学位論文要旨



No 124877
著者(漢字) 松山,玲子
著者(英字)
著者(カナ) マツヤマ,レイコ
標題(和) エストロゲン関連受容体α新規転写共役因子DPF2の同定と解析
標題(洋)
報告番号 124877
報告番号 甲24877
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3297号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 本間,之夫
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 特任教授 井上,聡
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 講師 大須賀,穣
内容要旨 要旨を表示する

序論

核内受容体は、標的遺伝子プロモーターの特異的DNA配列に結合し転写反応を制御する転写因子であり、脂溶性ビタミンやステロイド化合物、各種代謝中間産物等の脂溶性低分子群をリガンドとして直接結合することで転写制御反応を調節する。核内受容体は遺伝子スーパーファミリーを形成し、現在のところヒトでは48種類存在する。大多数の核内受容体はリガンド結合依存的に受容体の構造が変換され、相互作用因子が転写共役抑制因子(コリプレッサー複合体)から転写共役活性化因子(コアクチベーター複合体)へ入れ替わることで、標的遺伝子の転写反応を活性化している。また、転写反応においてクロマチン高次構造を閉じたり緩めたりするクロマチンリモデリング因子の重要性も示されている。しかし、核内受容体遺伝子の中には依然、内在性リガンドが未知の受容体が多数存在し、核内オーファン受容体として分類されている。一般的に核内オーファン受容体は恒常的な転写活性を有していると考えられるが、その転写活性の制御機構には不明な点が多い。理由の一つに核内オーファン受容体の転写活性化機能の検出が困難であることがあげられる。

エストロゲン関連受容体α(Estrogen-related receptor alpha ; ERRα) は1988年、Giguereらがエストロゲン受容体αのDNA結合領域をプローブとしたcDNAライブラリーのスクリーニングによって同定した最初の核内オーファン受容体である。ERRαの生物学的機能は、脂肪酸酸化、ミトコンドリア生合成、酸化的リン酸化等の細胞内代謝機能の制御のほか、骨の維持や軟骨形成等の骨代謝の制御、乳癌・卵巣癌との関連性等、多様である。

ERRαの内在性リガンドは未だ不明であるが、既知コアクチベーター因子であるPGC1α, βや, SRC-1等のp160ファミリーが相互作用し、ERRα転写活性化機能を促進することが知られている。特に代謝関連の研究では、PGC1α,βの下流エフェクターとしてのERRαの役割に焦点を当てているものが多い。PGC1αのmRNA発現レベルは通常は少量であるが、飢餓やその他代謝ストレスで誘導をうけ、発現が上昇し、ERRαに対し非常に強い転写活性化能を示すため、代謝調節の転写共役因子としての重要性が示唆されている。しかしながらPGC1αの発現が誘導されない状態、あるいは発現誘導を受けない組織におけるERRαの転写活性化機能については不明な点が多い。ERRαがPGC1αの他にどのような因子と相互作用するのか、ERRα特異的な転写共役因子は存在するのか、ERRα転写活性化能制御に関わるヒストン修飾とその相互作用因子についての分子機構について等も不明な点が多い。

そこで、ERRαの転写活性調節機構の解明と生体内機能における解析を目的として、生化学的な精製手法を用いてERRα転写共役因子複合体の同定を行った。

結果

生化学的な手法を用いてERRα相互作用因子を高精度に精製するために、ERRαを恒常的に発現する細胞株(Stable cell line)を作成し、浮遊旋回培養により大量に培養し、核抽出液を取得した。その後、抗体カラムによる精製を行い、質量分析計により多数のERRα相互作用因子候補を同定した。その一つ、Double PHD finger protein 2 (DPF2) に着目した。DPF2は二つのPHDフィンガー領域を有する全長391アミノ酸のタンパク質である。

まず、DPF2がERRαと相互作用することを、マウス筋芽細胞株C2C12細胞における免疫沈降法およびGSTプルダウン法にて見出した。

次に酵母のGAL4/UAS系を用いたルシフェラーゼアッセイ法にてDPF2が転写共役抑制因子活性を有することを見出した。さらにERRαに対するDPF2の転写共役抑制活性を検討した結果ERRαの転写活性はDPF2により抑制され、DPF2がERRαの転写共役抑制因子であることが見出された。なお、DPF2はアンドロゲン受容体に対してリガンド依存的に転写活性抑制能を示したが、エストロゲン受容体αの転写活性化能は変化させず、DPF2は核内受容体に対して選択的に作用する転写共役抑制因子であった。

次に、DPF2がC末端に二つのPHDフィンガー領域を有することに着目し、DPF2のヒストン修飾認識能をヒストンプルダウン法にて検討した。その結果、DPF2のダブルPHDフィンガー領域はヒストンH3のアセチル化修飾およびトリメチル化修飾を認識することを見出した。なお、インビトロヒストンアセチル化アッセイ法を行ったが、DPF2の免疫沈降産物はヒストンアセチル化活性を有さなかった。また、DPF2はERRαの既知転写共役因子PGC1α、CBP/p300、SRC3のいずれに対しても相互作用を示さなかった。

DPF2の相同遺伝子DPF1, 2, 3が神経細胞においてATP依存的クロマチンリモデリング因子複合体(BAF複合体)の新規構成因子であることが報告されたため、DPF2とBAF複合体構成因子との相互作用を検討した結果、DPF2はBAF複合体のコアサブユニット(BAF155, BAF170, BAF250)と相互作用を示した。またGAL4応答配列レポーターを恒常発現する293F細胞を用いて検討した結果、GAL4-DPF2の転写共役抑制活性はHDAC阻害剤トリコスタチンA (TSA) 添加により解除されることが見出され、さらにDPF2とHDAC1が相互作用することが免疫沈降法にて示された。

以上より、DPF2はヒストンのアセチル化修飾を認識し、ヒストン脱アセチル化酵素HDAC1をリクルートし、さらにクロマチンリモデリング因子複合体(BAF複合体)を構成することでERRαの転写活性化機能を抑制することが示された。

次にDPF2の生体内機能の解析を行った。近年ERRαの標的遺伝子が多数同定されており、その中から、グルコース輸送体GLUT4、糖新生調節酵素PDK4、細胞内エネルギーセンサーSTK11に着目した。まず、通常状態のC2C12細胞を用いてERRα標的遺伝子プロモーターにおけるERRα、DPF2のリクルートをクロマチン免疫沈降法にて検討した。その結果、ERRα、DPF2は標的遺伝子のプロモーターのERRα結合配列近傍にリクルートされることを見出した。次に、DPF2のノックダウン条件下でクロマチン免疫沈降法を行い、ERRα標的遺伝子プロモーターにおいてヒストンアセチル化修飾が増強されることが見出された。したがってDPF2がERRα標的遺伝子プロモーターにおいてヒストンアセチル化修飾を減弱させる可能性が示唆された。

また、ERRα標的遺伝子のmRNA発現をリアルタイムPCR法にて検討した。C2C12細胞においてDPF2をノックダウンすると、ERRα標的遺伝子mRNAの発現が促進された。しかし、DPF2とERRαの両者をノックダウンするとERRα標的遺伝子の発現変動は観察されなかった。したがって、DPF2は代謝関連遺伝子の発現制御においてERRαを介して抑制的に機能すること、その機序はプロモーター領域におけるヒストンアセチル化修飾制御であることが示唆された。

考察

今回のERRα恒常発現細胞株の大量培養系の確立と生化学的精製の結果から、今までに報告されていないERRα新規転写共役抑制因子DPF2の同定に成功した。さらにERRαの転写共役因子として、DPF2の他に機能未知の因子が多数存在することが示唆された。ERRαの内在性リガンドは不明であり、恒常的に転写活性化能がONである可能性も示唆されてきた。しかしながら近年ERRα自身のリン酸化やSUMO化修飾が転写活性制御に作用することが明らかにされ、これらの修飾を制御するシグナル等によるERRα転写活性化能のON/OFF調節機構が存在すると思われる。

今回同定したDPF2を含む因子はERRα活性抑制状態に寄与していると思われる。機序として、DPF2がヒストンのアセチル化修飾を認識し、HDAC1をリクルートすることでERRα標的遺伝子プロモーターのERRα結合配列近傍のヒストンを脱アセチル化し、さらにクロマチンリモデリング因子複合体を構成しクロマチンの構造変換を行うことでERRαの転写活性に対して抑制能を示すものと思われる。さらにDPF2 RNAiを用いた結果から、DPF2が筋芽細胞株C2C12細胞において熱産生や糖代謝に関わるERRα標的遺伝子の発現を制御することを見出した。これらの結果からDPF2が生体内代謝調節機能に関連することが示唆され、今後の機能解析が期待される。

以上核内オーファン受容体ERRαと相互作用する転写共役因子として、DPF2の取得に成功した。この因子はヒストンアセチル化修飾制御などのエピジェネティクス制御を介した転写制御を、主に熱代謝や糖代謝制御関連遺伝子群について行うことが判明し、今後の研究の発展が期待できる因子であった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、核内オーファン受容体であるエストロゲン関連受容体α(ERRα)の転写活性化制御機構の解明および生体内機能の解析を行うために、生化学的手法を用いてERRαの新規転写共役因子の精製・同定を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.ERRαを恒常的に発現する細胞株(Stable cell line)をHeLa細胞にて樹立した。この細胞株を大量培養し、核抽出液を取得したのち、抗体カラムを用いて精製し、得られた相互作用因子を質量分析計にて同定した。その結果、Double PHD finger protein 2 (DPF2)を始めとして、多数の機能未知因子が取得され、ERRαには多数の相互作用因子が存在することが示唆された。

2.筋芽細胞株C2C12細胞を用いたレポーターアッセイを行い、DPF2が転写共役抑制因子(コリプレッサー)の活性を有すること、DPF2がERRαに対して転写共役抑制因子として働くことが示された。さらにDPF2は、アンドロゲン受容体(AR)に対しては転写共役抑制因子であった一方、エストロゲン受容体α(ERα)に対しては転写共役因子活性を示さなかった。したがって、DPF2は核内受容体選択的に機能する転写共役抑制因子であることが示された。

3.DPF2はC末端に二つのPHDフィンガー領域を有するタンパク質である。このPHDフィンガー領域によるヒストン修飾の認識能をヒストンプルダウン法にて検討したところ、DPF2のダブルPHDフィンガー領域がヒストンのアセチル化修飾およびトリメチル化修飾を認識し結合することが示された。PHDフィンガー領域は従来、ヒストンのメチル化修飾を認識する領域として報告されているが、DPF2のPHDフィンガー領域がヒストンのアセチル化修飾を認識し結合できる点で、新たな発見であった。

4.DPF2はヒストン脱アセチル化酵素(HDAC1)と相互作用することが、C2C12細胞を用いた免疫沈降法により示された。さらに、GAL4応答配列レポーターの恒常発現細胞を用いたレポーターアッセイにより、GAL4-DPF2の転写共役抑制活性は、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤により解除されることが判明した。したがって、DPF2はヒストン脱アセチル化酵素との相互作用により、ERRαに対して転写共役抑制活性を発揮することが示された。

5.DPF2は、BAFクロマチンリモデリング因子複合体のコアサブユニットであるBAF155, BAF170, BAF250と相互作用することが、C2C12細胞を用いた免疫沈降法により示された。したがって、DPF2がクロマチンリモデリング因子複合体を構成していることが示唆された。

6.C2C12細胞を用いたクロマチン免疫沈降法により、ERRαの標的遺伝子であるGLUT4, PDK4, STK11のプロモーターのERRα結合配列近傍において、DPF2がリクルートされることが示された。また、DPF2をRNAiによりノックダウンすると、これらの標的遺伝子プロモーターのERRα結合配列近傍のヒストンアセチル化修飾が増強された。したがって、DPF2はこれらのプロモーターにおいて、ヒストンアセチル化修飾を制御していることが示唆された。

7.C2C12細胞において、DPF2をRNAiによりノックダウンし、ERRα標的遺伝子mRNAの発現変動をリアルタイムPCR法にて検討した。その結果、GLUT4, PDK4, STK11のmRNAはいずれも発現が上昇した。さらに、DPF2とERRαの両者をノックダウンしたC2C12細胞を用いたリアルタイムPCR法では、これらの遺伝子mRNAの発現変動が観察されなかった。したがって、これらの代謝関連遺伝子において、DPF2はERRαを介して発現を抑制していることが示された。

以上、本研究ではERRαの相互作用因子の生化学的な精製により、新規転写共役抑制因子DPF2を取得した。DPF2が転写共役因子活性を有すること、核内受容体に対して転写共役因子として働くことを初めて明らかにした。さらにDPF2のPHDフィンガー領域がヒストンのアセチル化修飾を認識し結合すること初めて見出した。本研究は、不明な点の多い核内オーファン受容体の転写活性化調節機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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