No | 124864 | |
著者(漢字) | 八島,陽子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤシマ,ヨウコ | |
標題(和) | 急性膵炎重症化と内臓脂肪の関連に関する検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 124864 | |
報告番号 | 甲24864 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3284号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景と目的 急性膵炎は日本では年間発症率が10万人あたり27.7人であり、近年徐々に増加傾向にある。診断技術や集中治療の進歩もあり、死亡率は低下傾向であるが、未だに重症化すると入院も長期化するため、臨床上注意すべき疾患である。 急性膵炎は、入院時の全身状態が不良であると重症化しやすく、各種の重症化予測スコアが報告されている。肥満と膵炎の関係については、重症化との相関を認めない報告もあるが、有意差を認める報告が多い。 肥満は糖尿病をはじめ各種慢性疾患の背景因子であることが報告されてきており、慢性疾患だけでなく、救急疾患である重症外傷や熱傷患者での予後不良因子であることも報告されている。そして肥満が慢性疾患に影響を及ぼす背景として、内臓脂肪が注目を集めている。 内臓脂肪、とくに膵周囲の脂肪量の多寡が、膵炎の重症化と密に関係するのではないかと仮定し、本研究では急性膵炎患者の内臓脂肪面積を測定し、膵炎の重症化との関連を検討した。 本研究は急性膵炎患者の臨床像および重症化に関係する因子、特に内臓脂肪との関連について検討することを目的とした。 方法 研究デザイン 本研究は、東京大学医学部付属病院で過去8年間に急性膵炎の加療を行った患者における膵炎重症化と肥満の関係を臨床的に検討したretrospective study、および急性膵炎患者と健診受診者とのcase control studyである。 対象 2000年12月から2008年4月までの7年5カ月間に、東京大学医学部付属病院消化器内科で急性膵炎の治療を行った患者を対象とした。まず、消化器内科の疾患データベースから167例を拾い上げた。この中からComputed Tomography (CT) が72時間以内に撮影されていない患者、以下に記載する膵炎の基準を満たさない患者、膵炎の初期加療を他院で行われた患者、身長体重の情報がない患者、20歳以下の症例を除外し124例を本研究の対象とした。 急性膵炎の定義 急性膵炎の定義は、厚生省の基準に準じて (1) 腹部に急性腹痛発作と圧痛がある (2) 血中または尿中に膵酵素の上昇がある(Amyの基準値の3倍以上) (3) CTで膵に急性膵炎を示す所見がある の3項目のうち2項目以上を満たすものとした。 重症膵炎の定義 重症膵炎の判定基準には、Atlanta Criteriaを用いた(表1)。臓器障害、局所合併症、予後因子の各項目のうちいずれか1つ以上を満たすものが重症と定義される。膵仮性嚢胞については、仮性嚢胞の診断はCTで行った。 内臓脂肪面積の測定 膵炎発症後72時間以内に当院で測定されたCT画像をもとにして、内臓脂肪測定ソフト (Fat Scan(R)、N2システム株式会社製)を用いて、 (1) 内臓脂肪面積:Visceral Adipose Tissue (VAT; cm2) (2) 皮下脂肪面積:Subcutaneous Adipose Tissue (SAT; cm2) (3) 腹囲:Waist Circumference (WC; cm) の3項目を計測した。値から内臓脂肪率(VAT/VAT+SAT)を求めた。 内臓脂肪面積はShenらの定義に則り腸間膜脂肪・後腹膜脂肪・前腹膜脂肪を併せて測定した面積とした。 対照群の設定 今回の膵炎患者群の肥満に関する臨床的特徴をより明らかにするために、非膵炎疾患群(対照群)を設定した。亀田総合病院付属幕張クリニックで2006年4月~2008年3月の24カ月の期間に人間ドック検診を受けた2827人の中から、年齢・性別を対応させた248人を選んだ。 対照群の値は臍レベルのものであり、本検討では、急性膵炎症例群のVAT、SAT、WCは臍レベルに一番近いとされるL4/5のものを用いた。 統計的手法 データの解析にはSASインスティチュートジャパン社製JMP 7.0.1版を用いた。膵炎の重症の有無と各因子との関係は成因についてはχ二乗検定、他は名義logistic regression解析を用いた。単変量解析でp < 0.2の因子に関して多変量解析を用いて急性膵炎の重症化に関する危険因子を同定した。内臓脂肪面積別の膵炎重症度との比較検討にはSAS (Statistical Analysis System: SAS Institute)によるexact-trend-testを用いた。Case control studyでは2群間でt検定を行った。すべての場合でp値が両側で0.05未満である場合に統計学的に有意差があると判断した。 倫理審査 本研究は「消化器疾患の治療成績・長期予後に関する研究」として本学倫理委員会の審査の結果承認(番号2058)された範囲内の研究である。 なお、対照群選択の対象となった亀田総合病院付属幕張クリニックの人間ドック受診者からは、個人情報を守秘し研究用にデータを使用する旨の文書での同意書が全例取得されている。 結果 患者背景 対象124例の内訳は男性75例、女性49例であり、平均年齢は59.7歳で24-88歳に分布し、中央値は63歳であった。急性膵炎の成因は胆石・アルコール・特発性の順でこの3つで約半数を占めた。重症例は全症例中で48例(39%)であり、死亡は6例(4.8%)であった。 膵炎重症化と背景因子の単変量解析結果 患者124例を重症膵炎48例と非重症膵炎76例に分けて、性別・年齢・BMI・成因の各因子に加えて入院時のCa、Amy、CRP、Albの値の中間値に分けての単変量解析を行った。成因別の解析については、主原因である胆石性と他の分類に分けての解析を行った。その結果、性別・年齢・体重・BMI・成因・Amy・Ca・CRP・では重症群と非重症群の間に有意差を認めなかった。Albのみに重症群と非重症群の間にp < 0.05となる差を認めた。 VAT・SAT・腹囲の測定結果と解析結果 重症例と非重症例で、VAT・SAT・WCが2群間に有意差があるか検討した。L1/2、L2/3、L3/4、L4/5の4断面においてVAT、SAT、WCのいずれも重症例と非重症例との間に有意差がみられた。内臓脂肪率(VAT/VAT+SAT)はどの測定断面でも有意差を認めなかった。 膵炎の重症有無と各因子の多変量解析結果 単変量解析でp < 0.2であった各項目(年齢、身長、体重、成因、BMI、Ca、CRP、Alb)に加えて、L2/3断面のVAT、SAT、WCについて急性膵炎が重症か非重症かに関する多変量解析を行った。分析には、各値の中央値前後で重症化と関係するとされる側と重症化との関係について名義ロジスティック解析を行った。結果、VAT・SAT・Albの3つが有意であった。 内臓脂肪面積と急性膵炎の合併症に関する解析 VATを50cm2別に分類し性別、重症者数、死亡者数およびAtlanta criteriaの合併症分類の各項目について、exact trend testを行った結果は性別、重症者数、呼吸不全合併、仮性嚢胞合併、Ranson score ≧ 3およびAPACHE II score ≧ 8の6項目について、有意差のある結果となった。 症例対照研究 健常成人群248人を対照として、急性膵炎患者群124人との症例対照研究を行ったところ、内臓脂肪率(VAT/VAT+SAT)だけが有意に急性膵炎群で高かった。 考察 本研究では、急性膵炎患者での重症化と関係する因子として、VAT、SAT、Albが多変量解析の結果にも重症化と関係することを示した。 肥満と急性膵炎の重症化に関してMentula et alは2つのMeta analysisを発表し、肥満と臓器障害・局所障害の発生率・死亡率と関係することを示唆した。動物実験でも、肥満マウスで急性膵炎を起こすと重症化しやすいことが報告されている。本研究では、内臓脂肪面積と皮下脂肪面積が、BMI、腹囲よりも急性膵炎重症化と強く関係することを明らかにした。Albが入院当初においてCaやCRPよりも重症化と関連することも明らかとなった。 内臓脂肪については近年飛躍的な研究の進歩があり、慢性炎症性疾患に関わる内分泌臓器として認識されてきている。脂肪細胞そのものがTNFα,IL6などのアディポサイトカインを放出することが知られる。肥満症例は内臓脂肪が産生する炎症性サイトカインが増加し、抗炎症性サイトカインが低くなっている、つまり通常の状態でも炎症性の準備状態にあることに加え、急性炎症が加わったときにも膵および周囲の内臓脂肪の炎症や壊死領域から多量の炎症性アディポサイトカインが多量に放出され、全身の重症化に至ると推察される。 Trend test の結果、内臓脂肪の多寡が重症化に関係していることを明らかにした。さらに、内臓脂肪量と重症化に関与している各因子の解析から、内臓脂肪量が多くなると、全身状態の不良の指標であるAPACHEII score、Ranson scoreが高い症例の割合が多くなり、臓器障害の中では呼吸不全の合併割合、局所合併症の中では仮性嚢胞の合併率が高くなる傾向があることを示した。 症例対照研究の結果からは内臓脂肪型肥満が急性膵炎のリスクであることが示唆される。 結論 内臓脂肪量が多いことは急性膵炎の重症化の危険因子である。 表1 Atlanta criteria | |
審査要旨 | 本研究は、急性膵炎患者における重症化の危険因子、とくに肥満との関係を検討するため、膵炎発症時のCT画像を用いて内臓脂肪面積を測定しえた124例における、患者因子と重症化との関係を検討したものであり、下記の結果を得ている。 1. 単変量解析の結果、性別・年齢・体重・BMI・成因・Amy・Ca・CRPでは重症群と非重症群の間に有意差を認めず、AlbおよびL1/2、L2/3、L3/4、L4/5の4断面の内臓脂肪面積・皮下脂肪面積・腹囲でp < 0.05 となる有意差を認めた。 2. 単変量解析でp < 0.2であった各項目(年齢、身長、体重、成因、BMI、Ca、CRP、Alb)に加えて、L2/3断面の内臓脂肪面積・皮下脂肪面積・腹囲について急性膵炎が重症か非重症かに関する多変量解析を行った結果、内臓脂肪面積・皮下脂肪面積・Albの3つが有意であった。 3. 内臓脂肪面積の多寡により急性膵炎のどの合併症の出現に差があるのかを検討した。内臓脂肪面積50cm2別に分類して、性別、重症者数、死亡者数およびAtlanta criteriaの合併症分類の各項目についてexact trend testを行った結果、内臓脂肪面積の多寡と、性別、重症者数、呼吸不全合併、仮性嚢胞合併、Ranson score ≧ 3およびAPACHE II score ≧ 8の6項目について、有意差を認めた。内臓脂肪が多いほど、急性膵炎は重症化しやすいことと、仮性嚢胞ができやすいことが示された。 4. 健常成人群248人を対照として、急性膵炎患者群124人との症例対照研究を行った結果、BMI、VAT、SAT、WCの値は、2群間に有意差を認めず、内臓脂肪率(VAT/VAT+SAT)のみが、有意に急性膵炎群で高かった。重症例と軽症例に分けてそれぞれの対照群との検討を行うと、内臓脂肪面積は重症群では対照群に比べ有意に多かったが、非重症群では対照群と差を認めなかった 以上、本論文は急性膵炎患者において重症化と内臓脂肪面積・皮下脂肪面積・Albが関係することを明らかにした。さらに内臓脂肪面積が多いと全身状態が悪化し重症化しやすいことと、局所合併症の中でとくに仮性嚢胞の合併率が高くなることを明らかにした。本研究は今後の急性膵炎患者に対する治療の向上に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/24391 |