学位論文要旨



No 124879
著者(漢字) 内野,繭代
著者(英字)
著者(カナ) ウチノ,マユヨ
標題(和) インスレーターを搭載したアデノ随伴ウィルスベクター(rAAV)の開発
標題(洋)
報告番号 124879
報告番号 甲24879
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3299号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 准教授 藤井,知行
 東京大学 講師 百枝,幹雄
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 講師 榎本,裕
内容要旨 要旨を表示する

組換えアデノ随伴ウイルス(rAAV)は非病原性で、様々な細胞へ感染し、比較的安定した遺伝子発現を示すことから、遺伝子治療のベクターとして開発が進められている。効率的な遺伝子発現を示すベクターの開発は遺伝子治療への応用にきわめて重要である。我々は、遺伝子発現の効率と継続性の向上を期待して、エピジェネティックな発現調節配列を持つrAAVを作製し、マウスに接種して導入遺伝子の発現を調べた。エピジェネティックな遺伝子発現調節機構であるインスレーターの利用はひとつの効果的な手段となる可能性がある。これまでトリβグロビン遺伝子のインスレーターをレトロウイルスベクターやアデノウイルスベクターに搭載し、インスレーターが導入遺伝子の発現に与える効果についての報告はある。ウイルスベクターの臨床応用においては、インスレーターと結合するヒト細胞因子群との親和性を考慮して、ヒトインスレーターの応用が望ましい。しかし現在までに、ヒトインスレーターであるDHSを搭載したアデノ随伴ウイルスベクターを作成し、その機能を動物実験で検証した研究はない。本研究では、ヒトを含めた複数の種由来のインスレーターおよびMARを搭載した新しいrAAVを作成し、C2C12細胞あるいはマウス四頭筋への形質導入能を調べた。

hEF1αプロモーターの下流にホタルルシフェラーゼ遺伝子を繋いだ発現カセットを作製し、プロモーターの上流にヒト(AAVS1)、トリ(βグロビン 5'HS4)、ウニ(アリルスファターゼ)のインスレーターを挿入した。このrAAVを精製し、4週齢のマウス(Balb/c)の大腿筋に1×109ゲノムコピー接種して、1、3、6ヶ月後に大腿筋を回収した。その結果、DHSおよびcHS4により、EFによる遺伝子発現が、C2C12細胞において2から3倍、マウス四頭筋においてそれぞれ1000倍および100倍に増強した。ArsおよびMARでは遺伝子発現の上昇は認められなかった。マウス筋肉におけるベクターゲノムのコピー数は、インスレーターの有無で変化が無かったことから、DHSおよびcHS4はEFからの転写を増強したと考えることが出来る。

マウス筋肉におけるEFからのDHSにより遺伝子発現増強レベルは、現在までにみつけられたプロモーター/エンハンサーとして最も効率のよいCMVと比べ遜色なかった。DHSおよびcHS4はCMVからの遺伝子発現には影響しなかった。これらの結果は、比較的効率のよくないプロモーターの転写レベルを、ほぼ現在考えられる最大レベルまでDHSが増強したことを示唆する。

導入遺伝子の発現を治療戦略に沿った局所に限定するために、組織特異プロモーターの利用が期待されている。352bpの断片であるDHSの転写増強作用は、組織特異的プロモーターなどの効率の悪いプロモーターを用いたrAAVの作成にあたり有用である可能性がある。今回の実験結果より、実際にCKMプロモーターでの有効性は示された。逆に組織特異性が維持されているかどうかは今後の更なる研究を要する。しかもDHSはサイズが小さく、ゲノムが小さいアデノ随伴ウイルスベクターへの搭載に適している。またインスレーターは周囲の遺伝子のエンハンサー、サイレンサーの影響やヒストンの修飾による不活化クロマチンの形成を遮断すると考えられ、遺伝子治療において導入遺伝子の保護に応用できると期待される。rAAVは染色体に組み込まれないが、今回の実験では24週までの期間で遺伝子発現の増強を認めており、インスレーターはエピソームに存在する導入遺伝子の保護にも貢献をしている可能性がある。

今回、MARを用いた実験では導入遺伝子発現の昂進は得られなかった。インスレーターとMAR では遺伝子発現の際のベクターの構造、ゲノムやヒストンの修飾が異なり、それによって遺伝子の発現効率に与える影響も異なるのかもしれない。MAR搭載rAAVではゲノムの環状DNAの割合が減少しており、染色体への組み込みが促進されているか、rAAVゲノムの2本鎖形成が阻害されている可能性が示唆された。

現段階ではDHSの導入遺伝子発現昂進作用の分子学的メカニズムは明らかでない。CMV/E(-)に挿入されたDHSはCMVエンハンサーを代償できなかったことから、昂進作用は古典的エンハンサーとは異なる可能性もある。ゲノム比較に基づく機能領域の絞り込みによりDHSの内部にはヒト・チンパンジー・サル・イヌ・ラット・マウスで非常によく保存された領域が大きく分けて3カ所あった(I、II、III)。このI・IIと重なるようにZNF143結合配列があり、そしてIとIIの間にもう1カ所ZNF143結合配列があり、それぞれをZ1、Z2、Z3とし、これらの配列にはマウスのZNF143ホモログであるZfp143が結合することが証明された。変異置換実験にて3カ所全てに変異導入したもの(nt.69-253mmm)およびZ1・Z3の2カ所に変異導入したもの(nt.69-253mwm)では増強効果が失われており、発現増強にはZfp143がZ1あるいはZ3のいずれかに結合することが必要だと考えられた。ZNF143はアフリカツメガエルの転写活性因子のヒトホモログであり、転写開始に関わると考えられており、DHSによる遺伝子発現の昂進にも関与している可能性が高い。

過去の研究によりrAAVゲノムの大部分は染色体外のコンカテマーとして維持されることが示されていることから、DHSおよびcHS4は細胞DNAに導入されずに転写を増強するといえる。われわれは引き続きDHSが他のプロモーターへ同様の効果を示すかを調べている。転写の昂進は、これまであまり注目されなかったインスレーター機能の一つであり、そのメカニズムについては今後の研究を要する。DHSの機能に関する詳細な研究を進めているが、研究成果はインスレーターの理解、および遺伝子治療などの臨床研究に貢献すると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

組換えアデノ随伴ウイルス(rAAV)は非病原性で、様々な細胞へ感染し、比較的安定した遺伝子発現を示すことから、遺伝子治療のベクターとして開発が進められている。本研究では、ヒトを含めた複数の種由来のインスレーターおよびMARを搭載した新しいrAAVを作成し、C2C12細胞あるいはマウス四頭筋への形質導入能を調べた。ヒト由来インスレーターの詳細な解析も併せて行い、以下の結果を得た。

(1)hEF1αプロモーターの下流にホタルルシフェラーゼ遺伝子を繋いだ発現カセットを作製し、プロモーターの上流にヒト(AAVS1)、トリ(βグロビン 5'HS4)、ウニ(アリルスファターゼ)のインスレーターを挿入した。このrAAVを精製し、4週齢のマウス(Balb/c)の大腿筋に1×109ゲノムコピー接種して、1、3、6ヶ月後に大腿筋を回収した。その結果、DHSおよびcHS4により、EFによる遺伝子発現が、C2C12細胞において2から3倍、マウス四頭筋においてそれぞれ1000倍および100倍に増強した。マウス筋肉におけるベクターゲノムのコピー数は、インスレーターの有無で変化が無かったことから、DHSおよびcHS4はEFからの転写を増強したと考えることが出来る。

(2)CMV/E(-)に挿入されたDHSはCMVエンハンサーを代償できなかったことから、昂進作用は古典的エンハンサーとは異なる可能性もある。

(3)ゲノム比較に基づく機能領域の絞り込みによりDHSの内部にはヒト・チンパンジー・サル・イヌ・ラット・マウスで非常によく保存された領域が大きく分けて3カ所あった(I、II、III)。このI・IIと重なるようにZNF143結合配列があり、そしてIとIIの間にもう1カ所ZNF143結合配列があり、実際にこれらの配列にはマウスのZNF143ホモログであるZfp143が結合することが証明された。変異置換実験にて3カ所全てに変異導入したもの(nt.69-253mmm)およびZ1・Z3の2カ所に変異導入したもの(nt.69-253mwm)では増強効果が失われており、発現増強にはZfp143がZ1あるいはZ3のいずれかに結合することが必要だと考えられた。

過去の研究によりrAAVゲノムの大部分は染色体外のコンカテマーとして維持されることが示されていることから、DHSおよびcHS4は細胞DNAに導入されずに転写を増強するといえる。転写の昂進は、これまであまり注目されなかったインスレーター機能の一つであり、そのメカニズムについては今後の研究を要する。研究成果はインスレーターの理解、および遺伝子治療などの臨床研究に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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