学位論文要旨



No 124890
著者(漢字) 入山,彩
著者(英字)
著者(カナ) イリヤマ,アヤ
標題(和) リポフスチン構成成分A2Eの網膜色素上皮細胞及び脈絡膜新生血管に及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 124890
報告番号 甲24890
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3310号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 准教授 天野,史朗
 東京大学 准教授 菊池,かな子
 東京大学 准教授 矢野,哲
内容要旨 要旨を表示する

網膜加齢性色素、すなわちリポフスチンは脂質/蛋白複合体であり、加齢に伴い蓄積する蛍光色素を含み、細胞老化のバイオマーカーであると考えられている。リポフスチンはリソソームによって細胞内消化された異物の残余物質であって、その沈着は滲出型加齢黄斑変性(age-related macular degeneration;以下AMD)に伴う脈絡膜新生血管(choroidal neovascularization;以下CNV)の発生riskの増加に関与していると報告されている。滲出型AMDは、CNVの発生を特徴とする進行性の疾患で、欧米では以前より中途失明の第一の原因である。本邦においても高齢化社会の進行に伴い患者数の増大が予測されている。従ってCNVに対しての新規治療法の探索が長年行われ、網膜光凝固、光線力学的療法などが開発されたが、どの治療法も自然経過に比べて視力低下を軽減するのみで、視力改善の程度は限られており、その治療効果は限定的であり、依然としてAMDの治療は困難である。そのため、新規の治療標的分子を見出すためには、更なる病態の把握が必要である。

AMDの移行段階は加齢黄斑症(age-related maculopathy: 以下ARM)と呼ばれ、網膜色素上皮細胞(RPE)の基底膜である、ブルッフ膜へのドルーゼンの沈着やRPE細胞のリポフスチンの沈着といったRPEの加齢性の変化を特徴とする。一般にこのような加齢に伴う有害な沈着物が正常なRPEの機能に影響を及ぼすと考えられている。臨床研究よりこのリポフスチンの沈着がRPEの地図状萎縮に関係があると明らかにされている。臨床的には滲出型AMDへの伸展に関与しているかは実証されていないものの、黄斑部のRPEに豊富にリポフスチンが蓄積する事より、なんらかの因果関係の存在が疑われている。リポフスチンのような有害な沈着物の蓄積がどのように滲出型AMDの発生に関与しているかについての更なる理解は強く求められているが、リポフスチンがCNVの伸展する過程にいかなる影響を及ぼすかの基礎的な分子メカニズムはほぼ解明されていない。

リポフスチンは脂質が豊富な視細胞外節がRPEに貪食される際に生じる副産物で、様々な物質の複合体から成っている。その中の有名な蛍光色素であるA2E(N-retinyledin-N-retinylethanolamin)はethanolamineとvitamin-A-adlehydeとがSchiff基結合することによって生じin vitroでは リソソームの機能を阻害し、またcytocrome c oxigenaseを阻害し、界面活性剤としてATP-driven proton pompを阻害する事により正常なRPEの機能に影響を与えている事が明らかになっており、さらに、光感受性物質として、DNAの光障害を誘導する事が、これまでに明らかになっている。In vivoでは老化マウスやABCRノックアウトマウスCcl2ノックアウトマウス、CX3CR1ノックアウトマウスなどで、A2Eの蓄積が認められるとの報告がある。しかしながらin vivoにおいてA2Eの蓄積がどのような作用を持つかはほとんど明らかになっていない。

そのため今回の検討では、A2Eの脈絡膜新生血管発生過程における作用を検討するために、以下の実験を行った。

1.A2Eの核内受容体に対する作用検討

まず、A2Eは脂溶性が高いため、核内に移行し、核内シグナルを制御する可能性があると考え、Hec293T細胞を用いルシフェラーゼアッセイを用い各種核内受容体および転写因子の活性化に対するA2Eの影響を検討した。その結果、A2Eがレチノイン酸受容体(RAR)の転写活性を濃度依存性に活性化することを明らかにした。また、in vitroの結合実験で、A2EがRARに直接結合する事を確認した。さらに、ヒトRPE細胞株のARPE19細胞を用いA2Eを負荷しRARのターゲット遺伝子である、Novel Retinal Pigment Epithelial Cell Gene (NORPEG) や Stearoyl-CoA Desaturase (SCD)の発現をRT-PCR法を用い検討した結果、A2EがmRNAレベルでNORPEG,SCDの発現の増強作用を有する事が明らかになった。また、RARのリガンドであるatRAを負荷した場合24時間、48時間後ではこれらの遺伝子の発現が上昇するが、72時間後以降ではこの発現の上昇が認められなくなる一方、A2E負荷下では96時間後でもこれらの遺伝子の発現上昇が認められた。更にChromatin immunoprecipitation (ChIP) assayを行い、A2E,atRA共に負荷する事で、SCDのプロモーター領域のヒストンH4のアセチル化が認められ、96時間後にatRA負荷では低下するが、A2E負荷では持続する事を明らかにした。また、HPLCを用い、ARPE19細胞にatRAを負荷した際に72時間後では検出できなくなる一方、A2E負荷では72時間後でも細胞内に蓄積している事を明らかにした。

2. A2Eによる血管新生因子の発現制御

ヒトRPE細胞株のARPE19細胞を用いA2Eを負荷し血管新生因子の発現をELISA, RT-PCR 法を用い検討した結果、A2EがmRNA及び蛋白レベルでVEGFの発現の増強作用を有することを明らかとした。更にRARαのアンタゴニストやRARαをターゲットとしたsiRNAによりこのVEGFの発現の上昇は緩和された。このことによりA2EはARPE19細胞においてRARαを介しVEGFの発現を上昇させている事が明らかになった。

3.動物モデルでのA2Eの新生血管(CNV)への関与メカニズムの解明In vivoではBrown Norwayラット網膜下にA2Eを注入しchoroid/RPE伸展標本を作成したところ、RPEの形は不整となり、個数の減少を認めた。また分化したRPE細胞のマーカーであるRPE65の発現がA2E網膜下注入眼では低下していた。これらの結果よりA2EがRPE細胞に対して細胞毒性を有する事が明らかになった。さらに、A2E網膜下注入眼においてRT-PCR 法でVEGFのRPEと脈絡膜での発現の増加を認め、弱凝固を用いたレーザー誘発性CNVを作成し、A2E投与眼ではCNVが増強されることを確認した。この作用はレチノイン酸受容体のアンタゴニストの投与で抑制されることが明らかになった。

これらの研究結果をまとめるとA2Eが蓄積する事によりRPE細胞内でRARの転写活性が構成的に上昇し、またVEGFといった血管新生促進因子の発現上昇が持続する事が明らかになった。またA2Eが蓄積する事によりRPEの表現型が変化し慢性的に血管新生を促進する状態となりCNVの形成が促されると考えられた。このA2Eの血管新生促進作用はRARαのアンタゴニストやRARαのsiRNA により減弱する事によりRAαRがAMD治療の新たな薬物治療ターゲットとなりうる事が示唆された。このように、我々の今回の研究においてリポフスチン構成成分であるA2Eの網脈絡膜, RPEに与える影響への理解が深まったと考えられる。今後の課題としては、RARαは生体内で様々な機能を担っているため臨床応用には更なる検討が必要である事が挙げられる。またA2Eの代謝経路を解明する事によりARMから滲出型AMDへと病期の進行を防ぐ新たな予防医療の可能性が考えられた。更なるリポフスチンの他の構成成分の確立やその作用の解明がAMDのより深い病態理解につながると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は加齢黄斑変成(AMD)に伴う脈絡膜新生血管(CNV)の発生riskの増加に関与していると報告されているリポフスチンの構成成分の一つであるA2Eのin vitro、in vivoにおけるレチノイン酸受容体(RAR)への作用の解明、またCNV発生における作用の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.A2Eの核内受容体に対する作用検討

Hec293T細胞を用いルシフェラーゼアッセイを用い各種核内受容体および転写因子の活性化に対するA2Eの影響を検討した。その結果、A2EがRARの転写活性を濃度依存性に活性化することを明らかにした。また、in vitroの結合実験で、A2EがRARに直接結合する事を確認した。さらに、ヒト網膜色素上皮(RPE)細胞株のARPE19細胞を用いA2Eを負荷しRARの標的遺伝子の発現をRT-PCR法を用い検討した結果、A2EがmRNAレベルでNORPEG,SCDの発現の増強作用を有する事が明らかになった。また、RARのリガンドであるatRAを負荷した場合24時間、48時間後ではこれらの遺伝子の発現が上昇するが、72時間後以降ではこの発現の上昇が認められなくなる一方、A2E負荷下では96時間後でもこれらの遺伝子の発現上昇が認められた。更にChromatin immunoprecipitation (ChIP) assayを行い、A2E,atRA共に負荷する事で、SCDのプロモーター領域のヒストンH4のアセチル化が認められ、96時間後にatRA負荷では低下するが、A2E負荷では持続する事を明らかにした。また、HPLCを用い、ARPE19細胞にatRAを負荷した際に72時間後では検出できなくなる一方、A2E負荷では72時間後でも細胞内に蓄積している事を明らかにした。

2. A2Eによる血管新生因子の発現制御

ヒトRPE細胞株のARPE19細胞を用いA2Eを負荷し血管新生因子の発現をELISA, RT-PCR 法を用い検討した結果、A2EがmRNA及び蛋白レベルでVEGFの発現の増強作用を有することを明らかとした。更にRARaのアンタゴニストやRARaをターゲットとしたsiRNAによりこのVEGFの発現の上昇は緩和された。このことによりA2EはARPE19細胞においてRARaを介しVEGFの発現を上昇させている事が明らかになった。

3.動物モデルでのA2Eの新生血管(CNV)への関与メカニズムの解明

In vivoではBrown Norwayラット網膜下にA2Eを注入しchoroid/RPE伸展標本を作成したところ、RPEの形は不整となり、個数の減少を認めた。また分化したRPE細胞のマーカーであるRPE65の発現がA2E網膜下注入眼では低下していた。これらの結果よりA2EがRPE細胞に対して細胞毒性を有する事が明らかになった。さらに、A2E網膜下注入眼においてRT-PCR 法でVEGFのRPEと脈絡膜での発現の増加を認め、弱凝固を用いたレーザー誘発性CNVを作成し、A2E投与眼ではCNVが増強されることを確認した。この作用はレチノイン酸受容体のアンタゴニストの投与で抑制されることが明らかになった。

以上本論文をまとめるとA2Eが蓄積する事によりRPE細胞内でRARの転写活性が構成的に上昇し、またVEGFといった血管新生促進因子の発現上昇が持続する事が明らかになった。またA2Eが蓄積する事によりRPEの表現型が変化し慢性的に血管新生を促進する状態となりCNVの形成が促されると考えられた。

本研究はこれまで未知に等しかった、A2EのCNV発生に関与する機序を解明し、AMDの病態解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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