学位論文要旨



No 124863
著者(漢字) 八木岡,浩
著者(英字)
著者(カナ) ヤギオカ,ヒロシ
標題(和) 悪性胆道狭窄における組織・細胞診の意義
標題(洋)
報告番号 124863
報告番号 甲24863
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3283号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 准教授 川邊,隆夫
 東京大学 特任教授 山崎,力
 東京大学 准教授 野入,英世
 東京大学 准教授 野村,幸世
内容要旨 要旨を表示する

第I章 緒言

様々な良悪性疾患により胆管の狭窄が生じうるが、腹部超音波、CTなどの非侵襲的な画像診断のみでは良悪性の鑑別が困難な場合がある。悪性胆道狭窄の原因としては胆管癌および膵癌が大部分を占めるが、いずれも進行の速い腫瘍であり、根治手術可能な段階で早期診断するために、また根治手術不能でも早期に抗腫瘍療法を導入するためにも、病理組織学的な診断が必須である。

胆道狭窄の病理組織学的診断法としては、内視鏡的逆行性膵胆管造影(ERCP)を利用した以下の4つの方法が行われている:(1)吸引した胆汁の細胞診、(2)狭窄部のブラシ擦過細胞診、(3)狭窄部の鉗子生検組織診、(4)内視鏡的経鼻胆管ドレナージ(ENBD)からの胆汁排液の細胞診、である。ブラシ細胞診および胆管鉗子生検組織診の有用性については多くの報告があるものの、胆管狭窄をきたす様々な疾患に応じた適切な検体採取法についての検討はなされていない。また、ENBD胆汁細胞診は一旦チューブが留置されればERCPを施行することなく日を変えて繰り返し検体を採取することが可能であるが、他の検体採取法に追加した場合のENBD細胞診の付加的意義や疾患に応じた有用性の検討は未だなされていない。

本研究では胆道狭窄に対するERCP下での検体採取の有用性および特徴を検体採取法別、疾患別に評価すると同時に、胆管狭窄の病理組織学的診断におけるENBDの意義を明らかにすることを目的とした。

第II章 対象と方法

1.対象

1999年1月から2008年9月までの間に、東京大学医学部附属病院消化器内科において288例の胆道狭窄に対してERCP下にドレナージを行った。このうち、内視鏡的に検体(狭窄部鉗子生検、狭窄部ブラシ擦過、胆汁)を採取した251例の初回ERCPを本研究の対象とし、retrospectiveに検討を行った。

胆管狭窄の原因疾患の最終診断は、手術検体の病理組織学的所見あるいは臨床経過から確認した。

2.方法

術前の評価として肝胆道系酵素、膵酵素、腫瘍マーカー(CEA, CA19-9)等の血液生化学的検査および画像検査(腹部超音波および/または腹部CT)を全例で施行したうえで、通常の方法でERCPを施行した。

十二指腸鏡を挿入し、造影カテーテルを用いて選択的な胆管カニュレーションを行った。X線透視下に造影剤を注入し狭窄部の位置を確認してから、狭窄部を突破し、造影カテーテルを狭窄部上流まで進めて胆道内圧の減圧と胆汁細胞診のため胆汁を吸引した。吸引した胆汁は滅菌スピッツ内に常温にて保存し、ERCP手技終了直後に細胞診を行った。カテーテル交換用のガイドワイヤーに交換してから、狭窄部の鉗子生検およびブラシ細胞診を行い、最後に胆管ドレナージとして7Fr ENBDチューブ、8.5Frまたは7Fr プラスチックステント、金属ステントを症例に応じて留置した。

採取された検体は標準的な方法で検体処理を行い、病理学的な診断を行った。いずれの場合においても細胞診の結果はclass4, class5のみを陽性とし、組織診についてもgroupIV以上を陽性とした。

3.統計解析

2群の感度の差および2群の減黄効率の差の検定に関しては、それぞれ母比率の差の検定およびt検定を行った。多変量解析に関しては多重ロジスティック回帰分析を行った。ENBD胆汁細胞診追加による陽性率の向上の検定に関しては相関係数の検定を行った。有意水準はいずれも5%とした。母比率の推定には95%信頼区間を用いた。統計解析にはMicrosoft Excelおよびエクセル統計を使用した。

第III章 結果

1.全体の感度・特異度

胆管狭窄251例のうち、ブラシ細胞診は130例、鉗子生検は115例、吸引胆汁細胞診は95例、ENBD胆汁細胞診は83例で施行された。ENBD胆汁細胞診は複数回の採取が可能なため、全体で159回の採取が行われ、1例あたりでは1回~4回、平均2.0回の検体採取が行われていた。

対象症例全体での感度はブラシ細胞診で46.4%、鉗子生検で41.1%、吸引胆汁細胞診で29.8%、ENBD胆汁細胞診で15.0%であり、特異度はいずれの検体採取法でも100%であった。ブラシ細胞診および鉗子生検の感度はENBD胆汁細胞診に比べて有意に高かった(図1)。

2.疾患別の比較

悪性胆道狭窄症例の疾患別、検体採取法別の感度を表1に示す。悪性胆道狭窄の中で、肝外胆管癌および肝門部胆管癌は胆管原発腫瘍であり、膵癌および胆嚢癌胆管浸潤は胆管外原発腫瘍であるといった差異があるため、両群間で各検体採取法別に感度を比較した(図2A~D)。

いずれの検体採取法においても両群間で感度に5%有意水準での有意差は認めなかったが、鉗子生検、ENBD胆汁細胞診の感度はともに膵癌・胆嚢癌胆管浸潤症例に比べ肝外胆管癌・肝門部胆管癌症例で高い傾向にあった(鉗子生検p=0.079、ENBD細胞診p=0.090)。

3.ENBD胆汁細胞診

図3-Aは対象症例の中でERCP中に施行した検体採取法による感度と、その後数日間にわたってENBD胆汁の細胞診を追加した場合の累積陽性率(ERCP時の採取検体による陽性例に、経時的なENBD胆汁採取による陽性例を追加していった感度)を示したものである。「ERCP当日」がERCP施行当日の病理検査陽性率であり、「ENBD1回目」以降は術後にENBD細胞診を1回ずつ追加していった場合の累積陽性率を示している。ENBD細胞診1回目~4回目の施行時期は、1回目が術後平均2.4日後、2回目が平均3.8日後、3回目が平均5.8日後、4回目が8.6日後に施行されていた。

ERCP時に吸引胆汁細胞診のみ行った症例では、「ENBD4回目」までで累積陽性率は29.8%から35.9%へと有意な感度の向上を認めた(p=0.024)。ERCP時にブラシ細胞診を行った症例においても47.7%から50.6%へと有意な感度の向上を認めたが(p=0.035)、ブラシ細胞診と胆管鉗子生検を行った症例では、陽性率の変化は52.3%から52.8%と上昇幅は小さく、有意差も認めなかった(p=0.182)。

次に、疾患別にENBD胆汁細胞診の有用性を検討した(図3-B、図3-C)。膵癌、胆嚢癌胆管浸潤のような胆管外原発腫瘍による胆管浸潤症例にENBD胆汁細胞診を追加した場合の陽性率の変化を図3-Bに示す。ERCP時に吸引胆汁細胞診のみを施行した場合(27.7%→27.7%)、ブラシ細胞診と鉗子生検を施行した場合(49.0%→49.0%)のいずれの場合もENBD胆汁細胞診の追加による陽性率の向上は認められなかった。

次に、肝外胆管癌・肝門部胆管癌といった胆管原発腫瘍症例に同じくENBD胆汁細胞診を追加した場合を図3-Cに示す。これらの疾患群でもブラシ細胞診と鉗子生検を施行した場合はENBD胆汁細胞診による感度の向上は小さかったが(60.7%→62.1%、p=0.182)、吸引胆汁細胞診のみを行った場合には感度は34.5%から47.7%へと有意な上昇を認めた(p=0.016)。

第IV章 考察

迅速かつ的確に胆道狭窄の原因疾患を診断するためには、狭窄部の病理組織学的検査が必須である。このための方法として、狭窄部からのブラシ細胞診と鉗子生検組織診が一般的に行われているが、陽性率はそれぞれ33-57%, 43-81%と決して高くない。今回の検討でも感度はブラシ細胞診46.4%, 鉗子生検41.1%であり他報告と同等であった。鉗子生検組織診は細胞診と比べて十分量の検体を採取することができ組織学的な診断が可能である。しかし先端の硬い生検鉗子を経乳頭的に胆管内に挿入することは、ブラシ擦過や胆汁採取よりも技術的に困難である。今回の検討では、胆管上皮から直接発生した胆管癌・肝門部胆管癌と比較して外部からの浸潤で胆管狭窄を来した膵癌・胆嚢癌胆管浸潤で鉗子生検組織診の陽性率が低い傾向があった。後者では腫瘍が胆管内腔に露出している部位が限られており、手技的な困難さと合わせて正確な部位から鉗子生検検体を得づらいことが、胆管癌に比べて膵癌において鉗子生検組織診の陽性率が低かった一因と考えている。

狭窄部鉗子生検と異なりブラシ擦過細胞診の場合は狭窄の内面を一様に擦過するため、腫瘍が狭窄の一部しか露出していない場合であっても検体を採取することができ、また狭窄部にガイドワイヤーを通すことさえできれば技術的にも容易に検体を採取することが可能である。このことが本研究において胆管原発腫瘍と胆管外原発腫瘍でブラシ擦過細胞診の陽性率に有意差がなかった要因と考えた。

今回の検討では、胆管癌、肝門部胆管癌などの胆管原発腫瘍症例において、特に出血傾向や抗血小板剤内服中などの理由で吸引胆汁細胞診のみ施行された場合には、術後にENBD胆汁細胞診を追加することで陽性率を有意に向上させ得ることが明らかとなった。ENBDとEBDの比較に関しては、すでに胆管炎に対するドレナージの効果では有意差がなく、患者に対する苦痛のみEBDで有意に低いことが示されている。また本研究ではドレナージ効果に関してENBDとEBDの比較を行ったが、両者の間に有意な差はなく(p=0.333)、また両者とも偶発症の有意な危険因子とはなっていなかった。患者の苦痛を考慮すると、ENBD胆汁細胞診による感度向上が期待される症例以外ではEBD留置が適切と考えられる。

本研究の結果をふまえ、胆道狭窄症例における的確な検体採取法を図4に示す。出血傾向などの禁忌がない場合、ERCP時の検体採取法としてはブラシ細胞診が感度の高さおよび疾患毎の陽性率のばらつきの少なさから第1に選択される。胆管鉗子生検は膵癌・胆嚢癌胆管浸潤症例において感度が劣るものの、ブラシ細胞診に追加して施行することで感度の向上が図れることが示されており、可能な限り同時に施行すべきである。出血傾向症例や抗血小板剤内服中の症例など、観血的な検体採取が行えない症例で、かつ胆管原発腫瘍を疑う場合には吸引胆汁細胞診施行の後にENBDチューブを留置し、術後に胆汁排液の細胞診を追加することで感度の向上が期待できる。逆に、胆管外腫瘍の浸潤例(膵癌、胆嚢癌胆管浸潤症例)やブラシ細胞診・鉗子生検が共に施行可能であった症例に対してはENBD胆汁細胞診追加の効果は低く、ドレナージ法としてEBDを考慮するべきである。

第V章 結語

悪性胆道狭窄症例での病理学的診断法としてはブラシ擦過細胞診が有用である。ENBD胆汁細胞診は肝外胆管癌、肝門部胆管癌症例で、かつERCP時にブラシ細胞診、鉗子生検が行えなかった症例では有用であるが、その他の症例での有用性は低く、ドレナージ法としてEBDを検討すべきである。

図1 各検体採取法の感度

表1 悪性胆道狭窄症例における疾患別、検体採取法別感度

図2-A ブラシ細胞診の感度

図2-B 生検の感度

図2-C 吸引胆汁細胞診の感度

図2-D ENBD細胞診の感度

図3-A ENBD胆汁細胞診の累積陽性率(検体採取法別)

図3 ERCP翌日以降にENBD胆汁細胞診を追加していった場合の累積陽性率を示す。

A)ERCP時に吸引胆汁細胞診のみ施行した場合、ブラシ細胞診を施行した場合、ブラシ細胞診と生検を施行した場合を比較した。吸引細胞診のみ、またはブラシ細胞診のみ施行した場合、術後にENBD胆汁細胞診を追加することで感度の向上が図れる。(p=0.024, p=0.035)

図3-B ENBD胆汁細胞診の累積陽性率(膵癌、胆嚢癌胆管浸潤症例)

図3-C ENBD胆汁細胞診の累積陽性率(肝外胆管癌、肝門部胆管癌)

図3 ERCP翌日以降にENBD胆汁細胞診を追加していった場合の累積陽性率を示す。

B)膵癌、胆嚢癌胆管浸潤などの胆管外からの浸潤症例では、ERCP時の検体採取法によらず、ENBD胆汁細胞診を追加しても感度の向上は認めない。

C)肝外胆管癌、肝門部胆管癌などの胆管原発腫瘍症例では、吸引胆汁細胞診のみ施行した場合、ERCP後にENBD胆汁細胞診を追加することで陽性率の向上を図ることができる。(p=0.016)

図4 胆道狭窄症例における検体採取法の提案

審査要旨 要旨を表示する

本研究は胆道狭窄症例に対するERCP下での検体採取の有用性および特徴を検体採取法別、疾患別に評価すると同時に、胆管狭窄の病理組織学的診断におけるENBDの意義を明らかにするため、当院消化器内科にて経験された胆道狭窄症例を対象としてretrospectiveな検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.対象症例全体での感度は、ブラシ細胞診46.4%、鉗子生検41.1%、吸引胆汁細胞診29.8%、ENBD胆汁細胞診で15.0%であり、特異度はいずれの検体採取法でも100%であった。ブラシ細胞診および鉗子生検の感度はENBD胆汁細胞診に比べて有意に高かった(p < 0.05)。

2.肝外胆管癌・肝門部胆管癌といった胆管原発腫瘍による胆道狭窄症例と、膵癌・胆嚢癌胆管浸潤といった胆管外原発腫瘍による胆道狭窄症例を比較すると、有意差は認めないものの、鉗子生検、ENBD胆汁細胞診の感度はともに前者で高い傾向にあった(鉗子生検p = 0.079, ENBD細胞診p = 0.090)。

3.ERCP当日の採取検体に加え、術後にENBD胆汁細胞診を追加していった場合の累積陽性率の変化を検討すると、肝外胆管癌・肝門部胆管癌症例において、ERCP時に吸引胆汁細胞診のみ施行された場合に限り有意に陽性率の向上を認めた(p = 0.016)。

4.ERCP後急性膵炎は全体の6.4%に生じていた。患者背景(年齢、性別)、基礎疾患(膵疾患か否か)、ERCP手技(ドレナージ法、検体採取法)の各項目について、多変量解析にて危険因子の解析を行ったが、いずれの項目に関しても有意な危険因子とはなっていなかった。

5.ENBD施行群およびEBD施行群において、ドレナージ施行直前とドレナージ7日後の血清ビリルビン減少値の比較をおこなったが、両者の間に有意差は認められなかった(3.03mg/dl/week vs 3.70mg/dl/week, p = 0.333)。

以上、本論文は胆道狭窄症例での病理検体採取における疾患による差異を明らかにし、同時にいままで検討されてこなかったENBD胆汁細胞診の意義および特徴を明らかにした。本研究は悪性胆道狭窄における標準的なERCP下検体採取法のガイドライン確立に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24640