No | 124888 | |
著者(漢字) | 伊藤,順一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イトウ,ジュンイチ | |
標題(和) | 脊髄損傷により生じるオリゴデンドロサイトの細胞死に関する基礎的研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 124888 | |
報告番号 | 甲24888 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3308号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 我が国には現在10万人以上の脊髄損傷患者が生活し、さらに新規発生数は毎年約5千人であると予測されているが、現在確立した治療はない。そのため多くの患者は麻痺が残存し高度な障害を伴う生活を余儀なくされている。特に国内においては、交通事故やスポーツによる20歳代の若年者の受傷が多いことが特徴として挙げられ、社会的にも大きな損失となっている。若年者の脊髄損傷だけでなく、基礎疾患に頚椎の脊柱管狭窄を有する中高齢者が転倒などの軽微な外傷によって脊髄損傷を発症するケースも多く、今後その数は増大すると予想されている。また医療の進歩により脊髄損傷患者の長期生存が可能になったが、脊髄損傷による麻痺、疼痛に対して現状では完全な治療法がない為、治療技術の開発は急務の課題と言える。 近年、神経幹細胞などを用いた移植治療が、動物実験である程度の治療効果を出しており、中国、ヨーロッパの一部では、神経グリア細胞を含む鼻粘膜組織からの細胞移植が既に臨床で行われている。こうした細胞治療に対し患者のみならず、医療従事者も高い関心を寄せているが、行われている細胞治療の効果判定は未熟な部分もある上、治療原理も確立したものとは言えない。細胞を用いた治療の開発には、細胞生物学的な基礎的知見の蓄積が必要となるが、損傷脊髄内での各細胞の挙動、形質の変化については未知の部分が多い。 そもそも、損傷脊髄内では、神経軸索の傷害、脱髄化、神経細胞の減少、瘢痕形成と、いつくかの細胞の変化が同時もしくは、経時的に生じている。 ここで、脊髄損傷の基礎医学的な治療の歴史を振り返ってみる。初期には、末梢神経損傷の回復のメカニズムをヒントとして、1981年に末梢神経の脊髄への移植が報告された。次に、末梢神経のみでは軸索伸長に限界があった為、1996年にolfactory ensheathing cells(嗅球グリア細胞)の移植が行われた。これらの移植細胞の役割としては、axon guidance(瘢痕の抑制)、remyelination(再髄鞘化)、サイトカイン産生能によるneuroprotection(神経保護)などが考えられる。何れも、不足する細胞を補充するという考えがその根底にある。 体外からの移植による治療が一般的であるが、近年脊髄組織中に損傷に反応して増殖を開始する神経グリア前駆細胞(多くがオリゴデンドロサイト前駆細胞)が存在することが報告されており、筆者はこうした内在性のグリア前駆細胞が脊髄再生の起点になりうると考えた。これは、体外からの細胞移植に依存せずに内在性の細胞を温存することによって、これらの細胞が成熟細胞へと分化し損傷脊髄の神経ネットワークが再構築されることを期待するものである。この内在性グリア前駆細胞を用いた脊髄損傷治療の開発には、細胞移植に相当するだけの細胞数を損傷脊髄内で確保することが重要な課題である。しかしこれまで内在性グリア前駆細胞の数的変化や損傷部の炎症反応に影響する因子の解明はほとんどなされていない。 既に、脊髄損傷により生ずる炎症反応関しては、臨床現場で使用されているプレドニゾロン大量投与による広範な免疫抑制が機能改善に対してある一定の効果をあげている。これは炎症反応が損傷拡大の一因という見方である。他に基礎的研究では、TNFaが神経系細胞のアポトーシスを誘導するという報告や抗IL-6抗体投与での脊髄損傷軽減の報告などが散見される。一方では活性型マクロファージ移植が損傷範囲を軽減しているという報告もあり、これは炎症反応を賦活化させることが損傷を軽減するという見方であり、炎症反応と脊髄損傷の関係は一定の見解を得ていない。また、炎症反応の中で大きな役割を果している炎症性サイトカインの中でもIFNgに関してはこれまで報告がみられない。 本研究は内在性グリア前駆細胞が、何らかの炎症性サイトカインの影響を受け、損傷以後にその数を減じているという仮説の元に研究を行った。 まず、ラット脊髄損傷圧挫モデルにおいて、損傷脊髄内に増殖するグリア前駆細胞(反応性グリア前駆細胞:反応性OPC)に対しGFP発現レトロウイルスベクターを用いて標識し、反応性OPCの自然経過を定量計測した。損傷脊髄組織近傍で反応性OPC数は損傷後4日目に比較して7日目には著明な減少がみられた。ここで上記の仮説に基づき、損傷脊髄内の炎症性サイトカイン発現を測定した。野生株C57BL/6マウス第10胸椎レベルの脊髄に60kdynの圧挫損傷を作成し、損傷後より0日,1日,4日,7日,10日,14日,28日の時点で組織よりmRNAを精製して定量測定をおこなった。損傷後脊髄内ではIL-1b,TNFa,IFNgの各種サイトカインが上昇していた。IL-1b,TNFaは損傷後1日目の急性期より発現がみられたが、IFNgは反応性OPCの減少が観察された時期である4日目の亜急性期より発現がみられた。 次に反応性OPCに対するIL-1b,TNFa ,IFNgの直接作用を解析するために、in vitroの系を用いた。ラットグリア前駆細胞の株化細胞(CG-4細胞)の培養液中にIFNgを投与した群でのみ、投与後48時間から72時間の間に、細胞容積の減少、核の凝集像を呈し、MTTアッセイによる生細胞数測定では細胞数の減少が確認された。またIFNg投与群においては72時間のCG-4細胞でDNAラダーの検出がみられ、48時間から72時間の時点でウエスタンブロット法によりcleaved-caspase3の蛋白を検出した。これらの結果よりIFNgはCG-4細胞に対して、直接的にアポトーシスを誘導することを確認した。以上より、IL-1b,TNFa,IFNgのうち、反応性OPCに対する直接作用としてはIFNgのみが細胞毒性を持っていた為、これを治療介入のターゲットと選定した。 ここで、in vivoで生じるIFNgによる反応性OPCへの作用を解明するためマウスを用い解析を行った。先ず脊髄損傷を作成した野生株マウスの脊髄組織でIFNg受容体の染色を施すと、OPCにIFNg受容体が発現していた。またIFNgR(-/-)マウス(IFNg受容体欠損マウス)の脊髄にインパクターを用いて60kdynの圧挫損傷を作成し、損傷後4日目、7日目、10日目での反応性OPCの数を定量比較すると、野生型マウスに比較してIFNgR(-/-)マウスでは反応性OPCはより多く保持されており、後肢運動機能が損傷後28日の観察期間で有意に改善した。以上より、脊髄損傷の機能障害には炎症性サイトカインであるIFNgが関わっており、in vivoにおいても反応性OPCを直接的にアポトーシスに誘導することが示された。 本研究で得られた知見から、反応性OPCの保持が機能障害の抑制に関わっている可能性が示唆される。つまり反応性OPCが保持されることは、細胞補充が内在性の細胞によって達せられることを意味している。そして保持された反応性OPCは、分化により再髄鞘化の促進、神経栄養因子を産生することで神経細胞の保護という役割を果たすと考えられる。 本研究では、IFNgシグナルの遮断による効果を解析したが、他の炎症シグナル遮断との効果比較や併用効果については今後の課題である。また臨床現場におけるIFNgシグナルの遮断の方法としては他の炎症性疾患(クローン病)での治験が行われている抗IFNg抗体製剤が候補として考えられ、臨床応用も含め選択的IFNgシグナルの遮断が脊髄損傷時の反応性OPCの保持に関して効果的なターゲットとなり、運動機能の回復をもたらすものとして期待される。 | |
審査要旨 | 本研究は脊髄損傷におけるグリア前駆細胞の役割の解明のために、最初にラット脊髄損傷モデルをもちいて、反応性グリア前駆細胞数の経時的変化を観察した。次に、野生型マウスを用いて損傷脊髄内の炎症性サイトカインの測定を行った。ここでグリア前駆細胞の細胞株(CG-4細胞)に炎症性サイトカインを添加し細胞毒性の解析を行い、最後にIFNg受容体欠損マウスに脊髄損傷モデル作成し、脊髄内の反応性グリア前駆細胞の解析を行い下記の結果を得ている。 1 ラット脊髄に損傷を作成し、損傷脊髄にGFP発現レトロウイルスベクターを感染させ、損傷に応じて増殖する細胞を標識した。損傷脊髄内でこの反応性グリア前駆細胞を免疫染色し解析した。損傷後4日目に比較して7日目では反応性グリア前駆細胞は減少していた。またグリア前駆細胞をNG2+で染色すると、アポトーシスのマーカーであるTUNEL+と2重陽性となることを確認し、細胞の減少には細胞死が関わっていることを示した。 2 野生型マウスに脊髄の損傷を作成し、損傷脊髄内のmRNA発現量をreal time PCRにて定量測定を行った。損傷脊髄では、IL-1b,TNFaは急性期からIFNgは亜急性期から発現していることが示された。 3 グリア前駆細胞における炎症性サイトカインの直接作用を解析する目的で、CG-4細胞に対して、IL-1b,TNFa,IFNgを添加し、MTT assay, DNA fragmentation, Western blotting法を行った。3種類の炎症性サイトカインの内、IFNgだけが時間・濃度依存性に生細胞数の減少、DNAの断片化、cleaved caspase3蛋白が検出された。よってIFNgはグリア前駆細胞に直接的に細胞死を誘導することが示された。 4 in vivoでの損傷脊髄内のIFNgシグナルを証明するために、免疫組織染色にて解析を行った。ラット、マウスでは、損傷3日目の脊髄横断切片でIFNg受容体が確認された。またマウス損傷脊髄ではNG2+細胞と2重陽性となっており、グリア前駆細胞にIFNg受容体が存在していることが示された。 5 in vivoおけるIFNgの反応性グリア前駆細胞への作用を解析するため、野生型マウスとIFNg受容体欠損マウスの脊髄損傷後の組織切片と後肢運動機能を解析した。IFNg受容体欠損マウスでは野生型マウスに比較して正常組織の残存面積が広く、反応性グリア前駆細胞数が保たれていた。また野生型マウスの損傷脊髄内では、Olig2+細胞がTUNEL染色と2重陽性となっておりグリア前駆細胞が細胞死を起こしていることが示唆された。さらにIFNg受容体欠損マウスで、後肢運動機能が有意に改善(損傷後14日目)したことから、IFNgシグナルが生体内においても反応性グリア前駆細胞の細胞死を誘導し、同時に炎症メカニズムにより組織破壊を促進させ、運動機能の悪化に関与していることが示された。 以上、本論文はグリア前駆細胞に対してIFNgが細胞毒性をもちアポトーシスを誘導することを明らかにした。またIFNg受容体欠損マウスを用い、脊髄損傷における反応性グリア前駆細胞保持と組織損傷の軽減の可能性を示した。本研究はこれまで未知に等しかった損傷脊髄に対する炎症制御にIFNgが果たしている病態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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