学位論文要旨



No 124906
著者(漢字) 中島,広子
著者(英字)
著者(カナ) ナカシマ,ヒロコ
標題(和) 接触過敏反応におけるB細胞制御分子CD22の役割
標題(洋)
報告番号 124906
報告番号 甲24906
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3326号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 准教授 野村,幸世
 東京大学 准教授 馬淵,昭彦
 東京大学 講師 門野,岳史
内容要旨 要旨を表示する

接触過敏反応(CHS)は,主に抗原特異的effector T細胞を介した皮膚免疫反応で、感作相と惹起相に分かれる。マウスCHSの感作相は、感作抗原の腹部などへの塗布で成立する。惹起相は、抗原を感作が成立したマウスの感作時以外の皮膚に再塗布することで引き起こされ、24から48時間後に最も強い耳介腫脹を呈する。CHSは様々な疾患でのT cell-mediated reactionのプロトタイプと考えられている。

これまで、免疫反応を抑制するB細胞の存在が明らかになってきており,自己免疫性脳脊髄炎(EAE),炎症性腸疾患,コラーゲン誘導関節炎などでB細胞の欠損・機能障害による症状の増悪が報告されている。これらの疾患では,B細胞が抗体ではなく,特定のB細胞サブセットの産生するIL-10を介して抑制性に作用する可能性が考えられている。近年,CHSでも抑制作用を持つB細胞サブセットの存在を示唆する報告が散見される。B細胞特異的な細胞表面分子CD19を欠損するマウスではCHSが増悪し,脾臓marginal zone B細胞 (MZ B細胞)がこれを抑制するという報告がある。また,脾臓でIL-10を産生しCHSを抑制するCD5+CD1d(hi)B細胞の存在も報告されている。とはいえ、抑制性B細胞についてはまだ不明な点も多い。

CD22はB細胞特異的に発現する130-140kDaの膜表面タンパクで、B細胞抗原受容体(BCR)の抑制性共受容体である。α2-6シアル化多糖類をリガンドとする。BCRに抗原が結合すると,BCRの近傍に位置するCD22は速やかにリン酸化され,チロシンフォスファターゼがリクルートされる足場となり,BCRシグナルを収束させる。

CD22欠損マウスではMZ B細胞数が著しく減少する。分化時のBCRシグナルが変化したため、またはCD22がないとMZ B細胞が脾臓への遊走、保持ができないためと推測されている。また,CD22欠損マウスでは骨髄中の再循環B細胞が著しく減少する。骨髄の類洞内皮細胞にシアル酸リガンドが多く発現しており,これによる遊走、保持が障害されるためと言われている。

B細胞には、B-1細胞とB-2細胞がある。後者がいわゆる通常のB 細胞で、前者はB220(lo), IgM(hi), IgD+, CD9+, CD32+, CD23(lo)という特徴的な表現型を有し,CD11bを弱く発現する一群である。B-1細胞にはCD5陽性のB-1a細胞とCD5陰性のB-1b細胞がある。CD22欠損マウスではこのB-1細胞が増加する。B-1細胞は自然抗体(主にIgM)の産生に関わるが、CD22欠損マウスで血清IgMが上昇することはこれに合致する。さらに、CD22欠損マウスでは加齢に伴い自己抗体が産生される。このようなCD22欠損マウスで,CHSからの回復が野生型より遅延することが判明した。CHSで抑制性に働くとされる脾臓CD5+CD1d(hi)B細胞とリンパ節CD4+CD25+regulatory T細胞は,野生型とCD22欠損マウスで差がなかった。

感作した野生型またはCD22欠損マウスの鼠径リンパ節の全細胞, T細胞,B細胞を,それぞれ未感作の野生型またはCD22欠損マウスに移入し,翌日recipientマウスを惹起した。すると,recipientがCD22欠損マウスの場合は回復が遅延した。T細胞のみを単離して移入した場合には,全細胞を移入した場合とほぼ同等のCHSが誘導され,B細胞単独を未感作マウスに移入しても誘導されなかった。感作されたリンパ節T細胞があればdonorのCD22の有無によらず惹起できるが,recipientマウスのCD22発現がCHSの正常な収束に必要なことが示された。

腹腔内,リンパ節.脾臓のT細胞とB細胞についてのadoptive cell transferと,血清のtransferを行った。未感作もしくは感作した野生型donorから感作5日後のCD22欠損マウスに移入し,翌日惹起した。いずれもCHSはPBSを静注した場合と同等に惹起されたが,腹腔内B細胞を移入した CD22欠損マウスのみが早く収束した。一方,未感作もしくは感作したCD22欠損マウスをdonor,感作5日後の野生型マウスをrecipientとして同様のadoptive cell transferを行い惹起したところ,いずれもCHSはcontrolとほぼ同等に惹起され回復した。従って,野生型腹腔内B細胞にはCD22欠損マウスで遷延するCHSを収束させる作用があることがわかった。また,CD22欠損腹腔内B細胞は,野生型マウスのCHSを増悪させることはないことも示された。

未感作もしくは感作した野生型マウスから腹腔内のCD5陽性細胞とCD5陰性細胞,CD11b陽性細胞とCD11b陰性細胞を得て,それぞれ感作したCD22欠損マウスに移入し,翌日惹起した。CD5陽性B細胞とCD11b陽性細胞を移入すると早く収束したが、陰性細胞を移入した場合にはCHSが遷延した。野生型の腹腔内CD5陽性B細胞,すなわち腹腔内B-1a細胞がCHSへの抑制作用を持つ可能性が考えられた。

CD22欠損マウスでの腹腔内B-1細胞のprofileを flow cytometryで検討した ところ,CD22欠損マウスでは腹腔内のB-1細胞,B-1a細胞,B-1b細胞のいずれも増加していた。

既報告のB細胞の抑制性作用はIL-10を介するものが考えられている。そこで,腹腔内B細胞での感作前,惹起2日後のIL-10産生についてreal-time PCRを用いて検討した。CD22欠損腹腔内B細胞のIL-10産生は,惹起後野生型と同等に亢進していた。

CD22欠損マウスではシアル酸リガンドを介した組織への遊走、保持が障害されている可能性が指摘されている。そこで,PKH-26とcalcein-AMを用いたtwo-color staining migration assayで,CD22欠損腹腔内B細胞と野生型腹腔内B細胞について,惹起後の脾臓やリンパ節への分布について検討した。惹起5日後で,野生型マウス由来B細胞がより多く脾臓やリンパ節に分布しており,CD22欠損マウスでは野生型に比べリンパ組織への分布が減少している可能性が示唆された。

CD22欠損マウスのCHSは、急性期反応は野生型と同等で,回復のみが遷延するのが特徴的であった。急性期の増悪と回復期の遷延の両方があるCD19欠損マウスを用いてadoptive cell transferを行った。未感作の野生型マウス,CD22欠損マウスから腹腔内B-1a細胞(CD5陽性B細胞)を得て,感作5日後のCD19欠損マウスに移入し,翌日惹起した。野生型腹腔内B-1a細胞は,CD19欠損マウスにおいてもCHSからの回復を促進するが,急性期の増悪は改善しなかった。また,CD22欠損腹腔内B-1a細胞では,この作用がなかった。

本実験では,CD22欠損マウスでのCHSの遷延は,野生型腹腔内B-1細胞,特にB-1a細胞の移入で回避される。B-1a細胞が免疫疾患を増悪させる機序として、これまでB-1細胞の産生するIgM抗体を介したものも推測されている。しかし,CD22欠損マウスのCHSは急性期の反応は野生型と同等で,CD22欠損マウスより血清を移入しても野生型マウスのCHSの増悪はないことから,回復期の遷延がIgM抗体を介する作用によるとは考えにくい。

CHSで,感作後活性化した腹腔内B-1細胞が脾臓や所属リンパ節に遊走するとの報告がある。以前よりCD22欠損マウスでは骨髄中の再循環B細胞が減少することからCD22がB細胞の遊走、保持に関与する可能性が指摘されていた。本実験では惹起5日後に,CD22欠損B細胞が野生型B細胞にくらべてリンパ組織に分布する能力が劣る傾向があった。回復期に,リンパ組織に保持される機能,リンパ組織での生存能,もしくは遊走してくる機能が障害されるか,いずれも考えられる。

また,CD22欠損腹腔内B細胞のIL-10発現は,惹起後野生型と同等に上昇していた。従って,CD22欠損腹腔内B-1a細胞は野生型と同等のIL-10産生能を有するが,リンパ組織への分布が障害され,抑制作用を発揮できないと考えられた。

CD19はCD22同様B細胞特異的な細胞膜表面タンパクで,CD22と対照的にBCRの促進性共受容体である。CD19欠損マウスでは急性期より増悪が見られ,その後も遷延する。これとCD22欠損マウスのパターンを比較すると,急性期の異常な増悪を妨げる機序とは異なる抑制作用が回復期に存在し,それがCD22欠損マウスでは障害されると考えられた。CD19欠損マウスをrecipientとしたadoptive cell transferで,野生型腹腔内B-1a細胞の移入により反応の遷延が回避されたが,急性期反応の増悪は改善しなかった。すなわち,CHSの惹起相はさらに急性期と回復期の2相に分けられ,各々で異なる抑制性の機序が働くこと,そして腹腔内B-1a細胞はこのうち回復期で抑制作用を発揮することが示唆された。

以上より,CHSは惹起相で急性期と回復期とで異なる抑制性の機序が働くことがわかった。回復期に反応が正常に収束するにはCD22が必要で,CD22が欠損すると腹腔内B-1a細胞のリンパ組織への分布が障害され,回復期でのIL-10などを介した反応の収束が障害されることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,近年存在が示唆されている免疫反応を抑制性に制御するB細胞についてより明らかにするため,CD22欠損マウスを用い,接触過敏反応(CHS)におけるCD22の役割を検討し,T cell-mediated reactionのプロトタイプと考えられているCHSでのB細胞の重要性を考察したもので,下記のような結果を得ている。

1.CD22欠損マウスで,CHSからの回復が野生型より遅延することが判明した。この結果は抗原特異的なものではなく,病理組織学的にも示された。CD22欠損マウスは, 既知のCHSを抑制しうるリンパ球分画,脾臓CD5+CD1dhiB細胞やリンパ節CD4CD25抑制性T細胞を野生型と同等に有しており,これ以外の機序による可能性が考えられた。

2.感作した野生型またはCD22欠損マウスの鼠径リンパ節の全細胞, T細胞,B細胞を,それぞれ未感作の野生型またはCD22欠損マウスに移入し,翌日recipientマウスを惹起した。すると,recipientがCD22欠損マウスの場合は回復が遅延した。T細胞のみを単離して移入した場合には,全細胞を移入した場合とほぼ同等のCHSが誘導され,B細胞単独を未感作マウスに移入しても誘導されなかった。感作されたリンパ節T細胞があればdonorのCD22の有無によらず惹起できるが,recipientマウスのCD22発現がCHSの正常な収束に必要なことが示された。

3.腹腔内,リンパ節.脾臓のT細胞とB細胞についてのadoptive cell transferと,血清のtransferを行った。未感作もしくは感作した野生型donorから感作5日後のCD22欠損マウスに移入し,翌日惹起した。いずれもCHSはPBSを静注した場合と同等に惹起されたが,腹腔内B細胞を移入した CD22欠損マウスのみが早く収束した。一方,未感作もしくは感作したCD22欠損マウスをdonor,感作5日後の野生型マウスをrecipientとして同様のadoptive cell transferを行い惹起したところ,いずれもCHSはcontrolとほぼ同等に惹起され回復した。従って,野生型腹腔内B細胞にはCD22欠損マウスで遷延するCHSを収束させる作用があることがわかった。また,CD22欠損腹腔内B細胞は,野生型マウスのCHSを増悪させることはないことも示された。

4.未感作もしくは感作した野生型マウスから腹腔内のCD5陽性細胞とCD5陰性細胞,CD11b陽性細胞とCD11b陰性細胞を得て,それぞれ感作したCD22欠損マウスに移入し,翌日惹起した。CD5陽性B細胞とCD11b陽性細胞を移入すると早く収束したが、陰性細胞を移入した場合にはCHSが遷延した。野生型の腹腔内CD5陽性B細胞,すなわち腹腔内B-1a細胞がCHSへの抑制作用を持つ可能性が考えられた。

5.CD22欠損マウスでの腹腔内B-1細胞のprofileを flow cytometryで検討した ところ,CD22欠損マウスでは腹腔内のB-1細胞,B-1a細胞,B-1b細胞のいずれも増加していた。

6.既報告のB細胞の抑制性作用はIL-10を介するものが考えられている。そこで,腹腔内B細胞での感作前,惹起2日後のIL-10産生についてreal-time PCRを用いて検討した。CD22欠損腹腔内B細胞のIL-10産生は,惹起後野生型と同等に亢進していた。従ってCD22欠損腹腔内B-1a細胞は野生型と同等のIL-10産生能を有することがわかった。

7.CD22欠損マウスではシアル酸リガンドを介した組織への遊走、保持が障害されている可能性が指摘されている。そこで,PKH-26とcalcein-AMを用いたtwo-color staining migration assayで,CD22欠損腹腔内B細胞と野生型腹腔内B細胞について,惹起後の脾臓やリンパ節への分布について検討した。惹起5日後で,野生型マウス由来B細胞がより多く脾臓やリンパ節に分布しており,CD22欠損マウスでは野生型に比べリンパ組織への分布が減少している可能性が示唆された。回復期に,リンパ組織に保持される機能,リンパ組織での生存能,もしくは遊走してくる機能が障害されるか,いずれかが考えられた。

7.CD22欠損マウスのCHSは、急性期反応は野生型と同等で,回復のみが遷延するのが特徴的であった。急性期の増悪と回復期の遷延の両方があるCD19欠損マウスを用いてadoptive cell transferを行った。未感作の野生型マウス,CD22欠損マウスから腹腔内B-1a細胞(CD5陽性B細胞)を得て,感作5日後のCD19欠損マウスに移入し,翌日惹起した。野生型腹腔内B-1a細胞は,CD19欠損マウスにおいてもCHSからの回復を促進するが,急性期の増悪は改善しなかった。また,CD22欠損腹腔内B-1a細胞では,この作用がなかった。この結果より,CHSの惹起相はさらに急性期と回復期に分けられ,各々で異なる抑制性の機序が働くこと,そして腹腔内B-1a細胞はこのうち回復期で抑制作用を発揮することが示唆された。

以上,本論文では,CHSを抑制性に制御する新しいリンパ球分画を同定し,腹腔内B-1a細胞がCHSの惹起相のうち回復期を抑制すること,またCD22が欠損すると腹腔内B-1a細胞のリンパ組織での生存,もしくはリンパ組織への遊走が障害され,回復期でのIL-10などを介した抑制作用が発揮できないことが示唆された。抑制性B細胞の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。

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