No | 124899 | |
著者(漢字) | 佐藤,広之 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サトウ,ヒロユキ | |
標題(和) | 小型可搬式機械的外乱装置を用いた脳卒中患者下肢筋群の伸張反射成分に関する考察 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 124899 | |
報告番号 | 甲24899 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3319号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景 片麻痺患者は、立位保持や歩行時に体重を支えたり推進力を得たりする過程において、麻痺の程度が重いほど健側に依存している。健常者は、専ら反射的な調整機構に基づいて殊更に意識しなくても自然に立位姿勢を保持したり、歩いたりすることができる。片麻痺患者は立位姿勢を保持する際にも歩行の際にも下肢の注意深い動きを必要とし、健常者に比べてひとつ一つの動作を強く意識して行う場面が多くなる。このとき、麻痺側の障害の軽重が動作全体のパフォーマンスに影響することはもちろんであるが、依存度が高い健側についても筋力や筋持久力といった体力要素に加え、その巧緻性が動作に影響する重要な要素になっていると考える。 下肢は上肢に比べて関節の自由度が低く、随意性を関節運動の結果として評価しにくいため、歩行能力やバランス能力などで評価されることが多く、それらの評価法は上肢や体幹の機能を含めて総合的に評価するもので、下肢のみを評価する方法は普及していない。 本研究では、片麻痺患者の下肢動作の随意性を評価する指標として伸張反射成分のひとつである長潜時反射成分に注目した。 長潜時反射による筋緊張は、予備的な筋緊張が引き続き起こる随意運動に対して有利に働く場合は促進され、不利に働く場合は抑制される。このように長潜時反射は運動遂行に対して機能的な貢献をしていることから、機能的伸張反射(functional stretch reflex)と呼ばれたこともある。随意運動開始直前のこうした反射活動は随意的筋収縮がスムーズに行われるのための「地均し」として機能していると表現する研究者もいる。 伸張反射を誘発するための機械的外乱装置は、すばやく急峻な外乱を与えるためにモーターなどの動力源が大型化しやすい。しかし、大型の装置は簡単に移動ができず、測定対象者は装置のある場所に自ら来なければならないので、短期間に多くの対象者のデータを得ることは難しい。そこで、小型で持ち運びが可能な外乱装置を製作することとした〔図1〕。 方法 1.対象 脳卒中片麻痺患者29名と健常成人9名を対象とした。脳卒中片麻痺患者は、年齢43~76歳(平均61±8歳)、男性21名、女性8名、身長152~171cm(平均161±6cm)、左片麻痺9名、右片麻痺20名、脳卒中発症からの期間は平均1556日(最長6249日、最短51日)、測定時の下肢Brunnstrom stage は、II:1名、III:3名、IV:4名、V:18名、VI:3名であった〔表1〕。健常成人は若年者と中高年の2群を設定した。若年健常者は22歳~29歳(平均26±3歳)、男性6名、女性1名、身長155~181cm(平均168±11cm)であった。中高年健常者は男性3名で、年齢は45歳(身長170cm)、52歳(身長175cm)、62歳(身長170cm)であった。本研究は国立障害者リハビリテーションセンター研究所倫理委員会の承認を得たプロトコールに沿って行われ、被検者には本研究の目的と方法について説明し参加の同意を得た。 2.伸張反射測定 被検者は椅子または車椅子に座り、外乱装置のフットレストにのせられた両足は計測中に位置がずれないようにベルトで固定された〔図1〕。動作開始前の座位姿勢では、対象者に無理な姿勢を強いない範囲で、股関節屈曲70~80°(内外転中間位、内外旋中間位)、膝関節屈曲50~60°、足関節底背屈0°(患側では足部の状態によって内外転中間位~軽度外転まで許容)に調整した。 計測時には足関節の背屈外乱刺激(背屈10°)を5~6秒間隔で与え、対象者には背屈刺激に抗したり、追従したりしないように指示した。背屈の速度には25deg/sec、50deg/sec、75deg/sec、100deg/secの4種類を設定した。それぞれの速度はランダムに10回ずつ発生し、合計40回の刺激が与えるように設定された。両側のヒラメ筋(以下Sol)、腓腹筋内側頭(以下mGc)、腓腹筋外側頭(以下lGc)より双極誘導法にて筋活動電位を計測した。筋活動電位導出にはアクティブ表面電極(DE-2,Delsys,Inc)を用い、電極(DE-2,Delsys,Inc)を各筋の筋腹に貼付し、増幅器(Bagnoli-8 EMG System,Delsys,Inc)を介してモバイル型高速波形レコーダ(NR2000,KEYENCE)に記録した〔図2〕。 記録された筋活動は、波形レコーダよりコンピュータに取り込んだのち、各々の筋について波形解析ソフト(Autosignal,HULINKS)を用いてノイズ除去し(交流電源周波数の倍数:50、100、150、200、250Hzをカット)、各々の筋について加算平均後、全波整流した〔図3〕。短潜時反射成分(M1)と長潜時反射成分(M2)の積分を各々行い、M1とM2の活動の優位性を比較するためにM2の積分値をM1の積分値で除したM2/M1を算出した。 結果 健常者での計測によって、75deg/secと100deg/secの2つの速度において反射応答成分の解析が可能な伸張反射応答を得られた。健常者のM2/M1は1.5程度で、若年健常者と中高年健常者に差はなかった〔図4〕。 次に脳卒中片麻痺患者で計測・解析を行ったところ、脳卒中片麻痺患者では、患側に比べて健側のM2/M1が有意に大きな値を示した。亜急性期から回復期の患者と維持期以降の患者を比較すると、健側、患側ともに維持期以降の患者のM2/M1が大きくなる傾向があった。〔図5 a,b〕。 脳卒中患者を短下肢装具の要否で下肢機能を区分してM2/M1を比較すると、有意差が認められたのは健側の腓腹筋内側頭(p=0.014)のみであったが、患側、健側ともに短下肢装具を必要とする群でM2/M1が大きかった〔図6〕。 考察 本研究では、上肢にあるような機能評価法がきわめて少ない下肢について、その随意性を短潜時反射成分(M1)と長潜時反射成分(M2)の筋電図積分値の比であるM2/M1によって評価することを試みた。下肢の伸張反射を測定するための装置としてこれまでになかった小型可搬式のものを製作し、これにより大型の機器を用いることが多かった下肢の伸張反射の測定・評価をより簡便に行うことができるようになった。若年健常者を計測したところM2/M1の値は25deg/secと50deg/secでは左右差があったため、解析の対象は 75deg/secと100deg/secの2つの速度によるデータにした結果、健常者のM2/M1は1.5程度の値を示し、速度による差、左右差および若年健常者と中高年健常者の間に差はなかった。そこで健常者をまとめて脳卒中片麻痺患者群を解析するにあたっての比較対象とすることができた。 脳卒中片麻痺患者で患側に比べて健側のM2/M1が有意に大きな値を示したことは、M2が随意性を反映する反射性成分であることから、健側の随意性への依存度が高いことが示された。さらに、健側のM2/M1が亜急性期から回復期よりも維持期以降の脳卒中片麻痺患者で大きくなったことから、発症から時間が経過している患者ではリハビリテーションや日常身体活動によって筋活動の随意性が上昇していることが考えられた。短下肢装具の要否で脳卒中片麻痺患者の下肢機能を区分した際に有意差が認められたのは健側の腓腹筋内側頭のみであったが、患側、健側ともに短下肢装具を必要としない群よりも短下肢装具を必要とする群でM2/M1が大きく、短下肢装具を必要とする群が健側の随意性により依存していることが考えられるが、他の筋においても有意な差があるか否かについて今後被検者数を増やすなどして検証が必要である。 本研究で用いた機器は小型・軽量で病室等に持ち込んでベッドサイドでの計測も視野に入れて作製されており、訓練室や外来で計測できないような急性期の患者も対象とすることができる。これまで立位保持や歩行可能であることを前提としていた下肢機能の評価が、ADLの低い急性期患者をも含めて評価することが可能となり、健常者のM2/M1の1.5程度という値を目安とすることで、M2/M1が脳卒中の回復過程の評価や機能評価に役立つ指標となることが期待される。 結論 下肢筋群の機械的外乱に対する反射応答について検討するために、被検者を広く求められるような小型可搬式機械的外乱刺激装置を製作した。健常者を対象とした測定の結果、外乱速度として75deg/secと100deg/secを設定すれば反射応答成分の解析が可能な伸張反射を惹起できることが確認され、健常者ではM2/M1が1.5程度となることが示された。 脳卒中片麻痺患者では健側でのM2/M1が大きくなっており、長潜時反射成分M2は随意性を反映する反射性成分であることから、健側の随意性への依存度が高いことが示された。健側のM2/M1は亜急性期から回復期よりも維持期以降の脳卒中片麻痺患者で大きく、発症から時間が経過している患者の筋活動の随意性が上昇していると考えられた。また、脳卒中片麻痺患者を短下肢装具の要否で下肢機能を区分してM2/M1を比較すると、健側腓腹筋内側頭のM2/M1は、短下肢装具不要群に比べて短下肢装具を必要とする群で有意に大きい値を示した。 〔図1〕小型可搬式機械的外乱装置を用いた伸張反射の測定 〔表1〕脳卒中片麻痺患者の属性 〔図2〕実験系の概略 〔図3〕波形処理後の筋電図の典型例 〔図4〕健常者9名でのM2/M1の例(ヒラメ筋) 〔図5 a,b〕脳卒中片麻痺患者のM2/M1の例(腓腹筋内側頭) 〔図6〕短下肢装具の要否とM2/M1の例(腓腹筋内側頭) | |
審査要旨 | 本研究では新たに小型可搬式機械的外乱装置を製作して下肢筋群の伸張反射成分の測定を行い、長潜時反射成分(M2) と短潜時反射成分(M1)の筋電図積分値の比であるM2/M1を、非随意性反射に対する随意性反射の優位性の指標として評価したもので、下記の結果を得ている。 1. 健常者での計測によって、25deg/sec、50deg/sec、 75deg/sec、100deg/secの4つの外乱速度のうち、75deg/sec、100deg/secの2つの速度を用いることで反射応答成分の解析が可能な伸張反射応答を得られることが示された。若年健常者9名と中高年健常者3名にM2/M1の差はなく、本研究のプロトコールにおいては健常者のM2/M1が1.5程度であることが示された。 2. 脳卒中片麻痺患者のM2/M1は健側が患側を上回っており健側の随意性反射への依存度が高いと考えられた。亜急性期から回復期の患者では患側のM2/M1が健常者のM2/M1より有意に低く、回復期以降の患者では健側のM2/M1が健常者のM2/M1より有意に高かった。健常者のM2/M1は1.5程度であるのに対して、維持期以降の患者では健側が2を超え、患側はほぼ健常者に近い値を示した。 3. 脳卒中患者の下肢機能を短下肢装具の要否で区分してM2/M1を比較すると、有意差が認められたのは健側の腓腹筋内側頭のみであったが、M2/M1は患側、健側ともに短下肢装具を必要とする群が短下肢装具を必要としない群よりも大きかった。 以上、本論文は下肢の伸張反射を測定するための装置としてはこれまでになかった小型可搬式のものを製作しM2/M1を下肢機能の評価指標として設定したもので、これにより大型の機器を用いることが多かった下肢の伸張反射の測定・評価をより簡便に行うことができるようになった。健常者のM2/M1の標準的な値を求めるという新たな試みにより得られた1.5程度という値を目安とすることで、M2/M1が脳卒中の回復過程の評価や機能評価に役立つ指標となることが期待される。特に、これまで立位保持や歩行可能であることを前提としていた下肢機能の評価が、ADLの低い急性期患者をも含めて評価することが可能となり、脳卒中リハビリテーションにおける下肢機能評価に重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |