No | 124874 | |
著者(漢字) | 鶴賀,哲史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ツルガ,テツシ | |
標題(和) | ショウジョウバエ癌抑制蛋白LglのヒトホモログであるHugl-1の子宮体癌への関与とその機能解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 124874 | |
報告番号 | 甲24874 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3294号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 生殖・発達・加齢医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ショウジョウバエ異形成性癌抑制蛋白LglのヒトホモログであるHugl-1の発現は,大腸癌組織や悪性黒色腫組織において低下している。しかも遠隔転移やリンパ節転移を伴う症例でHugl-1の発現低下が高頻度であることから,Hugl-1は癌の進行とくに転移に関わると考えられている。Lglの哺乳類ホモログであるmLglは数個のWD40 (tryptophan-aspartic acid)ドメインと,細胞極性決定因子であるaPKC (atypical Protein Kinase C)により修飾されるリン酸化ドメインを持つことがわかっているが,機能については細胞極性形成に関わると考えられているものの十分には解明されていない。 近年Hugl-1と同様にショウジョウバエ異形成性癌抑制蛋白であるhDlgとhScribが,子宮頸癌の原因ウィルスであるハイリスクHPV(16型,18型)のE6蛋白により,ユビキチン-プロテアソーム経路を介して分解されていることがわかり,同じく分解の標的となっているp53とともにそれらの機能が注目されている。Hugl-1,hDlg,hScribの3つの蛋白は細胞内でScribble複合体として存在し細胞極性に関わる機能を果たしていることがわかっているが,その詳細は未だ不明である。癌細胞の特徴である無秩序な増殖と他臓器への浸潤・転移は,正常細胞で通常みられるコンタクトインヒビション(運動している細胞どうしが接触すると細胞間接着が形成され,運動と増殖を停止すること)機構が破綻していることによるという説がある。そのため細胞間接着装置の構造,細胞間接着が極性を形成する分子機構,接着と運動・増殖の相互作用についての研究は癌研究における重要なテーマであり,Scribble複合体についても研究が進められている。 本研究では,近年日本で増加傾向にある子宮体癌におけるHugl-1の発現について臨床検体を用いて検討した。さらにその発現低下が癌の進展に関与すると考えられているHugl-1の機能について,細胞間接着に着目し,分子細胞生物学的な手法を用いて解析した。 まず86例の子宮体癌組織を用いたRT-PCR法により,子宮体癌におけるHugl-1の発現の有無を検討した。癌組織中のHugl-1のmRNAの発現の有無により2群(Hugl-1消失群とHugl-1発現群)に分類した。全体の10.5%にあたる9例でHugl-1の発現が消失していた。Hugl-1消失群ではリンパ節転移陽性例が54.5%とHugl-1発現群の17.3%と比較して有意に高頻度であった(p = 0.012)。 このことは大腸癌や悪性黒色腫で既に報告されている癌組織内でのHugl-1の発現低下を支持する結果であった。正常細胞におけるHugl-1の機能や,癌化する過程でHugl-1の発現が低下する機構がいまだ解明されていないため,Hugl-1を癌抑制蛋白であると断定することはできないが,さまざまな癌種においてHugl-1が低下しているという事実は,LglのヒトホモログであるHugl-1がヒトにおいて癌抑制蛋白として機能している可能性を示唆する。 次にHugl-1と複合体を形成する蛋白を新規に検索するために,培養細胞から得た蛋白抽出液と抗Hugl-1抗体を用いて免疫沈降をおこない,結合した蛋白をPMF解析により同定した。Hugl-1と複合体を形成する蛋白としてLMO7を同定した。LMO7は13番染色体上に遺伝子があるLIMドメインをもつ蛋白として1998年に報告され,その後LMO7が乳癌発癌の関連遺伝子であること,リンパ節転移を伴う乳癌組織や大腸癌組織で過剰に発現していることが分かっている。さまざまな組み換え蛋白を発現させ,免疫沈降法とGSTプルダウン法を用いて,Hugl-1とLMO7の結合や結合部位を確認した。その結果Hugl-1とLMO7の結合はLMO7のC末端側にあるLIMドメインを介していることがわかった。さらに,培養細胞を用いた蛍光免疫染色法により細胞内でのHugl-1とLMO7の局在を検討した。両者は細胞間接着部位とくにアドヘレンスジャンクションで共局在していることがわかった。またLMO7がHugl-1と結合する際に必要であるとわかったLIMドメインに変異をおこすと,LMO7の局在が変化し細胞質に集積することがわかった。 LMO7は上皮細胞の細胞間接着部位のアドヘレンスジャンクションに局在することがわかっている。LMO7はアファディンを介してネクチン複合体と,αアクチニンを介してカドヘリン複合体とそれぞれ結合し,アドヘレンスジャンクションを安定させる機能をしていると考えられている。Hugl-1の細胞間接着における機能に関しては不明であったが,Hugl-1がLMO7と結合することがわかったことにより,LMO7とともにアドヘレンスジャンクションで細胞間接着の安定に関わっている可能性が示された。癌の転移は,(1)癌細胞の原発巣での無秩序な増殖,(2)癌細胞の原発巣からの離脱,(3)周辺組織への破壊的な浸潤,(4)血管やリンパ管への侵入と管内での移動,(5)血管およびリンパ管の内皮細胞との接着,(6)血管およびリンパ管からの脱出,(7)遠隔組織での生着と再増殖,といった過程を経てはじめて成立する。Hugl-1の発現の低下は,既に報告されている接着能の低下と運動能の亢進,MMPの亢進に加えて,今回検討したアドヘレンスジャンクションにおける役割など,いくつかのプロセスに関与してリンパ節転移を促すと考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は、ショウジョウバエ癌抑制蛋白LglのヒトホモログであるHugl-1の子宮体癌への関与を明らかにするためにRT-PCR法を用いて子宮体癌組織内でのHugl-1の発現を検討し、さらに細胞間接着に着目し分子細胞生物学的な手法を用いてHugl-1の機能についての解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.86例の子宮体癌組織をRT-PCR法により検討したところ,全体の10.5%にあたる9例でHugl-1の発現が消失していた。Hugl-1消失群ではリンパ節転移陽性例が54.5%とHugl-1発現群の17.3%と比較して有意に高頻度であった(p = 0.012)。 2.Hugl-1と複合体を形成する蛋白として、乳癌発癌の関連蛋白でリンパ節転移を伴う乳癌組織や大腸癌組織で過剰に発現していることが分かっているLMO7を同定した。 3.免疫沈降法とGSTプルダウン法を用いて,Hugl-1とLMO7の結合や結合部位を確認したところ、Hugl-1とLMO7の結合はLMO7のC末端側にあるLIMドメインを介していることが判明した。 4.培養細胞を用いた蛍光免疫染色法により、細胞内でHugl-1とLMO7は細胞間接着部位とくにアドヘレンスジャンクションで共局在していることがわかった。またLMO7がHugl-1と結合する際に必要であるとわかったLIMドメインに変異をおこすと,LMO7の局在が変化し細胞質に集積することがわかった。 以上、本論文はHugl-1の消失が子宮体癌においてリンパ節転移と関わっていることを示し、Hugl-1がアドヘレンスジャンクションの構成蛋白であるLMO7と直接結合し,アドヘレンスジャンクションの安定化に関わっている可能性を示した。本研究は、リンパ節転移の成立に関わっていると考えられるHugl-1の機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものである。 | |
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