学位論文要旨



No 124865
著者(漢字) 姚,皇治
著者(英字)
著者(カナ) ヨウ,コウジ
標題(和) 非受容体型チロシンフォスファターゼSHP-2によるドッキング蛋白Cas-Lのチロシンリン酸化抑制および細胞遊走の制御
標題(洋)
報告番号 124865
報告番号 甲24865
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3285号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,すみ子
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 准教授 伊藤,彰彦
 東京大学 講師 高橋,強志
内容要旨 要旨を表示する

Crk associated substrate lymphocyte type (Cas-L)はCasファミリーに属し、細胞遊走・浸潤、アポトーシス、細胞周期の制御に関与する105kDaのドッキング蛋白である。細胞遊走の制御においては、Cas-Lは接着斑に局在し、増殖因子受容体やインテグリンへの刺激を受けてfocal adhesion kinase (FAK), Srcなどのキナーゼにチロシンリン酸化され、Crk, Nckといったエフェクター分子のリクルートメントから各種のGTPaseを活性化することで遊走を促進すると考えられているが、チロシンリン酸化レベルの制御におけるフォスファターゼの関与は不明であった。1996年MinegishiらがCas-Lと非受容体型チロシンフォスファターゼであるSH2 domain containing protein tyrosine phosphatase (SHP-2)との相互作用を示唆する報告をしており、私はSHP-2に着目してCas-Lに依存する細胞遊走の制御を調べる目的で研究を行った。実験にはヒト肺癌細胞であるA549を用い、Cas-LをトランスフェクションしてCas-Lが高発現する悪性腫瘍細胞の状態をある程度mimicすることを意図した。

実験結果としては、過剰発現したSHP-2はフォスファターゼ活性依存的にCas-Lによる細胞遊走を負に制御した。外因性のSHP-2は細胞内でCas-Lのチロシンリン酸化レベルを制御し、またSHP-2のGST融合蛋白を用いたphosphatase assayにおいて免疫沈降したCas-Lのチロシン脱リン酸化を確認した。また、293T細胞における免疫沈降実験では、チロシンリン酸化依存性にCas-LとSHP-2のsubstrate trapping mutantが結合し、細胞内で両者が複合体を形成することが示唆された。また、deletion mutantを用いた免疫沈降実験では、Cas-Lの基質ドメイン、SHP-2の2つのSH2ドメインが相互作用に重要であることが明らかになった。

この研究により、SHP-2はCas-Lのチロシンリン酸化を抑制して細胞遊走を負に制御することが示された。この結果はSHP-2の多様な生物学的機能の一端を明らかにし、またCas-Lが主要な役割を果たす悪性腫瘍などの病態において、その進展制御機構のより深い理解から臨床応用につながるものである。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は細胞の遊走・浸潤において重要な役割を果たすドッキング蛋白Cas-Lのチロシンリン酸化制御機構を明らかにするため、ヒト肺癌細胞株A549にCas-Lおよび非受容体型チロシンフォスファターゼSHP-2をトランスフェクションする系にて、細胞遊走およびCas-Lのチロシンリン酸化をアッセイしたものであり、下記の結果を得た。

1. A549にCas-LとSHP-2を過剰発現して行った免疫細胞染色では接着斑における両者の共局在が示され、同部位における両者の相互作用が示唆された。

2. A549にCas-LとSHP-2の野生型およびその不活性変異体であるSHP-2 CSをトランスフェクションし、fibronectin (FN)をコートしたtranswellを用いてmigration assayを行ったところ、Cas-Lのトラスフェクションによって細胞遊走は亢進するが、SHP-2の野生型を同時に過剰発現させたものにおいてはCas-Lによる細胞遊走の亢進が抑制された。この結果から、SHP-2はCas-L依存性の細胞遊走を、その酵素活性によって負に制御していることが示唆された。

3. A549に野生型のSHP-2と不活性型のSHP-2 CSをCas-Lと共にトランスフェクションし、FNで刺激した後にlysateからCas-Lを免疫沈降してチロシンリン酸化を評価したところ、野生型のSHP-2をトランスフェクションしたものでは不活性型のSHP-2 CSをトランスフェクションしたものよりもチロシンリン酸化が低下しており、SHP-2は細胞内でCas-Lのリン酸化を抑制することが示された。また、抗Cas-L抗体による免疫沈降物をSHP-2のGST融合蛋白とインキュベーションした場合もチロシンリン酸化の低下を認め、またその効果はvanadateの添加により消失した。これらの結果から、SHP-2はその酵素活性依存的にCas-Lのチロシンリン酸化を抑制していることが示された。

4. 293T細胞にCas-L, SHP-2およびそのsubstrate trapping mutantをFynのkinase negative mutant, constitutively active mutantと共にトランスフェクションして行っ免疫沈降実験では、Cas-LとSHP-2のtrapping mutantが細胞内で複合体を形成することが示され、またその結合はチロシンリン酸化によって著明に増強した。この結果から、SHP-2は細胞内においてCas-Lとチロシンリン酸化依存性に複合体を形成し、そのリン酸化レベルを制御していることが示唆された。

以上、本論文はヒト肺癌細胞A549において、SHP-2がCas-Lと複合体を形成し、そのチロシンリン酸化レベルを制御することでCas-L依存性の生物学的プロセスを制御することを示した。研究の進め方は論理的で、データの質も高く信頼性の高い研究成果である。本研究の成果は、SHP-2による生物現象の制御の新しいメカニズムを提唱し、今後、腫瘍や炎症といった病態におけるCas-L-SHP-2相互作用の役割をあきらかにしていく事で臨床的な応用も期待できる研究結果であると考えられる。の点から、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

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