学位論文要旨



No 124891
著者(漢字) 岩澤,三康
著者(英字)
著者(カナ) イワサワ,ミツヤス
標題(和) 抗アポトーシス分子Bcl-xLによる破骨細胞機能・生存に関する研究
標題(洋)
報告番号 124891
報告番号 甲24891
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3311号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 准教授 川口,浩
 東京大学 准教授 植木,浩二郎
 東京大学 講師 福本,誠二
 東京大学 講師 相原,一
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

破骨細胞は単球・マクロファージ系前駆細胞が融合して形成される多核巨細胞で、生体内で唯一骨吸収を行う。破骨細胞異常による疾患として、骨粗鬆症、関節リウマチ、悪性腫瘍骨転移、大理石骨病が挙げられる。破骨細胞による骨吸収は分化・機能・生存の各々の段階で統御されているが、細胞死ではアポトーシスが重要であり、そのメカニズム解析は途上にある。アポトーシスはデスレセプターを介する経路とミトコンドリアを介する経路が存在し、後者でBcl-2ファミリー分子が重要である。Bcl-2ファミリー分子は、Bcl-2, Bcl-xLなどアポトーシス抑制蛋白群と、BimやBaxなどのアポトーシス促進蛋白群が存在する。破骨細胞ではアポトーシス促進分子Bimが重要である一方で、抗アポトーシス分子Bcl-xLの検討はない。Bcl-xLはbcl-x遺伝子のalternative splicingによって産生されるmajor formで、ノックアウトマウスは胎生13日で致死であるが、骨組織に対する検討はない。本研究は破骨細胞でのBcl-xLの役割を、in vitroと共にCre-lox recombination systemを用いて破骨細胞特異的bcl-x遺伝子ノックアウトマウスを作出・解析した。

結果

1. 破骨細胞生存・機能におけるBcl-xLの効果

1-1. Bcl-xL強制発現は破骨細胞生存を延長し、骨吸収能は低下する

Bcl-xL強制発現が与える影響を確認した。Bcl-xL強制発現(AxBcl-xL)群とコントロール(AxGFP)群を比べるとAxBcl-xL群は生存率は高く、Caspase-3活性化は抑制された。これらより破骨細胞アポトーシス抑制が示された。次に骨吸収窩を測定した。AxBcl-xL群は骨吸収面積が減少し、破骨細胞骨吸収の低下が確認された(data not shown)。

1-2. Bcl-xLノックアウト破骨細胞は生存率が低下し、骨吸収能は亢進する

bcl-x floxマウスの前駆細胞が幼弱破骨細胞となる時期にCreアデノウイルスを感染させた。このAxCre群をBcl-xLノックアウト破骨細胞とした。AxCre群で生存率は低値を示し(Fig.1A)、Caspase-3活性化は増加した(Fig.1B)。これらよりBcl-xLノックアウト破骨細胞のアポトーシス亢進が示された。次に骨吸収窩を測定した。Bcl-xLノックアウト破骨細胞では骨吸収面積が増加し、骨吸収能が亢進した(Fig.1C)。

1-3. Bcl-xLノックアウト破骨細胞ではc-Srcが活性化し、RGD配列を含む蛋白の発現が亢進する

骨吸収活性を反映するリン酸化c-SrcはAxCre群で亢進し、AxBcl-xL群で低下した(Fig.2A)。c-Src活性化は、RGD配列を含む蛋白を認識したインテグリンが細胞内へシグナルを伝えることが重要であるため、主要なRGD配列を含む蛋白の発現を見ると、fibronectinとvitronectinはAxCre群で発現が増加し、AxBcl-xL群で発現が低下した。これより破骨細胞自身によるRGD配列を有する蛋白の発現が骨吸収活性に関与していることが示唆された(Fig.2B)。

2. 破骨細胞特異的bcl-xノックアウトマウスの解析

2-1. bcl-x cKOマウスは成長に伴い骨量が減少する

生後1年齢bcl-x cKOマウスの大腿骨μCTで海綿骨減少を呈した(Fig.3A)。またbcl-x cKOマウスで骨密度減少を認めた(Fig.3B)。

2-2. bcl-x cKOマウスは骨吸収が増加する

骨吸収能マーカーの血清CTx-Iは、bcl-x cKOマウスで増加し、骨吸収活性亢進を示した(Fig.4A)。骨形態計測では骨吸収骨面積(ES/BS)は増加し、破骨細胞面(Oc.S/BS)と破骨細胞数(N.OC/B.Pm)に差はなかった(Fig.4B)。一方、骨芽細胞の骨形成能に差はなかった(data not shown)。これらよりbcl-x cKOマウスは破骨細胞の骨吸収増加による骨量減少を示した。

3. 破骨細胞分化におけるBcl-xLの効果

3-1. Bcl-xLは前駆細胞のproliferationに影響しない

レトロウイルスでBcl-xLを強制発現した細胞(RxBcl-xL)、shRNAを導入し発現抑制した細胞(RxshBcl-xL)、emptyウイルスを導入した細胞(RxCRL)を作成し、これらをM-CSFで刺激して細胞増殖数を比べると、proliferationにBcl-xLは関与が乏しいと示された(data not shown)。

3-2. Bcl-xLは破骨細胞分化を抑制する

3群に破骨細胞分化刺激を行い、NFATc1を確認した。Bcl-xL発現抑制群で発現増加し、Bcl-xL強制発現群で発現抑制された(Fig.5A,B)。また刺激早期にBcl-xL発現抑制群で成熟した破骨細胞数が多く形成され、逆にBcl-xL強制発現群では少なかった。これらよりBcl-xLはdifferentiationを抑制することが確認された。

考察

破骨細胞における抗アポトーシス分子は検討が不十分であり、代表的なBcl-xLについて検討した。唯一重要な報告としてはRoodmanらが、oncogeneのSimian Virus 40 large T antigen (Tag)とBcl-xLを発現する破骨細胞特異的Bcl-xL/Tagトランスジェニックマウスを作出し、破骨細胞数増加とその生存延長を認めたが、一方でBcl-xLのみでは効果は不十分とした。彼らはBcl-xL自体の作用にはそれ以上踏み込んでいない。

破骨細胞の生存及び機能(骨吸収活性)における役割

生存では、Bcl-xL強制発現により破骨細胞アポトーシスは抑制された。一方ノックアウト破骨細胞でアポトーシスは亢進した(Fig.1A,B)。この結果は生理的条件下でアポトーシスに陥りやすい破骨細胞でもBcl-xLが生存維持に働くことを示した。

骨吸収活性は、Bcl-xLを強制発現した破骨細胞で骨吸収活性の低下を認め、Bcl-xLを発現抑制した破骨細胞では骨吸収活性の亢進を認めた(Fig.1C)。これは、Bcl-xLが骨吸収活性に抑制的に働くことを示す。骨吸収活性におけるkeyの一つはc-Srcである。c-Srcノックアウトマウスは破骨細胞の細胞骨格異常と骨吸収活性障害による大理石骨病を示す。今回も活性化c-Src発現は骨吸収窩測定の結果を反映しており、c-Src活性化がBcl-xLの破骨細胞機能調節でkeyであると示された(Fig.2A)。c-Src活性化の重要な経路としてRGD配列を有する蛋白を認識するインテグリンを介する経路がある。そこでRGD配列を有する蛋白の発現を見るとフィブロネクチンとビトロネクチンの発現がBcl-xLノックアウト破骨細胞で増加し、Bcl-xL強制発現破骨細胞で低下した(Fig.2B)。従ってBcl-xLノックアウト破骨細胞の骨吸収活性亢進は、自身のRGD配列を有する蛋白の発現増加によるインテグリンシグナル刺激の関与が示唆された。

破骨細胞特異的bcl-xノックアウト(bcl-x cKO)マウスは骨吸収能亢進による骨量の減少を呈する

Bcl-xLノックアウト破骨細胞の生存期間は短く、骨吸収能は亢進する。一般に生存期間短縮は骨量増加に、骨吸収亢進は骨量減少に働き、in vivo表現型では相反する。bcl-x cKOマウスは生後1年では著明な骨量減少を呈した。また、骨形態計測で骨吸収が増加し、血清CTx-Iが増加した。以上より、bcl-x cKOマウスは骨吸収増加による骨量減少を示した。ノックアウト破骨細胞でのCre発現は幼弱破骨細胞が形成される時点から徐々に見られ、形成される細胞数が多い傾向にあることから破骨細胞分化への影響が考えられた。

破骨細胞分化における役割

そこでBcl-xLの破骨細胞分化への効果を検討した。その結果、破骨細胞前駆細胞のproliferationに影響はないと示された。一方、differentiationはBcl-xL発現抑制群でNFATc1の発現が高く、Bcl-xL強制発現群で低下した(Fig.5A,B)。また、TRAP染色像でBcl-xL発現抑制群は成熟破骨細胞が数多く形成されたが、Bcl-xL強制発現群では少なかった。これらよりBcl-xLはdifferentiationに抑制的に働くと示された。この機序は今回は詳細を明らかにすることはできず、今後の研究課題である。

bcl-x cKOマウスの骨形態計測で破骨細胞数に差がないことはbcl-xノックアウト破骨細胞の生存短縮に相反するが、bcl-x cKOマウスでは破骨細胞分化が亢進するために、生存期間短縮と相殺する形で細胞数に差がないと解釈される。

結論

抗アポトーシス分子Bcl-xLは破骨細胞の生存延長のみならず、破骨細胞分化および骨吸収機能を抑制する。破骨細胞特異的bcl-xノックアウトマウスは骨吸収能亢進により骨量減少を呈する。

Fig.1; bcl-xノックアウト破骨細胞の表現型

A; 生存率 B; cleaved caspase-3発現 C; 骨吸収窩計測

Fig.2; Bcl-xLによる骨吸収活性のメカニズム

A; 活性化c-Src発現 B; RGD配列を有する蛋白の発現

Fig.3; bcl-x cKOマウスの表現型

A; 大腿骨μCT像 B; 大腿骨骨密度

Fig.4; bcl-x cKOマウス骨吸収活性

A; 血清CTx-I濃度 B; 骨形態計測における骨吸収指標

Fig.5; 破骨細胞分化におけるBcl-xLの効果

A; リアルタイムPCR B, Western blotting

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、Bcl-2ファミリー分子に属する抗アポトーシス分子Bcl-xLが破骨細胞の生存、機能および分化に対して果たしている役割を明らかにすることを目的とした。In vivoでは破骨細胞特異的bcl-x遺伝子ノックアウトマウスを作出し、in vitroではアデノウイルスやレトロウイルスを導入する系を用いて破骨細胞の生存・機能・分化それぞれの段階におけるBcl-xLの役割を詳細に解析することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.マウス幼弱破骨細胞にBcl-xLアデノウイルスを導入することで、Bcl-xL強制発現破骨細胞を作出した。抗アポトーシス分子Bcl-xLによって破骨細胞生存は延長する(すなわちアポトーシスが抑制される)ことが、生存率と活性型caspase 3の蛋白発現によって示された。また、Bcl-xL強制発現破骨細胞は生存延長するにも関わらず、pit formation assayにより骨吸収機能の低下が示された。

2.cre-loxP recombination systemを用いてbcl-x floxマウス幼弱破骨細胞にcre recombinaseアデノウイルスを導入することでBcl-xLノックアウト破骨細胞を作出した。強制発現系同様の評価手法により、Bcl-xLノックアウト破骨細胞ではアポトーシスが亢進した。これより非常にアポトーシスに陥りやすい破骨細胞においても、Bcl-xLは抗アポトーシス分子としてその生存に寄与していることが示された。生存能が低下する一方で、骨吸収機能は亢進していることが示された。

3.Bcl-xLが骨吸収活性に関与する経路を解明することを目的とした。骨吸収機能を反映するリン酸化c-SrcはBcl-xLノックアウト破骨細胞で亢進し、Bcl-xL強制発現破骨細胞では低下した。c-Src活性化においては、RGD配列を有する蛋白をリガンドとするインテグリン経路が重要である。この経路を解析すると、インテグリン自体の発現は差がないが、代表的なRGD配列を有する蛋白であるfibronectinとvitronectinが、real time PCRによってBcl-xLノックアウト破骨細胞で亢進し、Bcl-xL強制発現破骨細胞では低下していることが示された。これらの結果は、破骨細胞自身によるRGD配列を有する蛋白の発現調節が骨吸収機能に関与している可能性を示唆した。

4.cathepsin K - cre ノックインマウスとbcl-x floxマウスを交配して破骨細胞特異的bcl-x遺伝子ノックアウト(bcl-x cKO)マウスを作出した。cKOマウスをコントロールマウスと比べると生後早期は差を見ないが、生後8週から放射線学的および組織学的に骨量の減少傾向を認め、生後1年に至って著明な骨量減少を呈した。骨形態計測の結果では、cKOマウスにおいて骨形成に差はなく、骨吸収活性の亢進が認められた。血清中の骨吸収マーカーCTx-IはcKOマウスで増加しており骨吸収能亢進が示された。これらの結果からcKOマウスは骨吸収能亢進によって骨量減少の表現型を呈することが示唆された。

5.RNAiの手法を用い、レトロウイルスを破骨細胞前駆細胞に導入することによってBcl-xL発現抑制を行い、破骨細胞分化に対するBcl-xLの役割を検討した。前駆細胞のproliferationは差がなかったが、differentiationでは、破骨細胞分化のマスターレギュレーターであるNFATc1がBcl-xL発現抑制前駆細胞で亢進し、Bcl-xL強制発現前駆細胞で低下した。また、Bcl-xL発現抑制群ではより早期に数多く破骨細胞が形成される一方、Bcl-xL強制発現群では破骨細胞形成が遅延した。これらの結果より、Bcl-xLは破骨細胞分化において抑制的に作用することが示された。

以上、本論文は抗アポトーシス分子Bcl-xLが破骨細胞生存について促進的に作用するだけでなく、破骨細胞の骨吸収機能と分化においては抑制的に作用することを、in vitroでは強制発現と発現抑制の両方を行うことで、またin vivoでは破骨細胞特異的遺伝子欠損マウスを作出することで明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、破骨細胞の生存・機能・分化を制御する細胞内シグナルの解明、およびアポトーシス関連分子として知られるBcl-xLが果たすアポトーシス以外の細胞内メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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