学位論文要旨



No 124909
著者(漢字) 藤﨑,正之
著者(英字)
著者(カナ) フジサキ,マサユキ
標題(和) 新生児・胎児心臓病に対する治療デバイスに関する研究 : 高密度収束超音波装置(HIFU)の新生児・胎児心臓病治療への応用の可能性
標題(洋)
報告番号 124909
報告番号 甲24909
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3329号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 本間,之夫
 東京大学 特任教授 許,俊鋭
 東京大学 講師 小野,稔
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 岩中,督
内容要旨 要旨を表示する

新生児・胎児心疾患へのインターベンション治療は、胎児期や出生直前に治療的介入を行うことで、単心室形態の複雑心奇形をもって出生することや出生直後の重篤な状況を回避することができるため、海外の先進的な施設において積極的に行われている。しかし一方で、児への侵襲が大きく、特に胎児治療は胎児の流産・子宮内死亡の生じる危険も高く、健常である母体に対して比較的高頻度で出血・早産などのリスクが生じることがあり、場合によっては開腹手術を施さなくてはならない。すなわち、治療的には母体・児双方に大きな負担と侵襲を強いる治療法である。

そこで新生児・胎児および母体にとってより安全で確実な心疾患のインターベンション法のための治療デバイスの開発を考え、高密度集束超音波(high intensity focused ultrasound; HIFU)を応用することを考えた。HIFUは、強力で多様な物理作用をもった高エネルギー超音波を非常に小さな焦点に対し正確に影響させることができ、しかも焦点までの到達経路には大きな影響を与えない。HIFUが有する物理作用を利用し、胎児治療として大動脈弁狭窄/閉塞・卵円孔閉鎖を解除することで単心室形態をもつ複雑心奇形が完成することを防止し、また出生後の心房中隔裂開術に代わり出生前あるいは出生時に卵円孔の血流制限解除を行える可能性がある。特に、HIFUの特徴を生かすことにより心疾患児の体壁を穿刺あるいは切開することなく、児のその他の臓器への影響を最小限とし、体内にある心臓の病変部位だけに治療的効果を及ぼし、特に胎児治療では母体にも大きな影響を及ぼすことなく、治療効果を与えることができる可能性が大きい。このことを実証するため生体外(Ex vivo)実験および生体内( In vivo)実験を行った。

1.Ex vivo実験

これまでのHIFU照射治療の医療への応用は、子宮筋腫・前立腺癌に対し癌細胞の焼灼・壊死させる装置として、また、心疾患への治療応用としては心房細動をはじめとした不整脈治療デバイスとして不整脈源および異常刺激伝導路を焼灼することに限られていた。HIFUの物理作用の中で、特にcavitation作用を利用して閉鎖・狭窄病変の狭窄解除や卵円孔の閉鎖あるいは狭窄部に欠損孔を作成することを考えた。cavitation作用を主体とした複合的な物理作用を利用しようという試みは、他の基礎研究に見られ、欠損孔作成が可能であることが示されている。また、欠損孔作成のよりよいHIFU照射profileを模索するいくつかの研究論文も散見される。

我々は、新生児・胎児治療でたびたび治療対象となる卵円孔の存在する心房中隔組織をターゲットとしてHIFU照射により有効な血流路となる欠損孔を作成することを目指すことにした。Ex vivo実験として心房中隔組織に有効な欠損孔を作成することが可能であるかを評価し、さらにIn vivo実験を行うための適切なHIFU照射profileを見出すための実験を行った。

HIFU transducerは3.3MHz 開口径(A)46mm、 曲率半径(R)40mm、 焦点距離32.7mm、 焦点の大きさ4.0×0.6×0.6mm(シュリーレン法)のtransducerを用い、これを10.0 MHzの診断用超音波装置の探触子と一体化したものを作製した。関数発生器より出力されたサイン波信号を信号増幅器へ入力、増幅してHIFU transducerへ送り、HIFU照射を行った。実験は以下の3つの実験より構成される。

実験1-1として8~9週齢ウサギ(NZW 1.7 ~ 2.0kg)8匹より採取した心房中隔組織へHIFU音響強度を段階的に変え(Acoustic power; spatial average intensity 2.5~6.50kW/cm2)、HIFUを照射した。照射時間は欠損孔が作成されるまで、あるいは10秒までとし、欠損孔の有無と大きさ、形成されるまでの時間を計測した。実験1-2してHIFU照射による欠損孔の作成の再現性を確認するため、実験1-1と同様心房中隔組織へHIFUの音響強度を6.5kW/cm2に設定し、HIFUを照射した。それぞれの欠損孔の大きさ、形成されるまでの時間を計測した。さらに実験1-3としてHIFU照射のターゲットを複数箇所(6箇所)設け照射し、より大きな欠損孔を作成することが可能かどうかについて実験を行った。

結果、実験1-1、1-2よりHIFUがウサギの心房中隔組織に最大径0.6-0.8mmの欠損孔をエコー画像上に設定した部位に正確にあけることができた。また、5.8kW/cm2以上の音響強度であれば、新生児・胎児の心周期の拡張期にあたる0.3~0.5秒程度で、再現性が高く欠損孔を作成できることが示唆された。また、実験1-3よりHIFU照射位置や照射回数を工夫することで病態を改善するのに有効な狭窄病変の解除や心房間の血流路の作成ができると考えられた。

2. In vivo実験。

In vivo実験では心臓に重篤な合併症が起こることなく循環動態を妨げず、一方で心臓内の病変部位にpinpointに限局的な治療効果を迅速に与えなければならないため、我々は正確にターゲット部位のみに影響を与えることができるようHIFU照射を制御するコンピューター制御下HIFU照射システムを構築して実験を行った。Ex vivo実験と同様、新生児・胎児治療でたびたび治療対象となる卵円孔の存在する心房中隔組織をターゲットとしてHIFU照射により有効な血流路となる欠損孔を作成することを試みた。8~9週齢ウサギ(NZW 1.7~2.0kg)9匹を用い、全身麻酔・気管内挿管を行い人工呼吸管理下に、実験中は心電図・動脈圧・経皮的酸素飽和度などをモニターした。ウサギを両側開胸し心臓を露出した。一部底面にフィルムをはった長方形の穴を有する水槽を用意し、フィルムをはった長方形底面が露出心臓に一致するよう、ウサギの胸部の真上に配置した。この水槽内にEx vivo実験同様作製したガイド用の超音波装置一体型HIFU transducerを沈め、transducerが心臓の真上にくるように配置した。コンピューター制御HIFU照射システムはEx vivo実験同様10.0 MHzの診断用超音波装置の探触子と一体化したHIFU transducerを用い、関数発生器より出力されたサイン波信号を信号増幅器へ入力、増幅してtransducerへ送り、HIFU照射を行った。

HIFU照射をコンピューター制御するため、関数発生器より出力された信号をコンピューターWorkstation・画像認識ソフトウェアを利用し、あらかじめ心周期の拡張早期にHIFU焦点が心房中隔上のターゲット部位を捕えている2Dエコー画像を設定し、リアルタイム画像上で再び拡張早期にHIFU焦点が心房中隔上のターゲット部位をとらえた瞬間の画像のときのみ、HIFU照射の出力信号を信号増幅器に伝え、HIFU照射をトリガーさせるように設定した。HIFU照射実験プロトコールとして、単発HIFU照射はウサギ心拍数に従い、0.2~0.4秒間照射し、総HIFU照射時間が10秒となるまで複数回行った。HIFU照射はカラードップラーエコー画像で新たに認められた心房中隔を通るカラーフローを確認できたときはその時点で終了し、あるいはカラーフローが確認できない場合は、最初にターゲット部位として設定した部位の付近に改めて設定し最大4回まで繰り返し行い終了した。実験終了後、すべての動物は犠死させ、その心臓を摘出した。摘出した心臓はその外表面を肉眼的に観察し、損傷の有無を確認した。さらに心房を切開し、心房中隔もまた肉眼的に観察し、作成した欠損孔の有無とサイズ、面積を測定し、一部の標本は顕微鏡により観察した。

In vivo実験の結果、すべての動物において、コンピューター補助下HIFU照射装置により設定どおり拡張早期にHIFU照射を完遂した。重大な合併症を引き起こした2匹の動物をのぞいて血圧・心拍・酸素飽和度に重大な変化は現れなかった。2匹の動物に重大な合併症(1匹は心タンポナーデ、もう1匹は完全房室ブロック)が生じた。形成した心房中隔欠損孔は確実に2Dエコーイメージ上で同定することはできなかったが、2匹の動物においてカラードップラーエコー画像上欠損孔を通るshunt flowをはっきりと描出することができた。実験終了後摘出した心臓には心タンポナーデが生じた1匹の動物を除いて心臓外表面に明らかな影響を残したものはなかった。9匹の動物のうち8匹において心房中隔上に完全に欠損孔(欠損孔の平均面積2.2±1.6 mm2、平均最大径2.0±0.7 mm)を作成することができた。欠損孔はほぼ円形であり、周囲には内出血した部位や焼灼した組織が認められた。

以上、より我々の構築したコンピューター補助下HIFU照射システムによる実験で、生体内で拍動する心臓にHIFUを照射し、心形態的にも機能的にも大きな影響を与えずに心臓内の心房中隔組織に欠損孔を作成することができた。さらに、周波数、焦点の大きさ、照射時間などのHIFU照射のprofileを工夫することでより効果的な作用を及ぼすことができる可能性がある。これに加え、PCハードのCPUおよびソフトの性能の向上、分解能の向上した超音波装置、組織ドプラー法など新たなエコー画像技術を駆使すれば、より高精度、高リアルタイム性を保持したコンピューター補助下HIFU照射装置が確立できると考えられる。

しかし、一方で重大な合併症(心タンポナーデ、完全房室ブロック)を引き起こすことがあり、HIFU照射を胎児心臓へのインターベンション治療に用いた場合においても致死的な合併症が起こりうる。これに対しては、ターゲットの設定・照射方向などを検討することで、これら重篤な合併症の発生は回避できると考えられた。

今後はコンピューター補助下HIFU照射システムを用い、さらに山羊などの大動物の胎児による実験系の確立と子宮内胎児での照射実験を試み有用性を実証すること、また病的心臓と同様の循環動態での有用性や脳・肝・腎といったその他の臓器への影響について検証する必要性もあると思われる。

胎児心臓インターベンション治療や出生直後に行う心房中隔裂開術などの心臓カテーテルインターベンション治療の代替としてHIFU照射治療を用いることで、より低侵襲な心疾患児の治療を実現する可能性があると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

新生児・胎児心疾患へのインターベンション治療は、胎児期や出生直前に治療的介入を行うことで、複雑心奇形をもって出生することや出生直後の重篤な状況を回避することができるため、海外の先進的な施設において積極的に行われている。しかし一方で、児への侵襲が大きく、特に胎児治療は胎児の流産・子宮内死亡の生じる危険も高く、健常である母体に対して比較的高頻度で出血・早産などのリスクが生じることがあり、場合によっては開腹手術を施さなくてはならない。すなわち、治療的には母体・児双方に大きな負担と侵襲を強いる治療法である。

そこで新生児・胎児および母体にとってより安全で確実な心疾患のインターベンション法のための治療デバイスの開発を考えた。我々はこの胎児心疾患へのインターベンション治療に高密度集束超音波(high intensity focused ultrasound; HIFU)を応用することを目指し、以下の生体外(Ex vivo)実験および生体内( In vivo)実験を行った。

1.Ex vivo実験としてHIFU照射によって心房中隔組織に有効な欠損孔を作成することが可能であるかを評価し、In vivo実験を行うための適切なHIFU照射profileを見出すことを行った。これにより、HIFUがウサギの心房中隔組織に欠損孔を作成できることが実証できた。また、5.8kW/cm2以上の音響強度であれば、新生児・胎児の心周期の拡張期にあたる0.3~0.5秒程度で、再現性が高く欠損孔を作成できることが示唆された。また、HIFU照射位置や照射回数を工夫することで病態を改善するのに有効な狭窄病変の解除や心房間の血流路の作成ができると考えられた。

2.Ex vivo実験の結果をもとにIn vivo実験を試みた。

In vivo実験では心臓に重篤な合併症が起こることなく循環動態を妨げず、一方で心臓内の病変部位にpinpointに限局的な治療効果を迅速に与えなければならないため、我々は正確にターゲット部位のみに影響を与えることができるようHIFU照射を制御するコンピューター補助下HIFU照射システムを構築した。 結果、我々の構築したコンピューター補助下HIFU照射システムによる実験で、生体内で拍動する心臓にHIFUを照射し、心形態的にも機能的にも大きな影響を与えずに心臓内の心房中隔組織に欠損孔を作成することができた。周波数、焦点の大きさ、照射時間などのHIFU照射のprofileを工夫し、PCハードのCPUおよびソフトの性能の向上や新たなエコー画像技術を駆使すれば、さらに高精度、高リアルタイム性を保持したコンピューター補助下HIFU照射装置が確立できると考えられた。

しかし、一方で重大な合併症(心タンポナーデ、完全房室ブロック)を引き起こすことがあり、HIFU照射を胎児心臓へのインターベンション治療に用いた場合においても致死的な合併症が起こる可能性がある。これに対しては、ターゲットの設定・照射方向などを検討することでこれら重篤な合併症の発生は十分に回避できると考えられた。

以上、本論文は胎児心臓インターベンション治療や出生直後に行うBASなどの心臓カテーテルインターベンション治療の代替としてHIFU照射治療を用いることで、より低侵襲な心疾患児の治療を実現する可能性があると考えられる。胎児・新生児期の心臓インターベンションの新たな治療デバイスとして貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク