学位論文要旨



No 124858
著者(漢字) 原田,広顕
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,ヒロアキ
標題(和) エラスターゼ誘導マウス肺気腫モデルにおける樹状細胞とT細胞の機能についての検討
標題(洋)
報告番号 124858
報告番号 甲24858
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3278号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 准教授 中島,淳
 東京大学 講師 大石,展也
 東京大学 講師 高見澤,勝
内容要旨 要旨を表示する

慢性閉塞性肺疾患(COPD)は非可逆性の気流制限を特徴とする慢性進行性の肺疾患である。COPDの治療戦略は安定期と急性増悪期に分けて考えられるが、現在、安定期に行われている薬物療法は気管拡張薬が中心で、その他の薬物療法を含めて、症状の軽減、合併症の予防が達成目標であり、本症の進行抑制、病態の正常化を目標とした治療法の確立が求められている。この上でCOPDの病態を理解することは必要不可欠である。

COPDはタバコをはじめとする有害な粒子やガスの吸入が引き金となり、肺の炎症が強く起こった結果成立する疾患であるとされている。炎症細胞として気道壁および肺胞領域にマクロファージ、好中球、T細胞およびB細胞の集積が認められているが、マクロファージ、好中球と共にT細胞のCD8陽性分画が病態形成の中心にあるとされている。CD8陽性T細胞はサイトカインを産生することが明らかになり、COPDにおいてもサイトカイン産生について検討がなされてきたが、報告間の相違が大きい。また、CD8陽性T細胞の主要な機能として細胞傷害能が挙げられ、主にアポトーシスを誘導することにより細胞傷害性を発揮する。肺気腫とアポトーシスの関連については、幾つかその重要性を示唆した報告がなされてきており、肺気腫のアポトーシスの誘導にCD8陽性T細胞が何らかの役割を果たしている可能性も考えられる。

一方で、T細胞の活性化には、通常抗原提示細胞(Antigen Presenting Cell;APC)の補助が必要とされる。APCの中でも樹状細胞(Dendritic cell;DC)は最も強力なAPCであり、DCに獲得免疫応答を制御する能力があり、COPDにおいてもDCが病態形成に重要な役割を担っている可能性が考えられるが、COPDに関してDCの役割を検討した研究は少数であり、結論も一致していない。

エラスターゼ誘導肺気腫モデルは長きに渡って研究に用いられてきた肺気腫の動物モデルである。このモデルを用いた樹状細胞・リンパ球の機能についての報告はなく、COPDにおけるDC、T細胞の機能についての検討はまだ十分ではない。本研究では、エラスターゼ誘導肺気腫モデルを用いて、気腫形成過程にある肺における1)樹状細胞のT細胞刺激能とサイトカイン産生、および2)T細胞のサイトカイン産生を解析し、肺気腫の形成における樹状細胞とT細胞の役割について検討を行った。また、肺気腫形成過程における肺の構成細胞のアポトーシスの有無についても検討した。

まずPPE投与後day 2、7、14におけるBALFの細胞数、分画を検討した(図1)。BALFの総細胞数はday 2からday 7まで有意な増加を示し、分画ではday 2において好中球の有意な増加、day 7においてマクロファージとリンパ球の有意な増加を認めた。day 14においても、総細胞数、マクロファージは有意ではなかったものの増加傾向を認めた(総細胞数;p = 0.058、マクロファージ;p = 0.055)。

次に肺気腫の形成の評価のため、PPE投与前と投与後day 2、7、14の群に対して、組織学的な評価として平均肺胞壁間距離(Lm)の算出、生理学的な評価として一定の圧の下での肺の容積の測定を行った。PPE投与により確かに肺気腫は形成されていた(図2A)。Lmの増加はday 7以降で有意となり、肺胞腔の拡大が徐々に進行していることを示唆したが(図2B)、肺容量はday 7までは変化なく、day 14でのみ有意な増加を認めた(図2C)。day 7までには気腫は形成されているものの、炎症細胞が肺に浸潤した結果肺の拡張が阻害されたことが、この2つの評価の違いの原因である可能性として考えられた。

肺気腫形成早期のDCの機能の解析として、同種異型のCD4陽性T細胞に対する増殖刺激(Allogeneic MLR)の評価とサイトカイン産生を測定した。生理食塩水を投与したマウスの肺から分離したDCを対照とし、PPE投与後2日目の肺から分離したDCを評価した。Allogeneic MLRでは、気腫肺から分離したDCとT細胞の共培養で、T細胞の増殖がより亢進していた(図3)。さらに、気腫肺から分離されたDCではLPSまたはpoly (I:C)いずれの刺激でもIL-10の産生が亢進していた(図4)。

次に、CD4陽性T細胞、CD8陽性T細胞をそれぞれPPE投与後day 5の肺から分離し、産生されるサイトカインの濃度を測定した。生理食塩水を投与したマウスの肺からT細胞を分離して対照群とした。CD4陽性T細胞に関しては、IFN-y、IL-4、IL-10、IL-17の産生亢進を認めた(図5)。CD8陽性T細胞に関しては、IFN-yの産生亢進を認め、またIL-17、TNF-αは抗CD3e抗体による刺激で有意に産生が亢進していた(図6)。

最後に、エラスターゼ投与後の肺の構成細胞にアポトーシスが誘導されるかを確認するために、肺の組織切片内のアポトーシス細胞をTUNEL法で検出した(図7)。PPE投与前の肺組織ではアポトーシスは所々に認めるのみであったが、PPE投与後day 2、day 7の検体では気道上皮、肺胞壁ともに多くの陽性細胞を認めた。

本研究により、PPE投与によって肺に好中球を主体とする炎症が惹起され、肺気腫の形成が進行する過程で肺DCのT細胞に対する増殖刺激の亢進とIL-10の産生が亢進していることが示された。また肺のCD4陽性およびCD8陽性T細胞のサイトカイン産生が亢進し、CD8陽性T細胞はIFN-y、TNF-α、IL-17を産生することが示された。また、エラスターゼの気管内投与による肺気腫形成過程で肺の構成細胞がアポトーシスを起こすことも示された。

本研究は、気腫形成過程の肺DCで、IL-10の産生が亢進していることを初めて示した。T細胞に対する増殖刺激の亢進も含め、肺気腫の形成過程ではDCが活性化していると考えられた。本研究のモデルでDCが活性化する機構としては、内因性の因子(炎症性のサイトカイン、ケモカインや、炎症に伴い破壊された組織から生じる熱ショックタンパク、細胞外基質の分解産物など)にDCが反応したことが想定されるが、一方で、近年マウス、ヒトのDCにはプロテアーゼ活性化受容体(protease-activated receptors: PARs)が発現していることが示されており、エラスターゼがPARsの活性化を通じて直接DCを活性化している可能性も否定できない。エラスターゼはCOPDの病態において中心的な分子であるので、DCを通じて肺気腫の病態に与える影響についてさらなる検討が必要であると思われる。

また、エラスターゼ誘導肺気腫の気腫形成過程においては、CD4陽性T細胞が活性化されていること、CD8陽性T細胞ではIFN-y、IL-17、TNF-αの産生が亢進していることが明らかになった。すなわち、CD4陽性T細胞はTh1/2/17のいずれか特定の集団に偏ってはいないこと、CD8陽性T細胞は主にTc1細胞であるが、IL-17を産生するCD8陽性T細胞が一部含まれていることが推測された。CD8陽性T細胞に関して、過去にはTc1型が増加していたとする報告とTc2型が増加していたとする報告がある。本研究を含めた複数の報告にみられる違いは、動物とヒトの違い、検体採取の方法や対象患者の重症度の違いなどが考えられる。

本研究ではCD8陽性T細胞の細胞傷害性については解析していないが、肺の構成細胞にアポトーシスを認めた。これについては活性化されたCD8陽性細胞が肺の構成細胞に対してアポトーシスを誘導している可能性も考えられる。肺気腫に由来するCD8陽性T細胞が肺の構成細胞に細胞傷害性を示した報告はこれまでになく、これに関してはさらなる検討が必要である。

また、本研究で認められたT細胞によるIFN-y、IL-17の産生亢進も、マクロファージや好中球の集積や活性化などを通じて、気腫形成過程に関与している可能性がある。COPDでは好中球性炎症もみられるため、病態へのIL-17の関与が考えられるが、COPDとIL-17との関連を示した報告は少なく、本研究で気腫形成過程の肺のT細胞からのIL-17産生を示したことは、COPDとIL-17との関連を示唆するものとして貴重な結果と考えられる。これについても今後検討をしていく予定である。

本研究では、PPEの気管内投与による肺気腫形成過程において、DCとT細胞の機能が亢進していることを示した。よって、これらの細胞の機能を修飾することはCOPDの治療となる可能性があるが、同時にこれらは感染防御にも重要な役割を担っている。従って、感染防御機構への影響を最小限にしつつ効果的な治療効果を得るために、さらに詳細な病態解析が必要である。今日、COPDの病態についてはまだ不明な点が多く、なお一層の研究の進展が望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は慢性閉塞性肺疾患(COPD)の病態を理解することを通じて、新たな治療法の確立に貢献することを目的として、エラスターゼ誘導マウス肺気腫モデルを用いて、肺局所に存在する免疫担当細胞である樹状細胞とT細胞の機能の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.エラスターゼを気管内に投与して気腫形成過程にある肺から樹状細胞を分離し、生食を投与されたコントロール群との比較を通じて解析を行った。同種異系統のマウスから分離したCD4陽性T細胞との混合培養(allogeneic MLR)では、肺気腫誘導群との共培養で有意にT細胞の増殖が亢進していた。これは樹状細胞の主要な機能であるT細胞に対する増殖刺激が肺気腫誘導群で亢進していたことを示す。また、LPS及びpoly(I:C)により樹状細胞を直接刺激すると、肺気腫誘導群でIL-10の産生の亢進が認められた。以上より、気腫形成過程にある肺において、樹状細胞の機能が修飾されていることが示された。

2.エラスターゼを気管内に投与して気腫形成過程にある肺からCD4陽性T細胞とCD8陽性T細胞を分離し、生食を投与されたコントロール群との比較を通じてサイトカイン産生の評価を行った。抗CD3e抗体をプレートに固着させるか培地中にPMAとIonomycinを添加することで細胞を刺激した。CD4陽性T細胞は肺気腫誘導群でIL-4、IL-10、IL-17、IFN-yの産生亢進を認めた。CD8陽性T細胞は肺気腫誘導群でIFN-y 、IL-17、TNF-αの産生亢進を認めたが、 IL-4、IL-10は産生量が極めて少なく、差は認められなかった。CD8陽性T細胞のサイトカイン産生パターンは過去に報告されたTc1細胞に一致するものであった。

3.TUNEL法で肺内のアポトーシス細胞の検出を試みた。その結果、エラスターゼ投与前の肺ではアポトーシスがほとんど認められなかったのに対し、エラスターゼ投与2日後と7日後の肺では気道上皮、肺胞上皮等に多くのアポトーシスを認めた。

以上、本論文はエラスターゼによる肺気腫の形成過程において、樹状細胞のT細胞に対する増殖刺激の亢進とIL-10の産生の亢進を示し、CD4陽性T細胞、CD8陽性T細胞のサイトカイン産生が亢進していることを示した。肺気腫におけるこれらの細胞の役割は未だ不明なことが多く、エラスターゼ誘導肺気腫モデルにおいて上記の知見は初めて得られたものである。COPDの病態における免疫応答については近年注目されており、本研究はこの分野において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24639