No | 124880 | |
著者(漢字) | 城,青衣 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ジョウ,アオイ | |
標題(和) | 発現アレイによる小児急性骨髄性白血病の診断、分類、および予後解析 | |
標題(洋) | Classification, subgroup discovery, and outcome prediction in pediatric acute myelogenous leukemia by gene expression profiling | |
報告番号 | 124880 | |
報告番号 | 甲24880 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3330号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 生殖・発達・加齢医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 白血病は日本の小児悪性腫瘍の約40%を占め、年間700例程度が発症している。このうち急性リンパ球性白血病(acute lymphoblastic leukemia: ALL)が約70%(年間推定500例)、急性骨髄性白血病(acute myelogenous leukemia: AML)が約25%(年間推定180例)、慢性骨髄性白血病(CML)や骨髄異形成症候群(MDS)などその他の白血病が5%の割合を占めている。白血病は、その診療において過去30年の間に劇的な変化を遂げつつある疾患であり、不治の病から治療可能な疾患へと変わった。診断においては、形態学的診断から免疫学的マーカーによる診断を経て、分子生物学的な診断へと進展しつつある。治療においても、多剤併用および中枢神経系の予防治療だけでなく、超大量療法や造血幹細胞移植なども必須の治療手段として日常的に行われるようになった。さらに現在では、チロシンキナーゼ阻害薬(STI571)や分化誘導剤(ATRA)などの分子標的療法も実用化されている。今後は、新規薬剤導入による治療成績の向上だけでなく、予後良好群に対しては副作用や治療関連合併症を減らすための治療内容軽減、造血幹細胞移植に関しては移植に伴う晩期障害や移植関連死をできる限り減らすためにも適切な移植適応群の抽出、予後不良群に対しては適確な時期に造血幹細胞移植が行えるよう早期の層別化診断が重要となってくる。このように、生命予後や副作用予測なども加味した上で治療計画を選択し、患者にとって最適な治療(custom made therapy)を行うためには、正確な診断が必要不可欠である。 小児のAMLは多様な病態を有するヘテロな疾患であり、形態学的な分類や染色体異常の解析などにより治療内容の選択や予後予測が行われてきたが、その精度はいまだに不十分であり、特に特徴的な因子を有さない群においては治療内容の決定や治療反応性の予測が困難となっている。本研究では、小児AMLの診断精度の向上を図り、新規予後因子を同定するため、マイクロアレイを用いた発現解析を行った。 DNAマイクロアレイとは多数の遺伝子発現を同時に分析するため、スライドガラスなどの小基盤上に既知のDNAを高密度に整列(アレイ)させたもので、DNAチップや遺伝子チップなどとも呼ばれる。操作手順としては、患者の臨床検体(本研究では小児AML患者からの初発時骨髄血)からRNAを抽出し、cDNAの増幅・蛍光標識(ラベリング)を行い、基盤上のDNAに結合(ハイブリダイズ)させ、結合したcDNAの蛍光強度を読み込み(スキャン)、コンピューター上で画像を数値化することにより発現強度を測定する。最大の利点は、1回の操作にて数千から数万種の遺伝子発現を同時に測定できることであり、網羅的な解析に非常に有用である。各腫瘍の生物学的特徴はその遺伝子発現により規定されていると予想され、このような網羅的遺伝子発現データにより分類を行うとその生物学的特徴に基づいた腫瘍の診断が行われ、その病態の把握や治療に対する反応性の予測も可能であると考えられている。これまでに、悪性リンパ腫、肺がん、乳がん、甲状腺がん等において、マイクロアレイを用いた遺伝子発現パターンによる腫瘍分類が行われ、臨床的な予後の予測が可能であるとすでに報告されている。 発現アレイによる最初の白血病解析は1999年GolubらによりScienceに掲載され、急性白血病患者においてALLとAMLの鑑別が発現プロファイルによって可能と報告された。その後、数多くの研究グループより各種転座症例特異的発現や予後関連のマイクロアレイデータが発表されたが、アレイプラットフォームが統一されていないことなどから比較評価が難しい状態が続いている。2004年BullingerらによりNEJMに掲載された論文では、成人AMLにおいてマイクロアレイによる詳細な分類が可能であることが発表され、同年Rossらにより小児AMLに関する同様な解析結果がBloodに掲載され、マイクロアレイ診断の有用性が期待された。現在Haferlachらのヨーロッパのグループが、Rocheと共同研究(MlLE Study)により成人白血病患者3,000例以上を集めて診断アレイを開発中である。2007年ASH(American Society of Hematology)Annual Meetingにおいて2,030例の中間報告がなされ、95.4%の診断精度と発表されている。日本国内においては成人MDSや成人AMLのマイクロアレイ解析結果が発表されているが、いずれも小規模であり、新たな診断法の開発までにはいたっていない。小児AMLにおいては、私が所属する研究グループが54例の発現解析結果を2003年Bloodに発表している。本研究は、前研究を発展させ、解析症例数を大幅に増員してより詳細に解析を行った結果であり、130例と小児AMLにおいては世界的に最大規模の研究となっている。 本研究では、Affymetrix社のHG-U133_plus_2.0アレイを用いて遺伝子発現解析を行った。前半において、多施設共同治療研究AML99に由来する小児AML130例の解析を行い、小児AMLが遺伝子発現により6つのグループ[t(8;21)、t(15;17)、inv(16)、FAB-M4/M5、FAB-M7、特定の染色体転座を持たないFAB-M0/M1/M2]に分かれることを見出した。その過程において、2例の患者(FAB M1およびM2)において初期診断の誤りによるリスク分類ミス(過度の治療)が生じていたことが判明した。これらの患者は染色体分析にて正常核型またはその他の転座と診断され、Intermediate Risk群として治療が行われたが、本研究のマイクロアレイ解析によりLow Risk群であるinv(16)症例であることが示唆され、RT-PCRにて確認された。これらの結果は、マイクロアレイ検査が有用な診断法になり得ることを示唆している。また、現在のAMLの診断および分類には相当量の検体が必要となっているが、マイクロアレイ検査はわずかな検体で可能で、一般的に検体量の少ない小児AML患者においては特に有用であると考えられる。このような観点から、本研究ではマイクロアレイによる6つのグループを診断するアルゴリズムの開発を行った。各グループに特異的な遺伝子の発現データを基に各グループの重心を算出し、これらの重心からの距離を判定することにより、症例の診断を行う方法を採用した。この診断アルゴリズムは、現在行われている全国共同治療研究AML-05に登録された新規小児AML患者に対して検証を行う予定である。現時点では、後半に用いられた小児AML共通プロトコールANLL91に由来するAML-M4/M5症例15例において、100%の診断精度が得られた。また、この診断アルゴリズムを白血病患者由来の細胞株に応用したところ、5つすべての細胞株において100%正しい診断が得られた。さらに、391例の成人AMLに応用したところ、t(8;21)、t(15;17)、inv(16)グループにおいては95.0~100%の正答率が得られたが、その他のグループにおいては75.0~79.6%であった。これらの結果より、M4/M5やM0/M1/M2症例においては小児と成人で異なる生物学的背景が伺われ、小児AMLの診断においては独自のマイクロアレイ診断法の開発が必要と考えられた。 次に、後半においては、AML-M4/M5に的を絞って解析を行った。その結果、乳児例と小児例では大きく異なる発現プロファイルを有することを見出し、ALLだけでなくAMLにおいても乳児例と小児例では生物学的特徴が異なることが示唆された。さらに、乳児例において特徴的に高発現している遺伝子を抽出し、その発現レベルを比較することにより、40例のAML-M4/M5症例が年齢の異なる3つのサブグループA、B、C(それぞれ平均年齢0.3、3.1、6.6歳)に分類されることを示した。また、サブグループCの3年EFSは28%と非常に予後不良であり、このサブグループ分類が臨床的にも重要であることが判明した。このように本研究では、AML-M4/M5に着目してより詳細な解析を行うことにより、今まで知られていなかった年齢依存的な遺伝子発現プロファイルを検出するとともに、これまでIntermediate Risk群として扱われてきた集団の中に遺伝子発現により分けられる新規High Risk群が存在することを見いだした。マイクロアレイによる新規層別化を導入することにより、これらの予後不良の患者は、今後治療の強化や移植治療の導入などにより、より高い治療成績を得られる可能性がある。 前記のように、小児AMLの臨床においては、早期の段階で正確に診断、分類することにより、造血幹細胞移植を含めた治療方針の決定を的確に行い、予後良好な白血病に対しては不必要に強い治療を避け、患者の負担を軽減する等の個々の疾患の個性に合わせた治療法選択ができるようになることが望まれている。本研究では、遺伝子発現プロファイルによりt(8;21)、t(15;17)、inv(16)等を正確に診断するアルゴリズムを構築するとともに、新規予後不良サブグループを同定した。これらの新規診断手法や新規予後不良サブグループの発見は小児AMLの正確な診断、分類に非常に有用であると私は考えており、今後早期に臨床応用されることを期待している。 | |
審査要旨 | 本研究は小児急性骨髄性白血病(AML)の診断精度の向上を図り、新規予後因子を同定するため、マイクロアレイを用いた発現解析を行った。Affymetrix社のHG-U133_plus_2.0アレイを用いて小児AMLにおける遺伝子発現解析を行ったところ、下記の結果を得ている。 1.多施設共同治療研究AML99に由来する小児AML130全例にて全体解析を行った結果、特徴的な遺伝子発現プロファイルにより小児AMLは6つのサブタイプ [t(8;21), t(15,17), inv(16), FAB-M7, FAB-M4/M5, 特定の染色体転座を持たないFAB-M0/M1/M2] に分かれることを見いだした。さらに、発現アレイを用いることにより、初診時に見落とされていたinv(16)の患者2例を検出することが可能であった。予後良好でリスク軽減されるべきであるinv(16)の患者を正しく診断することがマイクロアレイにより可能であった。 2.各グループに特異的な遺伝子の発現データを基に各グループの重心を算出し、これらの重心からの距離を判定することにより、症例の診断を行う方法を採用した。独立したテストサンプルである小児15例において再現性の確認を行ったところ、100%の診断精度が得られた。また、この診断アルゴリズムを白血病患者由来の細胞株に応用したところ、5つすべての細胞株において100%正しい診断が得られた。さらに、PUBMEDからダウンロードした成人AML391例において診断アルゴリズムの応用を試みたところ、82.1%の精度にて診断可能であった。特徴的な転座症例においては95%以上と診断精度は非常に高い結果であった [t(8;21-100%, inv(16)-97.1%, t(15;17)-95.0%) 。 M0M1M2では79.6%、M4M5においては75.0%とやや低めであったが、これは成人と小児AMLにおける生物学的背景を反映しているためと考えられ、小児AMLにおいては成人とは独立した独自の診断アルゴリズムが必要であると考えられた。 3.詳細な解析を行うため、単球系AML(FAB-M4/M5)症例 [成人例含む] に絞り遺伝子発現解析を行ったところ、発症年齢により遺伝子発現パターンは乳児例、小児例、成人例に分かれることが判明した。乳児例と小児例では大きく異なる発現プロファイルを有することを見出し、急性リンパ性白血病(ALL)だけでなくAMLにおいても乳児例と小児例では生物学的特徴が異なることが示唆された。 4.乳児例において特徴的に高発現している遺伝子を抽出し、その発現レベルを比較することによりAML-M4/M5症例が年齢の異なる3つのサブグループA、B、C(それぞれ平均年齢0.3、3.1、6.6歳)に分類されることを示した。また、サブグループCの3年EFSは28%と非常に予後不良であり、このサブグループ分類が臨床的にも重要であることが判明した。WT1やKITなどAML予後不良因子がサブグループCにおいて高発現していることもわかった。このように、AML-M4/M5に着目してより詳細な解析を行うことにより、今まで知られていなかった年齢依存的な遺伝子発現プロファイルを検出するとともに、これまでIntermediate Risk群として扱われてきた集団の中に遺伝子発現により分けられる新規High Risk群が存在することを見いだした。マイクロアレイによる新規層別化を導入することにより、これらの予後不良の患者は、今後治療の強化や移植治療の導入などにより、より高い治療成績を得られる可能性があると考えられた。 以上、本論文は小児AMLにおいては世界的に大規模の研究となる130症例にて発現解析を行い、特徴的な遺伝子発現プロファイルによる小児AMLの新規診断方法を提案することができ、発現アレイにより高精度に診断可能であることが検証された。さらに、単球系AML(FAB-M4/M5)の解析を行った結果、特徴的な遺伝子発現パターンにより乳児例は小児例とは分かれることが判明し、詳細解析にて新規予後不良サブグループを同定した。本研究は小児AMLの白血病分類および予後予測に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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