No | 124903 | |
著者(漢字) | 玉城,善史郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タマキ,ゼンシロウ | |
標題(和) | Rapamycin添加による強皮症皮膚線維芽細胞のType I collagen産生に対する影響について | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 124903 | |
報告番号 | 甲24903 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3323号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1)目的と背景 全身性強皮症(systemic sclerosis: SSc) は、皮膚や肺などの内臓諸臓器の線維化を特徴とする疾患であり、皮膚の線維化の範囲の広いdiffuse cutaneous SSc (dcSSc)と皮膚の線維化が四肢末端に限局するlimited cutaneous SSc (lcSSc)に分類される。皮膚の線維化を起こす機序の一つとしてコラーゲン分子の代謝異常との関連が示唆されている。 膠原線維の主成分はコラーゲンであり、特に哺乳類においてはI型コラーゲンがその主成分と考えられている。I型コラーゲンは皮膚においては主として 皮膚線維芽細胞で作られていることが知られており、皮膚の線維化に関してはI型コラーゲン過剰産生、分解能の低下が重要な役割を果たしていると考えられている。皮膚線維芽細胞のI型コラーゲンの合成亢進においてTGF-βが中心的な役割を果たしていると考えられており、コラーゲンの遺伝子転写活性や蛋白産生を亢進させることが知られている。また、皮膚の線維化の分解において、重要な分子としてMMP-1があり、I型コラーゲンなどの細胞外基質を分解することで、皮膚の線維化を抑制している。TGF-βなどによる線維化の亢進とMMP-1などによる線維化の抑制がバランスよく働くことで皮膚の線維化が調節されていると考えられている。 全身性強皮症の皮膚の線維化の治療に関して、近年免疫抑制剤が注目がされており、シクロスポリンAやFK506が線維化抑制に有用であったとの報告も見られているが、副作用として腎障害が高頻度にみられている。 RapamycinはmTOR(mammalian target of rapamycin)とよばれる蛋白に結合することで、p70S6kinaseなどの分子の活性化を阻害し、I型コラーゲンを含めた蛋白合成や細胞の増殖、成長を抑制すると考えられている。近年、rapamycinの線維化抑制作用も注目されるようになり、rapamycinが培養細胞における細胞外基質の産生を抑制するとの報告が多数見られる。Rapamaycinは他の免疫抑制剤に比較して腎毒性が非常に低く、海外で既に移植後の免疫抑制剤として活用されており、今後、強皮症患者の皮膚の線維化に対しても有効な薬剤として期待できる。今回、我々はrapamycinのこのような線維化抑制作用について、特にI型コラーゲンの産生、分解に対する作用やそのメカニズムに関して検討した。 2)対象及び方法 強皮症皮膚線維芽細胞は、発症2年以内でdiffuse typeに分類される全身性強皮症患者の前腕伸側より得た。これらの検体の採取は東京大学医学部倫理委員会の規定に基づき、被験者の承認を得た上で行った。正常皮膚線維芽細胞は、健常人の前腕伸側より得た。強皮症あるいは正常皮膚線維芽細胞を用いて、細胞をsubconfluentまで培養した後に実験を行った。細胞生存率測定はTrypan blue染色を用いて行った。強皮症及び正常皮膚線維芽細胞におけるI型コラーゲン、MMP-1及びphospho-p70S6kinaseの蛋白量はWestern blotting法を用いて測定した。また、強皮症皮膚線維芽細胞のI型コラーゲンとMMP-1のmRNA発現量測定およびI型コラーゲンのmRNA stabilityの測定にQuantitive Real-Time RT-PCR法を用いた。強皮症皮膚線維芽細胞のI型コラーゲンおよびMMP-1の遺伝子転写活性をluciferase assay法を用いて測定した。統計学的検討はMann-Whitney U testを用いた。危険率p<0.05のものを有意とした。 3)結果と考察 はじめにrapamycinの強皮症皮膚線維芽細胞に対する細胞毒性について検討したところ、今回の10nMまでの実験の範囲内では細胞毒性はみられなかった。このことは移植後の免疫抑制療法として使用される場合の血中濃度が約10nMであることから今回の実験で用いた濃度は臨床で使用される範囲内であり、かつ細胞毒性の問題はないと考えられた。 次に 正常皮膚線維芽細胞において、rapamycin添加によりI型コラーゲンの蛋白量が0.1nM以上で有意に低下しており、過去の報告と一致した。 正常皮膚線維芽細胞はTGF-β刺激により、I型コラーゲン蛋白量の亢進がみられ、強皮症皮膚線維芽細胞に似た特徴を示すことが知られている。今回用いた正常皮膚線維芽細胞においてもTGF-β刺激により、I型コラーゲン蛋白量の亢進がみられた。さらに、TGF-β刺激を行った正常皮膚線維芽細胞にrapamycinを添加するとI型コラーゲン蛋白量が1nM以上の濃度で有意に低下した。 次に、強皮症皮膚線維芽細胞と正常皮膚線維芽細胞の間でのI型コラーゲンの蛋白量、mRNA発現量について検討したところ、蛋白、mRNAレベルでともに亢進しており、過去の報告とほぼ同様の結果がみられた。強皮症皮膚線維芽細胞においてもrapamycin添加によりI型コラーゲンの蛋白量の低下がみられるか検討したところ、0.1nM~10nMと比較的低濃度の範囲でI型コラーゲンの蛋白量の低下がみられることが示された。 次に、rapamycinによるI型コラーゲン蛋白の発現抑制作用がどのような機序で行われているかを検討するために、rapamycin 添加によるI型コラーゲンのmRNA発現量、遺伝子転写活性、mRNA stabilityを測定した。その結果、I型コラーゲンのmRNAの発現量が低下し、mRNA stabilityの低下も見られたが、遺伝子転写活性には有意な変化はみられなかった。従来よりコラーゲンの発現制御に関しては、mRNA stabilityが重要な調節因子であることが示されていたが、今回の実験により、強皮症皮膚線維芽細胞において、rapamycin添加によるI型コラーゲン産生低下にmRNA stabilityが関与していることが示された。 ヒト肺線維芽細胞においてrapamycinがMMP-1の蛋白、mRNAの発現量を亢進させたという報告もみられるため、強皮症皮膚線維芽細胞のrapamycin添加によるsupernatant中のI型コラーゲン蛋白量低下にMMP-1が関与しているかどうかについて検討した。強皮症皮膚線維芽細胞においてrapamycin添加により、cell lysate, supernatantともにMMP-1の蛋白量の有意な亢進、さらにmRNA発現量の亢進もみられた。MMP-1のmRNA発現量の亢進に関してはMMP-1遺伝子転写活性の亢進によるものであることも示された。以上のことから、rapamycinは強皮症皮膚線維芽細胞に作用し、MMP-1の産生亢進、分泌増加を促すことによって、細胞外に分泌されたI型コラーゲンの分解やその過剰沈着を抑制する可能性が示唆された。 皮膚線維芽細胞では他の細胞と同様にI型コラーゲンの蛋白合成に関してもp70S6kinaseのリン酸化が重要であるとの報告がみられるため、強皮症皮膚線維芽細胞のI型コラーゲン産生過剰に重要な役割を示すTGF-βがp70S6 kinaseのリン酸化に関与するかどうかを調べた。その結果、TGF-β刺激にてp70S6 kinaseのリン酸化がおこり、24時間以上続くことが示された。これにより、強皮症皮膚線維芽細胞においてTGF-βによるI型コラーゲンの蛋白発現増加にp70S6 kinaseのリン酸化が関与している可能性が示唆された。さらに、強皮症皮膚線維芽細胞にTGF-β刺激を加えた後にrapamycin添加した場合、無刺激下の状態よりもp70S6 kinaseのリン酸化が抑制された。このことより、強皮症皮膚線維芽細胞におけるrapamycin添加によるI型コラーゲンの低下にはP70S6kinaseのリン酸化の抑制が関与している可能性が考えられた。以上のことより、rapamycinは強皮症皮膚線維芽細胞に働きかけることで、1)I型コラーゲンのmessage stabilityの低下、2)翻訳抑制によるI型コラーゲン蛋白の産生を低下、さらに3)MMP-1蛋白量の亢進を促すことにより、I型コラーゲンの過剰沈着を抑制していると考えられた。これらから、rapamycinが全身性強皮症の皮膚の線維化を抑制することのできる有効な薬剤になりえると考えられた。 今回、我々の実験では、培養皮膚線維芽細胞においてrapamycinがI型コラーゲン蛋白の産生を抑制し、分解を促進することを示した。今後の臨床応用を考えると、皮膚硬化モデルマウスなどを使ったin vivoでのrapamycinの線維化抑制作用の検討が必要であると考えられた。全身性強皮症において、皮膚の線維化はしばしば大小関節の可動域の低下を引き起こすことにより、食事や歩行動作などの日常生活に様々な支障をきたす。Rapamycinは他の免疫抑制剤に比較して腎毒性が非常に低いという利点があり、皮膚の線維化を抑制する薬剤として有望であると考えた。今回は皮膚の線維化に関する検討のみであったが、全身性強皮症では皮膚以外の臓器においても肺線維症や強皮症腎といった線維化がもたらす重篤な症状もみられ、それらに対しても有効である可能性が考えられた。 | |
審査要旨 | 本研究は、全身性強皮症の皮膚の線維化に対して、rapamycinという薬剤が線維化を抑制することにより、治療薬として有望であるかどうかを明らかにするために、皮膚の線維化に最も重要な分子であるI型コラーゲンの産生や分解を中心に、正常および強皮症皮膚線維芽細胞に与える影響について検討し、下記の結果を得ている。 1. 強皮症および正常皮膚線維芽細胞に対して、rapamycin 10nMまでの範囲の濃度の添加においても細胞毒性が認められず、臨床的に使用される範囲内での濃度では細胞毒性は見られないことが示された。 2. 正常皮膚線維芽細胞にrapamycinを添加すると、I型コラーゲンの蛋白産生の低下がcell lysate, supernatantでともにみられた。さらに、TGF-β刺激によりI型コラーゲンの蛋白産生量が亢進した正常皮膚線維芽細胞に対してもrapamycin添加によりI型コラーゲン蛋白の産生が抑制された。 3. 強皮症線維芽細胞にrapamycinを添加するとI型コラーゲンの蛋白量の低下がみられた。RapamycinによるI型コラーゲン蛋白の発現抑制作用の機序について検討するためにI型コラーゲンのmRNA発現量、遺伝子転写活性、mRNA stabilityを測定した。その結果、rapamycin添加によりI型コラーゲンのmRNAの発現量が低下し、mRNA stabilityの低下が見られたが、遺伝子転写活性には有意な変化はみられず、転写後レベルで制御されていることが確認された。 4. 強皮症皮膚線維芽細胞のrapamycin添加によるMMP-1産生への影響について検討した。強皮症皮膚線維芽細胞においてrapamycin添加により、celllysate,supernatantともにMMP-1の蛋白量の有意な亢進、さらにmRNA発現量の亢進もみられた。MMP-1のmRNA発現量の増加に関してはMMP-1遺伝子転写活性の亢進によるものであることも示された。RapamycinによるMMP-1の発現亢進が、細胞外のI型コラーゲンの分解やその過剰沈着を抑制する可能性が示唆された。 5. 強皮症皮膚線維芽細胞のI型コラーゲン産生過剰に重要な役割を示すTGF-βがp70S6 kinaseのリン酸化に関与するか検討したところ、TGF-β刺激にてp70S6 kinaseのリン酸化がおこり、TGF-β刺激によるI型コラーゲンの蛋白発現増加にp70S6 kinaseのリン酸化が関与している可能性が示唆された。さらに、強皮症皮膚線維芽細胞にTGF-β刺激を加えた後、rapamycin添加した場合、p70S6 kinaseのリン酸化が抑制され、強皮症皮膚線維芽細胞におけるrapamycin添加によるI型コラーゲンの低下にはP70S6kinaseのリン酸化の抑制が関与している可能性が示唆された。 以上、本論文は、強皮症皮膚線維芽細胞において、rapamycinがI型コラーゲンの産生低下と分解亢進を促し、線維化を抑制することを示した。本研究により、rapamycinが全身性強皮症の皮膚の線維化の治療として有望な薬剤となりうることが示され、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/24379 |