学位論文要旨



No 124902
著者(漢字) 田中,敏明
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,トシアキ
標題(和) 大腸癌進展ならびに予後におけるSmad4蛋白ならびに染色体18番長腕の関与についての検討
標題(洋)
報告番号 124902
報告番号 甲24902
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3322号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 准教授 宮田,哲郎
 東京大学 講師 長谷川,潔
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

近年増加傾向である大腸癌であるが、検診の必要性の啓発により、幸い早期により、良好な予後を期待できる症例も増加している。しかしながら、リンパ節転移・血行性転移を伴う進行例では、依然、再発を認める症例も多く、手術や化学療法で完治させることが困難である。したがって、大腸癌のリンパ節転移ならびに血行性転移に対する新たな治療法の開発は、予後改善に大きく寄与すると考えられる。

現在、大腸癌は、Adenoma-carcinoma sequenceの過程で様々な遺伝子変異を伴う、「多段階発癌」のモデルが提唱されている。中でも、近年、染色体18番長腕に遺伝子が存在するSmad4蛋白は、大腸癌の進展において重要な鍵となっていることが、明らかとなった。Smad4はTGF-βの細胞内シグナル伝達に関与する分子であり、様々な蛋白の転写制御を通じて、細胞の分化増殖の抑制を行っている。そのため、Smad4の機能不全は、細胞の分化制御・増殖制御機構の破綻につながり、腫瘍の進展に関与すると推測される。

これまで、Smad4蛋白ならびに、その遺伝子の存在する染色体18番長腕のLoss of Heterogzgosity(以下「18qLOH」)は、大腸癌術後の予後との関係を検討されており、StageIIならびにStageIIIの大腸癌では、18qLOHならびにSmad4蛋白発現低下が予後規定因子という報告が散見される。一方、臨床上の大腸癌術後の予後規定因子は、リンパ節転移ならびに血行性転移である。しかしながら、これまでの研究では、分子細胞学的な予後規定因子である18qLOHならびにSmad4蛋白が、臨床上の予後規定因子であるリンパ節転移・血行性転移に如何に関与するかは評価されていない。

そこで本研究では、18qLOHならびにSmad4蛋白発現が、大腸癌血行性転移、そのなかでも肝転移について関与しているかを検討した。また、さらに、大腸癌リンパ節転移についても、18qLOHならびにSmad4蛋白の関与を検討した。

また、現在、同時性肝転移切除症例の予後について、これらの分子が寄与しているかを検討した報告は認められない。大腸癌肝転移症例は、転移巣も含めた治癒切除により5年生存率の改善も期待でき、また、中には完治せしめる症例も認められている。しかしながら、中には、切除後に短期間に再発を認める症例もあり、同じ同時性肝転移症例群でも、慎重な経過観察を要する症例があるのも事実である。そのため、もし18qLOHならびにSmad4蛋白により、切除後予後不良になりうる同時性肝転移症例を抽出することができれば、術後の経過観察のプロトコルを立てる上での判断基準の一つになりうると考えられる。そこで、本研究では、18qLOHならびにSmad4蛋白が、同時性肝転移切除症例の術後生存率に寄与しているかも検討を行った。

検討

(1)18qLOH/Smad4蛋白の大腸癌肝転移への関与の有無についての検討

【対象】

当科で1980年から2005年まで手術を起こった大腸癌2783症例のうち、261症例が同時性肝転移に対し切除を行われた。今回は、リンパ節転移有無の影響を避けるための、そのなかでも、リンパ節転移を認めない症例20例を検討の対象とした(検討群)。これらの症例と、深達度・分化ならびに腫瘍の局在を一致させた、非肝転移症例を対照群とした。

【18qLOHの検討】

検討群ならびに対照群について、18qLOHの有無を検討した。

検体は、手術時に得られたと凍結検体もしくは、パラフィン切片から採取し、QuiagenのDNA抽出キットDNA抽出を行った。評価のためのプライマーは、染色体18番長腕に位置するD18S363、D18S474、D18S46を使用し、これらのプライマーについて、LOHを検討した。

【Smad4の検討】

検討群ならびに対照群について、Smad4の発現の有無を免疫染色の手技で行った。5μm厚のパラフィン切片を、Smad4抗体(SantaCruz Biotechnology)を一次抗体に用いて染色を行った。染色の程度により、三段階の評価をおこなった。すなわち、(a)まったく染色されない群、(b)染色されるが正常粘膜よりも染色の弱いもの、(c)正常粘膜よりも染色の強いものとした。

【結果】

同時性肝転移を伴う群では、伴わない群と比して、有意に18qLOHの割合が高かった。また、肝転移を伴う群では伴わない群に比して、有意にSmad4の染色の低下を認めた。

これにより、18qLOHならびにSmad4が同時性肝転移に関与している可能性が示唆された。

(2) 18qLOH/Smad4蛋白の大腸癌リンパ節転移への関与の有無についての検討

【対象】

当科で1987年から2004年までに手術をおこなったリンパ節転移陽性大腸癌症例のうち、血行性転移を伴わない症例を抽出した。これらの症例に対し、深達度、分化度、腫瘍の局在が一致させた対照群との間で、Matched Pair Testをおこない、18qLOHならびにSmad4蛋白発現を検討した。

【18qLOHの検討】

先述の手技と同様に行った。

【Smad4の検討】

先述の手技と同様におこなった。

【結果】

リンパ節転移を伴う群では、伴わない群と比して、有意に18qLOH(p=0.029)の割合が高かった。また、リンパ節転移を伴う群では伴わない群に比して、有意にSmad4の染色の低下を認めた(p=0.00075)。

これにより、18qLOHならびにSmad4が、大腸癌リンパ節転移に関与している可能性が示唆された。

(3)18qLOH/Smad4蛋白の同時性肝転移大腸癌切除後の予後への関与についての検討

【対象】

当科で1993年から2004年までに治癒切除手術を行った、大腸癌同時性肝転移症例56例を対象とした。これらについて、切除後のDisease Free SurvivalならびにOverall Survivalについて、18qLOHならびにSmad4蛋白染色との関連を検討した。

【18qLOHの検討】

先述と同様の手技で評価を行った。

【Smad4の検討】

先述と同様の手技で評価を行った。ただし、染色の程度は、二段階に判断した。すなわち、正常粘膜以上の染色度をHigh stain、それ以下をLow Stainとした。

【結果】

Smad4蛋白発現は、Disease-free SurvivalならびにOverall Survivalに有意な影響をみとめなかった(Smad4:Disease-free Survival (p=0.67),Overall Survival(p=0.38))。しかしながら、18qLOHを認める症例は、術後のOverall Survivalが有意に低率であった(18qLOH:Disease-free Survival (p=0.61), Overall Survival(=0.024))。

考察

本研究では、18qLOHならびにSmad4が大腸癌の同時性肝転移ならびにリンパ節転移に関与することを明らかとした。また、18qLOHが大腸癌同時性肝転移切除後の予後規定因子となることを明らかとした。

18qLOHが大腸癌に高率に認められることを示唆したVogelsteinらの報告に次いで、大腸癌の進展や予後の側面から18qLOHが解析されてきた。また、染色体18番長腕に遺伝子が存在するSmad4蛋白についても同様に、大腸癌の進展や予後について検討が重ねられてきた。しかしながら、これまでの報告では、大腸癌の個々の臨床学的因子についての関与は検討されていなかった。特に、臨床学的因子のなかでも、リンパ節転移・血行性転移は、術後の予後や治療方針の選択に大きくかかわるものであり、これらの因子に対する18qLOHならびにSmad4蛋白の関与を解明することは、ひいてはリンパ節転移・血行性転移のメカニズムの解明に寄与すると考えられる。

そこで、本研究では、18qLOHならびにSmad4蛋白の、同時性肝転移ならびにリンパ節転移への関係を検討し、これらの関与を明らかとした。これより、本研究は、大腸癌の転移に対する、新たな分子学的な治療の開発に寄与すると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、大腸癌で高頻度に認められる染色体18番長腕のLoss of Heterozygosity(以下「18qLOH」)と、同部位に遺伝子の存在するSmad4蛋白について、大腸癌の転移ならびに術後生存率との関係を明らかにするため、以下の検討を行った。

1.東京大学医学部附属病院大腸肛門外科における大腸癌手術症例を対象とし、同時性肝転移を伴う症例と同時性肝転移を伴わない症例において、18qLOHならびにSmad4蛋白の発現に差異が認められるかを検討した。この検討は、交絡因子として、腫瘍の部位、深達度、分化度を設定した、20例のmatched pair testで行った。同時性肝転移症例では18qLOHを高頻度に認め、また、Smad4蛋白の発現低下を認めた。これより、18qLOHならびにSmad4蛋白発現低下が、大腸癌肝転移に関与している可能性が示された。

2.東京大学医学部附属病院大腸肛門外科において手術を行った大腸癌症例を対象とし、リンパ節転移を伴う症例とリンパ節転移を伴わない症例において、18qLOHならびにSmad4蛋白の発現に差異が認められるかを検討した。この検討は、交絡因子として、腫瘍の部位、深達度、分化度を設定した、40例のmatched pair testでおこなった。リンパ節転移症例では18qLOHを高頻度に認め、また、Smad4蛋白の発現低下を認めた。これより、18qLOHならびにSmad4蛋白発現低下が、大腸癌リンパ節転移に関与している可能性が示唆された。

3.東京大学医学部附属病院大腸肛門外科において治癒切除を行った、同時性肝転移症例56を対象に、18qLOHならびにSmad4蛋白発現が術後生存率に与える影響を検討した。Primary EndpointをOverall Survivalとし、Secondary EndpointをDisease-free Survivalとした。18qLOHを認める症例はOverall Survivalが有意に不良との結果を得た。

以上、本論文は、大腸癌の転移における、18qLOHならびにSmad4蛋白の影響を、初めて明らかにしたものである。さらに、18qLOHが大腸癌同時性肝転移術後生存率の不良因子であることを明らかとしたことで、術後フォローアップにけるマーカーとしての、臨床応用の可能性を示した。以上より、本研究は、学位の授与に相当するものと考えられる。

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