学位論文要旨



No 124905
著者(漢字) 釣巻,ゆずり
著者(英字)
著者(カナ) ツルマキ,ユズリ
標題(和) 免疫刺激遺伝子発現型第三世代単純ヘルペスウイルスI型の腎細胞癌モデルにおける治療効果の検討と免疫療法との併用に関する検討
標題(洋)
報告番号 124905
報告番号 甲24905
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3325号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 特任准教授 垣見,和宏
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 准教授 武内,巧
 東京大学 特任准教授 石川,晃
内容要旨 要旨を表示する

序論

単純ヘルペスウイルスI型(HSV-1)を用いたウイルス療法は、抗癌作用の強さと安全面から、ウイルス療法の中でも有望性が高く注目されている。抗癌作用はHSV-1の癌細胞に対する強い殺細胞作用に加えて、癌細胞特異的な全身性免疫を惹起させて抗腫瘍効果をもたらすことから生じる。一遺伝子変異を有し、癌細胞で特異的に複製し殺細胞効果を表す、第一世代HSV-1による癌治療が1991年にはじめて提唱され、その後も複数のグループにより検討が進められている。しかし、それらのウイルスにおける殺細胞効果は、野生型のHSV-1に比べて大幅に減弱しており、癌治療の観点からは改良の余地がある。本研究で使用したT-01ウイルスは、より強力な抗腫瘍効果を達成するべく、第二世代HSV-1、G207ウイルスのα47遺伝子をさらに欠失させ、癌細胞における複製能が増強し、宿主細胞におけるMHC-Iの発現の抑制を回避して宿主の癌免疫を活性化させる、第三世代HSV-1ベクターである。これまでに殺細胞効果を有するウイルス療法が腎癌に有効であるかを検討した報告はなく、本研究ではまず、T-01ウイルスが腎癌で抗癌効果を示すかどうか検討する。また、腎細胞癌は免疫療法に反応する例があることから、現在最も一般的に行われているIFNとの併用療法を試みる。併用により、より強力な抗癌効果が得られるかどうかを検討する。

次に、宿主の抗腫瘍免疫も有効に利用して抗腫瘍効果を高めるという戦略に則って作製されたT-01ウイルスにおいて、さらに抗腫瘍免疫を活性化させるべく、強力なNKおよびT細胞活性作用を有する、インターロイキン12 (IL-12)を発現するT-mfIL12ウイルスを作製した。IL-12単独静脈内投与は重篤な副作用のため臨床使用不可能であるが、IL-12発現型ウイルスを用いることにより、安全性を担保した上で、抗腫瘍効果が高まることが期待される。本研究では、コントロールウイルスT-01に対して、IL-12発現型T-mfIL12ウイルスがより強力な抗癌作用をもたらすかどうかを検討する。

さらに、T-01ウイルスにおいて免疫療法として共刺激を利用する検討を試みる。T細胞が活性化されるには、T細胞レセプターにMHC分子と抗原が結合しただけでは不十分で、共刺激を必要とする。T細胞表面のCD28に抗原提示細胞上のCD80 (B7-1)ないしCD86 (B7-2)分子が結合するとT細胞は活性化されるが、共刺激なしに抗原刺激のみがおこるとT細胞は抑制される。一方で活性化T細胞表面に表出するCD125 (cytotoxic T-lymphocyte-associated protein 4, CTLA4)は、CD28と同様にB7-1およびB7-2分子をリガンドとしているが、T細胞を抑制する。B7-1分子や抗CTLA4抗体を利用した抗癌治療はそれぞれ研究されているが、B7-1分子と抗CTLA4抗体とを同時に治療に利用した報告はなく、同時に存在させることでより強力な抗癌効果が得られると期待される。そこで、B7-1分子発現型ウイルス、T-B7-1を作製し、その抗腫瘍効果について検討し、さらに抗CTLA4抗体との併用により抗癌効果が増強するか検討する。

結果

まず、in vitroにおけるT-01ウイルスの腎癌に対する殺細胞効果を、ヒト腎癌細胞株5種類(A498、ACHN、Caki-1、OS-RC-2、RCC10RGB)とマウス腎癌細胞株RenCaで検討した。いずれの細胞においてもT-01の殺細胞効果を認め、MOI=0.1にて感染4日目には殆どの細胞が死滅した。

ヌードマウスに作製したヒト腎癌OS-RC-2皮下腫瘍において、T-01の腫瘍内投与は用量依存的に腫瘍の増大を抑制し、最少投与量の4×104 pfuから有意な抑制効果を認めた(4×104, 2×105, 1×106 pfu投与)。用量依存的な抗腫瘍効果は、RenCa細胞を用いた検討においても認められた。これまでに他施設で臨床試験に応用された5種類のHSV-1を使用した、他の癌種における報告と比較しても遜色のない結果が得られ、T-01ウイルスが腎癌において治療手段としての可能性を持つことが示された。両側皮下腫瘍モデルでは、直接ウイルスを投与していない対側の腫瘍においても腫瘍の縮小を認め、遠隔の癌病巣にも効果が及ぶ可能性が示唆された。また、難治性の腎癌モデルとして作製したRenCa肺転移モデルにおいて、T-01ウイルスを静脈内投与した実験では、癌腫に直接ウイルスを投与しなくても、全身投与により効果が出ることを確認した。

Renca肺転移モデルで、T-01ウイルス を静脈内投与、mIFNを腹腔内投与するというプロトコールにおいて、IFNの単独投与は転移数に有意な影響を与えなかった。一方、T-01ウイルス投与群において肺転移数が有意に減少したが、T-01にIFNを併用すると、T-01単独投与群と比較して肺の転移数はむしろ増加した。結果より、IFNの併用による増殖型HSV-1ウイルスの抗癌効果の増強は期待できないと考えられた。

次に、BACおよび Cre/ loxPとFLP/ FRTの二つの遺伝子組み換え酵素を活用したシステムを利用して、pORF-mIL-12 (InvivoGen, CA, USA)から1.6kbのNheI-NcoIフラグメントを組み込んで、IL-12発現型ウイルスT-mfIL12を作製した。RenCa皮下腫瘍モデルにて、T-01またはT-mfIL12ウイルス (2×105 pfu)を腫瘍内投与した検討では、すでに有意な抗癌効果を持つことが確認されたT-01と比較しても、T-mfIL12ウイルスで抗癌効果が有意に増強した。また、Neuro2aの両側皮下腫瘍モデルにおいて、片側の腫瘍のみにT-01またはT-mfIL12 (5×105 pfu)ウイルスを腫瘍内投与した検討でも、直接ウイルスを投与していない対側の腫瘍についても、T-01ウイルス投与における場合と比較して有意な腫瘍の増大抑制効果を認めた。Renca肺転移モデルにおいても、T-01と比較してT-mfIL12ウイルス静脈内投与でさらに抗癌効果が有意に増強した。生体内でのサイトカインを検討した実験では、T-mfIL12ウイルス静脈内投与群で、マウス脾臓におけるRenCa細胞抗原刺激に対するIFNγ分泌能の有意な亢進を認めた。また、T-mfIL12ウイルス投与後、IL-12を血中で一過性に高く認め、同様に肺組織中でもday4まで高く認めた。その後day6には肺組織中のIFNγがT-mfIL12ウイルス投与群で高値となった。肺組織中ではIL-12の上昇に引き続いてIFNγが分泌されたと考えられ、T-mfIL12ウイルスによる抗癌効果の増強にはこれらのサイトカインも関与していると考えられた。

さらに、先に述べたBACシステムを利用して、B7.1-pIgプラスミドから2.4kbのHindIII-NotIフラグメントを組み込んで、B7-1発現型ウイルス、T-B7-1を作製した。Neuro2aの皮下腫瘍モデルにおいてT-B7-1ウイルスはT-01ウイルス(1×104 pfu腫瘍内投与)と比較して有意に腫瘍の増大を抑制した。一方、RenCa肺転移モデルでは、T-B7-1ウイルスとT-01ウイルス(5×106 pfu静脈内投与)との間でマウス生存期間に有意差を認めなかった。T-B7-1ウイルスと抗CTLA4抗体(腹腔内投与)の併用投与における検討では、Neuro2a皮下腫瘍モデルにおいて、T-B7-1(1×104 pfu)と抗CTLA4抗体(25μg)の併用群で著しく腫瘍の増大が抑制され、13匹中9匹の腫瘍が消失した。また、肺転移モデルにおいても、T-B7-1(5×106 pfu)と抗CTLA4抗体(100μg)の併用群で著しく生存期間が延長し、12匹中7匹が90日をこえて生存した。なお、Neuro2a皮下腫瘍モデルにおけるT細胞サブセットdepletion実験の結果、T-B7-1ウイルスと抗CTLA4抗体の併用投与における抗腫瘍効果の発現には、CD8陽性細胞およびNK細胞の存在が不可欠であった。

まとめ

これまで、増殖型の抗癌ウイルスが腎癌において検討されたことはなかったが、本研究において増殖型HSV-1、T-01ウイルスを用いたウイルス療法が腎癌に有効であることを見出した。また、T-01によるウイルス療法では、直接のウイルス投与部位のみでなく、遠隔の癌病巣においても効果が期待できることを確認し、肺転移モデルにおける実験では、ウイルスの静脈内投与によっても効果が得られることを見出した。本実験で使用したα47遺伝子欠失型の第三世代増殖型HSV-1、T-01ウイルスは、免疫刺激因子などの遺伝子を組み込んで付加価値を与えるウイルスとして有効と考えられた。T-01ウイルスにmIL-12遺伝子を組み込んだT-mfIL12ウイルスで、抗腫瘍効果が増強することを証明した。特に強力な抗腫瘍効果から、IL-12発現型HSV-1ウイルスは、今後実際に難治性の癌を克服するという実用面で非常に期待される。また、T-01にmB7-1遺伝子を組み込んだT-B7-1ウイルスでも、抗腫瘍効果が増強することを証明した。特にT-B7-1ウイルスと抗CTLA4抗体の併用により、強い抗腫瘍効果が達成されることを証明した。HSV-1を使用したウイルス療法において、免疫機構を有利に活用した抗腫瘍免疫の賦活化が効果的であることを証明した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は根治手術が適応とならない転移性、再発性の癌、特に放射線療法や抗癌剤治療に抵抗性である腎癌などの難治性癌に対する有効な抗癌治療の確立と、再発の抑制を目的として、遺伝子改変型の単純ヘルペスウイルスI型(HSV-1)、T-01を癌治療に応用することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.In vitro cytotoxicity assayの結果、T-01ウイルスはヒト腎癌細胞株A498、ACHN、Caki-1、OS-RC-2、RCC10RGBに対して殺細胞効果を示した。MOI=0.1においてday 4における死細胞率は48.6から96.4%であった。殺細胞効果はマウス腎癌細胞株RenCaにおいても認められた。T-01ウイルスが腎癌に対しても抗腫瘍効果を持つ可能性が示された。

2.ヒト腎癌細胞株OS-RC-2の皮下腫瘍モデルで、T-01ウイルスを4×104, 2×105, 1×106 pfu腫瘍内投与し、腫瘍体積を測定して検討したところ、用量依存的な腫瘍の増大抑制効果を認めた。用量依存的な抗腫瘍効果はRenCa細胞を用いた検討においても認められた。T-01ウイルスが腎癌に対しても治療手段としての可能性を持つことが示された。さらに、両側皮下腫瘍モデルを用いた検討では、直接ウイルスを投与していない対側においても腫瘍の増大が抑制され、T-01ウイルスの投与が、直接の投与部位だけでなく、遠隔の癌病巣に対しても抗腫瘍効果を発揮することが示された。次に、マウス腎癌RenCa細胞を使用して難治性の腎癌モデルとしての肺転移モデルを作製し、T-01ウイルスを5×105 pfu静脈内投与し、肺における転移数を墨汁染色、測定した結果、肺転移数は有意に減少した。肺転移巣に対する治療においては、直接投与でなく経静脈的な全身投与によっても効果がえられることを示した。

3.RenCa肺転移モデルにおいて、現在転移性の腎癌に対して標準的治療薬として使用されているIFNを腹腔内投与し、T-01ウイルス 5×105 pfuの静脈内投与と併用する検討を行ったところ、IFNの単独投与はマウス肺転移数に有意な影響を与えなかった。一方、T-01ウイルス投与群において肺転移数が有意に減少したが、T-01にIFNを併用すると、T-01単独投与群と比較して肺の転移数はむしろ増加した。よってT-01ウイルスとIFNを併用すると、T-01ウイルスの抗腫瘍効果が減弱されてしまう可能性が示された。

4.次にT-01ウイルスの抗腫瘍効果を増強させるため、T細胞・NK細胞活性化作用を有するサイトカイン、IL-12のcDNAをpORF-mIL12プラスミドから切り出し、シャトルベクターpVec9のAvrIIサイトに挿入し、Cre/ loxP遺伝子組み換えにてT-01ウイルスのICP6遺伝子領域に組み込んだ。新規に作成したウイルスをT-mfIL12とし、HindIII制限酵素消化によるDNA泳動パターンとSouthern blot法にて構造確認した。T-mfIL12ウイルスは、virus replication assayにて親ウイルスT-01と同等の複製力を持ち、in vitro cytotoxicity assayの結果、in vitroにおける殺細胞効果はT-01と同等であった。RenCa皮下腫瘍モデルでT-mfIL12ウイルスを2×105 pfu腫瘍内投与し、T-01ウイルス投与群と腫瘍体積を比較して検討したところ、すでに有意な抗腫瘍効果を示すT-01ウイルスと比較してもT-mfIL12ウイルスは有意な腫瘍増大抑制効果を示した。両側皮下腫瘍モデルにおける検討では、直接ウイルスを投与していない対側の腫瘍においてもT-01ウイルス投与における場合と比較して、有意な腫瘍の増大抑制効果を認めた。RenCa肺転移モデルにおいてT-mfIL12ウイルス 5×105 pfuまたは5×106 pfuを静脈内投与した検討では、T-01ウイルス投与と比べても肺転移数が有意に減少し、かつマウス生存期間が有意に延長した。マウス脾細胞におけるELISpot assayの結果、T-mfIL12ウイルス静脈内投与群においてRenCa細胞抗原刺激に対するIFNγ分泌の有意な亢進を認め、腫瘍抗原特異的な細胞性免疫の活性化が示唆された。一方、Th2細胞を反映するIL-4に関しては有意差を認めなかった。肺組織および血清サンプル中のサイトカインをELISA法で検討したところ、T-mfIL12ウイルス静脈内投与群において血清中にIL-12を一過性に高く認め、肺組織中でもday 4まで高く認めた。Day 6にはT-mfIL12ウイルス静脈内投与群で肺組織中におけるIFNγを有意に高く認め、IL-12の発現、上昇に引き続いてIFNγが分泌されたと考えられた。T-mfIL12ウイルス投与群で効果的な抗腫瘍免疫の活性化がおこっていることが示された。

5.T-01ウイルスの抗腫瘍効果を増強させるため、T細胞の免疫寛容を回避させるB7-1(CD80)分子のcDNAをB7.1-pIgプラスミドから切り出し、シャトルベクターpVec92のAvrIIサイトに挿入し、Cre/ loxP遺伝子組み換えにてT-01のICP6遺伝子領域に組み込んだ。新規に作成したウイルスをT-B7-1とし、HindIII制限酵素消化によるDNA泳動パターンとSouthern blot法にて構造確認した。T-B7-1ウイルスはvirus replication assayにて親ウイルスT-01と同等の複製力を持ち、in vitro cytotoxicity assayの結果、in vitroにおける殺細胞効果はT-01と同等であった。Neuro2a皮下腫瘍モデルでT-B7-1ウイルスを1×104 pfu腫瘍内投与した検討では、T-01ウイルス投与と比較しても有意な腫瘍増大抑制効果を認めた。一方、RenCa肺転移モデルではT-01ウイルス投与と比較してマウスの生存期間に有意差を認めなかった。Neuro2a皮下腫瘍モデルにおいて、T-B7-1ウイルス1×104 pfu腫瘍内投与と、活性化T細胞抑制化因子、CTLA4(CD125)に対する阻害抗体、抗CTLA4抗体を併用投与(腹腔内投与)した検討では、併用群において腫瘍の増大が著しく抑制され、13匹中9匹で腫瘍が消失した。RenCa肺転移モデルにおいても併用群におけるマウスの生存期間が著しく延長した。T細胞サブセットdepletion studyの結果、T-B7-1ウイルスと抗CTLA4抗体の併用投与における抗腫瘍効果の発現には、CD8陽性細胞およびNK細胞の存在が不可欠であることが示された。

以上、本論文は遺伝子改変型のHSV-1、T-01ウイルスが腎癌に対して有効な治療手段となりうることを示した。また、抗癌効果を増強させる目的にて免疫刺激遺伝子を発現する新規のウイルスベクター2種を作製し、疾患モデルにおける抗癌効果の増強を証明した。HSV-1を使用した癌治療において、抗腫瘍免疫機構を有利に活用した戦略が、抗癌効果を飛躍的に増強させることを証明し、疾患モデルにおける強力な抗癌効果の発現を達成した。臨床におけるHSV-1を使用したウイルス療法の実用化に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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