学位論文要旨



No 124883
著者(漢字) 塩入,利一
著者(英字)
著者(カナ) シオイリ,トシカズ
標題(和) エンドトキシンによる血管内皮細胞障害に関する研究
標題(洋)
報告番号 124883
報告番号 甲24883
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3303号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 准教授 三村,芳和
 東京大学 講師 田中,行夫
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】

各種治療薬や集中治療の進歩などにもかかわらず、特に重症患者では敗血症による死亡率は依然として高率である。感染症を原因とした全身性炎症反応症候群であるsepsisからsevere sepsisやseptic shockおよび多臓器不全に至る病態として、血管内皮細胞の障害が深く関与しているといわれている。

血管内皮細胞は、血管運動能の調節・血管透過性の調節・血液流動性の保持など、臓器のホメオスタシスを維持するために重要な機能を有しているが、sepsisにおいてはさまざまな機序により生理機能の破綻を生じる。血管内皮細胞の障害に伴う血管透過性の亢進は、呼吸機能不全の原因となる急性呼吸窮迫症候群を初めとする、全身性血管逸脱症候群を引き起こす。また血管内皮細胞障害より発症する播種性血管内凝固症候群は、重要臓器の機能不全を惹起する。Sepsisの主要な原因菌であるグラム陰性菌の菌体成分はエンドトキシン(lypopolysaccharide : LPS)として知られているが、細胞表面においてはTLR4/CD14/MD-2というLPS受容体蛋白質により認識されることが明らかにされた。これらのうちCD14やMD-2は細胞膜表面に存在するmembrane type (mCD14, mMD-2)と、血液中に存在する可溶性のsoluble type (sCD14, sMD-2)が存在することも明らかとなったが、血管内皮細胞におけるこれら蛋白質の発現状態や可溶性成分の機能は十分には解明されていない。またLPSが直接的に血管内皮細胞のアポトーシスを誘導することによって内皮細胞障害に関与しているとの報告の一方で、FLIP (FADD-like ICE inhibitory proteins)などの内因性アポトーシス阻害物質を抑制しない限りアポトーシスは誘導されないとも報告されており、アポトーシスの関与については明らかではない。

本研究では、血管内皮細胞におけるLPS受容体蛋白質の発現状況とこれらの可溶性成分の役割を解析するとともに、LPSによる血管内皮細胞障害とアポトーシスの関与について検討を行った。

【方法】

1) 細胞 : 血管内皮細胞は初代培養細胞のヒト臍帯静脈内皮細胞 (Human Umbilical Venous Endothelial Cells : HUVEC)を用いた。

2) 細胞の刺激 : 血清非添加培地にLPS-binding protein (LBP)およびsCD14またはsMD-2を添加し、内因性アポトーシス阻害物質を抑制するため、cycloheximide (CHX)の存在または非存在下にLPS (Escheria coli O111:B4)で刺激を行った。

3)判定 : HUVECより全RNAを抽出し、real time RT-PCR法を用いLPS受容体蛋白質のmRNAの発現状況を検討した。代謝活性のある細胞中のNADH活性を反映するMTS法にて細胞のviabilityを評価した (Cell Viability Assay)。また細胞外のLDH活性を指標に細胞のcytotoxicityを評価した (Cell Cytotoxicity Assay)。アポトーシスは、実行性のcaspaseであるcaspase-3および-7 の活性を、細胞内と培養上清中 (細胞外)にて、発光基質を用いて測定した (Caspase-3/7 activity Assay)。また、Western blot法にて培養上清中の活性型caspase-3およびLDH蛋白質を検出した。

【結果】

1) HUVECにおけるLPS受容体蛋白質のmRNA発現 : MD-2およびTLR4のmRNA発現は認められたが、CD14のmRNA発現はほとんど認めなかった。

2) Cell Viability Assay : CHX存在下ではsCD14共存下にLPS依存性のviabilityの低下がみられたが、sMD-2の影響はみられなかった。CHX非存在下ではsCD14およびsMD-2の有無にかかわらずLPS依存性のviabilityの変化はみられなかった。

3) Cell Cytotoxicity Assay : CHXの有無にかかわらず、sCD14共存下にLPS依存性のcytotoxicityの上昇を認めたが、sMD-2の影響はみられなかった (図)。

4) Caspase-3/7 Activity Assay : 細胞内ではCHXの有無にかかわらず、sCD14およびsMD-2の共存・非共存下ともに、LPS依存性のcaspase-3/7活性の上昇は認めなかった。細胞外ではCHXの有無にかかわらず、sCD14共存下にLPS依存性のcaspase-3/7活性の上昇を認めたが、sMD-2の影響はみられなかった (図)。

5) 培養上清中のcaspaseおよびLDH蛋白質 : CHXの有無にかかわらず、sCD14共存下に、LPS依存性の活性型caspase-3およびLDH蛋白質の増加を認めた。

【考察】

本研究では、ヒトにおける反応をより反映していると考えられるヒト初代培養細胞であるHUVECを、内因性アポトーシス阻害物質を抑制するためCHXの存在・非存在下にLPSで刺激を行い、MTS法によるviability、細胞外のLDH活性を指標としたcytotoxicity、さらにはアポトーシスの生化学的指標であるcaspase-3/7 の活性化を細胞内外で測定することによって、LPSによる血管内皮細胞障害およびアポトーシス誘導を評価した。

Cell Viability Assayでは、CHX存在下では、sCD14依存性にLPS刺激によるviabilityの低下がみられたが、CHX非存在下では、LPS刺激によるviabilityの低下はみられなかった。CHX非存在下では、HUVECの自然増殖の影響などにより、viabilityが修飾されている可能性が考えられ、細胞外のLDH活性を指標としたCell Cytotoxicity Assayを施行した。Cell Cytotoxicity Assayでは、CHXの有無にかかわらず、sCD14依存的にLPS刺激によるcytotoxicityの上昇がみられた。HUVECでは、sCD14共存下に、LPS依存性に細胞障害が惹起されていると考えられ、この細胞障害がアポトーシスに起因するものかどうか、caspase-3/7活性を測定し検討した。細胞内のcaspase-3/7 活性は、LPS依存性の上昇はみられなかった。細胞外のcaspase-3/7 活性は、CHXの有無にかかわらず、sCD14依存的にLPS刺激による活性の上昇がみられた。この細胞外のcaspase-3/7活性は、caspase-3/7の特異的な阻害剤であるZ-DEVD-FMKと共に測定すると完全に抑制されたこと、またWestern Blot法にて、活性型のcaspase-3蛋白質の増加も検出されたことからも、この活性は少なくともcaspase-3に起因するものであると考えられた。

本研究では、細胞外の活性に着目することにより、LPS刺激によるcaspase-3/7 活性の上昇が認められた。これまでの研究では、細胞内のcaspase-3/7活性のみに着目され、細胞外の活性は検討されていなかったことが、LPS刺激によるcaspase-3/7活性の上昇が捉えられなかった一因であると考えられた。さらに本研究では、CHX非存在下においてもLPSによりcaspase-3/7 活性が上昇することが見出された。HUVECでは、CHXなどによって内因性アポトーシス阻害物質であるFLIPの影響を抑制しないとLPSによるアポトーシスは誘導されないとの報告がみられるが、CHX存在下での反応は実際の生体における反応を反映していないことも指摘されている。本研究では、HUVECではCHXによってアポトーシス阻害物質であるFLIPを抑制しなくても、LPS刺激によりcaspase-3/7の活性化が起きることを明らかにした。

またHUVECでは、sCD14存在下でないとLPSによるviabilityの低下・cytotoxicityの上昇およびcaspase-3/7の活性化は観察されなかったが、sMD-2の存在はこれらには影響を与えなかった。血管内皮細胞ではTLR4とMD-2は発現しているがCD14は発現していないとの報告がみられ、本研究においてもreal time RT-PCR法による検討では同様の結果であった。したがって、HUVECではsCD14は欠如しているmCD14を補完する機能を有していることが示唆された。一方sMD-2に関してはmMD-2が発現していることから、このようなLPS認識を促進する作用は有していないと考えられた。

以上のように、血管内皮細胞であるHUVECは、CHXを併用しない内因性アポトーシス抑制物質FLIPの影響下においても、sCD14依存的にLPS刺激によりアポトーシスが誘導されることを見出した。したがって、sCD14の制御などによって、血管内皮細胞のアポトーシスおよび細胞障害の抑制することが、重症敗血症や敗血症性ショックの新たな治療戦略として有用である可能性が示唆された。

HUVECにおけるLPS刺激によるcytotoxicityおよび細胞外caspase-3/7活性

FBS非添加培養液にLBP (100 ng/ml)を加え、sCD14 (1 μg/ml)およびsMD-2 (1 μg/ml)の共存・非共存下、HUVECをCHX非存在下 (左)および存在下 (20 μg/ml; 右)に図に示す濃度のLPSで刺激を行い、24時間後に、cytotoxicity (上段)および細胞外caspase-3/7活性 (下段)を測定した。Cytotoxicityは、sCD14およびsMD-2非添加時のLPS非刺激における最大のcytotoxicityを100%として表している。Caspase-3/7活性は、sCD14, sMD-2非添加およびCHX非存在下におけるLPS非刺激時の活性を100 %として表している。データは平均値±標準誤差を示す。

(*: P<0.05; 対応するLPS非刺激時の値との比較, Dunnett's multiple comparison test)

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、sepsisの病態形成に重要であると考えられる血管内皮細胞障害に関して、初代培養細胞であるヒト臍帯静脈内皮細胞 (Human Umbilical Venous Endothelial Cells : HUVEC)と グラム陰性菌の菌体成分であるエンドトキシン (lypopolysaccharide : LPS ; Escheria coli O111:B4)との関係について研究を行い、下記の結果を得ている。

1、 HUVECより全RNAを抽出し、real time RT-PCR法を用いLPS受容体蛋白質のmRNAの発現状況を検討した。その結果、MD-2およびTLR4のmRNA発現は認められたが、CD14のmRNA発現はほとんど認めず、HUVECではLPS受容体蛋白質のうち、CD14が欠如していることが示唆された。

2、 血清非添加培地に可溶性LPS受容体蛋白質 (sCD14, sMD-2)を添加し、内因性アポトーシス阻害物質であるFLIP (FADD-like ICE inhibitory proteins)を抑制するためcycloheximide (CHX)の存在・非存在下に、HUVECをLPSで刺激し、代謝活性のある細胞中のNADH活性を反映するMTS法にて細胞のviabilityを評価した (Cell Viability Assay)。その結果、CHX存在下では、sCD14依存性にLPS刺激によるviabilityの低下がみられたが、CHX非存在下では、LPS刺激によるviabilityの低下はみられなかった。よってsCD14はmCD14に対し代償的に作用していることが示されたが、sMD-2にこのような作用は認められなかった。またCHX非存在下では、HUVECの自然増殖の影響などにより、viabilityが修飾されている可能性が考えられた。

3、 同様にHUVECをLPSで刺激を行い、細胞外のLDH活性を指標としcytotoxicityを評価した (Cell Cytotoxicity Assay)。その結果、CHXの有無にかかわらずsCD14共存下で、LPS依存性にcytotoxicityの上昇を認めた。よってHUVECでは、sCD14依存性にLPSによる細胞障害が惹起されていることが示された。

4、 同様にHUVECをLPSで刺激を行い、細胞内外のcaspase-3/7活性を指標とし、LPS誘導性のアポトーシスを評価した (Caspase-3/7 Activity Assay)。細胞内ではcaspase-3/7活性の上昇はみられなかったが、細胞外では、CHXの有無にかかわらずsCD14共存下で、LPS依存性にcaspase-3/7活性の上昇を認めた。よってHUVECでは、内因性アポトーシス阻害物質の影響下においても、LPSによりcaspase-3/7が活性化されることが示された。

5、 この細胞外のcaspase-3/7活性は、caspase-3/7の特異的な阻害剤であるZ-DEVD-FMKと共に測定すると完全に抑制されたこと、またWestern Blot法にて、活性型のcaspase-3蛋白質の増加も検出されたことからも、この活性は少なくともcaspase-3に起因するものであると考えられた。さらに、細胞外にてLDH蛋白質の増量や、caspase-3/7阻害剤により、LPS刺激によるviabilityおよびcytotoxicityの改善を認めたことから、HUVECでは、caspase-3/7の活性化によりアポトーシスが誘導されているものと考えられた。

以上、本論文はヒト臍帯静脈内皮細胞 (Human Umbilical Venous Endothelial Cells : HUVEC)におけるLPS刺激による細胞障害およびアポトーシス誘導に関する解析から、HUVECは、CHXを併用しない内因性アポトーシス抑制物質FLIPの影響下においても、sCD14依存的にLPS刺激によりアポトーシスが誘導されることを見出した。したがって、sCD14の制御などによって、血管内皮細胞のアポトーシスおよび細胞障害の抑制することが、重症敗血症や敗血症性ショックの新たな治療戦略として有用である可能性が示唆され、学位の授与に値するものと考えられる。

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