学位論文要旨



No 124910
著者(漢字) 松本,有
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ユウ
標題(和) 人工遺伝子キャリアの細胞核内におけるプラスミドDNA構造変化のFRET分析
標題(洋) Intranuclear FRET analysis of plasmid DNA conformational change in non-viral gene carriers
報告番号 124910
報告番号 甲24910
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3330号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 教授 ,雄一
 東京大学 准教授 鈴木,光也
 東京大学 講師 西山,伸宏
 東京大学 講師 蕪城,俊克
内容要旨 要旨を表示する

人工遺伝子キャリアを臨床に応用するためには、遺伝子導入効率の改善は不可欠である。人工遺伝子キャリアにはカチオニックポリマーとカチオニックリピッドなどがあり、一般的に正電荷を持つ塩基性の化合物である。これらは負に帯電した遺伝子と静電相互作用によって安定な複合体(ポリプレックス、リポプレックス)を形成する。

外来遺伝子が発現するまでには幾つかの障壁がある。すなわちエンドサイトーシスによる細胞内取込、エンドソーム脱出、細胞内輸送、核移行、転写である。これらのうち、遺伝子発現を調節する最大の因子は転写の開始である。

本研究では蛍光蛋白質Keima-RedをコードするプラスミドDNAを2つのの蛍光物質FluoresceinとCy3で標識し、FRETを用いてDNAの凝縮・脱凝縮を計測した。プラスミドDNAがカチオン性高分子と複合体を形成していると、DNAは凝縮しているために2つの蛍光分子は物理的に接近しFRETを起こす。逆に複合体が完全あるいは部分的に分解するとプラスミドDNAは脱凝縮しFRETは弱くなる。一般的にプラスミドDNAを蛍光標識すると遺伝子発現能は失われるものが多いが、申請者は遺伝子発現能を保持する蛍光標識試薬を使用し、DNAの凝縮・脱凝縮とその発現を同時に追跡することに成功した。

代表的な市販遺伝子導入試薬であるpolyethylenimineとLipofectAMINE 2000を用いてHuh-7へトランスフェクションを行った。スペクトル分光型共焦点レーザー走査顕微鏡を用いて経時的に観察すると、細胞内取込・核移行という位置的な情報だけでなく、FRET解析による遺伝子の凝縮・脱凝縮の情報が得られた。遺伝子凝縮の程度はスペクトル演算により定量化した。

2つのキャリアの細胞内輸送には相違があったが、いずれもキャリアが核へ到達後、 Keima-Red遺伝子の発現が観察された。遺伝子発現細胞・非発現細胞に分けて解析を行うと、核内における遺伝子の脱凝縮が遺伝子発現と強く相関することが判明した。遺伝子発現に必要な遺伝子脱凝縮状態は、2つのキャリアでほぼ一致し、導入された遺伝子が核内での転写に至るには共通のプロセスが存在することが示唆された。ポリプレックスでは核移行後の遺伝子脱凝縮が遺伝子発現の律速段階であったのに対して、リポプレックスは核移行そのものが律速となっていた。

外来遺伝子であるプラスミドDNAを用いて、カチオン性高分子と解離し脱凝縮することが宿主細胞の転写プロセスを利用するために重要であることを、共焦点レーザー走査型スペクトル顕微鏡を用いてはじめて直接的に示した。

本手法により、外来遺伝子導入後の核内での脱凝縮とその発現に至る過程を細胞内でin situに観察した。細胞内メカニズムの解明を通じて、新規遺伝子キャリア開発に有用な知見をもたらすことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は人工遺伝子キャリアを用いた遺伝子導入において、細胞内、特に細胞核内における外来遺伝子(プラスミドDNA)の挙動を解析したものである。構造変化と遺伝子発現との相関を明らかにするため、スペクトル分光型共焦点レーザー走査顕微鏡を用いて遺伝子発現の検出とプラスミドDNAの凝縮・脱凝縮の計測を同時に行い、下記の結果を得ている。

1.蛍光蛋白質Keima-RedをコードするプラスミドDNAを2つのの蛍光物質FluoresceinとCy3で標識し、FRETを用いてDNAの凝縮・脱凝縮を計測した。プラスミドDNAがカチオン性高分子と複合体を形成していると、DNAは凝縮しているために2つの蛍光分子は物理的に接近しFRETを起こす。逆に複合体が完全あるいは部分的に分解するとプラスミドDNAは脱凝縮しFRETは弱くなる。一般的にプラスミドDNAを蛍光標識すると遺伝子発現能は失われるものが多いが、申請者は遺伝子発現能を保持する蛍光標識試薬を使用し、DNAの凝縮・脱凝縮とその発現を同時に追跡することに成功した。

2.代表的な市販遺伝子導入試薬であるpolyethylenimineとLipofectAMINE 2000を用いてHuh-7へトランスフェクションを行った。スペクトル分光型共焦点レーザー走査顕微鏡を用いて経時的に観察すると、細胞内取込・核移行という位置的な情報だけでなく、FRET解析による遺伝子の凝縮・脱凝縮の情報が得られた。遺伝子凝縮の程度はスペクトル演算により定量化した。

3.2つのキャリアの細胞内輸送には相違があったが、いずれもキャリアが核へ到達後、 Keima-Red遺伝子の発現が観察された。遺伝子発現細胞・非発現細胞に分けて解析を行うと、核内における遺伝子の脱凝縮が遺伝子発現と強く相関することが判明した。遺伝子発現に必要な遺伝子脱凝縮状態は、2つのキャリアでほぼ一致し、導入された遺伝子が核内での転写に至るには共通のプロセスが存在することが示唆された。ポリプレックスでは核移行後の遺伝子脱凝縮が遺伝子発現の律速段階であったのに対して、リポプレックスは核移行そのものが律速となっていた。

以上、本論文は外来遺伝子であるプラスミドDNAを用いて、カチオン性高分子と解離し脱凝縮することが宿主細胞の転写プロセスを利用するために重要であることを、共焦点レーザー走査型スペクトル顕微鏡を用いてはじめて直接的に示した。本手法により、外来遺伝子導入後の核内での脱凝縮とその発現に至る過程を細胞内でin situに観察した。細胞内メカニズムの解明を通じて、新規遺伝子キャリア開発に有用な知見をもたらすことが期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

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