No | 124850 | |
著者(漢字) | 高梨,幹生 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タカナシ,ミキオ | |
標題(和) | ホルモン感受性リパーゼ(HSL)欠損マウスのストレプトゾトシン誘発糖尿病モデルにおける、インスリン枯渇状態下での脂質代謝・糖代謝に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 124850 | |
報告番号 | 甲24850 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3270号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ホルモン感受性リパーゼ(HSL)はマクロファージ、副腎、精巣および卵巣などでコレステロールエステル(CE)を加水分解する主要な酵素であるが、同時に脂肪組織や骨格筋で中性脂肪を加水分解する酵素としても機能している。HSLの制御に関わるホルモンは複数が知られているが、このうち、カテコラミン、ACTH、グルカゴンなどはHSLの活性を促進し、逆にインスリンは活性を抑制する。野生型のラットにおいてストレプトゾトシンにより糖尿病を誘発したモデルでは、HSLの発現量や活性が増加することがすでに報告されている。しかし、HSL欠損動物を用いてストレプトゾトシンにより糖尿病を誘発したモデルでの検討はこれまで報告例がなく、HSLが存在せず且つインスリンが枯渇した条件下での脂質代謝・糖代謝については未解明となっていた。 HSL欠損マウスのストレプトゾトシン誘発糖尿病モデルにおける、脂肪組織や肝臓、筋肉などでの組織学的検討や、中性脂肪・遊離脂肪酸・ケトン体など各種血清データの比較検討をすることで、HSLの生体内における機能に新たな知見を加えること、またそれを通して脂質代謝のカスケードやインスリン抵抗性のメカニズム、ケトアシドーシスの成因などに対して新たな知見を加えることを目的に本研究を行った。 HSL欠損マウスは当研究室で作成され、C57B6/Jをback groundとし、10回以上戻し交配されたものを用いた。週令10~13週のオスの野生型マウス、HSL欠損マウスについて、それぞれストレプトゾトシン投与群と非投与群の計4群に分けて研究を行った。 ストレプトゾトシンは24時間の絶食とした後、100 μg/g body weight腹腔内投与した。投与後は再び自由摂食とした。これを1日おいて2回行った。2回目の投与の翌日までに随時血糖が350 mg/dlを超えた個体を糖尿病マウスとして選別した。ストレプトゾトシンは投与する直前に50 mmol/lのクエン酸ナトリウム溶液(pH:4.5)に5 mg/mlとなるように溶解してから使用し、対照のための非投与群には溶媒のみの投与を行った。 ストレプトゾトシンへの感受性、体重の推移、血糖の推移などについては野生型マウスとHSL欠損マウスの間で有意差は認めなかった。 7日目に解剖して各種臓器を摘出した。ストレプトゾトシン投与群では非投与群に対し、野生型マウスでは白色脂肪組織の重量が約90%減少したが、HSL欠損マウスでは50~60%の減少に留まった。ストレプトゾトシン投与群における野生型マウスとHSL欠損マウスの比較では、皮下白色脂肪組織(p=0.02)、精巣周囲白色脂肪組織(p=0.03)、褐色脂肪組織(p=0.02)いずれも有意にHSL欠損マウスで重量が重かった。また、組織標本像の観察からは、ストレプトゾトシン投与群において野生型マウスでは小型の細胞が著しく増加しており、細胞径の平均は約40%減少したのに対し、HSL欠損マウスでは約20%の減少に留まることが確認された。 ストレプトゾトシン投与前(day0)と、day13を比較すると、遊離脂肪酸は野生型マウスでは577.1±208.2 mEq/mlから1330.6±259.5 mEq/mlと約2.3倍に増加したのに対し、HSL欠損マウスでは293.1±20.4 mEq/mlから544.9±120.4 mEq/mlと約1.9倍の増加に留まった。中性脂肪は野生型マウスでは80.2±3.8 mg/dlから305.0±123.6 mg/dl と約3.8倍に増加したのに対し、HSL欠損マウスではday13までは変化はなく、その後day22までに増加を認めるものの96.8±29.5 mg/dlから177.5±6.6 mg/dlと約1.8倍の増加に留まった。しかしその後、数ヶ月経過すると野生型マウスでは次第に遊離脂肪酸・中性脂肪がいずれもHSL欠損マウスと同程度まで減少する様子が観察された。ケトン体の主要成分であるβヒドロキシ酪酸は、野生型マウスでは135.2±9.0 μmol/lから475.9±51.5 μmol/lと約3.5倍に増加したのに対し、HSL欠損マウスでは133.6±20.4 μmol/lから373.7±167.2 μmol/lと約2.8倍の増加に留まった。 精巣周囲白色脂肪組織でのノーザンブロットからは、HSL欠損マウスではHSLと並んで中性脂肪を分解する主要な酵素であるadipose triglyceride lipase (ATGL)の発現が低下していること、DGAT-1、FAS、SCD-1などの脂肪合成系酵素の発現も弱いことが確認された。 インスリン耐性試験(ITT)では、ストレプトゾトシン投与前では、0分値は野生型マウス:170.4±24.8 mg/dl、HSL欠損マウス:183.1±29.7 mg/dlであり有意差は認めなかった(p=0.23)。インスリン投与後、血糖は速やかに低下し、いずれも30分値の野生型マウス:101.8±17.7 mg/dl、HSL欠損マウス:103.4±21.1 mg/dlが最低値となった。最低値は両群間に有意差は認めなかった(p=0.83)。しかしその後血糖が回復する際に、野生型マウスでは120分値が181.0±34.7 mg/dlとインスリン投与前の値に回復したのに対し、HSL欠損マウスでは120分値は146.0±31.2 mg/dlであり、最低値から53%の回復に留まった(p=0.01)。これは、ストレプトゾトシン投与後の試験でも同傾向であり、ストレプトゾトシンの投与の前後で両遺伝子型間での血糖推移の傾向に変化は認めなかった。 脂肪組織内での遊離脂肪酸はATGLやHSLが1分子のトリアシルグリセロール(TG)をそれぞれ1分子のジアシルグリセロール(DG)と遊離脂肪酸に分解することでまず生じるが、野生型マウスでは次いでHSLが1分子のDGをそれぞれ1分子のモノアシルグリセロール(MG)と遊離脂肪酸に分解する工程が進行し、ここでも遊離脂肪酸が生じる。脂肪組織においてDGの分解活性を持つ酵素はHSLのみであることが知られており、従ってHSL欠損マウスではDGを分解することができず、脂肪細胞内に蓄積していくこととなる。 インスリン枯渇条件下では糖の正常な代謝ができないことを受けて脂質の利用が亢進するが、野生型マウスでは脂質の利用が比較的円滑に進むのに対し、HSL欠損マウスではDGを分解できないために貯蔵脂肪の利用が進まず、脂肪組織重量が保たれたと考えられる。一方で、HSL欠損マウスではATGLの発現が低下していたことから、このためにTGを分解する能力が弱く、貯蔵脂肪の利用が進まない可能性も考えられた。ATGLの関与については今後さらに検討を加える必要があると考えられた。 ストレプトゾトシンを投与したHSL欠損マウスでは、野生型マウスに比べて遊離脂肪酸や中性脂肪、ケトン体の量が少ないことについては、第一義には脂肪細胞における脂質分解が進まず、遊離脂肪酸が生じにくいことが理由であると考えられる。しかし一方で、解剖所見からはday7には、野生型マウスにおける脂肪組織はすでに著しく萎縮していたが、この時期を過ぎても遊離脂肪酸や中性脂肪は高値を維持していた。これらはday186までにはHSL欠損マウスと同程度にまで改善して来るが、ケトン体は高値を持続した。仮にこれらの一連の物質の濃度上昇の大部分が貯蔵脂肪の分解に由来すると考えた場合、day7までに脂肪組織がほとんど萎縮してしまっていることと矛盾が生じる。解剖学的な脂肪組織の萎縮と、生化学的な血清中の中性脂肪や遊離脂肪酸、ケトン体の上昇との間に時間差があることから、数ヶ月に渡って持続するこれらの物質の濃度上昇は、脂肪組織からの流入というよりは、インスリン枯渇に伴うlipoprotein lipase(LPL)活性の低下など他の要因が関与しているものと考えられた。 ITTにおいて、後半の血糖回復期に野生型マウスとHSL欠損マウスで差が生じることは、今回の研究で明らかとなった。HSL欠損マウスでは副腎において、ACTH刺激によるコルチコステロンの合成が低下していることが知られている。HSL欠損マウスで血糖の回復が遅れることは、コルチコステロンによる糖新生の量に差が生じ、これが血糖の差となって現れたものと推測された。 今後検討を加え、HSL欠損マウスにおけるインスリン枯渇下での脂肪組織重量の減少抑制、中性脂肪やケトン体の上昇抑制のメカニズムを解明することにより、インスリン依存状態の糖尿病患者のケトアシドーシスや脂質異常症の新たな治療法に繋げられるものと期待された。また、HSL欠損マウスで血糖回復が遅れることからは、この現象とコルチコステロン量、あるいはコルチコステロンによる糖新生量との関連が証明されれば、ステロイド糖尿病の治療に繋げられるものと期待された。 | |
審査要旨 | 本研究は、脂肪組織において中性脂肪を分解する主要な酵素の1つであり、インスリンにより活性を制御されているホルモン感受性リパーゼ(HSL)の新たな機能を探り、インスリン枯渇条件下で生じる高脂血症やケトアシドーシスの成因を明らかにして、新たな治療法の可能性を探ることを目的としたものである。ストレプトゾトシンを投与してインスリン枯渇条件にしたHSL欠損マウスを用いた初めての研究であり、下記の結果を得ている。 1. ストレプトゾトシンによりインスリンを枯渇させ糖尿病を誘発すると、野生型マウスでは白色脂肪組織重量が約90%も減少するのに対し、HSL欠損マウスではその減少量は約50~60%に留まった。組織標本像では野生型マウスでは脂肪細胞の細胞径が約40%も減少し、著しく小型化していたのに対し、HSL欠損マウスでは細胞径の減少は約20%に留まった。HSLは脂肪組織においてジアシルグリセロール(DG)を分解する唯一のリパーゼであることが知られているが、HSL欠損マウスではDGを分解できないため、貯蔵脂肪の利用が滞り組織重量が保たれることが確認された。 2. ノーザンブロットの結果からは、HSL欠損マウスの脂肪組織では、HSLと並び脂肪組織における主要なリパーゼであるadipose triglyceride lipase(ATGL)の発現が低下していることが示された。HSL欠損マウスのストレプトゾトシン投与群で脂肪組織重量が保たれるのは、単にHSLが欠損しているだけでなく、ATGLの発現が低下していることが関与している可能性が示された。 3. インスリンを枯渇させると野生型マウスでは中性脂肪が80.2±3.8 mg/dlから305.0±123.6 mg/dl と約3.8倍に増加したのに対し、HSL欠損マウスでは96.8±29.5 mg/dlから177.5±6.6 mg/dlと約1.8倍の増加に留まった。ケトン体の主要成分であるβヒドロキシ酪酸も野生型マウスでは135.2±9.0 μmol/lから475.9±51.5 μmol/lと約3.5倍に増加したのに対し、HSL欠損マウスでは133.6±20.4 μmol/lから373.7±167.2 μmol/lと約2.8倍の増加に留まった。HSL欠損マウスでは中性脂肪やケトン体が野生型マウスに比べて低値に保たれており、インスリン依存状態における高脂血症やケトアシドーシスに対するHSLの関与が示唆された 4. インスリン枯渇下での遊離脂肪酸、中性脂肪、ケトン体の上昇は、脂肪重量が著しく減少した以降も数週間に渡って持続していた。これらの物質の上昇は脂肪組織に由来するだけなく、その他の経路にも由来することが示唆され、その経路に対してもHSLが関与していることが示唆された。 5. インスリン耐性試験の結果からは、後半の血糖回復期において、野生型マウスに比べてHSL欠損マウスでは回復が遅れることが明らかとなった。前半の血糖減少期においては差異を認めないことから、野生型マウスとHSL欠損マウスではインスリン感受性に差異はないものの、HSL欠損マウスでは糖新生が少ないことが示唆された。ただしこの差異とストレプトゾトシン投与の有無との関係は明らかではなかった。 以上、本研究はこれまで報告例のなかった、HSL欠損マウスのインスリン枯渇条件下での脂質代謝・糖代謝について取り組んだものであり、HSL欠損マウスではインスリン枯渇条件下で脂肪重量が保持されること、遊離脂肪酸・中性脂肪・ケトン体が上昇しにくいことなどを明らかにした。インスリン依存状態の糖尿病患者のケトアシドーシスや脂質異常症の新たな治療法の開発に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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