学位論文要旨



No 124892
著者(漢字) 牛田,正宏
著者(英字)
著者(カナ) ウシタ,マサヒロ
標題(和) 転写因子RelAによる軟骨形成マスター分子SOX9の転写制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 124892
報告番号 甲24892
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3312号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 特任准教授 星,和人
 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 准教授 馬淵,昭彦
 東京大学 准教授 田中,栄
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

現在急速に進む高齢化社会において、変形性関節症を始めとする軟骨変性疾患に対する治療法の進歩が強く望まれている。軟骨再生医療は一つの魅力的なアプローチであるが、成体の軟骨組織の再生能はきわめて限定的である。臨床応用への実用性をさらに高めることが期待されている現在、軟骨分化能の高い発生期の軟骨形成シグナルを解明し、それを応用していく手法が有用であろうと考えられる。Sex-determining region Y-type high mobility group box 9 (以下SOX9) は、間葉系細胞、軟骨前駆細胞、軟骨細胞において発現しており、共役因子であるL-SOX5、SOX6と共に、2型コラーゲンをはじめとする軟骨特異的細胞外基質タンパクの転写を活性化するマスター分子である。マウスを用いた先行研究によりSOX9は軟骨細胞分化過程における様々な段階において必須の分子であることが示されており、間葉系細胞凝集以前の段階で肢芽特異的にSOX9を欠失させた変異マウスでは四肢の発生は全くみられなくなり、一方、間葉系細胞凝集以降で欠失させた場合は、重篤な軟骨形成不全や骨格形成異常が見られる。ヒトにおいてもSOX9遺伝子の変異によるハプロ不全はcampomelic dysplasia として知られる重篤な軟骨形成不全症の原因となることがわかっている。このように、近年SOX9の発現特性や、そのターゲット分子についての知見は次々と明らかにされているにもかかわらず、SOX9の発現を制御する上流シグナルについてはほとんど解明されていないのが現実である。

本研究はプロモーター解析の手法を用いてSOX9の上流シグナルを同定してその転写制御機構を詳細に検討することにより、軟骨形成に関わる分子ネットワークの解明の一助となることを目的としたものである。

結果

1 SOX9プロモーター活性化分子の同定(プロモーター種間比較解析)

まずヒト及びマウスのSOX9プロモーターの塩基配列を転写開始点から約4000bp上流まで比較した。するとそれぞれの転写開始点から1000bp上流までの相同性が約80%とかなり高いことが判明した。SOX9プロモーターを活性化する転写因子を同定するために、ヒトSOX9プロモーターの転写開始点より上流1000bpの塩基配列を解析したところ、NFAT, AP-1, NF-κB, Sp-1, CREB/ATF, CCAAT, GATAのモチーフに一致している、あるいは高度に類似している配列が高度保存領域内に発見された。次いでこれらのモチーフに結合することが予測される転写因子群を、SOX9プロモーター活性化分子の候補としてそれぞれの発現ベクターを作成した。これらの分子の機能スクリーニングをHeLa細胞およびATDC5細胞を用いたルシフェラーゼレポーターアッセイにより行った。スクリーニングに用いたレポーターベクターには、SOX9プロモーターの転写開始点の上流927bpから下流84bpまでを組み込んだものを用いた。その結果、NF-κBファミリー分子であるRelAが非常に高い活性化能を有することが判明した。さらに興味深いことにはその活性化能は軟骨系細胞であるATDC5細胞においてさらに際立った結果を示したことからその機能が軟骨細胞において、より特異的に働いていることが示唆された。さらにより遠い脊椎動物種であるチックのSOX9プロモーターの塩基配列との比較解析においてもNF-κB結合モチーフの保存性が確認された。

2 マウス成長板におけるRelAおよびSOX9の局在の発現パターンの評価

生体内でのRelAとSOX9の相互作用を示すためにまずは成長板軟骨における発現パターンを確認した。RelA、SOX9共に静止軟骨細胞層および前肥大軟骨細胞層~肥大軟骨細胞層において強く共発現している傾向が見られた。このことはRelA、SOX9両分子間の相互作用を示唆するものと考えられる。

3 SOX9プロモーター内のRelA応答性コア領域の同定

a. 段階的欠失コンストラクトを用いたアッセイ

SOX9近位プロモーター内のRelA応答領域を同定する目的のため、SOX9プロモーターを5'末端から段階的に配列を短くしたものを組み込んだレポーターベクターを作成し、ルシフェラーゼレポーターアッセイをHeLa細胞およびATDC5細胞を用いて行った。RelAあるいはコントロールとしてempty pCMVベクターを共導入し、それぞれのプロモーターの活性を測定した。するとRelAによる活性化は-289 bpから-202 bp,の間、さらに-202bpから-127 bp の間の2領域で減弱が見られ、その傾向はHeLa細胞、ATDC細胞いずれにおいても同様であった。

b. タンデムリピートコンストラクトを用いたアッセイ

いずれの領域に真のRelA応答部位が存在するのかを調べるために遠位エレメント(-289bpから-203bp)と近位エレメント(-202bpから-128bp)をそれぞれタンデムに繰り返すコンストラクトを作成し、ルシフェラーゼアッセイを行いRelA応答性を確認した。その結果、遠位エレメントのタンデムコンストラクトに対してのみそのコピー数依存的にRelA応答性が増強することが判明した。したがって-289bpから-203bpの間にRelA応答領域が存在することが示唆された。実際にこの領域の中には結果1.で同定されたNF-κB結合モチーフ様配列(TGGAAGTCCC)が-252bpから-243bpに存在し、これはSOX9近位1kbプロモーター内で唯一NF-κB結合モチーフ(HGGARNYYCC) に完全に一致するものであった。

c. 変異コンストラクトを用いたアッセイ

さらにNF-κB結合モチーフを含む、-265bpから-227bpの39bpを用いて結合領域の絞込みを図った。モチーフ内に変異を加えたもの(-250G→T, -244C→A)を作成し、変異型コンストラクトおよび野性型コンストラクトを3回までタンデムにつないでルシフェラーゼアッセイを行ったところ、コピー数依存的なRelA応答性の活性化は変異型では消失した。以上よりこのNF-κB結合モチーフはRelA応答性コア領域に含まれることが確認された。

d. Electrophoretic mobility shift assay

EMSA法によりインビトロ翻訳にて作成したRelAタンパクが3-cで作成した39bpのプローベおよびモチーフ外変異プローベと複合体を形成することを確認した。しかしモチーフ内変異プローベとの複合体形成は見られなかった。この複合体は100倍濃度の非標識野生型プローベおよびモチーフ外変異プローベにより競合阻害されたがモチーフ内変異型プローベでは競合阻害が見られなかった。さらにこの複合体は抗RelA抗体を加えることによりスーパーシフトした。同様の結果は未分化軟骨細胞株ATDC5細胞の核抽出タンパクを用いた実験によっても再現されたがその複合体形成はATDC5細胞をインシュリンとリンを添加して分化誘導を行った細胞からの核抽出タンパクを用いた場合にさらに増強する傾向が見られた。以上の結果からRelAがSOX9プロモーターのNF-κB結合モチーフに特異的に結合することが示され、またその機能発現は分化段階に依存している可能性が示唆された。

e.クロマチン免疫沈降法(ChIP)

ウサギIgG抗体ではバンドが見られず抗RelA抗体を用いたときのみバンドが確認され、またNF-κB結合モチーフから離れたPCRプライマーセットを用いた場合はバンドが見られないことからSOX9プロモーターのNF-κBモチーフを含む領域と、RelAとのより生体内に近い条件においての結合が示された

4. 軟骨細胞分化におけるRelAの機能解析

最後に軟骨細胞分化におけるRelAの関与について検討した。代表的な軟骨細胞分化マーカーであるSOX6およびCOL2A1の近位プロモーターを用いたルシフェラーゼレポーターアッセイを行った。NF-κBファミリー分子をレポーターベクターと共導入したところ、HeLA細胞、ATDC細胞のいずれを用いてもやはりRelAが最も強くSOX6とCOL2A1プロモーターを活性化させた。FuGENE6を用いてRelAをHeLa細胞に一過性に強制発現したところ、SOX6、SOX9、COL2A1の内因性mRNAの上昇が見られた。さらにRelAをレトロウイルスを用いてマウス肋軟骨細胞に安定導入すると、SOX6、SOX9、COL2A1の内因性mRNAの上昇、アルシアンブルー染色、ALP染色が亢進した。その軟骨形成促進作用は、維持培養したマウス未分化軟骨細胞株であるATDC5細胞では再現できなかったが、ITSとリン刺激を加えてATDC5細胞の肥大分化を誘導すると、RelAの導入により2~3倍程度のSOX6、SOX9、COL2A1の内因性mRNAの上昇、さらにアルシアンブルー、ALP染色性の亢進、ALP活性の上昇が認められた。以上の結果はRelAが軟骨形成に対して促進的な機能を持つことを示唆する。

考察・結論

本研究において、ヒト、マウスのSOX9近位プロモーターの塩基配列間で高度に保存されている領域内に、転写因子結合モチーフを持つ候補分子の中で、NF-κBファミリー分子であるRelAが強力なSOX9プロモーターのアクチベーターであることを示した。RelAは実際に軟骨細胞分化を促進する作用を有することが示され、さらにヒトのプロモーターにおいて転写開始点から上流約250bp付近に, NF-κB結合領域を同定した。NF-κBシグナルと軟骨形成との関与を示す知見はこれまで非常に少ないが、NF-κB ファミリー分子の一つであるRelは ニワトリの肢芽の軟骨原基に発現しており、NF-κB シグナルを不活化すると、四肢の発生が停止することが報告されている。さらにIKKαを欠失したマウスは四肢の著しい短縮を示すことが報告されており、これはSOX9の肢芽特異的欠失マウスの表現型と類似している。これら一連の傍証は四肢の発生におけるNF-κB シグナルとSOX9の相互作用の存在を支持するものである。

本研究はNF-κB ファミリー分子の一つであるRelAによるSOX9の転写制御機構について、SOX9プロモーター解析の手法を用いて詳細に検討し、さらにその軟骨形成を促進する機能について解析を行ったものである。RelA / SOX9シグナルを軸とした分子ネットワークを解明していくことにより、生理的条件あるいは病的な状態における軟骨細胞分化や軟骨形成の機構についての理解が進むことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は脊椎動物における軟骨細胞増殖・分化のマスター分子であるSOX9の上流シグナルを探索し、得られた新規上流シグナルによるSOX9の転写制御機構および軟骨形成における機能を解析したものであり、下記の結果を得ている。

1.ヒト及びマウスのSOX9プロモーターの塩基配列を転写開始点から約1kbp上流まで相同性比較検討を行い、NFAT, AP-1, NF-□B, Sp-1, CREB/ATF, CCAAT, GATAのモチーフに一致している、あるいは高度に類似している配列を高度保存領域内に同定した。次いでこれらのモチーフに結合することが予測される転写因子群をSOX9プロモーター活性化分子の候補として、それぞれの発現ベクターを作成し、SOX9プロモーターを用いたルシフェラーゼアッセイによるスクリーニングを行った結果、NF-kBファミリー分子であるRelAが強力にSOX9プロモーターを活性化することが示された。

2.成長板軟骨における発現パターンを組織免疫染色法にて確認した結果、RelA、SOX9共に静止軟骨細胞層および前肥大軟骨細胞層~肥大軟骨細胞層において強く共発現している傾向が見られた。これは生体内の軟骨細胞増殖・分化においてRelAとSOX9が相互作用を持つことを示唆するものである。

3.SOX9プロモーターを5'末端から段階的に配列を短くしたものを組み込んだレポーターベクターを作成し、ルシフェラーゼレポーターアッセイを行った。DNAの導入はHeLa細胞およびATDC5細胞に行った。RelAによる活性化はSOX9の転写開始点より-289 bpから-202 bp,の間、さらに-202bpから-127 bp の間の2領域で減弱が見られ、その傾向はHeLa細胞、ATDC細胞いずれにおいても同様であった。したがってこの2つの領域内にRelAの応答領域が存在すると考えられた。

4.いずれの領域に真のRelA応答部位が存在するのかを調べるために遠位エレメント(-289bpから-203bp)と近位エレメント(-202bpから-128bp)をそれぞれタンデムに繰り返すコンストラクトを作成し、ルシフェラーゼアッセイを行いRelA応答性を確認した。その結果、遠位エレメントのタンデムコンストラクトに対してのみそのコピー数依存的にRelA応答性が増強することが判明した。したがって-289bpから-203bpの間にRelA応答領域が存在することが示唆された。実際にこの領域の中には先に同定したNF-κB結合モチーフ様配列(TGGAAGTCCC)が-252bpから-243 bpに存在し、これはSOX9近位1kbプロモーター内で唯一NF-κB結合モチーフ(HGGARNYYCC) に完全に一致するものであった。

5.さらにNF-κB結合モチーフを含む、-265bpから-227bpの39bpを用いて結合領域の絞込みを図った。モチーフ内に変異を加えたもの(-249G→T, -243C→A)を作成し、変異型コンストラクトおよび野性型コンストラクトを3回までタンデムにつないでルシフェラーゼアッセイを行ったところ、コピー数依存的なRelA応答性の活性化は変異型では消失した。以上よりこのNF-κB結合モチーフはRelA応答性コア領域に含まれていることが示された。

6.EMSA法によりインビトロ翻訳にて作成したRelAタンパクがNF-κB結合モチーフを含む39bpのプローベおよびモチーフ外変異プローベと複合体を形成することを確認した。しかしモチーフ内変異プローベとの複合体形成は見られなかった。この複合体は100倍濃度の非標識野生型プローベおよびモチーフ外変異プローベにより競合阻害されたがモチーフ内変異型プローベでは競合阻害が見られなかった。さらにこの複合体は抗RelA抗体を加えることによりスーパーシフトした。以上の結果からRelAがSOX9プロモーターのNF-κB結合モチーフに特異的に結合することが示された。

7.クロマチン免疫沈降法を行ったところ、ウサギIgG抗体ではバンドが見られず抗RelA抗体を用いたときのみバンドが確認され、またNF-κB結合モチーフから離れたPCRプライマーセットではバンドが見られないことからSOX9プロモーターのNF-κBモチーフを含む領域と、RelAとの特異的な結合が示された。この結果から、より生体内に近い条件下においてもRelAタンパクがSOX9プロモーターに結合することが示された。

8.代表的な軟骨細胞分化マーカーであるSOX6およびCOL2A1の近位プロモーターを用いたルシフェラーゼレポーターアッセイを行ったところ、HeLA細胞、ATDC細胞のいずれを用いてもやはりRelAが強力にSOX6とCOL2A1のプロモーターを活性化した。 リポフェクションにより一過性にRelAを過剰発現させたHeLa細胞においてSOX6、SOX9、COL2A1の内因性mRNAレベルの上昇が見られた。しかしこれは未分化ATDC5細胞では再現できなかった。次いでレトロウイルスを用いてRelAを安定発現する細胞株を作成し培養を行った。マウス初代軟骨細胞にRelAを安定導入するとSOX6、SOX9、COL2A1の内因性mRNAレベルの上昇に加えてアルシアンブルー染色およびALP染色により、染色性の亢進が見られた。これは未分化ATDC5細胞では再現できなかったが、インシュリンとリンを添加して後期分化まで誘導したATDC5細胞を培養したところ、SOX6、SOX9、COL2A1の内因性mRNAレベルの上昇が見られ、染色性の亢進およびALP活性の上昇も認められた。以上の結果から限定的ではあるがRelAの軟骨分化促進作用が示された。

以上、本論文は軟骨形成マスター分子であるSOX9の上流分子としてNF-□Bファミリー分子であるRelAを同定し、そのSOX9転写制御メカニズムおよび軟骨形成促進作用を示したものである。本研究はこれまで知見の限られていたSOX9の誘導シグナルの理解を深め、軟骨形成に関わる分子ネットワークの解明につながるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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