学位論文要旨



No 124873
著者(漢字) 堤,亮
著者(英字)
著者(カナ) ツツミ,リョウ
標題(和) コレステロール硫酸によるプロゲステロン産生調節機序の解析
標題(洋)
報告番号 124873
報告番号 甲24873
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3293号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 准教授 藤井,知行
 東京大学 教授 井上,聡
 東京大学 准教授 関根,孝司
 東京大学 准教授 加藤,聡
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

プロゲステロンは着床などの生殖現象を制御する重要な性ステロイドホルモンの一つで、主として卵巣・胎盤から分泌される。プロゲステロン産生の異常は不妊症や黄体機能不全の原因になると考えられ、プロゲステロンの産生調節機構の解明は生殖内分泌において重要な課題である。子宮内膜においてコレステロール硫酸(CS)の含有量が性周期で変化し、着床現象との関連が注目されている。コレステロール硫酸とプロゲステロンの関連は未解明な部分が多いが、最近副腎において、コレステロール硫酸がプロゲステロン産生に関係する可能性が示された。卵巣・胎盤におけるコレステロール硫酸によるプロゲステロン産生調節について検討した。

【方法】

(1)CSのKGN細胞のプロゲステロン産生抑制作用について

卵巣ステロイド産生のモデルとしてヒト顆粒膜細胞腫由来の細胞株KGN細胞を用いた。培養液中に10μM CS, 10μM Cholesterol, 1mM 8-bromo-cAMPを単独及び同時添加し24時間培養した。培養液中のプロゲステロン濃度はEnzyme linked fluorescent assayにより測定した。プロゲステロン産生関連遺伝子であるStAR protein、Ferredoxin、 Ferredoxin reductase、P450scc、3βHSD2のmRNA発現量を定量的RT-PCRにて評価した。またWestern blot法にてStAR proteinの発現を検討した。

(2)ラット卵巣におけるSULT2B1b・STSについて

幼若ラットに過排卵刺激を行い、顆粒膜細胞の初代培養を行った。培養液中にCS, 8-bromo-cAMPを単独及び同時添加し培養し、24時間後のプロゲステロン濃度を測定した。生体内での卵巣中のCSの変化を検討するため、ラット卵巣の過排卵周期(幼若ラットにPMSGを投与後48時間にhCGを投与した)におけるSULT2B1b(CS合成酵素)と STS(CS分解酵素)のmRNA発現量の変化を定量的RT-PCRにて検討した。またSULT2B1bとSTSのラット卵巣における局在を in situ hybridization 法にて検討した。

(3)CSのJEG-3細胞におけるプロゲステロン産生促進作用

胎盤ステロイド産生のモデルとしてヒト絨毛癌由来の細胞株JEG-3細胞を用いた。培養液中にCS, 8-bromo-cAMPを単独及び同時添加し24時間培養した。培養液中のプロゲステロン濃度を測定し、プロゲステロン産生関連遺伝子であるMLN64、Ferredoxin、 Ferredoxin reductase、P450scc、3βHSD1の発現量を定量的RT-PCRにて評価した。

(4)CS・CholesterolとCholesterol,輸送蛋白との結合

プロゲステロン産生の律速段階で働くコレステロール運搬体StAR proteinとMLN64とのCS・コレステロールとの結合性の違いを表面プラスモン共鳴法により検討した。結合曲線の解析より、KD:解離定数を算出した。StAR proteinとMLN64のSTARTdomainのリコンビナント蛋白を精製して実験に用いた。

【結果】

(1)CS+cAMP添加群ではcAMP添加群に比してプロゲステロン濃度は70%まで有意に減少した。StAR protein mRNA発現量はCS+cAMP添加群ではcAMP添加群に比して54%まで有意に発現が減少した。P450scc mRNA発現量はCS+cAMP添加群ではcAMP添加群に比して60%まで有意に発現が減少した。Ferredoxin・Ferredoxin reductase・3βHSD2 mRNA発現量はCSの添加による発現の変化は認めなかった。Western blot法による検討ではCS+cAMP添加群ではcAMP添加群に比してStAR proteinの発現の低下を認めた。

(2)ラット顆粒膜細胞培養系においてcAMP+CS添加群はcAMP添加群に比較して64%にプロゲステロン濃度は有意に減少した。ラット卵巣におけるSULT2B1b mRNAはコントロール群に比してPMSG投与群(24h 35%,48h 56%)・hCG投与群(24h 17%,48h 35%,72h 55%,96h 34%)共に有意な発現量の減少を認めた。ラット卵巣におけるSTS mRNAはコントロール群に比してhCG投与群(48h 14倍,72h 10倍,96h 7倍)では有意な発現量の増加を認めた。in situ hybridization 法にてSULT2B1bは卵巣間質・莢膜細胞にその発現の局在を確認した。同様にSTSは卵巣間質・莢膜細胞にその発現の局在を確認した。

(3)JEG-3細胞ではプロゲステロン濃度はcAMP+CS添加群においてcAMP添加群の1.9倍に有意に増加した。MLN64 ・Ferredoxin reductase・3βHSD1 mRNA発現量はcAMP、CS添加による変化を認めなかった。P450scc mRNA発現量はcAMP添加群、cAMP+CSの添加群において各々無添加群の7.7倍、9倍まで増加を認めたが、両群間では有意な差を認めなかった。

(4)CSとStAR protein とのはKD値8.6×10(-4)、CSとMLN64とのKD値は4.48×10(-4)であった。CholesterolとStAR protein とのKD値はKD:3.5×10(-5)、CholesterolとMLN64とのKD値は1.58×10(-5)であった。CSに対する結合性はStARもMLN64もほぼ同レベルであった。またコレステロールに対する結合性もStARもMLN64もほぼ同レベルであった。

【考察】

ヒト顆粒膜細胞腫由来でKGN細胞の培養系において、プロゲステロン産生関連遺伝子のStAR proteinとP450scc mRNAの発現量はCSにより減少し、CSによるプロゲステロン産生抑制はこれらの遺伝子発現の抑制によることが示唆された。さらにWestern blot法による検討によってCSによりKGN細胞のStAR protein蛋白の発現量も減少していることが明らかになった。これらの成績からCSは卵巣ステロイド産生においてプロゲステロン産生関連遺伝子抑制によりプロゲステロン産生を低下させる、制御的因子であることが示唆された。

StAR proteinはミトコンドリア内のコレステロール輸送に関わる蛋白であるが、プロゲステロン産生における律速段階の1つとされている。菅原らの報告によると、CSは副腎ステロイド産生のモデルである副腎癌由来H295R細胞においてStAR protein遺伝子発現を抑制することを報告し、CSとステロイドホルモン産生に関連があることを明らかにし、注目された。本研究の卵巣モデルとあわせると、CSがStAR protein発現を介してステロイドホルモン分泌を抑制的に調節することが、複数の細胞系において示された事になり、興味深い。

次に生体内での卵巣ステロイド産生に対するCSの作用を検討するために、ラット顆粒膜細胞培養系において実験を行った。その結果、cAMP+CS添加群はcAMP添加群に比較してプロゲステロン濃度は有意に減少した。ラット顆粒膜細胞でもKGN細胞と同様にCSはプロゲステロン産生の制御的因子である可能性が示唆された。更にCS合成酵素(SULT2B1b)と分解酵素(STS)のmRNA発現量の検討を行い、過排卵誘発による卵巣周期により卵巣中のCS含有量が変化するかを検討した。SULT2B1b mRNAはコントロール群に比してPMSG投与群・hCG投与群では有意な発現量の減少を認めた。ラット卵巣におけるSTS mRNAはコントロール群に比してhCG投与群では有意な発現量の増加を認めた。幼若期にはCSがより多く産生されていることが考えられた。またゴナドトロピンによりCS産生が低下することによりステロイド産生が促進される可能性が考えられた。ラット卵巣では幼若期においてCSが多く存在することでプロゲステロン産生を抑制している事が考えられた。またin situ hybridization法による検討で幼若期の卵巣で卵巣間質・莢膜細胞においてCSが産生されていることが示唆された。

ヒト顆粒膜細胞由来のKGN細胞やラット顆粒膜細胞ではCSがプロゲステロン産生に抑制的に働く事が示されたが、胎盤ステロイド産生のモデルとして用いられるJEG-3細胞では、CSはプロゲステロン産生を促進した。JEG-3細胞ではCSはMLN64、P450scc等 のプロゲステロン産生に関連する蛋白の遺伝子発現に影響を与えなかった。過去の報告ではCSが胎盤においてプロゲステロン産生の基質として働いていると報告されているが、JEG-3細胞でも同様にCSがプロゲステロン産生の基質として働いていることが推察された。

Cholesterol輸送蛋白であるStAR proteinとMLN64とのCS・Cholesterolとの結合性の違いが、プロゲステロン産生の促進・抑制に働いている可能性が仮説として考えられた。そこで、StAR proteinとMLN64とCS・Cholesterolの親和性を表面プラスモン共鳴法により検討した。今回の実験では夾雑蛋白は完全に除去できなかったが、CSに対する結合性はStARもMLN64もほぼ同レベルであった。またコレステロールに対する結合性もStARもMLN64もほぼ同レベルであった。したがってCSのKGN細胞とJEG-3細胞に対する作用の相違は、StAR proteinとMLN64とのCS・コレステロールとの結合性の相違に起因するという仮説は否定的であった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究ではコレステロール硫酸 (CS)の卵巣・胎盤におけるプロゲステロン産生に対する作用を検討した。実験には、卵巣ステロイド産生のモデルであるヒト顆粒膜細胞腫細胞株(KGN)、ラット顆粒膜細胞及び、胎盤ステロイド産生のモデルであるヒト絨毛癌細胞株(JEG-3) を用いた。

今回、それぞれの培養液中にCS, cAMPを単独及び同時添加し24時間培養した。培養液中のプロゲステロン濃度やプロゲステロン産生関連遺伝子の発現量を評価し、下記の結果を得ている。

1.ヒト顆粒膜細胞腫由来でKGN細胞の培養系において、CS添加によりプロゲステロン産生は低下した。プロゲステロン産生関連遺伝子のStAR proteinとP450scc mRNAの発現量はCSにより減少し、CSによるプロゲステロン産生抑制はこれらの遺伝子発現の抑制によることが示唆された。さらにWestern blot法による検討によってCSによりKGN細胞のStAR protein蛋白の発現量も減少していることが明らかになった。これらの成績からCSは卵巣ステロイド産生においてプロゲステロン産生関連遺伝子抑制によりプロゲステロン産生を低下させる、制御的因子であることが示唆された。

2.ラット顆粒膜細胞でもKGN細胞と同様にCSはプロゲステロン産生抑制作用を持ち、プロゲステロン産生の制御的因子である可能性が示唆された。更に過排卵誘発による卵巣周期によりラット卵巣中のCS含有量が変化するかをCS合成酵素(SULT2B1b)と分解酵素(STS)のmRNA発現量から検討した。発現量はcontrol群ではSULT2B1bが高く、 STSが低く、幼若期の卵巣にはCSが多く産生されていることが考えられた。ラット卵巣では幼若期においてCSが多く存在することでプロゲステロン産生を抑制している事が考えられた。またin situ hybridization法による検討でSULT2B1b ・STSは共に卵巣間質・莢膜細胞に局在が認められた。

3.胎盤ステロイド産生のモデルとして用いたJEG-3細胞では、CSはプロゲステロン産生を促進した。JEG-3細胞ではCSはMLN64、P450scc等 のプロゲステロン産生に関連する蛋白の遺伝子発現に影響を与えなかった。JEG-3細胞で過去の報告と同様にCSがプロゲステロン産生の基質として働いていることが推察された。

4.Cholesterol輸送蛋白であるStAR proteinとMLN64とのCS・Cholesterolとの結合性の違いが、プロゲステロン産生の促進・抑制に働いている可能性が考えられた。StAR proteinとMLN64とCS・Cholesterolの結合性を表面プラスモン共鳴法により検討した。CSに対する結合性はStARもMLN64もほぼ同レベルであった。またコレステロールに対する結合性もStARもMLN64もほぼ同レベルであった。したがってCSのKGN細胞とJEG-3細胞に対する作用の相違は、StAR proteinとMLN64とのCS・コレステロールとの結合性の相違に起因するという仮説は否定的であった。

以上、本研究では、KGN細胞と初代培養を用いCSが卵巣のプロゲステロン産生の抑制的制御因子であることが、示唆された。そしてそのメカニズムとしてはStAR protein とP450sccのプロゲステロン産生関連遺伝子の発現抑制によるものであることが、示された。本研究はプロゲステロン産生調節の解明に寄与するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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