No | 124857 | |
著者(漢字) | 橋爪,裕 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハシヅメ,ユタカ | |
標題(和) | β1インテグリン下流分子Cas-L(Crk-associated substrate lymphocyte type)とアダプター蛋白Nckとの相互作用によるT細胞活性化及び遊走能の解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 124857 | |
報告番号 | 甲24857 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3277号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景・目的 β1インテグリンは、αβヘテロダイマーからなる細胞表面に発現する接着分子であり、細胞外基質あるいはVCAM-1分子などのリガンドとの特異的な相互作用を介して細胞接着、細胞遊走、サイトカイン産生、増殖、分化、アポトーシスの回避といった様々な生物学的機能を発揮することが示されている。 当研究室はVLA-4あるいはVLA-5とフィブロネクチンのようにβ1インテグリンとそのリガンドとの相互作用がヒトT細胞において、CD3/TCR刺激に対する共刺激シグナルを惹起することを報告してきた。その過程で、T細胞においてβ1インテグリン刺激によりチロシンリン酸化される蛋白(pp105)として、Cas-LのcDNAをクローニングした。Cas-Lがβ1インテグリン刺激のみならず、TCRやBCRにおける刺激により強いチロシンリン酸化を受けるドッキング蛋白であること、そのリン酸化は、FAKやSrcファミリーチロシンキナーゼにより引き起こされることが当研究室や他の研究者により明らかにされた。Cas-LはTCRやβ1インテグリン刺激により誘導されるT細胞の遊走やIL-2産生にとって重要な役割を果たす分子であることも当研究室は明らかにした。当研究室や他の研究者らは以前にNckとCasファミリー蛋白(Cas-L及びp130Cas)の結合を報告したが、その結合の生物学的な意義はこれまで完全には明らかにされていない。 本研究は、当研究室独自にcDNAをクローニングしたCas-LとNckとの会合部位、会合メカニズム、及びそのT細胞における生物学的意義を明らかにすることを目的とした。 実験材料及び方法 1)免疫蛍光染色法 293A細胞へ各プラスミドをトランスフェクトした。細胞は固定、透過、ブロッキングし、Cy3-標識抗-c-myc mAb、FITC-標識抗-Flag mAbを用いて染色した。 2)内在性Cas-Lに対するshRNA発現ベクターの作製と導入 U6プロモーターを用いる、レトロウイルスプラスミドを用いて、Cas-LヘアピンRNA発現ベクターを作製した。パッケージング細胞GP2-293にトランスフェクトし、培養上清中のレトロウイルスを回収し、H9T細胞株に感染させpuromycin選択によりCas-L shRNA導入株を樹立した。 3)細胞遊走能の解析 細胞遊走能はTranswell insertを使用し評価した。 4)IL-2のELISAによる測定 H9細胞を刺激後24時間培養し、100 μlの上清を回収した。培養上清中のIL-2濃度はELISA Kitを用い添付プロトコールに従い測定した。 5)等密度スクロース勾配遠心法による脂質ラフトの分離 細胞を溶解後にホモジネートした。その後スクロースを重層し超遠心を行い分離した。 6)Cas-Lノックアウトマウス Cas-Lノックアウトマウスは瀬尾らによって作製されたものを供与された。解析は主に8~12週齢の性別の一致した同腹仔を用いた。動物実験を行うに当たり医科学研究所動物実験委員会の審査を受け承認されている。 結果 1)Fyn、Lck、Src及びFAKの存在下でのCas-LとNckの共沈実験において、SrcファミリーチロシンキナーゼあるいはFAKにより、チロシンリン酸化を受けたCas-LがNckとチロシンリン酸化依存性に結合することが示された。 2)Cas-LのNckとの結合領域を特定するため、Cas-Lの欠失変異体とNck SH2変異体を使用し共沈実験を行った。その結果、Cas-LとNckがCas-Lのsubstrate domainとNckのSH2 domainにおいて、Cas-Lのチロシンリン酸化依存性に結合することが明らかとなった。 3)Cas-LとNckが細胞内のどこで相互作用するかを調べるため、293A細胞を用いた過剰発現系を使用し、Cas-LとNckの細胞内局在を免疫蛍光染色法を用いて検討した。その結果、Cas-LとNckはチロシンリン酸化依存性に細胞質に共局在することが示された。 4)内在性Cas-LとNckがH9細胞において結合するかどうかを共沈実験により検討した。その結果、H9細胞において、内在性Cas-Lはβ1インテグリンあるいはTCR/CD3刺激によりチロシンリン酸化されることで、Nckと結合することが示された。 5)Cas-LとNckの脂質ラフトにおける結合について解析を行った。その結果、H9細胞の内在性Cas-LはNckと脂質ラフトにおいてTCR/CD3刺激により結合することが示された。 6)Cas-LとNckの相互作用の生物学的意義を明らかにするため、Cas-LのshRNAを導入し、内在性Cas-Lの発現レベルを減少させたH9細胞株を樹立した。Cas-LのshRNAを導入したH9細胞は細胞遊走能及びIL-2産生能が減少することが示された。 7)In vivoでのCas-LとNckの相互作用の生物学的重要性を解析するため、Cas-Lノックアウトマウスを用い、脂質ラフトにおけるこれら蛋白の刺激依存性相互作用を検討した。その結果、Cas-LノックアウトマウスにおいてはTCR/CD3及びケモカイン刺激によるNckの脂質ラフト移行が減少していることが示された。 考察 本研究において、私はチロシンリン酸化されたCas-LとNckが結合し、その結合がT細胞におけるβ1インテグリンあるいはTCR/CD3を介する刺激によって誘導される細胞遊走やIL-2産生において重要な役割を果たすことを示した。Cas-Lのチロシンリン酸化レベルはチロシンリン酸化酵素及びチロシン脱リン酸化酵素により制御される。このリン酸化、脱リン酸化依存性の足場蛋白としての機能は、細胞外刺激に由来する多彩なシグナルの中継や、収束・拡散にとり非常に重要である。更に本研究によりFAKやSrcファミリーチロシンキナーゼはインテグリンやTCR/CD3を介したシグナル伝達においてCas-Lのチロシンリン酸化にとって重要な役割を果たす事が示された。細胞遊走に関して、Nckは重要な役割を果たしており、WASPをはじめとするエフェクター蛋白との複合体形成がアクチン細胞骨格の制御に関与していることが示唆されている。本研究で示されたように、チロシンリン酸化されたCas-Lは、NckのSH2 domainと結合することにより、これらの蛋白質複合体を安定化するか、あるいは更なる超分子の複合体を構成する可能性が考えられる。Cas-LのshRNAを導入したH9細胞を用いた解析において、Cas-Lの発現が減少したH9細胞では細胞遊走やIL-2産生が有意に低下していることが明らかとなった。Cas-Lの発現低下はNckと同様に他のCas-Lと結合するシグナル伝達分子に対しても影響を与ている可能性が考えられ、今後RNAiによる個々のCas-L結合分子のターゲッティングあるいはノックアウトマウスを用いた解析が重要である。Cas-Lが細胞のシグナル伝達において重要な機能を持つ脂質ラフトに局在することも明らかにしたが、最近の知見では、脂質ラフトが集合したマクロドメインはT細胞シグナル伝達系において非常に重要であることが報告されている。Nck-SLP76-Vav複合体やNck-WASP-Arp2/3複合体は脂質ラフトや免疫シナプスに関連して特に重要である。また、Nck-WASP-Arp2/3複合体はTCRとアクチン骨格系を結びつける。更に、TCRとβ2インテグリンは成熟した免疫シナプスを形成し維持するためにともに必要であることが報告されている。本研究において、TCRやβ1インテグリン刺激あるいはケモカインSDF-1の刺激により、Nckは脂質ラフトへリクルートされ、Cas-Lとチロシンリン酸化依存性に結合することが明らかとなった。最近、瀬尾らによって樹立されたCas-Lノックアウトマウスでは、辺縁帯B細胞の欠損、二次リンパ組織の細胞数の減少が認められ、Cas-L欠損リンパ球は、インテグリンのリガンドであるVCAM-1、ICAM-1に対する接着能や、ケモカインに対する遊走能の低下を示した。本研究で得られた結果は、同マウス由来リンパ球の細胞接着能や細胞遊走能の低下の理由を部分的にではあるが説明できると考えられる。関節リウマチの関節滑液のリンパ球においてCas-Lのチロシンリン酸化が亢進し、滑膜においても浸潤したCD3陽性T細胞にCas-Lが強発現していることを当研究室は報告してきた。関節リウマチではインテグリンのリガンドであるVCAM-1やICAM-1が発現した関節滑膜へのT細胞浸潤がみられ、Cas-LとNckの相互作用が関節リウマチの病態解明に重要な意義を有すると考えられる。 結論 本研究において、β1インテグリン及びTCRを介した刺激によりCas-LとNckがT細胞の脂質ラフトにおいてチロシンリン酸化依存性に結合し、細胞遊走やIL-2産生において重要な役割を果たしていることが示唆された。この知見は、T細胞が滑膜に浸潤している関節リウマチの病態解明や新たな治療開発にも寄与すると考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究はT細胞において細胞遊走やIL-2産生に重要な役割を演じているCas-Lの脂質ラフトにおけるNckとの相互作用の重要性を明らかにするため、293T細胞を用いた過剰発現系、ヒトT細胞株にshRNAを導入しCas-Lを減少させた系及びCas-Lノックアウトマウスを用いNckとの会合部位、会合メカニズム及びその生物学的意義について解析したものであり、下記の結果を得ている。 1. Fyn、Lck、Src及びFAKの存在下でのCas-LとNckの共沈実験により解析したところ、SrcファミリーチロシンキナーゼあるいはFAKにより、チロシンリン酸化を受けたCas-LがNckとチロシンリン酸化依存性に結合することが示された。 2. Cas-LのNckとの結合領域を特定するため、Cas-Lの欠失変異体とNck SH2変異体を使用し共沈実験により解析したところ、Cas-LとNckがCas-Lのsubstrate domainとNckのSH2 domainにおいて、Cas-Lのチロシンリン酸化依存性に結合することが示された。 3. Cas-LとNckが細胞内のどこで相互作用するかを調べるため、293A細胞を用いた過剰発現系を使用し、Cas-LとNckの細胞内局在を免疫蛍光染色法により解析したところ、Cas-LとNckはチロシンリン酸化依存性に細胞質に共局在することが示された。 4. 内在性Cas-LとNckがH9細胞において結合するかどうかを共沈実験により解析したところ、H9細胞において内在性Cas-Lはβ1インテグリンあるいはTCR/CD3刺激によりチロシンリン酸化されることで、Nckと結合することが示された。 5. Cas-LとNckの脂質ラフトにおける結合について解析したところ、H9細胞の内在性Cas-LはNckと脂質ラフトにおいてTCR/CD3刺激により結合することが示された。 6. Cas-LとNckの相互作用の生物学的意義を明らかにするため、Cas-LのshRNAを導入し、内在性Cas-Lの発現レベルを減少させたH9細胞株を樹立し解析したところ、Cas-LのshRNAを導入したH9細胞は細胞遊走能及びIL-2産生能が減少することが示された。 7. In vivoでのCas-LとNckの相互作用の生物学的重要性を解析するため、Cas-Lノックアウトマウスを用い、脂質ラフトにおけるこれら蛋白の刺激依存性相互作用を解析したところ、Cas-LノックアウトマウスにおいてTCR/CD3及びケモカイン刺激によるNckの脂質ラフト移行が減少していることが示された。 以上、本論文はβ1インテグリン及びTCRを介した刺激によりCas-LとNckがT細胞の脂質ラフトにおいてチロシンリン酸化依存性に結合し、細胞遊走やIL-2産生において重要な役割を果たしていることを明らかにした。本研究は、T細胞が滑膜に浸潤している関節リウマチの病態解明や新たな治療開発にも寄与すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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