学位論文要旨



No 124852
著者(漢字) 高橋,希
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ノゾム
標題(和) ヒトT細胞におけるCD26分子の機能解析
標題(洋)
報告番号 124852
報告番号 甲24852
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3272号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 准教授 小柳津,直樹
 東京大学 准教授 高橋,聡
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】

CD26分子はCD4陽性T細胞がエフェクター機能を発揮するために重要な分子であり、T細胞の活性化に伴いその発現が上昇し、TCR・CD3複合体(T cell receptor complex)からの活性化刺激を増強する共刺激分子である。さらに、CD26(high)CD4陽性T細胞はTh1タイプの細胞で、強力な血管内皮間遊走能を有し、炎症部位に最も遊走しやすいサブセットであり、関節リウマチなどの自己免疫疾患や移植後拒絶反応、移植片対宿主病(graft-versus-host disease:GVHD)などの免疫異常症に関与し、病変部位に集積することが知られている。現在までのところ、上述した炎症のエフェクター機構を制御する治療法として、副腎皮質ステロイド剤、サイクロスポリン、タクロリムス、抗胸腺細胞抗体、OKT3モノクロナール抗体などが使用されている。しかしながら、これらの免疫抑制剤はいずれも免疫系全体を抑制するため、CMV感染症やEBV関連リンパ球増殖症、真菌症などの重篤な日和見感染症を惹起し、治療成績の低下につながっている。そのため、同種移植免疫異常の特異的、選択的な治療法の開発が急務となっており、CD26陽性T細胞やCD26分子の機能の理解をさらに深めることは、これら免疫異常症の病態特異的な治療法の確立につながると考えられる。

当研究室はこれまで、エフェクターT細胞におけるCD26の機能について研究してきた。CD26 は、DPPIV(dipeptidyl peptidase IV)というペプチダーゼ活性をもつ110 kDaの膜糖タンパク質で、特にCD4陽性T細胞におけるCD45RO陽性メモリー細胞に高発現している。また、CD26分子は、TCRからのシグナルを補助的に増強する共刺激分子のひとつであり、T細胞の活性化に伴う増殖やIL-2産生の他、様々なT細胞機能に関与している。この分子メカニズムとして、CD4陽性T細胞上のCD26に、抗原提示細胞(antigen presenting cell:APC)上のcaveolin-1が結合することで、CARMA1(caspase recruitment domain-containing membrane-associated guanylate kinase protein-1)を介したシグナルが惹起されることが当研究室から報告されている。

しかし、健常成人末梢血液中のT細胞がCD26共刺激によってどのように活性化するかについては、未だに詳細な知見が得られておらず、さらに、CD8陽性T細胞におけるCD26の機能についても解明されていない。また、当研究室はこれまでに、臍帯血T細胞におけるCD26共刺激の応答性が成人末梢血T細胞に比べて低く、その原因がCD45RAと関連している可能性を報告したが、臍帯血T細胞でのCD26の細胞生物学的な機能については、未だに不明である。そこで、本研究ではこれらの点に着目し、CD26共刺激による成人末梢血T細胞の活性化と、臍帯血T細胞におけるCD26共刺激の低応答性について検討した。

【方法】

1. 単核球およびT細胞の調製

成人末梢血、臍帯血から、Lymphoprep(AXIS-SHIELD PoC AS)を用いた密度勾配遠心法により、単核球を分離した。さらに、単核球からMACS(magnetic cell sorting)によりT細胞を分離した。

2. フローサイトメトリー

成人末梢血、臍帯血由来の単核球、T細胞を目的分子に対する抗体で染色した。その後、FACSCalibur、FACSAria(BD Biosciences)にて目的分子の発現強度を測定し、得られたデータをFlowJo(Tree Star Inc.)により解析した。

3. 成人末梢血T細胞の培養と抗体刺激による活性化誘導

MACSにより分離した成人末梢血T細胞を、抗CD3抗体(OKT3)、抗CD28抗体(4B10)、抗CD26抗体(1F7)で底面をコートした96穴平底プレート中で培養した。培養後のT細胞について、CFSEの蛍光強度を測定することにより、細胞の分裂様式を解析した。また、培養後の上清を回収し、ELISAによりサイトカイン産生量を測定した。

4. 制御性T細胞(Treg)による抑制効果の検討

MACSにより分離したCD25+CD4陽性T細胞をTregとし、Dynabeads CD3/CD28 T Cell Expander(Invitrogen Corp.)、APC(γ線30 grayを照射し、さらに50 μg/ml mitomycin Cを処理した単核球)存在下、96穴丸底プレート中でCD25-CD4陽性T細胞と共培養した。培養終了の16時間前に3H-thymidineを37 kBq/well加えた。培養終了後、細胞を回収し、取り込まれた3Hの放射線量を液体シンチレーションカウンターにて測定した。

【結果】

健常成人末梢血由来のCD3陽性T細胞について、抗CD3抗体+抗CD28抗体、または抗CD3抗体+抗CD26抗体で刺激した場合におけるT細胞分裂、およびIL-2産生について検討した。その結果、CD28共刺激の場合は、刺激後1日でIL-2の産生が顕著に確認され、さらに刺激後3日目から細胞分裂が確認された。一方、CD26共刺激の場合は、刺激後2〜3日目から徐々にIL-2産生が増加し始め、さらに刺激後3〜4日目から細胞分裂が確認された。このとき、刺激後1日目におけるCD69の発現パターンを解析すると、CD28共刺激とCD26共刺激それぞれにおいて発現が増加していた。次に、抗CD3抗体、抗CD28抗体、抗CD26抗体を同時に処理した場合におけるCD3陽性T細胞の活性化様式について解析した。その結果、CD28共刺激の場合と比較して、CD28・CD26同時共刺激ではIL-2産生、細胞分裂ともに増加することが示された。

次に、CD26共刺激によるCD8陽性T細胞の活性化について、サイトカイン産生を指標に検討した。その結果、既知であったCD4陽性T細胞のみならず、CD8陽性T細胞もCD26共刺激により活性化し、IL-2、IFN-γ、TNFを産生することが示された。また、CD8陽性T細胞におけるCD26の発現パターンについて解析した結果、CD26の発現パターンは、CD26(high)、CD26(intermediate)(CD26(int))、CD26(nega)の三相性を示した。さらに、CCR7、CD45RAの発現量により、CD8陽性T細胞をナイーブ、エフェクター、エフェクターメモリー、セントラルメモリーの4種のサブセットに分類し、それぞれにおけるCD26の発現パターンについて解析した結果、エフェクターメモリー細胞の一部がCD26(high)細胞であること、および、ナイーブ細胞がCD26(int)細胞であることが示された。

一方、臍帯血T細胞について、フローサイトメトリーによりサブセット解析した結果、CD25(high)CD45RA+CD4陽性T細胞はCD26陽性であることが明らかになり、さらにFOXP3を発現していたことから、この細胞は制御性T細胞(Treg)であることが示唆された。また、この臍帯血Tregが成人末梢血Tregと同様に、CD25-CD4陽性T細胞の活性化を抑制するかについて検討した結果、静止期の臍帯血Tregは成人末梢血Tregと比べて抑制機能が弱く、FOXP3の発現も低いことが示された。しかし、増殖培養した後の臍帯血Treg では、成人末梢血Tregと同様にCD25-CD4陽性T細胞の活性化を抑制し、FOXP3の発現も増強していることが示された。

【考察】

本研究により、CD26共刺激による成人末梢血T細胞の活性化様式は、CD28共刺激の場合と比べて大きく異なることが明らかになり、特にIL-2産生と細胞分裂が誘導されるまでに、数日間の遅れが生じることが示された。さらに、CD28共刺激時にCD26からのシグナルを加えると、IL-2産生と細胞分裂が促進されることも明らかになった。これらの結果から、生体内におけるCD26共刺激の意義は、CD28共刺激との相互作用により、メモリー抗原に対する免疫応答を増強することにあると考えられる。また、CD26はCD4陽性T細胞のみならず、CD8陽性T細胞においても共刺激分子として機能することが示唆された。CD8陽性T細胞は、GVHD等の免疫異常症において炎症のエフェクターとして機能していることから、今後は免疫不全マウスにヒトのPBL(peripheral blood lymphocyte)を移植することで異種GVHDを発症させるモデルを作製し、CD26陽性T細胞が炎症のエフェクターとしてどのように機能しているかという点について、in vivoの実験系で検討する予定である。

一方、本研究により、静止期の臍帯血Tregは抑制機能が弱いが、増殖刺激を受けることで強力な抑制機能を獲得することが示された。このことから、臍帯血T細胞におけるCD26共刺激の低応答性は、共刺激によってTregの抑制機能が増強されることに由来する可能性が示唆された。今後はさらに研究を重ね、CD26が免疫制御に関与する可能性についても検討したいと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、活性化抗原や共刺激分子として、ヒトT細胞の活性化やエフェクター機能に重要だと考えられるCD26について、成熟T細胞、未成熟T細胞それぞれにおける発現と機能を明らかにするため、成人末梢血T細胞、臍帯血T細胞を用い、CD26の発現パターンとCD26共刺激によるT細胞活性化様式の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 健常成人末梢血から分離したCD3陽性T細胞について、抗CD3抗体+抗CD28抗体、または抗CD3抗体+抗CD26抗体で刺激した場合における活性化様式を、細胞分裂とIL-2産生を指標として検討した。その結果、CD28共刺激の場合は、刺激後1日目からIL-2産生、刺激後3日目から細胞分裂が確認されるのに対し、CD26共刺激の場合は、刺激後2〜3日目から徐々にIL-2産生が増加し始め、細胞分裂は刺激後3〜4日目から確認された。また、このときのT細胞活性化抗原CD69の発現パターンを解析すると、CD28共刺激、CD26共刺激それぞれにおいて、刺激後1日でCD69の発現が増加していた。これらのことから、CD26共刺激によるT細胞活性化は、CD28共刺激よりも遅いことが示された。そしてさらに、抗CD3抗体、抗CD28抗体、抗CD26抗体を同時に処理した場合におけるCD3陽性T細胞の活性化様式を解析した結果、CD28共刺激の場合と比較して、CD28・CD26同時共刺激ではIL-2産生、細胞分裂ともに増強されることが示された。

2. CD26共刺激が、既知であるCD4陽性T細胞の活性化のみならず、CD8陽性T細胞の活性化をも誘導するかという点について、健常成人末梢血から分離したCD8陽性T細胞を用い、活性化に伴うサイトカイン産生を指標として検討した結果、CD8陽性T細胞もCD26共刺激により活性化し、IL-2、IFN-γ、TNFを産生することが示された。また、CD8陽性T細胞におけるCD26の発現パターンについて解析した結果、CD26の発現パターンは、CD26(high)、CD26(intermediate)(CD26(int))、CD26(nega)の三相性を示した。そしてさらに、CCR7、CD45RAの発現量により、CD8陽性T細胞を、ナイーブ、エフェクター、エフェクターメモリー、セントラルメモリーの4種のサブセットに分類し、それぞれにおけるCD26の発現パターンについて解析した結果、エフェクターメモリー細胞の一部がCD26(high)細胞であること、および、ナイーブ細胞がCD26(int)細胞であることが示された。

3. 臍帯血T細胞について、フローサイトメトリーによりサブセット解析した結果、CD25(high)CD45RA+CD4陽性T細胞はCD26陽性であることが明らかになった。そしてさらに、FOXP3の発現を解析した結果、CD25(high)CD45RA+CD4陽性T細胞はFOXP3陽性の制御性T細胞(Treg)であることが示された。このことから、臍帯血におけるTregはCD26陽性細胞であることが明らかになった。また、静止期の臍帯血Tregは、成人末梢血Tregよりも抑制機能が弱いが、増殖刺激を受けることで、その機能が増強されることが示された。

以上、本論文は、CD26共刺激による成人末梢血T細胞の活性化がCD28共刺激の場合と大きく異なること、および、CD26がCD28と協調的に作用してT細胞活性化を増強することを明らかにした。また、CD26が既知であったCD4陽性T細胞だけでなく、CD8陽性T細胞においても共刺激分子として機能することを見出した。さらに、臍帯血におけるTregがCD26陽性細胞であること、および、増殖刺激によって臍帯血Tregの抑制機能が増強されることを明らかにした。本研究は、これまで未知に等しかった、成人末梢血T細胞、臍帯血T細胞、臍帯血TregにおけるCD26の発現と機能的特徴を明らかにしたことにより、T細胞による免疫応答や、その後に生じる炎症反応の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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