学位論文要旨



No 124911
著者(漢字) 森岡,和仁
著者(英字)
著者(カナ) モリオカ,カズヒト
標題(和) cDNAマイクロアレイを用いた骨肉腫に対する分子標的因子の同定および機能解析
標題(洋)
報告番号 124911
報告番号 甲24911
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3331号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 准教授 小川,利久
 東京大学 准教授 馬淵,昭彦
 東京大学 講師 河野,博隆
内容要旨 要旨を表示する

骨肉腫とは、腫瘍性の骨形成もしくは類骨基質形成を示すことを特徴とし、多様な病理像を示す悪性腫瘍である。発生のメカニズムは依然不明である。原発性悪性骨腫瘍全体の約40%を占める最も高頻度の悪性腫瘍であり、10歳代後半の若年者に好発する。高率に遠隔転移するため、初診の時点で既に肺転移が存在することは稀ではない。さらに、特異的な腫瘍マーカーが確立されていないため早期診断や再発、転移のモニターリングが困難である。肺転移を伴う骨肉腫の5年生存率は依然30%未満であり、遠隔転移巣への加療も可能とする治療方法の確立が求められている。また、若年者に好発することより、抗癌剤を用いる化学療法の副作用として二次発癌や生殖系への影響などの懸念が生じ、この状況を改善するためには、重篤な副作用がなく、転移巣への効果も併せ持つ新たなる治療薬の開発が必要となる。そこで、骨肉腫の治療法および診断法を開発するための新たなるアプローチとして、cDNA マイクロアレイを用いて骨肉腫組織の遺伝子発現情報を網羅的に解析し、骨肉腫に対する分子標的治療薬および特異的な腫瘍マーカーの開発に繋がる標的分子(分子標的因子)の同定を目的に研究を行った。

まず、cDNA マイクロアレイを用いて骨肉腫組織における遺伝子発現情報を網羅的に解析した。さらに、ノーザンブロットを用いて正常臓器における発現を解析した結果、骨肉腫組織で高頻度かつ高発現し、かつ重要臓器(心臓、肺、肝臓、腎臓)および骨髄、骨組織で発現が認められなかった3遺伝子を有望な標的分子の候補として選出した。

3遺伝子の内で特異性が最も高いROR2(receptor tyrosine kinase-like orphan receptor 2)遺伝子を優先的に機能解析に進めた。

まず、ROR2の細胞増殖に対する影響についてsiRNAを用いて検討した。ROR2の遺伝子発現を抑制することにより細胞増殖が抑制され、ROR2が骨肉腫細胞の増殖を制御している可能性が示唆された。

次に、ROR2が細胞の浸潤能に与える影響についてMatrigel-invasion アッセイを用いて検討した。ROR2を細胞に過剰発現させたところ,細胞浸潤能が亢進した。さらに、siRNAを用いて遺伝子発現を抑制したところ、細胞浸潤能が抑制された。以上の結果より、ROR2が骨肉腫細胞の浸潤を制御していることが示された。

次に、ROR2の骨肉腫に特異的なリガンドを探索するため、結合が予測されたWNT familyについて臨床検体における発現を半定量的 RT-PCRにより検討した。その結果、骨肉腫特異的に発現が上昇し、さらにROR2と類似した発現パターンを示したWNT5Bをリガンドの候補として解析に進めた。WNT5BとROR2の両者が協調的に作用する可能性が示唆されたため、免疫沈降法にて実際に両者が結合することを確認した。さらに、WNT5BがROR2の活性に与える影響についてMatrigel-invasion アッセイを用いて検討した。ROR2を過剰発現させたCOS7 細胞およびHEK293 細胞より作製したWNT5Bの培養上清を用いて細胞の浸潤能を解析した。その結果、ROR2単独よりも明らかな浸潤能の亢進が確認できた。以上の結果より、WNT5BはROR2の骨肉腫特異的なリガンドとして,結合を介し活性化に寄与する可能性が示唆された。

以上の結果より、ROR2は骨肉腫に特異的に高発現し、有望な治療標的分子であることが示された。さらに、ROR2のリガンドとして予測されたWNT5Bは骨肉腫組織にて発現が上昇し、ROR2との結合を介して細胞の浸潤能を活性化することより、骨肉腫治療の有望な標的分子のみならず、バイオマーカーとしてその診断にも有用である可能性が示された。

ROR2に関連する分子ネットワークの検索がさらに進められることにより、骨肉腫の発生や遠隔転移の分子メカニズムの詳細が解明され、骨肉腫に対する分子標的治療が早期に実現されていくことを期待したい。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、骨肉腫に対する分子標的治療薬の開発に繋がる標的分子(分子標的因子)の同定を目的とし、cDNA マイクロアレイを用いて骨肉腫組織における遺伝子発現を網羅的に解析し、さらに同定した標的分子について治療への可能性を検討するために機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.まず、臨床検体より得られたRNAを用いてcDNA マイクロアレイによる遺伝子発現解析を行い、骨肉腫組織における遺伝子発現情報を収集した。網羅的な解析の結果、骨肉腫組織において高頻度かつ特異的に高発現していたROR2を有望な治療の標的分子として同定した。

2.ROR2の細胞増殖に対する影響についてsiRNAを用いて検討した。ROR2の遺伝子発現を抑制することにより細胞増殖が抑制され、ROR2が骨肉腫細胞の増殖を制御している可能性が示唆された。また、ROR2が細胞の浸潤能に与える影響についてMatrigel-invasion アッセイを用いて検討した。ROR2を細胞に過剰発現させたところ,細胞浸潤能が亢進した。さらに、siRNAを用いて遺伝子発現を抑制したところ、細胞浸潤能が抑制された。以上の結果より、ROR2が骨肉腫細胞の浸潤を制御していることが示された。

3.ROR2の骨肉腫に特異的なリガンドを探索するため、結合が予測されたWNT familyについて臨床検体における発現を半定量的 RT-PCRにより検討した。その結果、骨肉腫特異的に発現が上昇し、さらにROR2と類似した発現パターンを示したWNT5Bをリガンドの候補として解析に進めた。WNT5BとROR2の両者が協調的に作用する可能性が示唆されたため、免疫沈降法にて実際に両者が結合することを確認した。さらに、WNT5BがROR2の活性に与える影響についてMatrigel-invasion アッセイを用いて検討した。ROR2を過剰発現させたCOS7 細胞およびHEK293 細胞より作製したWNT5Bの培養上清を用いて細胞の浸潤能を解析した。その結果、ROR2単独よりも明らかな浸潤能の亢進が確認できた。以上の結果より、WNT5BはROR2の骨肉腫特異的なリガンドとして,結合を介し活性化に寄与する可能性が示唆された。

これらの結果より、ROR2および機能性リガンドであるWNT5Bは骨肉腫治療の標的分子のみならず、バイオマーカーとしてその診断にも有用である可能性が示された。

以上、本論文は臨床検体を用いた新たな分子生物学的解析法により、治療薬の開発に繋がる有望な標的分子(分子標的因子)を同定した。

これは、骨肉腫の治療法を開発するための新たなるアプローチのみならず、骨肉腫の発生のメカニズムの解明に繋がるアプローチとして医療の進歩に貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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