No | 124908 | |
著者(漢字) | 東川,晶郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヒガシカワ,アキロウ | |
標題(和) | Runx2による軟骨細胞肥大分化の転写制御機構に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 124908 | |
報告番号 | 甲24908 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3328号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景と目的 軟骨細胞の肥大分化は骨格の成長や修復にとって重要なだけでなく、永久軟骨とされる関節軟骨細胞が病的に肥大分化することが、変形性関節症(OA)の発症にも関わっているという報告がされつつある。 我々は過去にマウス膝関節の不安定性によりOAを誘発するモデルを作製した。このモデルにおいては、術後2週より関節表面軟骨にRUNX2が発現、その後COL10を発現する肥大軟骨細胞が出現し、さらに蛋白分解酵素が発現して関節軟骨の変性が生じた。軟骨細胞肥大分化に関する重要な転写因子RUNX2に着目し、Runx2ヘテロノックアウトマウスにOA誘発手術を施すと、同胞野生型マウスに比し、COL10の発現、関節軟骨の変性が抑制された。これらのエビデンスからもRUNX2とCOL10を結ぶシグナルが、生理的な骨格の成長のみならず、OAのような病的な状態においても重要な役割を担っていることが想像される。RUNX2がマウスのCol10遺伝子(Col10a1)のプロモーター領域に結合してその転写活性を促すことは過去に報告されているが、ヒトのCOL10遺伝子(COL10A1)のプロモーター領域に関する報告はない。COL10遺伝子のプロモーター領域は種間での相同性が低く、その転写調節機構も種間で異なることが推察される。本研究ではまず、マウスのモデルにおけるRUNX2とCOL10の発現関与について確認し、次に、両者間のシグナルを骨格成長障害、骨折、OAといった病態に対する臨床応用を目指して、RUNX2によるヒトCOL10A1遺伝子の転写調節機構について調べた。 結果 ・軟骨内骨化におけるRUNX2とCOL10の発現局在 生直後マウスの四肢の軟骨と成体マウスの骨折仮骨での軟骨内骨化過程におけるRUNX2とCOL10の発現パターンを調べたところ、Runx2は軟骨・骨に広く発現していたが、特に肥大軟骨細胞における発現が強くみられた。またRunx2の発現は、免疫染色で確認されるCOL10の発現領域と、共局在していた(図1)。 ・ATDC5細胞の肥大分化におけるCOL10発現に対するRUNX2の機能的役割 軟骨内骨化におけるRUNX2の機能を調べるため、マウス軟骨系ATDC5細胞へのRUNX2の効果を調べた。ATDC5細胞はITS (insulin, transferrin, sodium selenite)と無機リンによる刺激を加えて肥大分化を再現する系を用いた。過剰発現系の解析として、ATDC5にRUNX2を導入すると、COL10のmRNAが上昇し、後期分化の指標となるAlizarin Redとvon Kossaの染色性が増加した(図2A)。発現抑制系としては、ATDC5細胞にドミナントネガティヴ型RUNX2を導入したところ、COL10のmRNAが減少し、上記の染色性がともに低下し、肥大分化が抑制されることが示された(図2B)。 ・RUNX2によるヒトCOL10A1プロモーターの転写活性 ヒトにおけるRUNX2によるCOL10誘導のメカニズムを知るために、ヒトCOL10A1遺伝子のプロモーター活性をヒトの細胞(HeLa、HuH-7、OUMS27)を用いてルシフェラーゼレポーターアッセイで解析した。4.5 kbのCOL10A1プロモーター領域を含むルシフェラーゼレポーターベクターをRUNX2と共導入することで、レポーター活性は著明に上昇し、この傾向はコファクターCBFBを共導入することでより顕著にみられ、これは細胞種によらず共通した結果であった(図3)。次に5末端から順次配列を短くするとRUNX2による活性化は、-81から-76の間で減弱した(図3)。そこで-399/+39のレポーターベクターで、この領域内に変異を加えたものを3種類(m1: -80, m2: -77, m3: -80と-77)作製した(図4A)。するとRUNX2単独あるいはRUNX2とCBFB両者による転写活性の上昇はm2とm3で抑制され、-77 がRUNX2によるCOL10A1の転写活性に重要であることが示唆された。さらに-81から1~15 bpを欠失させると、-77を欠失させたベクターではRUNX2による転写活性が抑制された(図4A)。そこでこの領域を含む30塩基の配列(-89/-60)をHY box (hypertrophy box)と名付け、この配列(WT)と-77に変異を加えた(m2)配列をそれぞれタンデムに繰り返したレポーターベクターを作成すると、WTのベクターはコピー数依存的にRUNX2による転写活性が上昇したが、m2ベクターは活性の変化がなかった(図4B)。 ・ヒトCOL10A1プロモーター内のHY boxに対するRUNX2の特異的結合 in vitroにおけるHY boxとRUNX2の結合を確認するため、COS7細胞にRUNX2とCBFB両者を強制発現させた核抽出物を用いてelectrophoretic mobility shift assay (EMSA)を行ったところ、HY boxオリゴヌクレオチドプローブとの結合バンドが確認された。このバンドはRUNX2の抗体でスーパーシフトした。変異体プローブを用いた実験や非標識プローブを用いた競合実験などからもRUNX2蛋白とHY box内のR RUNX2結合モチーフとのin vitroでの結合が確認された。 次にin vivoにおけるHY boxに対するRUNX2タンパクの結合を確認するため、クロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイを行った。HuH-7細胞にコントロールベクター、RUNX2+CBFBをトランスフェクションしてIPを行った。HY boxを挟むように-113から+119の範囲でPCRをかけて検出したところ、RUNX2+CBFBでのみPCR産物が確認された。これらの結果はin vivoでもRUNX2タンパクがHY boxに結合することを示唆している。 ・ヒトCOL10A1プロモーター領域内の他のRUNX2結合モチーフに関する研究 次に、4.5 kbのヒトCOL10A1プロモーター領域内においてRUNX2結合モチーフを検索したところ、6箇所の領域が存在した。このうちマウスのCol10a1プロモーター内でRUNX2との結合が報告されている配列でヒトCOL10A1プロモーターの配列に相同する-1,839/-1,834と、6箇所のうち最も転写開始点近傍である-357/-352について解析した。HY boxの解析と同様に、これらの配列を含む30塩基の配列(それぞれA box、B box)をタンデムに重ねたルシフェラーゼレポーターベクターを作成したが、HY boxのようなコピー数依存性のRUNX2に対する反応はなかった。しかしEMSAでは、A boxとB boxはHY boxと同様に、RUNX2とのin vitroの結合が確認された。ところが、ChIPアッセイでは、RUNX2との結合がHY boxを含む配列でみられるのに対して、A boxとB boxを含む配列では確認できなかった。 考察 本研究にてヒトCOL10A1プロモーターの活性がRUNX2により上昇し、その効果はco-activatorであるCBFBの共導入でより顕著であること、さらにプロモーター上にHY boxなる重要な応答領域が存在することが示された。ヒトのCOL10A1プロモーター内でのRUNX2に対する応答領域の同定は本研究が最初であるが、マウスのCol10a1プロモーターに関してはHY boxよりはるか上流にRUNX2の応答領域がすでに報告されている。しかし、マウスでの応答領域に相当するヒトCOL10A1プロモーター上の領域(A box)はレポーターアッセイにほとんど反応せず、in vivoでのRUNX2との結合は見られなかった。この結果はヒトとマウスで、COL10の転写調節機構が異なることを示唆するものであった。HY boxはヒトの細胞におけるヒトCOL10A1遺伝子プロモーター内の重要なRUNX2に対する応答領域である。RUNX2によるレポーター活性は-81から-76の間で大きく減少したが、RUNX2を含まない基本活性も減少した。また、site-directed mutagenesis(図4A)やHY boxのタンデムリピート実験(図4b)では、RUNX2を導入しなくてもある程度活性が変化した。これらの結果はHY boxがRUNX2以外の様々な転写因子に反応する、ヒトCOL10A1プロモーターのユニバーサルなエンハンサーとして機能している可能性を示唆するものであり、HY boxがCOL10A1の転写活性と軟骨細胞の肥大分化に関わる転写因子やコファクターをスクリーニングするツールとして有用であることが期待される。 図1. RUNX2とCOL10の発現局在、Runx2(+/LacZ)マウス A. 生後1日マウス脛骨近位成長板 B. 8週齢マウス大腿骨骨折術後9日 左、中央:X-Gal染色+COL10免疫染色 右:コントロール抗体、Scale bars, 100 μm. 図2, マウス軟骨系ATDC5細胞におけるCOL10の発現と軟骨後期分化に対するRUNX2の強制発現と発現抑制の効果 図3. RUNX2によるヒトCOL10A1プロモーター活性(ルシフェラーゼレポーターアッセイ) Deletion解析によりすべての細胞においてRUNX2に対する応答領域を同定した。 図4. COL10A1プロモーター内の応答領域HY boxに関するルシフェラーゼアッセイ A. site-directed mutagenesis and deletion B. dose-response analysis of the tandem repeats | |
審査要旨 | 本研究は、骨格の成長や修復だけでなく変形性関節症の発症にも関わっているとされる軟骨細胞の肥大分化に重要な役割を演じていると考えられる転写因子RUNX2に着目し、RUNX2による軟骨細胞肥大分化の転写制御機構を明らかにすることを目的とした。このために、肥大軟骨細胞のマーカー遺伝子とされる10型コラーゲン(COL10)とRUNX2のin vivoでの発現局在を調べ、RUNX2の肥大分化に対する機能をin vitroで解析し、さらにヒトCOL10A1遺伝子のプロモーター領域を用いた解析を試み、下記の結果を得ている。 1.Runx2を欠失したalleleにLacZ遺伝子を組み込むことで、X-gal染色を行うことによりRUNX2の局在を知ることができるRunx2(+/LacZ)マウスにおいて、出生直後の脛骨成長板と成体マウス大腿骨骨折モデルで形成された仮骨を観察した。この検体にX-gal染色とCOL10の免疫染色を同時に行ったところ、生直後脛骨成長板と成体大腿骨骨折仮骨のいずれとも、RUNX2は軟骨および骨に広く発現していたが、特にCOL10の免疫染色で染まる領域すなわち肥大軟骨細胞に強く発現していた。これは過去に報告した変形性関節症誘発モデルにおけるパターンと一致しており、軟骨内骨化の過程においてRUNX2とCOL10の間に分子間相互作用が存在することを示唆する結果であった。 2.軟骨内骨化におけるRUNX2の機能をin vitroで解析するために、マウス軟骨細胞系細胞株ATDC5にRUNX2を安定導入したものと、そのドミナントネガティブ型(RUNX2-DN)を安定導入して機能を抑制したものをそれぞれITSサプリメントや無機リンを用いて分化を誘導する条件下に培養したところ、RUNX2導入した強制発現系においては、空ベクターを導入したコントロール細胞に対してCOL10のmRNAレベルが有意に上昇し、またAlizarin redやvon Kossaの染色性が増して後期肥大分化が促進されていた。一方、RUNX2-DNを導入した発現抑制系においては、コントロールに対してCOL10のmRNAレベル、Alizarin red、von Kossaの染色性がいずれも減少し、後期分化が抑制されることが示された。これらの結果より、RUNX2はCOL10の発現や後期肥大分化に促進的に働く重要な因子であることが示された。 3.ヒトCOL10A1遺伝子のプロモーター領域を用いて、その転写調節機構を解析したところ、ヒトCOL10A1プロモーターの転写活性はRUNX2によって上昇し、その作用はコファクターであるCBFBと組み合わせることにより増強されることを示した。さらに、deletion解析やsite-directed mutagenesisにより、HeLa、HuH-7、OUMS27などのヒトの細胞において重要でかつ特異的な応答領域として転写開始点より上流80 bp付近にHY boxを同定した。この領域は過去にマウスのプロモーター領域で報告されているRUNX2に対する応答領域とは異なる新たに同定した領域であり、ヒトとマウス間で比較的相同性の高い領域内に存在する。RUNXとHY boxの結合は、EMSA、ChIP assayにより確認した。 また、RUNX2によるCOL10の転写活性に関するメカニズムはヒトとマウスで異なり、RUNX2はヒトの細胞に存在する特異的な微小環境においてHY boxと結合して活性化することが示唆された。さらに、HY boxはヒトの細胞において、RUNX2だけでなく様々な転写刺激にも反応するユニバーサルエンハンサーとして機能する可能性を秘めており、軟骨細胞肥大分化に関わる転写因子やコファクターを包括的にスクリーニングするためのツールとして利用でき、軟骨再生医療の発展へとつながる可能性があることが示唆された。 以上、本論文はヒトCOL10A1遺伝子のプロモーター領域を用いた解析から、転写開始点より上流80 bp付近にRUNX2の応答領域HY boxを同定した。また、この領域はRUNX2以外の様々な因子にも反応するユニバーサルエンハンサーとして機能する可能性を秘めていた。本研究はヒトCOL10A1遺伝子においてRUNX2の応答領域を同定した始めての研究であり、この領域を軟骨細胞肥大分化に関わる因子スクリーニングのためのツールとして利用することで軟骨再生医療の発展へとつながる可能性があることからも、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |