学位論文要旨



No 124859
著者(漢字) 廣田,信哲
著者(英字)
著者(カナ) ヒロタ,ノブアキ
標題(和) ロドプシン型GPCRの膜貫通領域に保存されたアミノ酸残基の品質管理および機能における重要性に関する研究
標題(洋) Importance of conserved amino acids in transmembrane domains of rhodopsin type GPCRs in their quality control and function
報告番号 124859
報告番号 甲24859
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3279号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 准教授 野入,英世
 東京大学 講師 本田,善一郎
 東京大学 准教授 尾藤,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

多くのロドプシン型GTP結合蛋白質共役型受容体(GPCR)には、7つの膜貫通領域内に共通アミノ酸残基が点在することが知られている。これまでに多くの研究者達がそれらのアミノ酸残基を他残基に置換した変異体を作製し、細胞破砕後のミクロソーム画分を用いたリガンド結合実験や[(35)S]GTPyS結合実験を実施することで、これら残基の重要性を議論しようと試みた。ところで生細胞内においては、これら変異受容体が異常蛋白質と判断された場合、小胞体(ER)からは搬出されず、分解機構(ERAD)によって処理されてしまう可能性がある。共通アミノ酸残基に変異を施した受容体の中にはそうした要因で諸性質が未解明なものも存在すると考えられる。一方、ER内品質管理の観点からこうした変異受容体の挙動を解析した研究はこれまでに例がない。

本論文では、1)立体構造上、重要と推察される共通アミノ酸残基の変異体を多数作製し、その中から形質膜発現欠損を起こす変異体を選抜し、2)これら変異受容体はER内に貯留するが、薬理学的シャペロン処理により形質膜発現を回復すること、そして、3)薬理学的シャペロン処理で変異受容体を形質膜移行させることにより、個々の変異受容体のシグナル伝達能を生細胞において評価できたことの3つの研究成果をまとめる。

1)本論文では、ヒト型血小板活性化因子(PAF)受容体を研究材料とし、ロドプシン型GPCRの多くに保存されている7つの膜貫通領域(TM1~TM7)内アミノ酸のアラニンへの置換変異体(TM2のロイシン[L59A]・アスパラギン酸[D63A]・メチオニン[M64A]、TM6のフェニルアラニン[F241A, F245A]・システイン[C244A]・プロリン[P247A]、TM7のアスパラギン酸[D289A]・プロリン[P290A]・チロシン[Y293A])を作製した。その変異体をHeLa細胞に発現させ、細胞膜表面への発現量をフローサイトメトリーで調べたところ、L59A, D63A, F245A, P247A, D289A, P290Aを導入した細胞において変異体の細胞膜表面の発現が顕著に低下していることを見出した。以降の解析では、ロドプシンの結晶構造解析においてTM1内アスパラギン・TM7内アラニンと水素結合を形成することが報告されているTM2のアスパラギン酸の変異受容体(D63A)、蛋白質を屈曲させる構造を持つTM6のプロリンの変異受容体(P247A)に着目することとした。なお、この2つのアミノ酸残基の重要性は、他のGPCR(ヒト型ロイコトリエンB4第二受容体・ヒト型GPR43)の当該残基の変異体も形質膜発現が低下することで検証した。

2)変異体の細胞内局在部位を確かめるために共焦点顕微鏡を用いて観察を行った。野生型の受容体は細胞膜表面に存在したのに対し、D63A、P247Aいずれの変異体もERマーカーであるcalreticulineとのマージが確認され、ERに局在することが示唆された。同様の結論は野生型、変異型受容体それぞれの糖鎖修飾成熟度比較からも確認された。つまり、変異体はER排出されず、その多くがERADによって分解処理されていることが推察された。ERAD機構による速やかな分解処理の運命にある変異受容体は、このままではリガンド結合実験や[(35)S]GTPyS結合実験から諸性質を明らかにすることは困難である。そこで私は薬理学的シャペロンに注目した。最近、ER貯留した変異受容体に薬理学的シャペロンとして特異的リガンドを作用させることで変異体の細胞膜表面への発現を増加させた例が報告されている。こうした現象は腎性尿崩症や低ゴナドトロピン性性腺機能低下症などの一部の疾患において、実際の治療に用いられている。そこで変異体を発現させたHeLa細胞をPAF受容体のリガンド(アゴニストであるmethylcarbamyl [mc]-PAFまたはアンタゴニストであるY-24180)存在下で培養した。フローサイトメトリーにて変異体の細胞膜表面への発現量を調べたところ、リガンド処理により野生株と同等レベルまで変異受容体の膜発現が上昇することを確認した。これは脂溶性リガンドが細胞内に入り、変異体と結合することにより、その立体構造を変化させ、その変化によって変異体がERADを回避し、細胞膜表面への発現が上昇したものと推察した。実際、変異体の細胞膜表面発現までのタイムコースを観察したところ、Y-24180添加30分後より変異体の細胞膜表面への発現は認められ、6時間のうちに飽和状態となった。この時間経過は上記の推察を支持するものと考えられる。なお、薬理学的シャペロン処理による変異受容体のER搬出亢進については、共焦点顕微鏡解析での膜局在、成熟糖鎖修飾の出現、ユビキチン化受容体の減少などからも検証した。

3)薬理学的シャペロン処理により細胞膜に移送した変異受容体について、機能解析を行った。シグナル伝達能の評価として、リガンド刺激後の細胞内カルシウムイオン上昇を観察した。変異体発現HeLa細胞をY-24180存在下で培養後、細胞をPBS洗浄することで細胞外からY-24180を除去し、Flex Stationを用いてリガンド刺激後のカルシウムシグナルを調べた。その結果、P247A変異体については、PAF濃度依存的に野生型受容体と同程度のカルシウムレスポンスを検出した。一方、D63A変異体については、測定範囲のPAF濃度でカルシウムレスポンスを検出することはできなかった。この結果は、D63A変異体は構造上のダメージが大きく、リガンド結合性やG蛋白質共役能の低下などの理由により、受容体としての機能を失っていることが推察された。

本研究では、変異体の細胞膜表面への発現量を増加させ、シグナルを観察するために薬理学的シャペロンを用いた。このように薬理学的シャペロンを用いてシグナルを観察した例は少ない。幸いにして今回私はカルシウムレスポンス能の差異からP247AとD63Aの機能の違いを生細胞系で見出すことができた。ロドプシンの結晶構造解析でも示されたように、TM1のアスパラギン・TM2のアスパラギン酸・TM7アラニンが形成している水素結合がGPCRの構造を保ち、シグナル惹起に重要な働きをしていることを改めて示す形となった。この薬理学的シャペロンは現在、腎性尿崩症や低ゴナドトロピン性性腺機能低下症など、遺伝的に細胞膜表面に発現することができない変異を持った受容体の治療に用いられている。これらのケースは、細胞膜表面に発現させれば機能する変異体の場合である。それ以外にも変異蛋白質がERに蓄積するために細胞にERストレスが引き起こされておこる疾患の治療にも一部で用いられようとしている。このように薬理学的シャペロンが疾患の治療に用いられるということも今後はさらに増えていくと思われる。

今回、私は、GPCRの膜貫通領域内に保存されたアミノ酸残基の変異で細胞表面への発現が低下する変異受容体を幾つか見出し、薬理学シャペロンの作用でこれら変異受容体の膜発現が回復したことから、変異体のER内貯留が構造異常に起因すること、そして、こうした構造異常は特異的リガンド結合によってERAD回避まで改善されることを示唆した。また、膜表面に移行させた変異受容体の機能を生細胞レベルで評価し、受容体機能の維持/消失とER内品質管理とが無関係であることを推察した。今後、野生株と変異体間での結晶解析による構造比較が行われ、どの部位のアミノ酸残基もしくはその変化に伴う構造変化がシグナルを伝達するのに重要であるかどうかを解明することが可能になることを期待する。また、その際には変異体の発現量を増加するために薬理学的シャペロンの利用も有用であると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、family 1GPCRに高度に共通するアミノ酸残基の変異体の一部がERで処理されること、それらが薬理学的シャペロンにて形質膜に移行すること、しかしそのシグナル伝達能についてはそれぞれの変異体により差があることを確認し、アミノ酸残基の変異によりおこる変化の違いについて検証した。

1)本論文では、ヒト型血小板活性化因子(PAF)受容体を研究材料とし、ロドプシン型GPCRの多くに保存されている7つの膜貫通領域(TM1~TM7)内アミノ酸のアラニンへの置換変異体(L59A・D63A・M64A・F241A・F245A・C244A・P247A・D289A・P290A・Y293A)を作製した。その変異体をHeLa細胞に発現させ、細胞膜表面への発現量をフローサイトメトリーで調べたところ、L59A, D63A, F245A, P247Aを導入した細胞において変異体の細胞膜表面の発現が顕著に低下していることを見出した。以降の解析では、ロドプシンの結晶構造解析においてTM1内アスパラギン・TM7内アラニンと水素結合を形成することが報告されているTM2のアスパラギン酸の変異受容体(D63A)、蛋白質を屈曲させる構造を持つTM6のプロリンの変異受容体(P247A)に着目することとした。

2)この2つのアミノ酸残基の重要性は、他のGPCR(ヒト型ロイコトリエンB4第二受容体・ヒト型GPR43)の当該残基の変異体も形質膜発現が低下することで検証した。

3)共焦点顕微鏡観察、グリコシダーゼ処理を行った後のウエスタンブロッティングにて変異体(D63A, P247A)がERに局在することを確認した。つまり、変異体はER排出されず、その多くがERADによって分解処理されていることが推察された。

4)ERAD機構による速やかな分解処理の運命にある変異受容体は、量・質ともにこのままではアミノ酸残基の変異による影響を明らかにすることは困難である。そこで私は薬理学的シャペロン(PAFR特異的なリガンド)を利用した。変異体を発現させたHeLa細胞にPAF受容体のリガンド(アゴニストであるmethylcarbamyl [mc]-PAFまたはアンタゴニストであるY-24180)を作用させたところ、変異体の細胞膜表面への発現量が野生株と同等レベルまで上昇することを確認した。これは脂溶性リガンドが細胞内に入り、変異体と結合することにより、その立体構造を変化させ、その変化によって変異体がERADを回避し、細胞膜表面への発現が上昇したものと推察した。

5)変異体の細胞膜表面発現までのタイムコースを観察したところ、Y-24180添加30分後より変異体の細胞膜表面への発現は認められ、6時間のうちに飽和状態となった。この時間経過は上記の推察を支持するものと考えられる。なお、薬理学的シャペロン処理による変異受容体のER搬出亢進については、共焦点顕微鏡解析での膜局在、成熟糖鎖修飾の出現、ユビキチン化受容体の減少などからも検証した。

6)薬理学的シャペロン処理により細胞膜に移送した変異受容体について、機能解析としてリガンド刺激後の細胞内カルシウムイオン上昇を観察した。P247A変異体については、PAF濃度依存的に野生型受容体と同程度のカルシウムレスポンスを検出が確認されたが、D63A変異体については、測定範囲のPAF濃度でカルシウムレスポンスを検出することはできなかった。この結果は、D63A変異体は構造上のダメージが大きく、リガンド結合性やG蛋白質共役能の低下などの理由により、受容体としての機能を失っていることが推察された。

本研究ではGPCRに共通するアミノ酸残基の変異体の及ぼす影響を薬理学的シャペロンを用い、細胞膜表面への蛋白質発現を回復した上でシグナルを観察して明らかにした。技術上の問題で野生株と変異体間での結晶解析による構造比較が行われていない現状において新たなアプローチであり、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51365