学位論文要旨



No 124895
著者(漢字) 清川,貴志
著者(英字)
著者(カナ) キヨカワ,タカシ
標題(和) Toll like receptorの応答性を調節する新たな分子PRAT4A : TLR2, TLR4, TLR9におけるPRAT4Aの機能差異について
標題(洋)
報告番号 124895
報告番号 甲24895
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3315号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 准教授 三村,芳和
 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 教授 俣野,哲朗
 東京大学 講師 田中,行夫
内容要旨 要旨を表示する

背景

近年医療の急速な進歩に関わらず敗血症の治療成績は十分でない。その敗血症の原因は25-30%がグラム陰性細菌によるものと言われている。グラム陰性細菌などの菌体膜由来の糖脂質であるエンドトキシン (LPS)は、非常に強い活性を持っており、ごくわずかな量でも自然免疫を活性化する。LPSが血液中に存在し全身を循環するエンドトキシン血症は、全身性炎症反応症候群を介してエンドトキシンショック、さらには多臓器不全を引き起こし死に至らしめる。しかし未だエンドトキシンショックといわれる病態へ移行する機序はわかっていない。エンドトキシンショックへつながる最初のステップであるLPSによる免疫細胞の活性化を止めることができれば敗血症治療成績の向上につながると期待される。そこで私はエンドトキシンの特異的なレセプターであるToll様受容体4(TLR4)について研究を行うことにした。

TLR4はリガンド認識に、さまざまなアクセサリー分子を必要とする。中でもLPS認識に必須であるMD-2はTLR4の細胞表面への発現も調節する。しかしTLR4はMD-2がなくても単独で細胞表面に発現できる事実があり、MD-2以外にもTLR4の細胞表面への発現を調節している分子があると考えられた。そこでTLR4に会合しその細胞表面への発現調節を行う分子を検索し、新たな分子としてPRAT4Aがクローニングされた。PRAT4Aは当初TLR4に会合する分子として発見されたがその後TLR4だけでなくTLR1、TLR9とも会合を認めることが示された。また応答性においてはTLR1、TLR2、TLR4、TLR7、TLR9の制御を行いPRAT4Aノックアウトマウスではエンドトキシンショックに耐性を持つことが報告されている。

PRAT4Aをノックアウトすると単にすべてのTLRで画一な機能障害が起こるという簡単なものではない。TLR7やTLR9では完全な応答性の欠落を認めるがTLR3だけは応答性に全く変化を認めない。またTLR2やTLR4は一部応答が残る。このようなTLRごとに機能の差を認めるということは、PRAT4AはTLRの相互作用にも強い影響を及ぼす可能性もある。またPRAT4AはTLRごとに機能の差を認めることは解っていたが、その理由などは全くわかっていない。そこで、今回私はPRAT4Aの各TLRの機能の差に注目し解析することにした。TLR2、TLR4、TLR9を中心に、PRAT4A-SNPを使用しPRAT4Aの役割がそれぞれのTLRで会合、発現、応答などで異なることを実験で示した。

結果

TLRsとPRAT4Aの会合の強さを比較するため各TLRを発現させたM12細胞でTLRを免疫沈降し共沈する内在性PRAT4Aを検出するとTLR4でのみ検出できた。PRAT4AはTLR4と最も強く会合すると思われる。

TLR4のPRAT4Aの結合領域を同定するためTLR2/4キメラ分子を使用し実験を行った。HEK293細胞にTLR2/4キメラ分子とPRAT4Aを発現させ共沈実験を行った。TLR4のE24-F54領域を持つキメラ分子はすべてPRAT4Aと共沈を認めた。TLR4のE24-F54領域がPRAT4Aの会合に重要であると考えられる。この領域は、報告されているTLR4のMD-2結合領域 (E24-P34)を含んでいた。

MD-2の結合領域とPRAT4Aの会合領域が同じかどうか調べるため変異型TLR4を用いて解析した。この変異型TLR4はMD-2と共沈を認めないがPRAT4Aとの共沈実験では共沈を認めた。この結果はMD-2とPRAT4Aの会合領域が異なることを示唆する。

MD-2とPRAT4Aが会合において競合しないかどうかPRAT4Aを発現させた条件及び発現させてない条件において共沈実験を行った。PRAT4Aの有無にかかわらずTLR4と共沈するMD-2に変化なく、PRAT4AはMD-2とTLR4との結合において会合部位は近接するが競合しないことが示された。

以前の報告でPRAT4AのC末のアミノ酸20個を欠損させても機能に差はなかった。さらに上流に変異を認めるヒトPRAT4Aの3種類のSNPを解析に使用することとした。HEK293細胞にTLR2、TLR4、TLR9のいずれかと野生型PRAT4AもしくはPRAT4A-SNPの1つ (PRAT4A-R95L、PRAT4A-M145K、PRAT4A-S231I)を発現させ共沈によりTLRとPRAT4Aの会合を調べた。TLR2及びTLR4はPRAT4A-M145Kとのみ共沈を認めなかった。しかしTLR9はすべてと共沈を認めた。この結果よりTLR9はPRAT4Aとの会合においてTLR2及びTLR4とは異なることが示唆された。

PRAT4Aノックアウト樹状細胞でTLR2、TLR4/MD-2の細胞表面への発現が障害されることが報告されている。PRAT4Aノックアウト樹状細胞に野生型PRAT4Aもしくは3種類のPRAT4A-SNPいずれかを導入しTLR2、TLR4/MD-2の細胞表面への発現をFACSで解析するとPRAT4A-M145K以外ではすべて回復していたがPRAT4A-M145KはTLR2の細胞表面への発現は回復したがTLR4/MD-2の発現は回復しなかった。

次に野生型PRAT4Aと変異型PRAT4AでのTLRリガンドに対する応答性の回復の差を解析した。PRAT4Aノックアウト樹状細胞に野生型PRAT4Aもしくは3種類のPRAT4A-SNPのいずれかを発現させた。PRAT4Aノックアウト樹状細胞ではPam3CSK4、lipid A、CpG-B刺激のすべてにおいてIL-6、TNF-α、IL-12、RANTESの産生は低下していたが野生型PRAT4A、PRAT4A-R95L、PRAT4A-S231Iの導入でほぼ完全な回復を認めた。しかしPRAT4A-M145KではPam3CSK4刺激においてRANTESは野生型PRAT4Aとほぼ同等の回復を認め、またTNF-αでは野生型の3/4程度、IL-6、IL-12は野生型PRAT4Aの1/3程度の回復を認めた。一方lipid A刺激、CpG-B刺激においては回復を認めなかった。この実験によりPRAT4A-M145K の機能はTLR応答においてTLRごとに差異を認めることが示された。

TLR9とPRAT4A-M145Kは会合を認めるにも関わらずサイトカイン産生の回復が起こらないことはTLR9においてはサイトカイン産生においてPRAT4Aの会合の次にさらなるステップが必要あり、そこが障害されていると考えられた。その段階がどこなのかを解明するためにPRAT4A-M145K発現細胞でTLR9のsignalingおよびtraffickingの解析を行った。M12/TLR9-GFP/shPRAT4A細胞にベクターのみ、野生型PRAT4A、PRAT4A-M145Kいずれかを導入した細胞を樹立した。CpG-B刺激の後JNKのリン酸化及びIKBαの分解を計測した。PRAT4A-M145Kを導入したものではJNKのリン酸化及びIKBαの分解は全く認められなかった。つまりTLR9のsignaling が起こらないためリガンド刺激への応答が起こらなかったと考えられる。

次にTLR9のsignalingがどの段階で障害されているかを調べるため上述の細胞を共焦点顕微鏡で観察した。野生型PRAT4Aの導入細胞では、CpG-B刺激を行った場合にTLR9は小胞体からendosome/lysosomeに移動しそこでCpG-Bと共局在を認めたがPRAT4A-M145Kを導入した細胞ではベクターを導入した細胞と同様にCpG-B刺激を行ってもTLR9は小胞体に留まっていた。PRAT4A-M145KではTLR9がendosome/lysosomeに移動することができずリガンドとのinteractionが起こらないためにsignalingが起こらないことが示された。

考察

PRAT4AがTLR4と最も強く会合する要因として一番考えられるものはTLR4もTLR2も同じような部位でPRAT4Aと会合するが、PRAT4AはTLR4とは理由は不明であるが特別に強い会合を示すというものである。会合の実験でPRAT4A-M145KとはTLR2及びTLR4共に共沈を認めないということは両者がPRAT4Aと会合することにおいて共通するものがあると考えられる。そしてPRAT4A-M145KとTLR9が会合を認めることは、TLR9はTLR2やTLR4とは違う結合領域を持つのではないかとも考えられる。TLR2やTLR4とTLR9の間でPRAT4Aとの会合の仕方に違いがあると思われ、PRAT4Aの会合の差を研究することにより細胞表面に移動するTLR2やTLR4とendosome/lysosome に移動するTLR9との新たな違いが見つかる可能性もある。

PRAT4Aノックアウト樹状細胞にPRAT4A-M145Kを導入することによりPRAT4AとTLRの関係のさらなる違いを解明することができた。TLR2とはPRAT4A-M145Kは共沈を検出することができないにも関わらず細胞表面の発現はほぼ完全回復し、リガンド刺激でRANTESの産生は野生型PRAT4Aとほぼ同等の回復を認めた。またTNF-αでは野生型の3/4程度、IL-6、IL-12は野生型PRAT4Aの1/3程度の回復を認めた。細胞表面への発現やリガンド応答が回復することを考えるとWestern blotで検出できるレベル以下のわずかな量の会合があるのかもしれない。TLR4とはPRAT4A-M145Kは会合することができず、細胞表面への発現や炎症性サイトカインの産生は回復しなかった。TLR4とPRAT4Aの強い会合を考えるとその強い会合がTLR4/MD-2の細胞表面への発現に必要なのかもしれない。逆にTLR2とPRAT4Aの弱い会合が要因でTLR2とPRAT4A-M145Kは、わずかでも会合を認めれば細胞表面に発現することができるのかもしれない。

TLR2やTLR4がPRAT4A-M145Kとの会合を認めない理由としてconformationの変化も考えられる。PRAT4A-M145Kは非極性アミノ酸のメチオニンから極性電荷アミノ酸のリジンへと、極性・電荷が変異するのでそのconformationが変化している可能性は十分ある。またPRAT4Aが他の分子を介してTLRと会合している可能性も否定できずPRAT4A-M145K のconformationが変わることによりその分子との会合が障害されるのかもしれない。

NCBIのSNPデータベースではPRAT4A-M145Kは報告例のみである。この研究結果が示すように障害される機能がTLRごとに異なるということはPRAT4A-M145Kのホモ接合体やヘテロ接合体を持つヒトでは特定の感染症に対して不利になると思われる。

今後の研究課題であるが、敗血症時のPRAT4Aの役割の解析は興味深い。リガンド刺激後にPRAT4AのmRNAが低下を示すということは何らかのnegative feedback機能が働いていると考えられる。その原因としてTLRを介しての応答を抑制するために(例えばPRAT4Aが減少すればTLR4の細胞表面への発現が抑制され応答性が低下するのではと考えられる)にPRAT4Aの産生抑制が起きているなどの可能性や、細胞内に何らかの理由でPRAT4Aが増加し産生が抑制されている可能性が考えられる。前者であれば抗PRAT4A抗体を投与すればTLR全般の応答を阻害させるかもしれない。また後者であれば例えばTLR4/MD-2/LPSや他のTLRとともに細胞内にPRAT4Aが取り込まれ病原物質の代謝排出に関係するのかもしれない。そうであれば逆に精製PRAT4Aを投与すればLPSなどの病原物質を血中から除去できる可能性もある。PRAT4AのようにTLR全般を制御する分子を標的とした治療は複数菌による敗血症時、例えば腸管穿孔などで効果的かもしれない。

結論

私はPRAT4A-SNP M145Kを使用することでTLR2、TLR4、TLR9においてPRAT4Aの役割がそれぞれのTLRで会合、細胞表面への発現・細胞内移動、応答性で異なることを示した。

PRAT4A-M145KでTLR2の細胞表面への発現はほぼ完全回復する。TLR4は回復せず、TLR9の細胞内移動は全く回復しない。

PRAT4A-M145KでTLR2のサイトカイン産生は一部回復する。TLR4、TLR9では回復しない。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はさまざまなTLR(Toll Like Receptor)の機能を制御している分子PRAT4Aの各TLRにおける機能を解明するため、各TLRとの会合の強さの比較、TLR4での会合部位の同定、ヒトのPRAT4A-SNP(Single Nucleotide Polymorphis)を発現させた細胞でTLR2、TLR4、TLR9応答の機能障害の解析を行い、下記の結果を得た。

1. TLR1/2/3/4/7/9それぞれ1つずつ発現させたM12細胞で、TLRで免疫沈降を行い共沈する内在性PRAT4AをWestern blotで検出するとTLR4でのみPRAT4Aが検出された。PRAT4AはTLR4と最も強く会合することが示された。

2.HEK293細胞に5種類のTLR2/TLR4キメラ分子とPRAT4Aを発現させ共沈実験を行ったところ、TLR4のE24-F54領域を持つキメラ分子のみPRAT4Aとの共沈を認めた。TLR4のE24-F54領域がPRAT4Aの会合に重要であることが示された。

MD-2と共沈を認めない変異型TLR4がPRAT4Aとは共沈を認めた。この結果はTLR4のMD-2結合領域 (E24-P34)とPRAT4Aの会合領域が異なることを示唆した。

PRAT4Aの有無にかかわらずTLR4と共沈するMD-2に変化なく、PRAT4AはMD-2とTLR4との会合において競合しないことが示された。

3.TLR2及びTLR4はPRAT4A-SNP(PRAT4A-M145K)とは共沈を認めなかった。一方、TLR9はPRAT4A-M145Kと共沈を認めた。この結果よりTLR9はPRAT4Aとの会合においてTLR2及びTLR4とは異なることが示された。

4.PRAT4Aノックアウト樹状細胞にPRAT4A-M145Kを導入するとTLR2の細胞表面への発現は回復したがTLR4/MD-2の発現は回復しなかった。この結果よりPRAT4A-M145KはTLR2とTLR4で細胞表面へ発現させる機能に差があることが示された。

5.PRAT4Aノックアウト樹状細胞にPRAT4A-M145Kの導入した細胞ではPam3CSK4刺激においてRANTESは野生型PRAT4Aとほぼ同等の回復を認め、TNF-αでは野生型の3/4程度、IL-6、IL-12は野生型PRAT4Aの1/3程度の回復を認めた。一方lipid A刺激、CpG-B刺激においては回復を認めなかった。この実験によりPRAT4A-M145K の機能はTLR応答においてTLRごとに差異を認めることが示された。

6.M12/TLR9-GFP/shPRAT4A細胞にPRAT4A-M145Kを導入した細胞では、CpG-B刺激でJNKのリン酸化及びIKBαの分解は全く認められなかった。つまりTLR9のsignaling が起こらないためリガンド刺激への応答が起こらなかった。この細胞を共焦点顕微鏡で観察するとPRAT4A-M145Kを導入した細胞ではCpG-B刺激を行ってもTLR9はendosome/lysosomeに移動せず小胞体に留まっていた。PRAT4A-M145KではTLR9がendosome/lysosomeに移動することができずリガンドとのinteractionが起こらないためにsignalingが起こらないことが示された。

以上、本論文はTLR2、TLR4、TLR9においてPRAT4Aの機能が各TLRごとで異なることを示した。本研究は新たに発見された分子PRAT4AのTLR制御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク