学位論文要旨



No 124870
著者(漢字) 欧陽,卓
著者(英字) Ouyang,Zhuo
著者(カナ) オウヨウ,タク
標題(和) 子宮内膜症におけるIL-4の意義の検討
標題(洋) The significance of Interleukin-4 in endometriosis
報告番号 124870
報告番号 甲24870
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3290号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 准教授 藤井,知行
 東京大学 准教授 大西,真
 東京大学 准教授 関根,孝司
 東京大学 講師 亀井,良政
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

子宮内膜症(Endometriosis)は、生殖年齢にある女性の健康を悪化させる謎の病気である。生殖年齢の女性の少なくとも5%に,子宮内膜症があるという統計がある。最も広く信じられている病因論は、月経時に子宮内膜の一部が逆流し、腹腔内で生残し、成長増殖するというものである。しかしながら、逆流した子宮内膜組織がなぜ子宮内膜症として発症するかは未知のままである。この点に関して多くの証拠により、異常な免疫反応及び炎症反応が子宮内膜症の発症と関係していることが示唆されている。中でもいくつかの証拠は、Th2細胞の免疫反応が子宮内膜症の発症に密接に関連することを示している。さらに、子宮内膜症に罹る女性は自己免疫疾患を合併しやすい傾向もある。アレルギーと喘息などの自己免疫疾患は、子宮内膜症で高い罹患率で報告されている。

インターロイキン4(IL-4)は、Th2細胞が分泌する代表的なサイトカインであり、B細胞とT細胞の増殖促進を含む多くの生物学的役割を持っている。IL-4が自己免疫とアレルギーにおいて重要な分子であることも知られている。子宮内膜症患者ではヒト末梢血単核細胞と腹腔内貯留液の中でIL-4の発現量が増加しているという証拠により、IL-4が子宮内膜症の病態生理において重要な役割を果たすことは推測されているが、IL-4の子宮内膜症発症機序の中での具体的な作用はまだ不明である。

ケモカイン(Chemokine)は、小さな分泌タンパクである。Eotaxin(CC Chemokineファミリーの新しいメンバー)は好酸球、好塩基球及びTh2リンパ球などに対する有力な化学遊走物質(Chemoattractant)である他に、炎症の促進、免疫反応の増強、線維性癒着の誘導、血管新生の誘発などの多機能の生物学的作用を持っている。また、Eotaxinはアレルギー反応にも関わっている。Eotaxinと子宮内膜症の関係についてみると、Eotaxinが正所性子宮内膜組織及び子宮内膜症組織の上皮細胞で産生され、腹腔内貯留液中のEotaxinの蛋白質濃度は子宮内膜症で高値になることが報告されているが、本症への関与は不明である。

【目的】

子宮内膜症の発症機序において免疫が重要であることが示唆されている。子宮内膜症にアレルギー性の疾患が合併しやすいことなどから、Th2細胞の関与が示唆されているものの、これまで詳細は不明であった。我々はTh2細胞の主要な特異的サイトカインであるIL-4について、子宮内膜症の進展における役割を明らかにしようとした。また、子宮内膜症においてIL-4が他の細胞因子とどのような相関関係を持つかをみるために、我々はIL-4のESCからのEotaxin分泌に与える影響を検討した。さらに、Eotaxinは子宮内膜症の病態生理において何らかの役割を演じることが推測されるため、子宮内膜症組織でEotaxinの局在を検討した。

【対象と検体】

平均年齢35.2才、III期またはIV期の子宮内膜症患者32名。

インフォームドコンセントのもと、腹腔鏡手術時に卵巣子宮内膜症検体を採取した。一部は、凍結切片を作成し免疫組織染色を行った。他は、組織より子宮内膜症間質細胞(ESC)を分離培養した。

【方法と結果】

(1)子宮内膜症組織におけるIL-4及びEotaxinの局在

卵巣子宮内膜症検体で連続凍結切片を作成し、IL-4及びEotaxinの免疫組織化学染色を行った。子宮内膜症組織の間質にIL-4陽性細胞が認められ、その頻度は約14%であった。これらの細胞はCD3との蛍光抗体法二重染色によってTh2細胞であることが確かめられた。

子宮内膜症組織におけるEotaxinは間質細胞と上皮細胞の2種類の細胞に発現していた。その頻度は約19%であった。Eotaxinは蛍光抗体法により細胞質に存在することが示された。また、多くのEotaxin及びIL-4陽性細胞はしばしば子宮内膜症組織で同じ血管を囲んで、分布していた。

(2)IL-4受容体のmRNAの発現

RT-PCR法によりESCに、IL-4受容体の遺伝子発現が確認された。

(3)IL-4のESCからのeotaxin 分泌に与える影響

RT-PCR法、Real-time quantitative PCR法とELISA法による測定では、IL-4(0.1-10ng/ml)添加により24時間後、Eotaxin mRNAの発現量(5.5 fold)と蛋白質の発現量(8.7 fold)は用量依存性に有意に増加した。最大効果は10ng/mlで観察された。

(4)IL-4がESC増殖に与える影響

Cell Counting kit -8(48時間)とBrdU Cell Proliferation Assay(72時間)によると、IL-4(0.1-10ng/ml)添加により、ESCの細胞数とBrdU取り込みは用量依存性に有意に増加した。このIL-4のESC増殖作用は抗IL-4受容体中和抗体により抑制された。

(5)IL-4がESC増殖を促進することに関与する細胞内シグナル伝達経路

Western blotting法により、我々は、ESCでのp38 MAPK、SAPK/JNKとp42/44 MAPKのリン酸化状態を調べた。ESCでIL-4はp38MAPK, JNK, ERKの各MAPキナーゼのリン酸化を誘導した。次に各MAPのキナーゼの阻害剤(SB202190、P600125 、PD98059))を添加し、IL-4のESC増殖効果を検討した。各MAPキナーゼの阻害剤はIL-4のESC増殖作用を有意に抑制した。特に、これら3つのMAPキナーゼ阻害剤の同時添加は、IL-4のESC増殖作用を強く抑えた。

(6)ESC増殖及びEotaxin分泌に関するIL-4とTNF-αの協同作用

炎症性サイトカインであるTNF-αはESC増殖を促進することが報告されている。今回の検討ではIL-4とTNF-αはESC増殖に関して、協同作用を示した。

【考察】

Th2細胞は子宮内膜症組織においてIL-4を産生していた。IL-4はIL-4受容体により子宮内膜症の増殖を促進することが示唆された。IL-4のESC増殖作用に関与する細胞内シグナル伝達経路は各MAPのキナーゼであることが認められた。子宮内膜症ではTh17細胞が炎症を介して促進因子として作用していることが知られており、病巣におけるT細胞系のネットワークを制御することが今後の治療戦略に重要かも知れない。

子宮内膜症組織における2種類の細胞:間質細胞と上皮細胞はEotaxinを分泌していることが示唆された。多くのEotaxin及びIL-4免疫反応細胞は同じ血管を囲んでいる発現しており、Eotaxinは子宮内膜症組織の血管新生に関わっている可能性が示唆される。さらに、IL-4はEotaxinを介して子宮内膜症組織の血管新生に影響を与えるかも知れない。また、IL-4は用量依存性にESCからのEotaxin分泌を促進する効果を示した。これらの所見から、Eotaxinが子宮内膜症の発展でいろいろな役割を演ずることが示唆される。すなわち、子宮内膜症の病態生理において、IL-4が重要な役割を果たすことが考えられた。

今回の研究により、子宮内膜症の進展に免疫系がIL-4、Eotaxin、TNF-αなどの因子を介して関与していることが示唆された。子宮内膜症の進展における免疫系の意義を朗らかにするため、更なる検討が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

子宮内膜症の発症機序において免疫反応が重要であることが示唆されている。子宮内膜症にアレルギー性の疾患が合併しやすいことなどから、Th2細胞の関与が示唆されているものの、これまで詳細は不明であった。本研究はTh2細胞の主要な特異的サイトカインであるIL-4について、子宮内膜症の進展における役割を明らかにしようとしたものである。また、子宮内膜症に関する免疫ネットワークでIL-4は他の細胞因子と相関関係はまだ不明であるため、本研究ではIL-4がESCからのEotaxinの分泌に与える影響を検討した。さらに、Eotaxinは子宮内膜症の病態生理において何らかの役割を演じることが推測され、子宮内膜症組織でEotaxinの局在を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.子宮内膜症性卵巣の嚢胞で連続凍結切片を作製し、IL-4及びEotaxinの免疫組織化学染色を行った。子宮内膜症組織の間質にIL-4陽性細胞が認められ、その頻度は約14%であった。これらの細胞はCD3との蛍光抗体法二重染色によってTh2細胞であることが確かめられた。

2.子宮内膜症組織におけるEotaxinは間質細胞と上皮細胞の2種類の細胞に発現された。トータル頻度は約19%であった。Eotaxinは酵素抗体法と蛍光抗体法により細胞質に存在することが示された。その上、多くのEotaxin及びIL-4陽性細胞はしばしば子宮内膜症組織での同じ血管を囲んで、分布していた。

3.RT-PCR法によりESCに、IL-4受容体の遺伝子発現が確認された。

4.RT-PCR法、Real-time quantitative PCR法とELISA法にて、IL-4(0.1-10ng/ml)添加により24時間後、Eotaxin mRNAの発現量(5.5 fold)と蛋白質の発現量(8.7 fold)は用量依存性に有意に増加した。最大効果は10ng/mlで観察された。

5.IL-4(0.1-10ng/ml)添加により、Cell Counting kit -8(48時間)とBrdU Cell Proliferation Assay(72時間)によって、ESCの細胞数とBrdU取り込みは用量依存性に有意に増加した。このIL-4のESC増殖作用は抗IL-4受容体中和抗体により抑制された。

6.Western blotting法により、ESCでのp38 MAPK、SAPK/JNKとp42/44 MAPKのリン酸化状態を調べた。ESCでIL-4はp38MAPK, JNK, ERKの各MAPキナーゼのリン酸化を誘導した。次に各MAPのキナーゼの阻害剤(SB202190、P600125 、PD98059))を添加し、IL-4のESC増殖効果を検討した。各MAPキナーゼの阻害剤はIL-4のESC増殖作用を有意に抑制した。特に、これら3つのMAPキナーゼ阻害剤の同時添加は、IL-4のESC増殖作用を強く抑えた。

7.炎症性サイトカインであるTNF-αはESC増殖を促進することが報告されている。今回の検討ではIL-4とTNF-αはESC増殖に関して協同作用を示した。

以上、本論文でTh2細胞は子宮内膜症組織においてIL-4を産生していた。IL-4はIL-4受容体により子宮内膜症の増殖を促進することが示唆された。IL-4のESC増殖作用に関与する細胞内シグナル伝達経路は各MAPのキナーゼであることが認められた。子宮内膜症ではTh17細胞が炎症を介して促進因子として作用していることが知られており、病巣におけるT細胞系のネットワークを制御することが今後の治療戦略に重要かも知れない。子宮内膜症組織における2種類の細胞:間質細胞と上皮細胞はEotaxinを分泌していることが示唆された。子宮内膜症組織はEotaxinの新しい産生源であることが知られている。多くのEotaxin及びIL-4陽性細胞は同じ血管を囲んでいることが発現され、Eotaxinは子宮内膜症組織の血管新生に関わっている可能性が示唆される。さらに、IL-4はEotaxinを介して子宮内膜症組織の血管新生に影響を与えるかも知れない。また、IL-4は用量依存性にESCからのEotaxinの分泌を促進する効果を示した。これらの所見は、Eotaxinが子宮内膜症の発展でいろいろな役割を演ずることが示唆されている。すなわち、子宮内膜症の病態生理において、IL-4が重要な役割を果たすことが考えられた。本研究は子宮内膜症の発症への解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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