学位論文要旨



No 124900
著者(漢字) 相馬,大介
著者(英字)
著者(カナ) ソウマ,ダイスケ
標題(和) 胃癌腹膜播種に対する腹腔内抗癌剤治療に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 124900
報告番号 甲24900
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3320号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 教授 瀬戸,泰之
 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 准教授 宮田,哲郎
 東京大学 准教授 野村,幸世
内容要旨 要旨を表示する

胃癌における最も頻度の高い転移・再発形式は腹膜播種である。しかし、癌性腹膜炎の治療には難渋することが多く,いまだにその標準的治療法は存在しない。PTXはその分子量が大きく,脂溶性であるという性質から腹腔内投与に適した薬剤であることが示唆されている。現在、欧米ではPTXの腹腔内投与は進行卵巣がんに対する標準治療として認識されてきており、本邦でも胃癌の腹膜播種症例に対して著効したという症例報告を認める。これらのことより、胃癌腹膜播種に対するPTXの腹腔内投与の有用性が推測されるが、まとまった症例数での臨床試験の結果はまだ報告されていない。また、腹膜播種患者の多くは、腹膜以外にも多臓器病変を有する場合が多く、腹腔内投与の播種以外の病変に対する治療効果について検討することも臨床的には重要である。

以上のことを踏まえて、第一章ではまず動物モデルとしてウサギを用いて、腹腔内投与時のPTXの薬物動態を、血中のみならず各臓器内での薬物濃度を経時的に測定し、静脈投与時と直接比較検討した。方法はウサギにPTX5mg/kgを腹腔内(IP群)、経静脈投与(IV群)を行い、投与後0.5、6、24時間で各組織を摘出、また経時的に血清を採取してHPLC法にて各サンプルのPTX濃度を測定した。IP投与群の血清中PTXは緩徐に上昇して、3時間後以降ではIV投与群と比較して高値であり、12、24時間後で有意差を認めた。組織中のPTX濃度では腹膜播種の好発する大網、後腹膜組織ではIP投与群が全ての時間で上回ったことより、PTXの腹腔内投与は播種性転移好発部位に対して効率よく薬剤を集積させる極めて合理的な治療戦略である考えられた。また、投与6時間後以降では全て組織でIP投与群のPTX濃度が上回った。特にリンパ節、胃、卵巣ではAUC値もIV投与群の2倍以上高い結果であったことより、PTXの腹腔内投与は腹腔内遊離腫瘍細胞、播種性転移のみならず、リンパ節転移や原発巣などの再発巣に対しても有効性を発揮することが期待できると考えられた。

さて、現在、がん治療において、薬剤の腫瘍への局所選択的到達率を高めることにより、治療効果をあげて副作用を軽減するという目的で、抗がん剤のナノキャリアによる修飾が行われている。高分子ミセルは薬剤をミセルから安定して緩徐に放出する特徴を有すること、腹腔内リンパ系を介して緩徐に吸収されることが予想されるなどの特徴から、腹腔内投与においても強い播種抑制効果をもたらす可能性があると考えられる。現在、PTXにおいても高分子ミセル製剤の開発がされているが、腹腔内投与治療への応用についてはいまだ検討されていない。そこで、次に第二章では高分子ミセルにPTXを内包した薬剤を用いて、その腹腔内投与の効果を検討することとした。

高分子ミセルとしてPMB30W〔2-メタクリロイルオキシエスチルホスホコリン(MPC)とメタクリル酸n-ブチル(BMA)のコポリマー〕を用いてPTXを溶解して、ナノミセル化した薬剤を作製した(PTX-30W)。In vitroでの検討ではPTX-30Wは従来のCremophorを溶媒とするPTX(PTX-Cre)と比較して、胃癌細胞株MKN45Pに対して、その腫瘍増殖抑制効果に差を認めなかった(IC50値 0.060μg/ml: PTX-30W, 0.054μg/ml: PTX-Cre)。しかし、細胞周期の検討ではPTX-30WはPTX O.1μg/ml濃度という比較的高い濃度で48時間後により強いG2 arrestを誘導した。通常の腹腔内投与では数十から数百μg/mlの濃度で投与されることを考慮すると腹腔内から消失する時間が遅ければin vivoでもより強い播種抑制効果を発揮する可能性があると考えられた。次にIn vivo で胃癌細胞株MKN-45Pをヌードマウスの腹腔内に投与、1週間後よりPTX-30WおよびPTX-CreをそれぞれPTX20mg/kg量に溶解したものをPBS1mlに希釈して腹腔内に投与し、4週間後に播種巣の数、腫瘍総重量の比較を行った。PTX-CreとPTX-30Wの2群で1mm以上の大きさの結節数と腫瘍総重量を比較すると、結節数はPTX-Cre群平均35.5±12.5個、PTX-30W群9.6±8.3個、腫瘍重量もPTX-Cre群平均218.8±133.5g、PTX-30W群55.0±50.2gであり、共に統計的に有意差をもってPTX-30Wがより強い播種抑制効果を示していた。また、同様の方法で60日まで観察した生存率でもPTX-Cre群はコントロール群と比較して有意な生存の延長を認めなかったに対して、PTX-30W群では統計的に有意な生存の延長を認めた(P<0.05)。次にPTX-30W、PTX-Creの各群で播種結節を採取して、組織中のPTXの経時的濃度変化をHPLC法にて定量したところ、腹膜播種結節中のPTXの濃度推移は、両群とも投与後3時間で最も高い濃度を示し、次第に低下したが、すべての時間において、腫瘍内のPTX濃度がPTX-30W群で有意に高値を示した(P<0.05)。以上の結果よりPTX-30WはPTX-Creと比較してより播種巣に高濃度に蓄積する性質があることが推測された。また、投与後短時間(3時間)での両群の濃度の差が最も大きく、次第に差が小さくなる傾向が認められたことより、この腫瘍蓄積性の違いはPTX-30Wが腫瘍組織への直接浸透性が優れていることに主に起因する。高分子ミセル製剤であるPTX-30Wの腹腔内投与は、従来のPTX製剤と比較してより強い播種制御能力を発揮することが判明し、高分子ミセル製剤は腹腔内投与に適した剤型として臨床応用することが可能であると考えられた。

以上の結果から、PTXの腹腔内投与は、全身臓器に対しても高い薬剤移行性を示すことが証明され、腹膜病変以外への効果も期待される。またナノキャリアによる分子修飾を行うことにより、腹膜播種に対してさらに奏功率の高い治療法となりうると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では抗癌剤であるパクリタキセル(PTX)の腹腔内投与に関する基礎的な検討を行い、以下の結果を得ている。

1.PTX腹腔内投与(IP投与)時の組織移行性の変化の検討

静脈投与(IV投与)群との比較で、PTXのIP投与では血清中PTXは緩徐に上昇して、3時間後以降ではIV投与群と比較して高値であり、12、24時間後で有意差を認めた。また腹膜播種の好発する大網、後腹膜組織中PTX濃度はIP投与群が全ての時間で上回り、投与6時間後以降では全て組織でIP投与群のPTX濃度が上回った。特にリンパ節、胃、卵巣ではAUC値もIV投与群の2倍以上高い結果を得た。このことはPTXの腹腔内投与は播種性転移部位に対して効率よく薬剤を集積させる極めて合理的な治療戦略であることが期待され、また腹腔内遊離腫瘍細胞、播種性転移のみならず、原発巣やリンパ節などの転移巣に対しても有効性を発揮する可能性を示した。

2.胃癌播種モデルに対する高分子ミセル製剤PTX-30Wのin vivoにおいての効果の検討

高分子ミセルPMB30W〔2-メタクリロイルオキシエスチルホスホコリン(MPC)とメタクリル酸n-ブチル(BMA)のコポリマー〕でナノミセル化したPTX製剤(PTX-30W)を使用したマウス播種モデルに対する腹腔内投与の検討では、従来のCremophor溶解PTX(PTX-Cre)と比較して有意に強い播種の抑制効果と生存延長効果が得られた。また播種組織内のPTX濃度の検討では、投与後24時間以内全ての時間において、有意にPTX-30W投与群が高値を示した。以上よりPTX-Creと比べてPTX-30Wは腹腔内投与時において播種巣への薬剤の移行性に優れていることが考えられ、播種に対してより高い治療効果をもたらす可能性を示した。

以上、本論文は1.PTX腹腔内投与は、腹膜播種以外の組織への薬剤移行性も優れていること。2.ナノキャリアによる分子修飾で腹膜播種に対して、さらに奏功率の高い治療法となりうることを明らかにした。現在、PTXの腹腔内投与は胃癌、卵巣癌の腹膜播種治療に広く用いられており、その効果が報告されている。しかしながら、そのメカニズムについては未だ不明な点も多い現状である。本研究はPTX腹腔内投与時における全身組織への薬物動態の解明に貢献し、またDrug Delivery System 製剤の腹腔内投与への応用に関して、その可能性を示しており、学位授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24378