No | 124886 | |
著者(漢字) | 愛甲,丞 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アイコウ,ススム | |
標題(和) | 骨髄由来細胞のバレット粘膜発生における役割の実験的研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 124886 | |
報告番号 | 甲24886 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3306号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景 食道腺癌(バレット腺癌)は、欧米でも日本でも近年増加している疾患である。バレット粘膜が食道腺癌の前癌病変とされる。バレット粘膜は、食道扁平上皮が円柱上皮粘膜に置き換わった状態で、逆流性食道炎の修復過程で発生する。既にラットにおいては、胃十二指腸液の逆流を惹起する手術モデルで、バレット粘膜および食道腺癌が発生する事が多数報告されている。バレット粘膜の発生については、胃粘膜のcreeping説や食道腺から発生する説、扁平上皮の円柱上皮化生説があり、未だ解明されていない。バレット粘膜、腺癌の発生には様々な遺伝子の発現が報告されている。これまでマウスの逆流性食道炎モデルは数例の報告しかない。マウスにおける逆流性食道炎モデルが確立されれば、近年開発されている様々な遺伝子改変マウスを用いることで、有用な研究手段となることが期待できる。 幹細胞は、自己複製能と多分化能を特徴とし、発生の過程や、組織・器官の維持において細胞の供給を行う。これまで各臓器に存在する成体幹細胞が組織修復に関与すると考えられてきたが、近年、骨髄に含まれる幹細胞も組織修復に動員されていることが報告され、骨髄細胞が造血系細胞だけでなく、消化管粘膜も含めた上皮や筋、骨など様々な組織に分化することが報告された。また、骨髄由来細胞が胃癌発癌に関与するという報告もある。逆流性食道炎やバレット粘膜の発生や食道癌発癌における骨髄由来細胞の関与は明らかではない。 本研究では、マウスの逆流性食道炎モデルを作成し、逆流性食道炎、バレット粘膜発生における骨髄由来細胞の動態を検討することを目的とした。 方法 8週齢の雄性マウス(C57BL/6)を用いて逆流性食道炎手術モデルを作成した。バレット粘膜、腫瘍の発生率について検討するために、手術単独群は、3群(各群n=10)にわけ、術後10週、20週、40週に病理組織学的な検討を行った。また、同モデルにおける骨髄由来細胞の動態を検討するために、GFP transgenic (GFP Tg)マウス(C57BL/6-Tg (CAG-EGFP)) をドナーとして、骨髄移植を行い、GFPをマーカーとして骨髄由来細胞を追跡した。骨髄移植群は、手術5週後に骨髄移植する群(術後20週、40週に検討n=5)と、手術25週後に骨髄移植をする群(術後40週に検討 n=7)にわけた。コントロールとして、骨髄移植のみ施行した群(n=3)の観察を骨髄移植15週後に行った。 手術術式は、予備実験で検討した手術法のうち、最も生存率の良かった食道胃接合部と空腸を側側吻合する術式を用いた(図1-A)。麻酔下に腹部正中に切開をおき、食道胃接合部、空腸をそれぞれ4mm長切開し、吻合は8-0絹糸を用いて全層一層4針結節縫合にて行った(図1-B)。 骨髄移植は、手術後のマウスに対して、9Gyの放射線照射を行い、その同日に採取した骨髄細胞を経眼窩静脈的に投与することで行った。骨髄細胞の採取はGFP Tgマウスの四肢の長骨から行った。 マウスは麻酔下に全採血にて安楽死させた。食道、胃を摘出し、大弯側切開を行い、肉眼的な観察を行った。標本は長軸方向に3mmごとに切り出し、4μmスライスの連続切片を作成し、病理組織学的検討を行った。GFP陽性細胞は、緑色蛍光を直接観察すると共に、抗GFP抗体を用いた免疫染色にて確認した。増殖細胞の同定は抗Ki67抗体、上皮細胞の同定には抗pan-cytokeratin抗体、白血球の同定には抗CD45抗体を用いて免疫組織化学染色を行った。 結果 手術群では肉眼的に、食道の拡張、粘膜の肥厚を認めたが、腫瘍や潰瘍の形成は認めなかった(図2)。HE染色の所見では、術後の経過に伴い、炎症細胞の浸潤、粘膜の肥厚、びらん、乳頭の上昇、粘膜筋板の重層化など、ヒトの逆流性食道炎と同様の変化を認めた(図3)。術後20週以上経過した群の一部において、食道扁平上皮内に円柱上皮の出現を認めた。欧米の基準では、腸上皮化生を認めるものをバレット粘膜と診断している。日本においては、(1)円柱上皮下の粘膜下層における食道腺やその導管の存在(2)円柱上皮内の扁平上皮の島状遺残(3)粘膜筋板の2層化を認めることのいずれかを満たすことを診断基準にしている。今回認めた円柱上皮は、周囲に著明な炎症細胞の浸潤を伴い、粘膜筋板の重層化、円柱上皮内にアルシアン青染色陽性となる杯細胞を認めた(図4)。以上より、バレット粘膜と診断した。バレット粘膜の範囲をマッピングしたところ、バレット粘膜は吻合部の小腸粘膜や胃粘膜とは連続していなかった。 術後40週経過した1例に腫瘍を認めた(図5)。腫瘍は角化を伴い、リンパ管浸潤、食道外膜までの浸潤を認めた。腫瘍内部に多数のKi67陽性細胞を認めた。以上の所見から扁平上皮癌と判断した。 表1に病理学的所見の一覧を示す。術後10週では、食道粘膜の肥厚、びらんを一部に認めたが、バレット粘膜や腫瘍を認めなかった。術後20週に2例(14%)にバレット粘膜の出現を認めた。40週には、約4割にバレット粘膜の出現を認めるようになり、1例に腫瘍の出現を認めた。粘膜の肥厚、びらん、バレット粘膜の発現頻度は術後経過時間とともに増加の傾向を示した。 術後20週目(骨髄移植後15週)で、骨髄細胞の92%がGFP陽性であった。コントロール群においては、食道粘膜にはわずかにGFP陽性細胞を認めるのみであった。手術群の粘膜肥厚部分においては、粘膜内に多数のGFP陽性細胞を認めた。バレット粘膜においては、周囲の間質や扁平上皮粘膜には、多数のGFP陽性細胞を認めたが、バレット粘膜内にはGFP陽性細胞を認めなかった。腫瘍部分においては、多くのGFP陽性細胞を認めた(図6)。 GFP陽性となる骨髄由来の細胞が、組織中に浸潤した白血球ではないことを確認するために、CD45, cytokeratin, GFPによる蛍光3重染色を行った(図7)。正常食道粘膜でわずかに認めるGFP陽性細胞はいずれもCD45陽性であり、浸潤した白血球と考えられた。逆流性食道炎モデルマウスの粘膜肥厚部分で、わずかにCD45陰性、GFP陽性、cytokeratin陽性となる細胞を認め、移植した骨髄細胞由来の上皮細胞と考えられた。腫瘍部分においても、ごく一部にCD45陰性、GFP陽性となる細胞を認めた。これらの移植した骨髄細胞由来と考えられる上皮細胞は孤発性に認められ、分裂・増殖を伴っているような所見は認められなかった。 考察 これまでのマウスの逆流性食道炎モデルの報告では、Xuらは、食道胃接合部を切離し、食道下端と空腸を端側で吻合したモデルで、42.4%にバレット粘膜を認め、12.2%に癌、6.1%に腺癌を認めたとしている。Feinらは胃全摘を行い食道下端と空腸を端側吻合するモデルを用い、バレット粘膜、腫瘍の発生を認めていない。Feinらのモデルでは、胃液が逆流しないことより、胃液と十二指腸液両方の逆流がバレット粘膜の発生に必要と考えられる。本研究の手術モデルは、吻合のみで消化管の切離や切除を必要とせず、手技として簡便で、予備実験の検討では手術時間も短く、生存率も高い。食物の消化吸収経路が他のモデルより生理的で胃食道接合部の組織が残存する点で、ヒトの逆流性食道炎により近いモデルと考えられる。 バレット粘膜の起源については、胃粘膜が延長するというcreeping説、食道腺から発生する説、重層扁平上皮の幹細胞が円柱上皮に変わる化生説がある。これまでの報告でも、本研究においても、バレット粘膜が噴門腺と離れた場所に認められたことから、creeping説は否定的である。また、マウス・ラットにおいては食道腺が存在せず、食道腺から発生する説も可能性が低い。そこで化生説が有力と考えられる。バレットの起源として骨髄由来幹細胞の可能性も予想したが、本研究においてバレット粘膜は全てGFP陰性であり、骨髄由来細胞はバレット粘膜の幹細胞ではないと考えられる。 本研究では移植骨髄由来と考えられる上皮細胞を正常粘膜、バレット粘膜では認めなかったが、炎症の強い食道粘膜、腫瘍部分ではわずかながら認めた。これらの細胞は移植した骨髄由来の細胞が分化した上皮細胞と考えられる。Houghtonらは、Helicobacter感染マウス胃粘膜における化生粘膜に多数の骨髄由来細胞を認め、胃癌発癌に関与する可能性を報告した。慢性胃炎も逆流性食道炎も癌の発生母地とされるが、臓器の違いや、逆流と感染という炎症の原因の違いが、この結果の差となったと考えられる。 近年、固形癌においても癌幹細胞の存在を強く示唆する報告が多くなされている。癌幹細胞の起源として、正常幹細胞あるいは前駆細胞、骨髄由来細胞が考えられている。本研究では扁平上皮癌組織内に上皮化した骨髄由来細胞を認めたが、細胞集団の形成は行っておらず癌幹細胞ではないと考えられる。骨髄由来細胞はサイトカインを産生し癌の発生や増殖、転移に関与するという報告もなされており、本研究で認められた骨髄由来細胞も同様に働く可能性がある。 結語 食道胃接合部と空腸を吻合するマウス逆流性食道炎モデルにおいて、バレット粘膜の発生を認めた。バレット腺癌は認めなかったが、扁平上皮癌の発生を認めた。 本研究は逆流性食道炎において骨髄由来細胞を検討した初の研究であるが、移植した骨髄由来と考えられるバレット粘膜・癌は認めず、バレット粘膜は局所由来のものと考えられた。食道粘膜の炎症部位、癌の一部に上皮化した骨髄由来細胞を認め、骨髄由来細胞が発癌に関与している可能性は否定できない。 図1 逆流性食道炎手術モデル 食道胃接合部と空腸近位側を側側吻合し、胃十二指腸液の逆流するモデルを作成した。 A シェーマ B 手術手技 図2 術後変化の肉眼所見 (A)正常マウスに比べ、(B)術後40週では、著明な食道の拡張と、粘膜の肥厚を認めた 図3病理学的所見 (A)コントロールマウス食道粘膜に比べ(B)術後著明な粘膜の肥厚を認めた。(C)術後10週:炎症細胞浸潤、びらん、リンパろ胞の出現を認める(D)術後20週:炎症細胞浸潤、びらん、粘膜筋板の重層化、円柱上皮を認めた。 図4バレット粘膜 (A) HE染色(B)アルシアン青染色 図5 術後40週に発生した腫瘍 (A)HE染色、(B)HE染色最深部:食道外膜まで浸潤を認めた(矢印)(C)HE染色:腫瘍は角化を伴い、脈管浸潤を認めた。(D) Ki67染色:腫瘍内部に多数のKi67陽性細胞を認めた。 表1 病理組織学的所見のまとめ 粘膜の肥厚、びらん、バレット粘膜の発現頻度は術後経過時間とともに増加の傾向を示したが、有意差は認めなかった。 図6 抗GFP抗体による免疫染色 (A)正常食道粘膜(B)粘膜肥厚部(C)バレット粘膜 (D)扁平上皮癌 図 7抗cytokeratin,抗CD45,抗GFP抗体による3重蛍光免疫染色 腫瘍と粘膜肥厚部分の一部にcytokeratin陽性CD45陰性GFP陽性となる上皮へと分化したと考える骨髄由来細胞(矢印)を認める。 正常食道粘膜、バレット粘膜には認められない。 | |
審査要旨 | 本研究は食道腺癌発生母地とされるバレット粘膜の発生において、骨髄由来細胞の関与を明らかにするため、逆流性食道炎を惹起する手術を施行したマウスに、緑色蛍光蛋白(GFP)組換えマウスの骨髄を移植することで、GFP陽性細胞の追跡を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.マウスの逆流性食道炎モデルとなりうる3種類の手術について、短期的な手術成績の比較を行い、食道胃接合部と近位空腸を吻合したモデルが、手術時間が短く、最も生存率の良いモデルであることを示した。 2.食道胃接合部と近位空腸を吻合したマウス手術モデルの経時的な病理学的観察の結果、術後20週で14%、術後40週で41%のマウスにバレット粘膜の出現を認め、術後40週で1例(5%)に食道外膜まで浸潤する扁平上皮癌の出現を認めた。ヒトの逆流性食道炎と同様の病理所見を認めることから、この手術モデルが逆流性食道炎モデルとなり得ることを示した。 3.移植骨髄の標識であるGFPと上皮細胞のマーカーであるcytokeratin、白血球細胞のマーカーであるCD45による多重免疫染色の結果、正常食道粘膜、バレット上皮内には骨髄由来の上皮細胞を認めなかったが、食道炎の粘膜肥厚部、腫瘍内では、移植骨髄由来と考えられる上皮細胞を認めた。移植骨髄由来と考えられる上皮細胞はいずれも孤発性で、分裂・増殖を伴っているような所見は認めなかった。 以上、本論文はマウス逆流性食道炎モデルにおいて、骨髄由来細胞の関与を検討した研究である。移植した骨髄由来と考えられる上皮細胞はバレット粘膜、癌には認めず、バレット粘膜は局所由来であることを示唆した。本研究は、これまで諸説あるバレット粘膜の発生機序の解明に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |