No | 124851 | |
著者(漢字) | 髙野,秀樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タカノ,ヒデキ | |
標題(和) | 糸球体修復過程への糖尿病の影響 | |
標題(洋) | Impaired glomerular healing in streptozotocin (STZ)-induced diabetic rats | |
報告番号 | 124851 | |
報告番号 | 甲24851 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3271号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景】 近年,糖尿病は増加しており,その合併症である糖尿病腎症から腎不全に陥る症例も増加している.糖尿病腎症は,糖尿病性糸球体硬化症で特徴づけられ,その進展には微小血管傷害や糸球体メサンギウム融解が関与している.傷害組織の予後は,傷害と修復のバランスにより規定されている.しかし,糖尿病腎症では,その傷害機構については積極的に研究されているが,傷害腎組織の修復についての検討はなされていない. 我々は,微小血管傷害やメサンギウム融解後の糸球体修復不全が糖尿病腎症の進展に重要な要因であると考えた.今回,Streptozotocin (STZ)で誘発した糖尿病ラットに,糸球体のメサンギウム融解と毛細血管網の破壊を惹起し,その後の傷害糸球体の修復に糖尿病が及ぼす影響を検討した. 糸球体のメサンギウム融解と毛細血管網の破壊は,メサンギウム細胞膜表面に発現しているThy-1抗原に対する抗体をラットに投与して作製した.このモデルはThy-1腎炎として知られているが,補体依存性に破壊された糸球体のメサンギウム細胞と毛細血管網は,その後,増殖性腎炎の形態を経て正常な糸球体形態に回復し,糸球体修復の観察に最も適したモデルであると考えた. 【方法】 腹腔内にSTZを投与した糖尿病ラットに抗Thy-1.1抗体(OX-7)を投与し,糸球体にメサンギウム融解,毛細血管傷害を惹起した (DM群).腹腔内にbufferを投与したラットにOX-7を投与し対照群とした.OX-7を投与して惹起した糸球体傷害後の修復過程を,腎機能,病理組織学的,血管新生関連因子について観察し,DM群と対照群で比較検討した.特に傷害糸球体毛細血管網の修復過程は,Thrombomodulin (TM)とJG12に対する免疫染色を用いて内皮細胞を同定し,TMとProliferating nuclear antigen (PCNA)の二重染色を用いて増生内皮細胞を評価した.電子顕微鏡での観察も行った.血管新生関連因子は,Vascular endothelial growth factor (VEGF), angiopoietin-1 (Ang-1)や Ang-2について,免疫染色及びWestern blotを用いて検討した.さらに糸球体修復不全と糸球体炎症の遷延との関連について,活性化メサンギウム細胞をα smooth muscle actin (αSMA),増生活性化メサンギウム細胞をαSMAとPCNAの二重染色,糸球体上皮細胞障害をDesmin,浸潤マクロファージをED-1の免疫染色を用いて検討した.統計解析にはSPSSを用い,t検定を行った. 【結果】 DM群ではOX-7を投与時(day 0: STZ投与後3日目)には,高血糖と浸透圧利尿が惹起されていた.OX-7投与後の糸球体傷害が最も強い7日目に両群とも尿蛋白は最大に達したが,糸球体修復とともに次第に減弱した.しかし,DM群では28日後でも尿蛋白の持続を認めた. 組織学的には,OX-7投与後1日目には,両群とも糸球体メサンギウム細胞融解が惹起され,3日目には毛細血管の破壊像であるballooningが形成され 7日目まで増悪した.糖尿病は初期のメサンギウム細胞融解や毛細血管傷害の程度には影響を与えなかった.両群とも7日目頃から傷害糸球体は修復に向かい,血管再生とともにメサンギウム増殖性病変を形成した.対照群では14日目のメサンギウム細胞増殖は強く認めるものの,その後消退し28日目には正常糸球体構造に回復した.DM群では14日目のメサンギウム細胞増殖は部分的で,28日目には糸球体硬化病変への進展がみられた. 糸球体毛細血管は,修復早期に分節性に破壊されballooningを形成した後,対照群では14日目には再生血管がメサンギウム増殖性病変内に多く出現し,28日目まで毛細血管網の発達を認めた.DM群ではメサンギウム増殖性病変内の再生血管は少なく,毛細血管網の修復不全とともに28日目には硬化性病変を形成した.糸球体内のTM陽性+PCNA陽性の増生内皮細胞は,DM群では修復早期で対照群よりも減少しているにも関わらず,28日目では不完全な血管修復を伴い対照群よりも増加していた.電子顕微鏡では再生内皮細胞の成熟不全もみられた. メサンギウム融解後にはαSMA陽性+PCNA陽性の増生活性化メサンギウム細胞が増加し傷害糸球体は修復に向かう.DM群7日目,14日目で対照群より少なかった増生活性化メサンギウム細胞は,28日目では対照群よりも増加した.傷害糸球体上皮細胞はdesminの免疫染色で同定可能である.対照群では傷害上皮細胞は28日目までに消失したが,DM群では多くの残存していた.ED-1陽性のマクロファージも,対照群では28日目までに消失したが,DM群では残存していた.血管修復不全にともない糸球体内のメサンギウム細胞の増生活性化の継続,上皮細胞傷害像やマクロファージの浸潤の持続が認められ,微小血管網の再生不良を伴う傷害糸球体の修復不全には糸球体の炎症反応が持続し,糸球体硬化性病変に進展することが示された. 糸球体内の血管新生関連因子であるVEGF,Ang-1, Ang-2の発現も糖尿病状態では変化していた.VEGFは糸球体上皮細胞と増殖メサンギウム細胞に発現しているが,対照群では7日目に発現が最大となりその後漸減した.DM群では7日目の発現は少なく,その後漸増した.修復初期でのVEGF産生の低下が血管新生・再生の不良を誘導し,不完全な血管修復の継続がVEGF産生の持続に関連していると考えた.Ang-1は糸球体上皮細胞と増殖メサンギウム細胞に発現していたが,DM群では修復過程を通じて明らかな増加を認めなかった. Ang-2はDM群で次第に漸増した.DM群の修復後期にも残存していた再生血管の成熟不全はAng-1低値とAng-2高値のバランスの乱れが影響していると考えた. 【考察】 糖尿病の重篤な合併症として,糖尿病腎症と網膜症が知られている.その両者には糖尿病による微小血管傷害が関与している. 糖尿病腎症の進展にも糸球体の微小血管傷害とメサンギウム融解が繰り返し起こっている.傷害組織の予後は,傷害と修復のバランスにより規定されているが,糖尿病腎症での糸球体毛細血管網の修復を観察した論文はない.微小血管傷害後の糸球体内の血管新生関連因子の動態も明らかではない.本研究は,糖尿病における微小血管傷害後の毛細血管網の修復,再生血管の成熟を主体に観察し,それに関わる血管新生関連因子について明らかにした.さらに,糖尿病により傷害毛細血管網の修復が不完全であると糸球体炎症反応の持続がみられ,糸球体硬化病変へ進展することを示した.糖尿病腎症の進展には,その傷害因子の検討ばかりではなく,傷害からの修復機転を考慮した展開が必要である. 組織の修復には血管新生が関わり,血管新生関連因子であるVEGF,Ang-1,Ang-2は重要な役割を担う.糖尿病では多くの研究でVEGFが上昇することが報告されている.しかし,最近のヒトの症例では,低下する場合もあることも報告されている.本研究では,糸球体微小血管傷害後に誘導されるVEGFの増加が糖尿病では対照群よりも軽微で,修復早期にみられる血管新生を伴う毛細血管の再生も不良であった.一方,対照群では毛細血管の修復の完了とともにVEGFは減少したが,糖尿病では毛細血管修復が継続しVEGFの産生も持続していた.この結果は,微小血管傷害の原因とされている糖尿病のVEGFの産生亢進が,糖尿病による傷害微小血管の修復不全の結果である可能性を示している.Ang-1は血管の安定化や成熟に,Ang-2は血管を不安定化し退縮に関与する.一般的に糖尿病下ではAng-2の増加が指摘されている.本研究では,糖尿病下でAng-1は持続的に低下し,修復後期でAng-2は上昇した.このAng-1/Ang-2の比の低下が,再生毛細血管の成熟不良に関連していると思われた.腎糸球体では上皮細胞がVEGF,Ang-1,Ang-2を主に産生している.糖尿病での糸球体上皮細胞傷害の持続が血管新生関連因子の産生に影響している可能性も示唆された. 糖尿病では,内皮細胞,メサンギウム細胞の活性化や増生の持続,マクロファージ浸潤の残存に伴う糸球体炎症の遷延を認めた.糸球体毛細血管網が傷害された場合,糸球体の修復には傷害血管の修復が必須であり,修復の完了に先がけて糸球体炎症の消退を認める.一般に糖尿病腎症では,局所の炎症が継続していることも知られている.今回の糸球体炎症の遷延も,血管修復不良による傷害糸球体の修復不全が関連していると考えられた. 近年,糖尿病網膜症に抗VEGF療法が適用されている.この治療戦略は画期的ではあるが,VEGF抑制が糸球体微小血管の傷害を誘導し,蛋白尿が増悪する報告もある.今回の研究でも,糖尿病下で糸球体硬化に至る過程にVEGFの低下を認めた.VEGF抑制療法は微小血管傷害を増悪する可能性もあり,安易なVEGF抑制療法の施行には注意が必要である.VEGF増加は糖尿病腎症の原因ではなく,修復不全の結果の可能性もあり,糖尿病腎症には微小血管傷害からの血管保護と血管修復促進を考慮した治療が必要と考える. 【結論】 糖尿病ではメサンギウム融解や微小血管傷害による傷害糸球体の修復過程が遅延した.糖尿病腎症の進展には,微小血管傷害そのものだけではなく,修復不良が関与している可能性が高かった.糖尿病存在下の腎修復機転の検討は,本研究が初めてであり,今後の糖尿病腎症の進展機序の解明に寄与し,有用な治療法の開発に繋がると考える. | |
審査要旨 | 本研究は糖尿病腎症の進展に関与すると予測される糸球体修復機構を明らかにするため、ストレプトゾトシン(STZ)の投与による糖尿病ラットに糸球体毛細血管傷害を惹起した系を用いて、血管増殖因子の変化を含めた病理学的な解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1. 糖尿病存在下では、腎組織修復過程において、血糖、尿量の速やかな上昇に加え、糸球体傷害後の尿蛋白の持続、尿素窒素上昇が示され、腎機能障害遷延を認めた。 2. 光学顕微鏡所見から、糖尿病存在下では、糸球体傷害後の腎組織修復の遅延していることが示された。さらに、JG12での免疫染色を用いた毛細血管動態についての検討では、糖尿病下での糸球体毛細血管網の修復遅延が示された。これらの結果から、糖尿病下の腎組織修復過程で、腎毛細血管形成不全が示唆された。 3. Thrombomodulin、αSMAとPCNAを用いた免疫二重染色を行ったところ、糖尿病存在下での修復毛細血管数の減少、メサンギウム活性の修復初期での低下、及び増殖内皮細胞、活性化増殖メサンギウム細胞の初期での低下、修復後期での残存が示された。これらの結果から、糖尿病下の腎組織修復過程での内皮細胞、メサンギウム細胞の増殖不良が、糸球体硬化病変形成に関与する可能性が示唆された。 4. 電子顕微鏡下で、糖尿病存在下での腎組織修復過程で、内皮細胞の腫大と解離、毛細血管腔の狭小化を含む未成熟血管の新生が示された。これらの結果から、糖尿病下での、腎毛細血管成熟不全が示唆された。 5. デスミン、ED-1染色を用いて免疫染色を行ったところ、糖尿病存在下での腎組織修復過程で、糸球体傷害上皮細胞の残存、糸球体内マクロファージ浸潤の残存が示され、糸球体内の局所での炎症遷延が示唆された。 6. 血管増殖因子であるVEGF (Vascular endothelial growth factor)の変化を、蛍光抗体法、単離糸球体を用いたWestern blotで比較したところ、糖尿病下での腎組織修復過程で、修復初期でのVEGF低値による血管新生の不良を認めた。また、修復後期でのVEGFの産生亢進を伴う不完全な血管修復の持続が,糖尿病下の糸球体修復不良に関連している可能性が示唆された。 7. 血管成熟因子であるAngiopoietin-1 (Ang-1)の変化を、蛍光抗体法、Western blotで比較し、糖尿病下での腎組織修復過程で、Ang-1の持続低値が示された.さらに、成熟抑制因子であるAngiopoietin-2 (Ang-2)の変化も観察し、修復後期での上昇が示された。このことから、糸球体傷害後の糸球体修復に Ang-1低値、Ang-2高値のバランスの乱れが、血管を不安定にし、不完全な成熟を起こし、修復不良に影響を与えていることが示唆された。 糖尿病下では、血管制御因子の変化とともに、微小血管傷害後の糸球体の修復過程が遅延していることから、糖尿病性腎症の進展には、微小血管傷害だけではなく、修復不良が関与していることが示唆された。さらに、傷害後の内皮細胞増殖とメサンギウム細胞活性化の持続、傷害後のマクロファージの残存、上皮細胞傷害の持続が、糖尿病性腎症の硬化病変の進展に関連している可能性が示唆された。糖尿病存在下の腎修復機転の検討は、本研究が初めてであり、今後の糖尿病性腎症の解明、有用な治療法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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