学位論文要旨



No 124860
著者(漢字) 冨久尾,航
著者(英字)
著者(カナ) フクオ,ワタル
標題(和) 携帯型情報端末を用いた食事記録システムの開発
標題(洋)
報告番号 124860
報告番号 甲24860
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3280号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 准教授 島津,明人
 東京大学 准教授 植木,浩二郎
 東京大学 特任准教授 山内,敏正
 東京大学 講師 江頭,正人
内容要旨 要旨を表示する

2型糖尿病患者は近年増加傾向にあり、心血管障害など合併症が多いことが知られており、社会的な問題となっている。近年、行動変容プログラムが、体重減量を通して2型糖尿病発症予防や合併症予防に有効であるという報告がなされており、行動変容は関心を集めている。

セルフモニタリングは、行動変容をもたらす手法のひとつであり、行動を被験者自身が記録し、統合的に観察することで、行動を目的の状態に近づけることと定義される。また、記録がまとめ書きによって行われた場合にはデータの信頼性が低い可能性があるため、モニタリングでは、対象となる行動をその都度、速やかにモニタリングすることが求められる。食習慣のセルフモニタリングは、体重減量と減量の維持に有効であり、セルフモニタリングの頻度が多い被験者は少ない被験者より有意に体重減量を達成し、食後速やかにセルフモニタリングを行った被験者は、まとめ書きによるセルフモニタリングを行った被験者より有意に体重減量を達成したと報告されている。従来の食習慣のセルフモニタリングの問題点としては、ほとんどが紙の記録を用いて行われているため、まとめ書きかどうかの確認ができず、データの信頼性に問題がある可能性がある他、被験者にとっても栄養素の参照や計算の手間がかかるという問題点が指摘されている。

近年、紙の記録の問題点を克服するため、携帯型情報端末(personal digital assistant, PDA)を応用した食習慣のセルフモニタリングが開発されている。PDAを用いた食習慣のセルフモニタリングでは、記録を行う度に入力時刻が自動的に記録され、被験者が記録された入力時刻を操作することは不可能である。従って、まとめ書きの状態を研究者・臨床家が確認でき、より信頼性の高いデータが得られる可能性がある。さらに、PDAには食品データベースを内蔵できるため、栄養素の参照と計算をより平易に行うことができ、被験者の負担感を軽減できる可能性がある。

PDAを用いた食事記録に関する研究はこれまでいくつか存在し、糖尿病患者におけるHbA1c値の改善、健常女性における体重減量が報告されている。一方、体重減量プログラム中の肥満者において、食事記録にPDAを用いた群と紙の記録を用いた群では、体重減量に有意な差はなかったと報告されている。先行研究の問題点としては、ほとんどの先行研究では被験者がPDAを用いてどの程度正確に食事摂取量を評価できるかの検証がなされていないことが挙げられる。正確性が担保されない食事記録に基づいてフィードバックがなされた場合、食習慣の適切な行動変容へ悪影響を及ぼす可能性がある。さらに、健常群のみを対象としたPDAを用いた食事記録の正確性の結果を、糖尿病患者に一般化することには問題があると考えられるが、糖尿病患者が使用した場合の正確性はこれまで明らかになっていない。PDAを用いた食事データの正確性を検証した先行研究では、成人を対象として、PDAを用いて得られた食事データは24時間思い出し法によって得られた食事データと有意に相関があるものの、摂取エネルギー評価におけるエラーの最も大きな理由はポーションサイズ(実際に摂取した食事の分量)の評価エラーに基づいたと報告されている。近年、メニューの写真を用いることでポーションサイズの評価エラーを減少しうることが報告されているが、メニューの写真が内蔵されたPDAによる食事記録を用いて被験者が正確に食事摂取量を評価できるかの検証はこれまでなされていない。

以上を背景として、正確な食事記録をより簡便に続けるため、メニューの写真を内蔵したPDAを用いた食事記録システムの開発を行った。健常成人と2型糖尿病患者を対象として、24時間思い出し法によって得られた食事データと比較することで、 PDAを用いて得られた食事データの正確性を評価することを第一の目的とした。さらに、両群を対象として、7日間連続のPDAの使用におけるコンプライアンス(入力頻度)とアドヒアランス(食後速やかにセルフモニタリングを行うこと)を数値化して示すことで、PDAを用いた食事記録システムの実施可能性を評価することを第二の目的とした。

44名の健常成人(男性 20名、全体の平均年齢 23.2 ± 2.5歳、平均body mass index(BMI) 21.1 ± 1.8 kg/m2)と16名の2型糖尿病患者(男性 13名、全体の平均年齢 52.8 ± 9.9歳、平均BMI 25.5 ± 3.5 kg/m2)を対象とした。被験者には、連続した7日間、摂取した食事内容と食事を開始した時刻を可能な限り摂取した直後にPDAを用いて記録を付けるよう求めた。また、別途用意した記録用紙を用いて、食事開始時刻のみを記録するよう求めた。被験者は第8日に管理栄養士による24時間思い出し法を用いた面接を受けた。24時間思い出し法による面接では、第7日に摂取した全ての食事内容を報告するよう被験者に求めた。

PDAで得られた第7日の一日全てに摂取した食事のデータと、24時間思い出し法で得られた食事データとの比較を行うため、Paired t-test、Pearsonの相関係数、級内相関係数としてintraclass correlation coefficients of absolute agreement (ICC-A)、Bland-Altman法を統計解析法として用いた。

7日間連続のPDAを用いた食事記録の実施可能性を評価するため、コンプライアンス(入力頻度)とアドヒアランス(食後速やかにセルフモニタリングを行うこと)を示す値を算出した。コンプライアンスとアドヒアランスは、被験者毎に算出し、健常群と糖尿病患者群で平均値と標準偏差を求めた。コンプライアンスは、一週間PDAに入力された全ての食事頻度を、別途記載された記録用紙に基づいた全ての食事頻度で除することで算出した。アドヒアランスは、食事開始時刻から1時間以内、2時間以内、6時間以内におけるPDAへの入力頻度を、一週間における全ての食事頻度で除することで算出した。

表1に被験者の身体データ・生活歴・電子機器使用歴を示した。被験者のうち、脱落者はいなかった。2型糖尿病患者群では、平均の空腹時血糖値、HbA1c、糖尿病罹病期間は、それぞれ151.0 ± 26.4 mg/dl (mean ± SD)、6.90 ± 0.55 %、6.5 ± 6.8年であった。

PDAによる食事データと24時間思い出し法による食事データとの間で、エネルギー、たんぱく質、炭水化物、脂質の一日総量において、健常群、2型糖尿病患者群ともに有意な差を認めなかった(表2)。Pearsonの相関係数、ICC-Aによる解析では、両群ともに、エネルギーと各栄養素において、PDAによるデータと24時間思い出し法によるデータとの間に有意な相関を認めた(表2)。Bland-Altman法では、PDAによる食事データと24時間思い出し法による食事データとの間には、摂取エネルギーの評価において誤差が存在しないことが示唆された。

コンプライアンスは、健常群では0.98 ± 0.06 (mean ± SD)、糖尿病患者群では0.98 ± 0.03であり、両群とも入力忘れが少ないことが示唆された。1時間以内、2時間以内、6時間以内におけるアドヒアランスは、健常群では、それぞれ、0.40 ± 0.17、0.53 ± 0.16、0.73 ± 0.17であった。2型糖尿病患者群では、それぞれ、0.59 ± 0.31、0.66 ± 0.27、0.79 ± 0.21であった。

本研究では、エネルギーと各栄養素の評価において、健常群と2型糖尿病患者群の両群にて、PDAにて得られたデータと24時間思い出し法によるデータとの間に有意な相関を認めた。先行研究では、エネルギーの評価におけるPDAにて得られたデータと24時間思い出し法でのデータ間でのPearsonの相関係数の結果は0.713と報告されており、本研究においても、健常群、糖尿病患者群にて同様に強い相関を認めた。本研究では、PDAを用いた食事記録システムの新しい機能として、メニュー写真がデータベースに内蔵されており、この機能が好ましい結果に寄与した可能性がある。また、肥満者を対象として紙の記録を用いた食事記録の先行研究では、アドヒアランスは0.51(2時間以内)、0.67(6時間以内)であり、これらは良好な結果といえないとされている。本研究の結果は先行研究の結果とほぼ同等であり、アドヒアランスには改善の余地があると考えられる。

本研究は、いくつかの限界を有している。サンプルサイズが小さく、糖尿病患者群のほとんどが男性であったことから、結果の一般化は注意深く行われるべきである。また、紙の記録を用いて求めた食事頻度の信頼性は明らかでないため、真のコンプライアンスの算出はし得なかった。24時間思い出し法による面接には過少報告の問題が存在する可能性があり、本研究における過少報告の存在は評価し得なかった。過少報告に関する問題は、将来の研究では、観察状況下で秤量化された食事を用いる、もしくは、doubly labeled water 法による評価を行うことで避けられる可能性がある。最後に、PDAを用いた食事記録が、食習慣の改善に有効かどうかを検証するため、介入研究が必要であると考えられる。

本研究の結果は、PDAを用いた食事記録システムは、日常生活における食習慣のセルフモニタリングを評価する方法として、十分に妥当性を有する方法であることを示唆している。さらに、PDAを用いた食事記録システムは、食習慣の信頼できるデータを得ることによって、療養指導を改善するための有益なツールとなる可能性があると考えられた。

表1. 健常群と2型糖尿病患者群における身体データ・生活歴・電子機器使用歴

表2. 健常群と2型糖尿病患者群における、PDAによる食事記録データと24時間思い出し法による食事データから得られたエネルギー・たんぱく質・脂質・炭水化物の平均値・標準偏差・Pearsonの相関係数・級内相関係数(ICC-A)

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、正確な食事記録をより簡便に続けるため、PDAを用いた食事記録システムの開発を行ったものである。PDAを用いた食事記録としては、摂取量の評価エラーを減少しうる食事メニューの写真がPDAに内蔵されていることが新しい点である。さらに、健常群のみでなく2型糖尿病患者を対象として正確性の検証を行ったこと、1週間の使用におけるコンプライアンス(入力頻度)やアドヒアランス(食後速やかにセルフモニタリングを行うこと)の評価を行ったことが、これまでに検証されていなかった点であり、本研究では下記の結果を得ている。

1. 健常群44名(男性 20名、平均年齢 23.2 ± 2.5歳、平均body mass index(BMI) 21.1 ± 1.8 kg/m2)、糖尿病患者群16名(男性 13名、平均年齢 52.8 ± 9.9歳、平均BMI 25.5 ± 3.5 kg/m2)を対象とし、PDAを用いた食事記録は連続した7日間行われた。第7日目の食事を解析対象として、PDAを用いて得られた食事データを、管理栄養士による24時間思い出し法(標準的な食事評価方法)によって得られた食事データと比較することで、正確性の評価を行った。PDAによる食事データと24時間思い出し法による食事データとの間で、エネルギー、たんぱく質、炭水化物、脂質の一日総量において、健常群、2型糖尿病患者群ともに有意な差を認めなかった。PDAを用いた食事記録は、基準となる24時間思い出し法と同等に食事摂取量を正確に評価できることが示された。

2. PDAによるデータと24時間思い出し法によるデータとの相関を検証するため、Pearsonの相関係数、級内相関係数による解析を行ったところ、健常群、糖尿病患者群の両群にて、エネルギーと各栄養素において、有意に強い相関を認めた。

3. PDAを用いた食事記録と24時間思い出し法との間に存在する評価法間の誤差を示すため、Bland-Altman法による解析を行ったところ、PDAによる食事データと24時間思い出し法による食事データとの間には、摂取エネルギーの評価において、誤差が存在しないことが示唆された。

4. 1週間のPDAの使用におけるコンプライアンス(入力頻度)の調査では、両群とも食事の入力忘れがほとんどなかったことが示唆された。アドヒアランス(食後速やかにセルフモニタリングを行うこと)の調査では、両群とも1週間における全食事回数の約4分の3が、食事開始時刻から約6時間以内に入力されていることが示された。

以上、本論文は、PDAを用いた食事記録システムが、日常生活下における食習慣のセルフモニタリングを評価する方法として、健常群のみでなく、2型糖尿病群において、十分に妥当性を有する方法であることを示した。PDAを用いた食事記録システムは、食習慣の行動変容に有益となる可能性があり、今後の療養指導の改善に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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