白にT171A、T178A変異を導入すると、全長FGF23蛋白は消失した。T200A変異では、32kDa近辺のバンドを認めた。

図8 T171A, T178A, T200A変異蛋白のバンドパターンのまとめ

RQ(T171A, T178A)→(200)Thrへの糖鎖付加はほぼ100%起こる。

RQ(T178A, T200A)→(171)Thrへの糖鎖付加は約半分で起こる。

RQ(T17A, T200A)→(178)Thrは単独では糖鎖付加がおこらない。

RQ(200A)→(171)Thrが糖化されると、そのうちの多くが(178)Thrも糖化される。

図9 FGF23蛋白の糖鎖付加の形式

最初に200Thrが糖化される。次に約55%が171Thrに糖化を受ける。更に約84%が178Thrにも糖化を受ける。178Thrに糖化を受けた蛋白はプロセッシング抵抗性だが、178Thrに糖化を受けなかった蛋白は不活性なフラグメントとなる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はFGF23蛋白の活性維持に重要な役割を演じていると考えられるムチン型O型糖鎖付加について明らかにするために、ヒト骨芽細胞様細胞株HOS-TE85細胞に変異FGF23蛋白を導入する系を用いて、ウエスタンブロットで解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1. (176)Arg、(179)ArgをGlnへ変異させたFGF23蛋白(RQ蛋白)を発現するベクターを作成した。RQ蛋白において162~228番目の間に存在する10ヵ所のSerあるいはThrをそれぞれAlaに変異させた蛋白を発現するベクターを作成し、HOS-TE85細胞に導入した。培養上清中のFGF23蛋白を、FGF23蛋白のC端側に対する抗体を用いたウエスタンブロットで解析したところ、糖鎖付加部位は(171)Thr, (178)Thr, (200)Thrであることが示された。

2. RQ蛋白において、T171A, T178A, T200A変異の2~3種類を導入した蛋白を発現するベクターを作成し、同様にウエスタンブロットで解析した。その結果、(200)Thrへの糖鎖付加は約100%生じること、(171)Thrへの糖鎖付加は約55%生じること、(178)Thrへの糖鎖付加には(171)Thrの糖鎖が必須であること、(171)Thrが糖化された蛋白はそのうちの約84%が(178)Thrにも糖化されることが示された。

3. 野生型FGF23蛋白においてT171A, T178A, T200A変異を導入した蛋白を発現するベクターを作成した。セリンプロテアーゼを阻害するprotease inhibitor cocktailを添加した条件下で解析したところ、スブチリシン様プロテアーゼによるプロセッシングの阻害には(178)Thrへの糖鎖付加が必須であることが示された。一方、(200)ThrへのO型糖鎖付加は、スブチリシン様プロテアーゼによるFGF23蛋白プロセッシングには影響しなかった。

4. Alpha-Klothoの発現ベクターを導入したHEK293細胞を用いて、egr-1レポーターアッセイを行ったところ、(200)ThrへのO型糖鎖付加は、蛋白活性に関与していないことが示された。

5. Protease inhibitor cocktailを添加しない条件下でのウエスタンブロット解析や全長FGF23アッセイの結果から、(200)Thrへの糖鎖付加はthrombinによるFGF23切断を阻害していることが示唆された。

以上、本論文はヒト骨芽細胞様細胞株HOS-TE85細胞に発現させた変異FGF23蛋白の解析から、FGF23蛋白へのO型糖鎖付加の正確な部位や、それぞれの糖鎖付加の意義について検討した。本研究はFGF23蛋白の翻訳後修飾について解明したものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク