学位論文要旨



No 124878
著者(漢字) 細川,さつき
著者(英字)
著者(カナ) ホソカワ,サツキ
標題(和) SNPタイピングアレイを用いた子宮体癌における染色体変異の解析およびその予後との関連に関する考察
標題(洋)
報告番号 124878
報告番号 甲24878
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3298号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 本間,之夫
 東京大学 准教授 藤井,知行
 東京大学 教授 井上,聡
 東京大学 准教授 金森,豊
 東京大学 教授 深山,正久
内容要旨 要旨を表示する

〔序論〕

悪性腫瘍は発生および進展の過程で様々な遺伝子に発現異常が生じ、これが蓄積していくことで浸潤、転移などの悪性形質を獲得していくとされているが、この背景には個々の遺伝子変異に加えて染色体コピー数異常(Chromosomal Instability:CIN)やマイクロサテライト不安定性(Microsatellite Instability:MSI)などのゲノム不安定性が重要な因子になることが明らかとされている。本研究は、子宮体癌におけるゲノム不安定性の全体像とその意義を詳細に解析することを目的とした。すなわち、CINとMSIを解析することによりゲノム不安定性の包括的な評価を行い、さらにSNP (Single Nucleotide Polymorphism)タイピングアレイの特性を生かして、従来の方法(CGH:comparative genome hybridization法)で確認しえなかったHomozygous Deletion(HD)やUniparental Disomy (UPD)の有無を解析した。さらに染色体コピー数異常の個数をもとに、CINの程度について細分類し、MSIや臨床病理学的因子との関連性を解析し、ゲノム不安定性が予後に与える影響について検証した。

〔方法〕

対象として子宮体癌(類内膜腺癌)25人の患者の腫瘍および血液の採取を行い、DNAを抽出した。また、子宮体癌(類内膜腺癌)11人については、癌部のみでDNA抽出を行った。これら臨床検体はすべて、倫理委員会の承認のもと、患者の同意をえた上で使用した。これら36症例について、SNPタイピングアレイ施行し染色体コピー数の変化を解析した。

SNP タイピングアレイ(Mapping 50K Array XbaI, Affymetrix)の原理の概略は以下のとおりである。アレイ上にはY染色体を除く全ゲノムの約55,000個の一塩基多型(SNP)についてプローブが設計されている。検体のDNA(250ng)を制限酵素により切断、アダプターを付加し、このDNA断片をプライマーで増幅、精製した後、断片化した。断片化したPCR産物をラベルし、アレイにハイブリダイゼーションした。シグナルを専用ソフトウェアにより数値化し、Genome Imbalance Map法(GIM)によりゲノムワイドにアレル別の遺伝子コピー数解析を行った(正常DNAを含む25例)。癌部からのDNAのみを用いた11例については、総染色体コピー数の変化を解析した。

次に、5つのマイクロサテライトマーカーを用いてMSI解析を行った。ラベルしたプライマーを用いてPCR反応を行ったのち、3130 Genetic Analyzer(Applied Biosystems)で電気泳動を行い、GeneMapper Software Version 4.0(Applied Biosystems)で解析を行った。

各症例の臨床病理学的因子を調べ、ゲノム不安定性との関連につき、Fisher's Exact Testにて検定した。予後解析は、全生存期間をKaplan Meier法により解析し、予後の差はLog-rank testにより検定した。多変量解析は、Coxの比例ハザードモデルを用いた。

〔結果〕

1. SNPタイピングアレイによるゲノムコピー数解析

アレル別コピー数解析において、一方のアレルの推定コピー数が0コピーである染色体領域をヘテロ接合性の消失(LOH)として選出した。LOHを伴わない領域でゲノム総コピー数が3コピー異常であると推定された部位を染色体増加領域とし、両アレルが欠失(0コピー)していると推定されたところをHD領域とした。片アレルが欠失し、残りのアレルが2コピー以上の染色体領域をUPDとして選出した。この結果、25例のうち、21例(84%)に少なくとも1ヶ所以上のコピー数変化を認めた。染色体増加領域は14例(56%)、LOHは16例(64%)で認められた。HDが認められた染色体の部位4ヶ所は、6p21.2、9p21.3、10q23.31、17q11.21であり、既知の癌抑制遺伝子であるCDKN2A(p16INK4a)およびCDKN2B(p15INK4b)(9p21.3)、PTEN(phosphatase and tensin homolog)(10q23.31)、NF1(neurofibromin 1 )(17q11.21)が含まれていた。UPDは10症例32ヶ所で認められた。既報でコピー数増加が多い8q、10qなどでUPDが存在し、これまでコピー数増加とされていた部位に実際にはLOHも生じているものがあることが明らかとなった。癌抑制遺伝子CDKN2A、CDKN2B、PTEN、TP53を含むそれぞれの領域で、UPDを有する症例があることが確認された。中でもPTEN (10q23)領域にUPDを認めるものが4例と最多であった。

各々の症例を、染色体コピー数変化を有する部位の個数により分類したところ、5ヶ所以上で生じているCIN-Extensiveが7例(28%)、1-4ヶ所で生じているCIN-Intermediateが14例 (56%)、いずれの部位でも生じていないCIN-Negativeが4例(16%)であった。

2. マイクロサテライト不安定性の解析

5つのマーカーのうち2つ以上でマイクロサテライト不安定性を認めるMSI-H (MSI-high) が10例、1つ認めた場合のMSI-L (MSI-low)が0例、いずれも不安定性を認めない場合MSS (Microsatellite stable)が15例であり、再発・死亡例はすべてMSSであった。

3. Chromosomal InstabilityとMicrosatellite Instabilityの関係

CIN-ExtensiveではMSI-Hが14%のみであるのに対し、CIN-NegativeではMSI-Hが75%と高頻度であった。CIN-Intermediateについては、MSI-Hが43%(6/14)であり、CINの程度の進行とともに、MSIの頻度が減少する傾向がみられた。

4.CIN,MSIおよび臨床病理学的因子との関連

CIN-Extensive群とCIN-Intermediate / CIN-Negative群の2群間で、臨床病理学的因子との関連を比較したが、年齢、分化度、脈管侵襲、臨床進行期、筋層浸潤のいずれの因子についても、有意な差は認められなかった。UPDの有無についても、これら臨床病理学的因子との間に有意な差は認められなかった。一方、MSIとMSS間の比較では、MSI陽性例で脈管侵襲陽性のものが有意に多く(P=0.049)、50歳以上(90%)、組織学的分化度Grade2/3(80%)、筋層浸潤2/3以上(60%)の因子もそれぞれ高頻度であった。

5.CIN、MSIと予後

36例におけるSNPタイピングアレイ結果をもとに全生存期間を解析したところ、臨床進行期III/IV期(p=0.023)、組織学的分化度G2/G3(p=0.046)とともに、CIN-Extensiveは有意に予後不良であった(p=0.0027)。これら3因子について多変量解析を行ったところ、CIN-Extensiveのみが独立した予後不良因子であった。

〔考察〕

これまでの染色体変異の研究はCGH (comparative genome hybridization)法によるものがほとんどで、相対的なゲノムの増減しか検出できないという問題点があった。本研究ではSNPタイピングアレイを用いることで、CGH法に比べさらに高解像度で、絶対コピー数の推定による染色体変異の解析が可能となった。今回、ホモ欠失領域が2例4ヵ所、UPD領域が10例32ヶ所に存在しており、本法がこれらの異常の同定に極めて有効であり、また、子宮体癌においてHD、UPDの存在が少なくないことが明らかとなった。中でも、PTEN遺伝子については、UPDまたはHDが計5例(20%)に認められており、従来の変異やLOHの報告ともあわせ、子宮体癌における重要性がさらに明らかとなった。また、既知の癌抑制遺伝子である、CDKN2A(p16INK4a)、CDKN2B(p15INK4b)、NF1を含む部位でもHDやUPDが存在していた。HDは、LOHを示す領域のうちのごく一部にのみ存在する場合が多いため、従来のCGH法での検出率は低く、またUPDはCGH法では検出しえなかった。今回、これまで低頻度とみられていた上記癌抑制遺伝子の機能喪失が子宮体癌で存在しうることが明らかとなり、SNPタイピングアレイ法の有用性が示された。また、高解像度で、より限局した領域に絞り込めることより、今後新規の癌抑制遺伝子の探索につながることも期待される。

CIN陽性率は84%であったが、染色体コピー数が1~4ヶ所に限局しているものが56%を占めており、5ヶ所以上のものは28%に過ぎないことが明らかとなった。そこで、CINの有無ではなく程度によって細分類したところ、CIN-Extensiveは、臨床進行期・組織学的分化度などの臨床病理学的因子とは独立して予後不良であることが明らかとなった。CINの程度が強いほどMSI陽性率が低くなったことからも、今回の分類が有用であると考えられた。以上より、子宮体癌(類内膜腺癌)は、病理学的診断で分類するだけでは病態解明に十分とはいえず、ゲノム不安定性という観点から細分類し、それぞれについて癌の発生・進展の機序をさらに解明していくことが必要と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では子宮体癌におけるゲノム不安定性の全体像とその意義を明らかにするため、SNPタイピングアレイを用いて染色体コピー数を高解像度に解析した。染色体増加領域、ホモ欠失領域(HD)、ヘテロ接合性の消失(LOH)、Uniparental Disomy (UPD)をもとに、染色体不安定性(Chromosomal Instability: CIN)の全貌を明らかにし、さらにマイクロサテライト不安定性(Mcrisatellite Instability:MSI)との関連性も検証し、下記の結果を得ている。

1.染色体増加は14「例、LOHは16例、ホモ欠失領域は2例4ヵ所、UPD領域は10例32ヶ所に存在しており、SNPタイピングアレイがこれらの異常の同定に極めて有効であり、子宮体癌におけるHD、UPDの存在の重要性が明らかとなった。

2.PTEN遺伝子については、従来の変異やLOHに加え、UPDの頻度も高く(16%)、HD例も存在しており、子宮体癌における重要性がさらに明らかとなった。また、CDKN2A(p16INK4a)およびCDKN2B(p15INK4b)、NF1といった癌抑制遺伝子についても、HDやUPDが存在することが明らかとなった。

3.症例によって染色体コピー数変化を示す部位の個数が大きく異なることが明らかとなった。コピー数変化が5ヶ所以上で生じている症例(CIN-Extensive)が7例(28%)、1-4ヶ所で生じている症例が14例(56%)(CIN-Intermediate)、いずれの部位でも生じていない症例(CIN-Negative)が4例(16%)という結果が得られた。

4.5つのマーカーのうち2つ以上でマイクロサテライト不安定性を認めるMSI-High (MSI-H)が10例(40%)、いずれも不安定性を認めないMicrosatellite Stable (MSS)が15例(60%)であり、再発・死亡例はすべてMSSであった。

5.CIN-ExtensiveではMSI-Hが14%のみであるのに対し、CIN-NegativeではMSI-Hが75%と高頻度であった。CINの程度の進行とともに、MSIの頻度が減少する傾向がみられた。

6.Kaplan Meier法を用いて生存曲線の比較検討を行ったところ、臨床進行期III/IV期(p=0.023)、組織学的分化度G2/G3(p=0.046)とともに、CIN-Extensiveは有意に予後不良であった(p=0.0027)。Cox比例ハザードを用いた多変量解析を行ったところ、CIN-Extensiveのみが独立した予後不良因子であった。

以上、本論文ではSNPタイピングアレイを用いることで、子宮体癌において、染色体増加領域、LOH領域に加え、HDやUPDも数多く存在することを明らかとし、また、ゲノム不安定性におけるCIN、MSIの意義についても新たな知見を提唱した。本研究は、子宮体癌の病態解明に大きく寄与するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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