学位論文要旨



No 124849
著者(漢字) 住友,秀次
著者(英字)
著者(カナ) スミトモ,シュウジ
標題(和) 転写因子Egr-3によるIL-10、TGF-β1の誘導と制御性活性との関係
標題(洋)
報告番号 124849
報告番号 甲24849
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3269号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢富,裕
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 玉置,邦彦
内容要旨 要旨を表示する

T細胞のアナジーは、共刺激分子からのシグナルを欠如した条件下で、強いTCR刺激を与えられたT細胞で認められる免疫学的状態である。この状態では、T細胞は再試激しても分裂せず、サイトカイン産生も低下した低反応の状態になっている。

アナジーの細胞内シグナルについて、明確なメカニズムはまだ解明されていないが、解明の手がかりとなる報告が多くなされている。アナジーの細胞においては、NF-AT系のシグナルは障害されずに活性化されている一方でRas/MAPK系・AP1系シグナルが不活化されている。このことから、Caシグナルとそれに続くNF-AT系のシグナルが、AP1系のシグナルより優位であることがアナジーの導入に必要ではないかと考えられている。

そんな中、Saffordらは、マイクロアレイの解析により、Egr-3がT細胞のアナジーの導入に関連していることを報告した。アナジーの状態ではEgr-3の発現が亢進しており、また、Egr-3を過剰発現したT細胞ではIL-2の産生が低下し、活性化が阻害されている状態であった。これらの事実から、Egr-3はアナジーの状態を維持するために必須な何らかの因子を誘導すると考えられたが、そのメカニズムについては不明であった。

一方で、アナジーの状態にあるT細胞と、制御性T細胞との関連が報告されている。制御性T細胞とは、エフェクターT細胞の免疫反応を抑制する活性のあるT細胞サブセットである。制御性T細胞には、CD4+ CD25+ Foxp3+T細胞をはじめとして、多様なサブセットが相次いで報告されている。

高濃度のIL-10存在下で活性化されたCD4陽性ナイーブT細胞が、再刺激によってIL-10の著しい産生を示して他のエフェクターT細胞の活性化を抑制することが報告され、この細胞群はTr1と名づけられている。Tr1を規定する細胞表面マーカー及び転写因子はまだ見つかっていない。

Tr1と類似したタイプの制御性T細胞として、Th3がある。Th3は、自己抗原を経口投与したマウスより同定された、自己抗原特異的なT細胞群である。Th3は抗原刺激下において大量のTGF-β1を産生することが特徴で、かつ自己免疫反応を抑制する制御性活性を持つことが示されている。Th3を規定する細胞表面マーカー及び転写因子もまだ見つかっていない。

多くの制御性T細胞が何らかのアナジーの特徴を持つことが知られている。制御性T細胞は自己抗原を認識する可能性が高く、また生体内において常に自己抗原による刺激に暴露され続けているにもかかわらず明らかな増殖を認めないことから、細胞の状態としてアナジーであることが妥当であると考えられる。

今回私は、Saffordらによってアナジーに関連していることが報告された転写因子Egr-3について解析した。Early growth response family (Egr-family)は、成長因子(growth factor)により誘導される、zinc-fingerを持つ転写因子であり、細胞の成長と分化に関連する遺伝子を制御していると考えられている。

遺伝子導入の手法を用いてEgr-3の、CD4陽性T細胞における役割を解析したところ、Egr-3は抑制系のサイトカインIL-10とTGF-β1の産生を著明に亢進させることが明らかとなった。また、Egr-3は、TCR刺激下のCD4陽性T細胞においてSTAT3のリン酸化を補助することが示され、IL-10とTGF-β1の産生に関連している可能性が示唆された。

そして、遅発型過敏反応モデルにおいて、マウスの生体内の特異抗原に対する免疫反応をEgr-3が抑制することも明らかとなった。これらより、Egr-3が抑制系サイトカインの産生を介してT細胞の免疫反応を制御する可能性が示唆された。これらの事実から、Egr-3はアナジーのみならず制御性活性とも関連があることが示された。

Egr-3がアナジーの誘導に必要であることは既報があるが、産生サイトカインには触れられておらず、また制御性活性についても報告されておらず、本研究が初めての報告であり、その点に価値があると思われる。

また、Egr-3がIL-10とTGF-β1の産生を誘導することについて、その細胞内の情報伝達シグナルについて、STAT3に関連して、完全ではないがある程度の解釈が加えられた点も価値があると思われる。

現時点では、CD4陽性制御性T細胞であるTr1も、Th3も、その特徴であるサイトカイン産生の性質と関連する転写因子はまだ同定されていない。IL-10とTGF-β1は免疫反応において非常に重要な抑制系のサイトカインであり、今回転写因子Egr-3がTr1もしくはTh3を規定する可能性があると考えられ、この発見は大きな価値があると思われる。本研究により今後の制御性T細胞の解析が大きく進む可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、成長因子(growth factor)によって誘導される転写因子であるEarly growth response 3 (Egr-3)の、CD4陽性T細胞における機能を研究したものである。Egr-3がT細胞のアナジーに関連していることが近年報告されたが、そのメカニズムや、制御性活性との関連については不明であった。本研究は、レトロウイルスによる遺伝子導入の系を用いて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. レトロウイルスによる遺伝子導入の手法を用いて、Egr-3のCD4陽性T細胞における機能を解析したところ、Egr-3は、T細胞受容体刺激下において、抑制性サイトカインIL-10の産生を著明に亢進させることが明らかとなった。アナジーに関連すると報告されている別のEgrファミリーEgr-2についても同様の結果を得た。

2. 1.と同様の手法を用いて、抑制性サイトカインTGF-β1の産生について解析を行った。Egr-3は、T細胞受容体と共刺激が存在する条件下において、TGF-β1の産生を著明に亢進させることが明らかとなった。これは、Egr-2には認められない結果であった。

3. 細胞内染色の手法を用いて、T細胞受容体と共刺激が存在する条件下におけるSTAT3のリン酸化について解析したところ、Egr-3が、STAT3のリン酸化を補助することが示された。IL-10ノックアウトマウスを用いた解析でも同様の結果を得た。STAT3は、IL-10とTGF-β1の産生を制御することが報告されていることから、Egr-3の抑制性サイトカイン産生誘導作用に、STAT3が関連している可能性が考えられた。

4. Egr-3とニワトリオボアルブミン(OVA)特異的TCRを遺伝子導入したCD4陽性T細胞をマウスに移入し、OVAによる遅発型過敏反応を行った。この系におけるEgr-3の影響を解析したところ、特異的抗原に対する免疫反応を抑制することが明らかとなった。また、遅発性過敏反応が抑制されたマウスから回収した遺伝子導入細胞の定量的PCRの結果から、特異的抗原刺激を受けたT細胞において、Egr-3はIL-10とLAG3(抑制系表面分子)の発現を増強し、IFN-γの発現を低下させることが明らかとなった。

以上、本論文は、Egr-3が、重要な抑制系のサイトカインであるIL-10とTGF-β1の産生を介してT細胞の免疫反応を制御する可能性を示した。Egr-3と産生サイトカインの関連について、また制御性活性との関連について、本研究が初めての報告となる。

現時点では、CD4陽性制御性T細胞であるTr1 細胞(IL-10の著しい産生を示す)も、Th3細胞(大量のTGF-β1を産生する)も、関連する転写因子は同定されていない。今回の結果から、転写因子Egr-3がTr1細胞もしくはTh3細胞を規定する可能性があると考えられ、この発見は大きな価値があると思われる。本研究により今後の制御性T細胞の解析が大きく進む可能性があると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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