学位論文要旨



No 124901
著者(漢字) 高山,利夫
著者(英字)
著者(カナ) タカヤマ,トシオ
標題(和) 血管新生誘導を目的とした新規イオンコンプレックスゲルの開発とこれを応用した再生肝組織構築の試み
標題(洋)
報告番号 124901
報告番号 甲24901
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3321号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 准教授 北山,丈二
 東京大学 准教授 菅原,寧彦
内容要旨 要旨を表示する

1.背景

再生医療とは,本来再生能力のない高度に分化した各種臓器や器官の機能が何らかの原因で損なわれた際に,組織培養や医療工学の技術を駆使して障害組織の再生に努め機能回復を目指す新しい医療分野であり,従来の臓器移植とは異なりドナーに依存しない治療が可能であるため寄せられる期待は大きい。しかしながら,実際に再生臓器を創成しようとする際の共通の問題点は,栄養血管網の誘導が不十分であるために細胞壊死を来たし易く十分な生着が得難いことである。

スフェロイドは種々の細胞より作製することができる細胞数百個程度から成る球状の凝集体であり,組織の再生を検討する系として有用である。ラットより採取した初代肝細胞は一般に長期間の培養継続が困難であるが,これをスフェロイド化すると長期生存可能となり,また単純培養のみでは見られなかった肝臓特有の薬物代謝能・合成能そして原始的な肝小葉構造を有するようになることが報告されている。すなわち,肝細胞スフェロイドは一種の小型再生臓器と見なすことができることから,再生肝臓を創出するための材料となり得ると考えた。本研究においては,まず小型再生組織ユニットであるスフェロイドに血管を誘導し,さらに集積化していくことにより栄養血管のある大型再生臓器を創出する,という戦略を立てた。

ここで問題となるのは,移植されたスフェロイドにいかに周囲の宿主組織から血管を誘導するかということである。これを解決するために,スフェロイドの周囲を何らかのゲル状の素材で覆い宿主に移植するというモデルを想定した。すなわち,このゲル状素材を通って周囲の宿主組織よりスフェロイド内に毛細血管が侵入すれば,スフェロイドが長期的に生着することが期待できると考えた。

このような血管新生誘導素材となりうる材料として,本研究においてはコラーゲンとクエン酸誘導体より合成したイオンコンプレックスゲル(ion complex gel; IC gel)を選択した。本物質は,コラーゲンを主成分とした電荷の異なる2種類の液体すなわち,アテロコラーゲン(AtCol)とクエン酸誘導体修飾アルカリ処理コラーゲン(AlCol-CAD)を混合し,イオン結合によりゲルを形成する。AtColは広くインプラント素材や創傷被覆材などに使用されている素材であり,一方,AlCol-CADは,ヒト臍帯静脈内皮細胞と高い親和性を持ち,かつ生体に対する毒性が極めて低いことが先行する研究にて確認されている。IC gelはまた,強力な血管誘導因子である塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)とも結合可能である。

このIC gelと肝細胞スフェロイドを併用すれば効率の良い細胞移植が可能になると予想し,研究を実施した。

2.目的

本研究の目的は,生体内におけるIC gelの血管新生誘導能を評価し,同ゲルをラット肝細胞スフェロイドの系に応用して栄養血管を誘導し生着を促進・安定させる技術を開発することである。

3.イオンコンプレックスゲル評価実験

IC gelが生体内で実際にどの程度の血管新生誘導能を有するかを,ラットへの移植モデルを用いて評価した。

IC gelには,1% AtColと1% AlCol-CADを混合させて作ったもの(IC[1%])と,2% AtColと1% AlCol-CADを混合させて作ったもの(IC[2%])がある。これら二種類のIC gelをマトリゲル・1%粗コラーゲンと比較検討した。

各サンプルをWistar系野生型ラット腹直筋筋膜下に移植し,5日目に摘出。組織切片を作製し,血管内皮抗原(フォンウィルブランド因子;vWF)および血管平滑筋抗原(アルファ平滑筋アクチン;αSMA)に対する免疫染色を行った。さらにこれらの免疫組織結果を画像解析ソフトウェアにて定量化し,統計学的解析も行った。また,IC gelとbFGFの相乗効果を評価するために,IC[1%]・IC[2%]・1%粗コラーゲンにbFGFを添加して移植用サンプルを作製し,同様に比較検討を行った。

実験の結果,IC gelは,IC[1%]・IC[2%]ともにマトリゲルや1%粗コラーゲンと比較して生体内で有意差を持って高度な血管新生誘導能を有していることが確認され,その効果がbFGF添加によりさらに増強されることが判明した。

4.ラット肝細胞移植実験

次に,IC gelを用いたラット肝細胞スフェロイドの移植実験を実施した。

初代肝細胞は,ドナー由来細胞の存在を確認するためGFP遺伝子導入ラットより採取した。使用動物はT細胞系免疫不全動物であるヌードラットとし,比較検討のため,以下の4群を設定した。

(1)群:採取直後の遊離肝細胞をスフェロイド形成させずに,IC gelも用いず移植した群

(2)群:肝細胞をスフェロイド化させるが,IC gelを用いず直接移植した群

(3)群:採取直後の遊離肝細胞をスフェロイド形成させずに,IC gelと混合して移植した群

(4)群:肝細胞をスフェロイド化させ,かつIC gelと混合して移植した群

以上を移植後5日目と10日目に摘出,組織切片を作製し,抗GFP抗体を用いた免疫染色によりドナー由来肝細胞の存在確認を行うとともに,vWF染色にて血管新生の評価も行った。さらに,これらの染色結果を画像解析ソフトウェアにより定量化し,統計解析した。

実験の結果, 5日目と10日目いずれの時点でも,(4)群が,肝細胞の存在面積・血管新生面積ともに他の3群と比較して有意に高値であった。

また,肝細胞スフェロイドとIC gelを混合して移植したサンプルが肝臓固有の代謝機能を持つかどうかの評価を,CYP2E1に対する免疫染色を行って確認した。その結果,移植後4ヶ月までの時点で,GFP染色陽性細胞が同時にCYP2E1染色にも陽性であることが確認された。

これらの結果より,ラット肝細胞小規模集団を生体内で生着させるためには,細胞をスフェロイド化させてIC gelと混合して移植するという方法が有効であることが示された。

5.考察

スフェロイドに血管新生を効果的に誘導・促進するためには,血管新生誘導素材の導入が必要となると考え,IC gelがそのような血管新生誘導素材となり得るかについてラットによる移植モデルで検討した。結果,IC gelが高い血管新生誘導能力を持つことが示された。

IC gelが高い血管新生誘導能力を有する要因としてまず考えられるのは,IC gelの高分子立体構造が最適であった可能性が挙げられる。血管新生を効率よく誘導するためには素材の高分子ネットワークの網目サイズが重要な意味を持つ。網目サイズが新生血管と比較して小さすぎる場合,ゲルの内部に血管が侵入してくることは不可能となる。一方で網目サイズが過度に大きい場合は,ゲル自身の立体構造を保つことができず,やはり血管新生の足場として機能することは不可能となる。網目サイズを規定する要素が濃度であり,一般的に血管内皮細胞を立体的に培養する際に添加するコラーゲン懸濁液濃度は0.25%程度と報告されている。これらの知見を参考にし,かつ生体内で安定した立体構造を保つべく,IC gelの主成分である二種類のコラーゲンすなわちAtColとAlCol-CADの濃度が決定された。

IC gelの主成分がコラーゲンであることもまた,この素材の血管新生能力が優れている理由となる。コラーゲンは,生体内においてインテグリンやフィブロネクチンなどの細胞接着分子と親和性が高いことが判明しており,血管壁を構成する細胞の接着を促進する上で有利であると考えられる。一方,素材の内部にまで新生血管の侵入を促すためには,血管が伸長するにしたがって素材自身が分解・吸収されることが必要である。コラーゲンはMMPなどの蛋白分解酵素で消化吸収される生分解素材であるため,この点でも望ましい素材と言える。コラーゲン単独では低濃度で生体内に投与すると体液により容易に液状化してしまうことが弱点であるが,イオンコンプレックスであるIC gelは,単なるコラーゲンと比較してはるかに安定した分子構造を有している。今回の実験結果からも,IC gelが1%粗コラーゲンよりも有意に高度な血管新生誘導能力を有することを確認し得た。

以上より,IC gelは細胞移植のための栄養血管誘導素材として適応可能であると判断し,肝細胞スフェロイド移植実験を実施した。実験の結果,仮説の通り,肝細胞スフェロイドとIC gelを混合して移植した群が,他群よりも肝細胞の生存・新生血管の侵入ともに有意に高値であった。これは,細胞をスフェロイド化しかつIC gelを使用して移植を行うと,ゲルにより短期間に効率よくスフェロイド周囲に血管が誘導され,それが移植細胞の栄養血管として機能したためと考えられる。

肝細胞の移植実験においてはさらに,移植された細胞が肝臓特有の機能を有しているかどうかの確認が重要と考えられる。薬物代謝酵素群CYP450の中でもCYP2E1は,肝に特異的に発現するものの一つであることが知られており,肝細胞の培養や移植実験で代謝能の評価法として使われる。今回の結果では,移植後4ヶ月目という長期間が経過した時点でもなお移植肝細胞内にCYP2E1の発現が確認された。すなわちドナー由来の肝細胞組織が,長期的に肝臓としての代謝機能を保持していることが明らかとなった。

以上より,肝細胞をスフェロイド化してIC gelと混合して移植することの有用性が確かめられた。

6.結論

IC gelは,生体内で良好な血管新生誘導能を有することが確認された。そして,ラット肝細胞スフェロイドの小規模集団をこのIC gelと混合して移植すると良好な生存が得られ,この方法が今後の再生肝臓創出のための基礎的技術となる可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,大型再生臓器を創成する際の問題点である,栄養血管網の不十分な誘導による細胞壊死を改善するために,細胞のスフェロイド化と血管新生誘導素材の使用が有用であるかの検討を試みたものであり,下記の結果を得ている。

1.素材の選択

一般に,細胞移植に適応可能な血管新生誘導素材に望ましい条件を検討し,独立行政法人物質・材料研究機構と共同開発した素材が,コラーゲンとクエン酸誘導体より合成したイオンコンプレックスゲル(ion complex gel; IC gel)である。IC gelは,コラーゲンを主成分とした電荷の異なる2種類の液体を混合することでイオン結合によりゲルを形成する。IC gelは,ヒト臍帯静脈内皮細胞と高い親和性を有していることが確認された。

2.既存マテリアルに対するIC gelの優位性

IC gelを,マトリゲルおよび1%粗コラーゲンと比較検討した。各サンプルをWistar系野生型ラットに移植し,5日目に摘出。組織切片を作製し,血管内皮抗原(vWF)および血管平滑筋抗原(αSMA)に対する免疫染色を行った。また,IC gelとbFGFの相乗効果を評価するために,IC[1%]・IC[2%]・1%粗コラーゲンにbFGFを添加して移植用サンプルを作製し,同様に比較検討を行った。実験の結果,IC gelは,IC[1%]・IC[2%]ともにマトリゲルや1%粗コラーゲンと比較して生体内で有意差を持って高度な血管新生誘導能を有していることが確認され,その効果がbFGF添加によりさらに増強されることが判明した

3.GFP遺伝子導入ラットからの初代肝細胞スフェロイド作成

初代肝細胞を採取するために使用した動物は,ドナー由来細胞の存在確認を容易にするためGFP遺伝子導入ラットとした。リン酸緩衝液を主成分とした前潅流液を門脈内投与して十分に肝臓内の血液を排除した後,タンパク分解酵素を含むコラゲナーゼ液で潅流処理し,肝臓を摘出した。処理した肝細胞を,専用プレートにて培養すると1 - 2日程度でスフェロイドを形成し,励起波長480 nmのUV光で緑色の発色が確認された。

4.スフェロイドと血管新生誘導素材を併用することの有用性

使用動物はT細胞系免疫不全動物であるヌードラットとし,比較検討のため以下の4群を設定した。(1)群:採取直後の遊離肝細胞をスフェロイド形成させずに,IC gelも用いず移植した群,(2)群:肝細胞をスフェロイド化させるが,IC gelを用いず直接移植した群,(3)群:採取直後の遊離肝細胞をスフェロイド形成させずに,IC gelと混合して移植した群,(4)群:肝細胞をスフェロイド化させ,かつIC gelと混合して移植した群。これらを移植後5日目と10日目に摘出,組織切片を作製し,抗GFP抗体を用いた免疫染色によりドナー由来肝細胞の存在確認を行うとともに,vWF染色にて血管新生の評価も行った。実験の結果, 5日目と10日目いずれの時点でも,(4)群が,肝細胞の存在面積・血管新生面積ともに他の3群と比較して有意に高値であった。

5.移植肝細胞の代謝能発現の確認

肝細胞スフェロイドとIC gelを混合して移植したサンプルが肝臓固有の代謝機能を持つかどうかの評価を,CYP2E1に対する免疫染色を行って確認した。その結果,移植後4ヶ月までの時点で,GFP染色陽性細胞が同時にCYP2E1染色にも陽性であることが確認された。

以上,本論文はラット肝細胞を移植する実験系において,細胞のスフェロイド化と,血管新生誘導素材であるIC gelの併用が,移植細胞の生存率向上に有用であることを明らかにした。本研究により確立された方法は,今後の再生大型臓器創成のための基盤的技術となり得ると考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。

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