No | 124884 | |
著者(漢字) | 田辺,真彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タナベ,マサヒコ | |
標題(和) | 生体内におけるヒストンバリアントH2Avの機能解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 124884 | |
報告番号 | 甲24884 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3304号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 第1章 序論 真核生物の染色体構造は、DNAおよびヒストン八量体からなるヌクレオソームを基本単位としたクロマチン高次構造を形成している。クロマチン高次構造は、ヌクレオソームが凝縮した「ヘテロクロマチン状態」と、弛緩した「ユークロマチン状態」に大別される。このようなクロマチン構造は、「転写」、「DNA複製」、「DNA修復」、それぞれの過程において、クロマチン構造調節因子により、「可逆的に変換」あるいは「不可逆的に維持」されている。 ヌクレオソーム基本単位の中心となるヒストン八量体は、各2分子のH2A, H2B, H3, H4により形成される。これらヒストンは、カノニカル・ヒストンまたはコア・ヒストンと呼ばれ、細胞分裂S期に合成され、主にDNA複製時に染色体に取り込まれる。ヌクレオソームから外側に露出している各ヒストンのN末テイル、C末テイルはアセチル化、メチル化などの化学修飾を受け、クロマチン構造や遺伝子発現を制御する。ヒストン化学修飾は、遺伝子配列の変化を伴わない遺伝情報の記憶と発現の暗号となることが明らかとなり、総じて「エピジェネティクス」という概念で理解されている(Jenuwein and Allis, 2001)。 転写をはじめとするクロマチンリモデリングの過程で、H2A-H2Bヘテロダイマー、さらには、H3-H4テトラマーがヌクレオソームから外れることが知られている。これらカノニカル・ヒストンと置き換わり、複製非依存的にヌクレオソームに取り込まれるヒストンH2A、H3バリアントがそれぞれ存在する(Wu and Bonner, 1981)。これらヒストンバリアントは、カノニカル・ヒストンと置き換わることで、クロマチン構造や遺伝子発現を制御することが報告され、ヒストン化学修飾とは別のエピジェネティクス機構であることが明らかとなりつつある(Kamakaka and Biggins, 2005)。しかしながら、カノニカル・ヒストンの化学修飾に比べ、ヒストンバリアントへの置換の意義は明らかではない。 ヒストンH2Aのバリアントの一つH2Avのアミノ酸配列は、酵母Htz1やショウジョウバエH2AvDから哺乳動物H2A.Zまで、種を超えて保存されており、いずれも生存に必要不可欠であることが知られている(Redon et al., 2002)。H2Avの分子機能解析は主に酵母Htz1で進んでおり、転写の活性化、ヘテロクロマチン形成、クロマチン境界の維持などに関わることや、SWR1、NuA4がHtz1置換を担うことが報告されてきた(Guillemette and Gaudreau, 2006; Kamakaka and Biggins, 2005)。哺乳動物H2A.Zは発生・分化や癌と関連があることが報告されているが、H2A.Z置換がどのような生体内高次機能に反映されているかについては未だ明らかではない(Zlatanova and Thakar, 2008)。 そこで、本研究では、モデル生物であるショウジョウバエに着目した。ショウジョウバエと哺乳動物では、ヒストン/ヒストンバリアントのみならず、転写制御因子にも相同性があることが知られており、基本的な転写制御機構は同様であると考えられている。また、ショウジョウバエの各種遺伝子変異系統、三齢幼虫の唾液線多糸染色体、複眼赤白斑模様の程度を指標とするposition effect variegation(PEV)などが、転写制御機構やクロマチン構造変換機構の解析に有用であることが多数報告されている(Ito et al., 2004; Kimura et al., 2008; Murata et al., 2008; Sawatsubashi et al., 2004; Takeyama et al., 2002; Zhao et al., 2009)。 本研究では、ショウジョウバエ個体内におけるH2AvDの転写制御機構の一端の解明、および、H2AvD新規相互作用因子の探索を試みた。 第2章 Hsp70遺伝子発現におけるヒストンバリアントH2AvDのアセチル化 H2AvDのN末テイル/C末テイルに蛍光タンパク質Green Fluorescent Protein(GFP)を融合させたGFP-H2AvD/H2AvD-GFP発現トランスジェニックショウジョウバエを作出し、免疫染色法により唾液腺多糸染色体上で各H2AvD変異体の局在を観察した。その結果、H2AvD-GFPは染色体に広く濃く観察されたのに対し、GFP-H2AvDでは、局在域も局在量も著しく減少していた。また、hsp70遺伝子発現を検討すると、GFP-H2AvDでは、heat shock puffがコントロールに比べて小さく、hsp70 mRNAの発現量も低下していた。この原因を探索したところ、GFP-H2AvDでは、H2AvDのN末テイルがアセチル化されていない可能性が考えられた。 酵母Htz1置換にN末テイルのアセチル化が必要であるという報告(Keogh et al., 2006)を参照し、アセチル化されうる5つのリジンKをすべてアルギニンRに置換したKR-H2AvD-GFPラインを作出した。KR-H2AvD-GFPは、GFP-H2AvDと同様に、クロマチンに取り込まれにくく、転写活性化能も低いことが示された。 以上より、H2AvDのN末テイルには、H2AvDの局在を規定する要素が存在する可能性が示唆され、アセチル化がその一つであると考えられた。また、通常抑制化状態にあるhsp70遺伝子が、熱刺激に応じて転写活性化状態に移行する際に、N末テイルがアセチル化されたH2AvDが促進的に作用する可能性が示唆された。 第3章 ヒストンバリアントH2AvD新規相互作用因子の探索 H2Avの機能解析の足掛かりとして、新規相互作用因子の同定を試みた。これまでにH2Avの相互作用因子SWR1、NuA4およびそのホモログは、生化学的手法により同定されてきた。しかしながら、上述した背景から、さらに重要な役割を担う未知相互作用因子の存在が推測された。そこで、新たなアプローチ方法として、「split GFP system を応用した新規スクリーニング方法の構築」を試みた。そして、N末GFP-H2AvDと、C末GFP融合未知タンパク質との相互作用によるGFP蛍光の発現がembryo sorterにより検出され、スクリーニングが有用である可能性が示された。本スクリーニング方法により、H2AvDと相互作用する可能性のある因子として、Aac11(apoptosis inhibitor 5)、CG6195(developmentaly regulated GTP binding protein)、pecanex (spermatogenesisと関連する可能性あり)などが同定された。 また、この過程で、腹部背側の体節が不整になる表現型を示すショウジョウバエが認められた。これは、遺伝子変異体同士の交配で表現型が変化する遺伝学的相互作用である可能性が高いことが明らかとなり、「表現型を指標にしたスクリーニング」の可能性について検討した。本スクリーニング方法により、H2AvDと相互作用する可能性のある因子として、nuf (nuclear fallout;microtubule binding)、ltd (lightoid;GTP binding protein)、Mnf (myocyte nuclear factor;winged helix/ forkhead transcriptional factor)などが同定された。 このように、それぞれのスクリーニング方法により、H2AvD新規相互作用因子の候補が複数取得されつつあり、有用な手法である可能性が高いと考えられる。 第4章 総合討論 本研究では、N末テイルがアセチル化されないH2AvD(KR-H2AvD-GFP)は、クロマチンに挿入されにくく、hsp70遺伝子の熱刺激依存的な転写活性化能が低下してることを示した。最新の報告では、H2Avは、プロモーター、特に転写開始点近傍に局在し、ヒストンバリアントH3.3とともに弛緩したヌクレオソームを形成すること(Henikoff et al., 2008)や、DNAのメチル化に拮抗する作用があること(Zilberman et al., 2008)が示された。これらの報告と本研究の結果とを考え合わせると、転写開始点のH2Avは、転写開始に有利なクロマチン環境を整えていることが推測される。今後、DNAのメチル化とH2Av置換の関係を結びつける分子機構の解明が重要であると考えられる。 現在、転写の活性化に先立ち、ヒストンアセチルトランスフェラーゼHATが、クロマチン内のヒストンをアセチル化することが知られている(Rice and Allis, 2001)。本研究においても、転写活性化時にアセチル化H2AvDがクロマチン内に存在することが示された。一方、N末がアセチル化されないH2AvD(KR-H2AvD-GFP)は、クロマチンに挿入されにくいことが示された。この結果から、既にクロマチン内に存在するH2Avがアセチル化されるという従来の概念とは異なり、アセチル化された状態のH2Avが挿入されるというモデルが想定される。このように、従来の概念とは異なる分子機構を担う相互作用因子の探索も課題の一つである。 本研究では、ショウジョウバエ個体を用いて、H2AvDのN末テイルのアセチル化の意義の一端を解明し、新たな二つのスクリーニング方法を構築した。今後は、酵母Htz1置換の分子機構と哺乳動物H2A.Zの高次機能を結びつけるような鍵因子の同定を目指し、H2Av生体内高次機能の解析に発展させたい。本研究で構築した新規スクリーニング方法を実践、継続することで、H2Av新規相互作用因子の取得が実現できる可能性があると考えている。 | |
審査要旨 | 本研究は、ヒストンバリアントH2Av(ショウジョウバエH2AvD)の機能解析を目的として、ショウジョウバエ個体を用いて、(1)「転写活性化におけるH2AvDN末テイルのアセチル化の意義の解析」、(2)「H2AvD新規相互作用因子同定を目的とした新たなスクリーニング方法の構築」を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.GFP-H2AvD発現ラインとH2AvD-GFP発現ラインを比較した唾液線多糸染色体免疫染色とノザンブロッティングの結果、GFP-H2AvDは、クロマチンに取り込まれにくい可能性があること、および、転写活性化能が低いことが示された。これら両者間には、H2AvDのN末テイルのアセチル化状態に差がある可能性が推測された。 2.H2AvDN末テイルのアセチル化がクロマチンへの取り込みや転写活性化能に促進的に作用していることを確認するために、酵母H2Av(Htz1)の研究報告を参照し、N末テイルのリジンK4,7,11,13,15をすべてアルギニンRに置換したKR-H2AvD-GFP発現ラインを作出した。KR-H2AvD-GFPは、GFP-H2AvDと同様に、クロマチンに取り込まれにくく、転写活性化能が低いことが示された。 3.上記のようにGFP-H2AvDとKR-H2AvD-GFPの2ラインが同じ傾向を示したが、GFP-H2AvDは、N末テイルがアセチル化を受けているにもかかわらず、アセチル化特異的な抗体で検出されない可能性を残している。従って、本研究では、KR-H2AvD-GFPラインで得られた結果が、N末テイルのアセチル化の意義を適切に評価したものであると考えている。 4.split GFP systemをショウジョウバエ個体内で応用した新規スクリーニング方法の構築においては、N末GFP-H2AvDと、C末GFP融合未知タンパク質との相互作用によるGFP蛍光の発現が、embryo sorterにより検出され、スクリーニングが有用である可能性が示された。 5.本スクリーニング方法により、H2Avと相互作用する可能性のある因子として、Aac11(apoptosis inhibitor 5)、CG6195(developmentaly regulated GTP binding protein)、pecanex(spermatogenesisと関連する可能性あり)などが同定された。 6.C末GFP挿入が挿入された遺伝子が変異体となった場合に、N末GFP-H2AvD変異体との遺伝学的相互作用により、新たに表現型の異常が生じる場合があることが観察された。そこで、この結果を応用し、表現型を指標にしたスクリーニング方法を構築した。 7.本スクリーニング方法により、H2Avと相互作用する可能性のある因子として、nuf(nuclear fallout;microtubule binding)、ltd(lightoid;GTP binding protein)、Mnf(myocyte nuclear factor; winged helix/ forkhead transcriptional factor)などが同定された。 以上、本論文は、H2AvD N末テイルのアセチル化の意義について、酵母H2Av研究で得られた知見に基づき、ショウジョウバエ個体の染色体構造および転写活性化領域の可視化モデルと関連づけて解析を行った。さらに、H2Avの新規相互作用因子を探索するための二つのスクリーニング方法を構築した。本研究におけるH2Av置換評価モデルショウジョウバエの作出・解析、および、新規相互作用因子スクリーニング方法の構築は、高等真核生物での解析が困難なH2Av置換研究に関して、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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