学位論文要旨



No 124907
著者(漢字) 永瀬,雄一
著者(英字)
著者(カナ) ナガセ,ユウイチ
標題(和) 抗アポトーシス分子Bcl-2による骨代謝調節機構の研究
標題(洋)
報告番号 124907
報告番号 甲24907
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3327号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 准教授 植木,浩二郎
 東京大学 講師 福本,誠二
 東京大学 講師 相原,一
 東京大学 講師 河野,博隆
内容要旨 要旨を表示する

骨組織の恒常性は骨芽細胞による骨形成と破骨細胞による骨吸収の精巧なバランスによって維持されている。破骨細胞は唯一の骨吸収を担う最終分化した多核の巨細胞であり、その役割を終えた後速やかに死滅する。一方で骨組織の新陳代謝の過程はリモデリングと呼ばれるが、そこに集合している骨芽細胞の多くも死滅する。残った骨芽細胞は骨表面を覆う lining cell となるか、あるいは骨基質の中に入っていき、骨細胞となる。骨芽細胞と破骨細胞はどちらもアポトーシスで死滅する。しかし、骨芽細胞、破骨細胞におけるアポトーシスの分子機構は十分に解明されていない。

アポトーシスとは、生体にとって不必要な細胞が遺伝子にプログラムされた様式に従って自分自身に細胞死を引き起こす現象であり、その異常は癌、自己免疫性疾患、変性異常などの様々な病態を誘導する。哺乳類には大きく分けて 2種類のアポトーシス経路が存在する。ひとつはデスレセプターを介する経路であり、もうひとつは Bcl-2 ファミリーを介するミトコンドリア経路である。現在、 30以上報告されている Bcl-2 ファミリータンパク質は Bcl-2, Bcl-xL を代表とするアポトーシス抑制型と、 Bim などを代表とするアポトーシス促進型がありこれらが互いに協調して細胞死を制御している。

Bcl (B-cell lymphoma)-2 はヒト濾胞性リンパ腫の原癌遺伝子として1985年に辻本らが同定した。Bcl-2 は主に血球系細胞、胸腺、肝臓、腎臓、神経、メラノサイト、性腺、骨に発現している。Bcl-2 はミトコンドリア外膜、小胞体、核膜上に存在し、ミトコンドリアからのチトクローム c の放出を抑制してアポトーシスを抑制している。

Bcl-2 遺伝子欠損マウスは正常に生まれるが、生後 10日後に脾臓、胸腺が小さくなり、成長障害、多襄胞腎、リンパ球減少症、白毛を呈し、腎不全症により生後 6週に至らずに死亡してしまうことが報告されている。骨組織において Bcl-2 が重要であるという報告はいくつかあるものの、骨芽細胞と破骨細胞において Bcl-2 がどのような役割を担っているかを分子レベルで解明した報告はない。特に Bcl-2 遺伝子欠損マウスは早期に死亡するため、 成体マウスでの骨組織における Bcl-2 の生理的な役割を解析することは不可能であった。

我々は in vivo, in vitro の両者から Bcl-2 遺伝子欠損マウスを解析し、骨形成を担う骨芽細胞と骨吸収を担う破骨細胞における抗アポトーシス分子 Bcl-2 の役割を解明した。さらに成体まで成長する Bcl-2 遺伝子欠損 Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスを作製し、成体マウスの骨組織における Bcl-2 欠損の影響と間欠的副甲状腺ホルモン (parathyroid hormone : PTH) 投与の骨形成に対する影響を解析した。

組織学的には、3週令の Bcl-2 遺伝子欠損マウスは同胞野生型と比較して低身長を呈し、一次海綿骨梁が増加していた。この表現型は形態計測の結果から骨形成の増加ではなく破骨細胞数の減少とその機能不全によるものと考えられた。

Bcl-2 遺伝子欠損マウスの骨組織学的異常をさらに検証するために ex vivo で、 Bcl-2 遺伝子欠損破骨細胞を分化、活性化ならびに生存の面から解析した。Bcl-2 遺伝子欠損破骨細胞前駆細胞は、 receptor activator of NF-κB・ligand (RANKL) で刺激すると、破骨細胞最終分化で発現する nuclear factor of activated T cells (NFAT) c1 の発現が野生型破骨細胞と比較して低下しており、分化が遅延していた。また、この表現型は Bcl-2 をレトロウイルスで導入する完全に回復した。従って Bcl-2 は破骨細胞分化を促進させていることが示された。しかし、 Bcl-2 がどのように NFATc1 を制御しているかは更なる解析が必要である。

最終分化した破骨細胞の骨吸収能に関して検討すると、Bcl-2 欠損破骨細胞は野生型破骨細胞と比較して 60% 程度骨吸収能が低下していた。そして破骨細胞の骨吸収能に必須であることが知られている非レセプター型チロシンキナーゼの c-Src 活性が低下していることが、この原因のひとつと考えられた。 c-Src は破骨細胞の細胞骨格に密接に関わっており、象牙切片上でのアクチンリング形成をみるとBcl-2 欠損破骨細胞はアクチンリング形成が障害されていた。また、Bcl-2 欠損破骨細胞における低下した骨吸収能と c-Src 活性は、Bcl-2 をレトロウイルスで導入すると回復した。したがって、 Bcl-2 は破骨細胞の細胞骨格に関与して骨吸収を制御している可能性が示唆された。

破骨細胞の生存能をサイトカイン除去後の生存率で比較すると Bcl-2 欠損破骨細胞は野生型破骨細胞と比較して有意に生存能が低下し、アポトーシスが亢進していた。この表現型はレトロウイルスで Bcl-2 を導入すると完全に回復したことから、 Bcl-2 は破骨細胞において抗アポトーシス作用を有し、破骨細胞の生存に必要であることが示された。

次に、Bcl-2 遺伝子欠損マウスにおける骨形成異常の機構を検討した。 Bcl-2 遺伝子欠損マウスの ex vivo の解析により、 Bcl-2 欠損骨芽細胞は後期分化、石灰化が障害されていた。また、骨芽細胞のアポトーシスについて TUNEL 染色で検討すると in vitro, in vivo の両者において アポトーシスが亢進していた。以上の結果より、 Bcl-2 は骨芽細胞の後期分化、生存、石灰化に必須であると考えられた。骨芽細胞特異的に Bcl-2 を過剰発現させた骨芽細胞は、分化と生存が促進されているという過去の報告があり、これは本研究の loss of function の系と対をなしている。

Bcl-2 遺伝子欠損マウスは腎不全症により生後 6週に至らずに死亡してしまうため、成体マウスでの骨組織における生理的な Bcl-2 の役割を解析することは困難であった。従って、我々は Bim 片側アレルを欠損させた Bcl-2 遺伝子欠損マウスを作製し、同腹の Bcl-2, Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスと比較検討することとした。過去の報告のように、このマウスは多襄胞腎を伴わず成長した。破骨細胞と骨芽細胞において Bim 片側アレルを欠損させた影響を解析すると、Bcl-2 欠損破骨細胞でみられた骨吸収能や生存能の低下は、 Bim 片側アレルを欠損させることによってほとんど回復した。対照的に Bcl-2 欠損骨芽細胞でみられた分化、石灰化障害は、 Bim 片側アレルを欠損させても改善しなかった。これらの結果により、 Bcl-2 は骨芽細胞機能に必須である一方、Bim 以外の他のアポトーシス促進分子が骨芽細胞機能に関与している可能性が示唆された。

骨芽細胞機能において Bcl-2 が重要であることを確認した後に、野生型初代骨芽細胞において、 PTH 1回投与が Bcl-2 の発現に影響を与えるか検討すると、Bcl-2 の発現は上昇した。次に間欠的 PTH 投与がBcl-2 遺伝子欠損 Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスと同胞の Bcl-2, Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスの骨形成に与える影響を検討した。4週間の間欠的 PTH 投与によって、コントロールである Bcl-2, Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスの骨量は著明に増加したが、 Bcl-2 遺伝子欠損 Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスは骨量が増加しなかった。さらに間欠的 PTH 投与により、骨吸収マーカーである血清 CTx はBcl-2, Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスとBcl-2 遺伝子欠損 Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスの間で有意差がなかったが、骨形成マーカーである血清オステオカルシンは Bcl-2, Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスで増加したが、Bcl-2 遺伝子欠損 Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスでは増加しなかった。これらの結果よりBcl-2 遺伝子欠損 Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスにおいてPTH 骨形成作用がなかったのは、Bcl-2 遺伝子欠損 Bim ヘテロ遺伝子欠損した破骨細胞の異常ではなく、その骨芽細胞の分化、石灰化障害によるものと考えられ、Bcl-2 の骨形成作用における重要性が示された。今後は骨芽細胞特異的な Bcl-2 遺伝子欠損マウスの作製と解析が、骨芽細胞機能に対する Bcl-2 の役割の更なる解明に必要と考えられる。

以上より抗アポトーシス分子 Bcl-2 は、骨芽細胞、破骨細胞の分化、活性化、生存を促進させ、骨代謝において重要な役割を果たしていることが明らかとなった。また、破骨細胞の生存、機能に関しては Bcl-2 / Bim バランスが重要であること、Bcl-2 は骨芽細胞機能に必須である一方、 Bim 以外の他のアポトーシス促進分子が骨芽細胞機能に関与している可能性があることがわかった。さらに Bcl-2 は成体マウスにおいて骨量を維持するのに重要であり、 PTH の骨同化作用に必須であることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、抗アポトーシス分子 Bcl-2の骨代謝調節における生理的な役割を解明し、その分子メカニズムを明らかにすることを目的とし、Bcl-2遺伝子欠損マウスの解析を行い、さらにin vitroにおいてその機能の解析を試みた。また、Bcl-2遺伝子欠損マウスは腎不全症により 6週以内に死亡してしまうため、アポトーシス促進分子 Bim の片側アレルを欠損させたBcl-2遺伝子欠損マウスを作製し、同腹の Bcl-2, Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスと比較検討し、成体マウスの骨組織における Bcl-2 の役割も検討し、下記の結果を得ている。

1.X線撮影と組織学的検討により、3週令の Bcl-2 遺伝子欠損マウスは同胞野生型と比較して低身長を呈し、一次海綿骨梁が増加していた。この表現型は形態計測の結果から骨形成の増加ではなく破骨細胞数の減少とその機能不全によるものと考えられた。

2.Bcl-2 遺伝子欠損マウスの骨組織学的異常をさらに検証するために ex vivo で、 Bcl-2 遺伝子欠損破骨細胞を分化、活性化ならびに生存の面から解析した。Bcl-2 遺伝子欠損破骨細胞前駆細胞は、 receptor activator of NF-κB・ligand (RANKL) で刺激すると、破骨細胞最終分化で発現する nuclear factor of activated T cells (NFAT) c1 の発現が野生型破骨細胞と比較して低下しており、分化が遅延していた。また、Bcl-2 欠損破骨細胞は野生型破骨細胞と比較して骨吸収能が低下していた。象牙切片上でのアクチンリング形成をみるとBcl-2 欠損破骨細胞はアクチンリング形成が障害されていた。したがって、 Bcl-2 は破骨細胞の細胞骨格に関与して骨吸収を制御している可能性が示唆された。Bcl-2 欠損破骨細胞は生存能が低下し、アポトーシスが亢進していた。これらのことから、Bcl-2 は破骨細胞分化、活性化、生存能を促進させていることが示された。

3.次に、Bcl-2 遺伝子欠損マウスにおける骨形成異常の機構を検討した。 Bcl-2 遺伝子欠損マウスの ex vivo の解析により、 Bcl-2 欠損骨芽細胞は後期分化、石灰化が障害されていた。また、骨芽細胞のアポトーシスについて TUNEL 染色で検討すると in vitro, in vivo の両者において アポトーシスが亢進していた。以上の結果より、 Bcl-2 は骨芽細胞の後期分化、生存、石灰化に必須であると考えられた。

4.Bcl-2 遺伝子欠損マウスは腎不全症により生後 6週以内に死亡してしまうため、成体マウスでの骨組織における生理的な Bcl-2 の役割を解析することは困難であった。従って、我々は Bim 片側アレルを欠損させた Bcl-2 遺伝子欠損マウスを作製し、同腹の Bcl-2, Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスと比較検討することとした。破骨細胞と骨芽細胞において Bim 片側アレルを欠損させた影響を解析すると、Bcl-2 欠損破骨細胞でみられた骨吸収能や生存能の低下は、 Bim 片側アレルを欠損させることによってほとんど回復した。対照的に Bcl-2 欠損骨芽細胞でみられた分化、石灰化障害は、 Bim 片側アレルを欠損させても改善しなかった。これらの結果により、 Bcl-2 は骨芽細胞機能に必須である一方、Bim 以外の他のアポトーシス促進分子が骨芽細胞機能に関与している可能性が示唆された。

5.骨芽細胞機能において Bcl-2 が重要であることを確認した後に、野生型初代骨芽細胞において、 PTH 1回投与が Bcl-2 の発現に影響を与えるか検討すると、Bcl-2 の発現は上昇した。次に間欠的 PTH 投与がBcl-2 遺伝子欠損 Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスと同腹の Bcl-2, Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスの骨形成に与える影響を検討した。4週間の間欠的 PTH 投与によって、コントロールである Bcl-2, Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスの骨量は著明に増加したが、 Bcl-2 遺伝子欠損 Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスは骨量が増加しなかった。さらに間欠的 PTH 投与により、骨吸収マーカーである血清 CTx はBcl-2, Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスとBcl-2 遺伝子欠損 Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスの間で有意差がなかったが、骨形成マーカーである血清オステオカルシンは Bcl-2, Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスで増加したが、Bcl-2 遺伝子欠損 Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスでは増加しなかった。これらの結果よりBcl-2 遺伝子欠損 Bim ヘテロ遺伝子欠損マウスにおいてPTH 骨形成作用がなかったのは、Bcl-2 遺伝子欠損 Bim ヘテロ遺伝子欠損した破骨細胞の異常ではなく、その骨芽細胞の分化、石灰化障害によるものと考えられ、Bcl-2 の骨形成作用における重要性が示された。

以上より抗アポトーシス分子 Bcl-2 は、骨芽細胞、破骨細胞の分化、活性化、生存を促進させ、骨代謝において重要な役割を果たしていることが明らかとなった。また、破骨細胞の生存、機能に関しては Bcl-2 / Bim バランスが重要であること、Bcl-2 は骨芽細胞機能に必須である一方、 Bim 以外の他のアポトーシス促進分子が骨芽細胞機能に関与している可能性があることがわかった。さらに Bcl-2 は成体マウスにおいて骨量を維持するのに重要であり、 PTH の骨同化作用に必須であることが示された。

以上本論文は、骨代謝系における Bcl-2 のを生理的な役割をさまざまな側面から解析し、明らかにした。これは骨代謝調節における多様な分子ネットワークの解明に貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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