学位論文要旨



No 124913
著者(漢字) 吉澤,奈央
著者(英字)
著者(カナ) ヨシザワ,ナオ
標題(和) Helicobacter pylori感染スナネズミにおけるSpasmolytic Polypeptide-Expressing Metaplasia (SPEM)の出現について
標題(洋)
報告番号 124913
報告番号 甲24913
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3333号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 准教授 大西,真
 東京大学 准教授 川邊,隆夫
 東京大学 准教授 小川,利久
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

萎縮性胃炎、腸上皮化生は古くから前癌病変であろうと考えられてきた。Helicobacter pylori (H.pylori)の発見後、萎縮性胃炎や腸上皮化生がH.pyloriによって生じることがわかり、H.pyloriと胃癌の関連が注目されるようになっている。

胃底腺の萎縮性変化のもとでは壁細胞や主細胞が減少するとともに、胃底腺底部にBrunner腺様の形態をしたSpasmolytic Polypetide ( SP: 現在ではtrefoil factor family 2 (TFF2)と呼ばれている)を発現するmucous metaplasiaが出現している。このSpasmolytic Polypetide Expressing metaplasia (SPEM) はヒト胃癌に隣接する胃粘膜や、Helicobacter felis (H.felis) を感染させたマウス、ラットの残胃癌モデルでも観察された。しかしヒトにおいてはSPEMも腸上皮化生も萎縮粘膜に発生してくるのに対し、これまでマウスモデルではSPEMが出現しても腸上皮化生が出現しない点が問題であった。一方、H. pylori感染スナネズミにおいては腸上皮化生や癌の発生が報告されていたが、この過程中でSPEMがどのように関与するのかについては解明されていなかった。そこで今回、H. pylori感染スナネズミにおいて胃底腺での化生性変化の過程を観察し、SPEMの発現状況およびSPEMと腸上皮化生との関係を調べた。

方法

6週令のスナネズミを用い、17週令にH. pyloriを感染させるA群と非感染群B群にわけた。17, 20, 26, 31, 41, 56週令に屠殺し、胃を摘出した。ホルマリン固定パラフィン埋包切片に対し、組織学的評価のためHE、PAS、AB染色、免疫染色、蛍光二重染色(TFF2とIF、TFF2とMUC2)を行った。免疫染色は増殖細胞の指標としてBrdU、粘液頸細胞の指標としてTFF2、壁細胞の指標としてH/K-ATPase、主細胞の指標としてIntrinsic Factor (IF) を用いた。また粘液細胞の鑑別をするために、MUC5AC、MUC6、MUC2を用いた。MUC5AC,MUC6は胃型(それぞれ,胃腺窩上皮型,幽門腺型)の粘液(ムチン)形質のマーカー,MUC2は腸型(杯細胞型)の形質マーカーとして扱った。

結果

非感染群ではSPEMや腸上皮化生は観察されなかった。感染群では感染による炎症所見とともに、SPEMを含めた胃粘膜上皮の構造、細胞構成の経時的変化および細胞形質の経時的変化を認めた。

【SPEMの出現】

SPEMはまず、腺境界部より出現し、大弯側へ広がった。炎症細胞浸潤のある部位にSPEMは発現し、壁細胞の消失、主細胞の減少、腺窩上皮の過形成、腺底部でのTFF2陽性粘膜細胞の出現を認めた。

【SPEM腺管構造の変化】

感染の初期にはSPEMの腺管は直線状であるが、感染の後期になるとSPEMの腺管は屈曲し、拡張してゆき、TFF2が陽性であるgastritis cystica profundaも出現した。

【SPEMの化生細胞群の形質の変化】

感染の初期にはSPEMはIFを発現しているが、感染35週を過ぎると、同部位においてIFの発現は消失していった。感染50週になると、MUC2陽性の杯細胞を伴った腸上皮化生が出現した。

【SPEMと腸上皮化生】

TFF2 + MUC2を用いた二重蛍光染色でSPEMとMUC2が陽性である腸上皮化生が同時に存在する腺管が認められた。このような同一腺管上での両者同時発現のほか、細胞レベルでも嚢胞状になった腺管においてTFF2とMUC2が双方とも陽性である細胞が存在した。

考察

H. pylori感染スナネズミにおいてわずか3週間で胃底腺の萎縮とともにSPEMの発現が認められた。またSPEMの発生が杯細胞を伴う腸上皮化生の発生に先行しており、SPEMは萎縮とH. pylori感染に伴っておきる最初の化生性変化であろうと推測される。SPEMの腺管は時間経過とともに形態および細胞形質を変え、感染後期にはH.pylori感染後24週間でSPEM内にMUC2が陽性の杯細胞が認められた。この結果からTFF2陽性の細胞集団あるいはSPEM腺管より腸上皮化生が発生している可能性が考えられる。以上をまとめると、H. pylori感染後の化生の過程は、まず炎症細胞浸潤の後、萎縮を背景としてSPEMが発生し、次にSPEMが徐々に構造、形質を変化させた後、腸上皮化生が発生していると考えられる。このように化生は一連の段階を経る動的なものであるということが今回の結果により示唆された。萎縮や腸上皮化生が胃癌と強く関連していることは、こうした一連の化生性変化のある一過程から癌が発生している可能性が示唆される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はHelicobacter pylori感染スナネズミにおけるSpasmolytic Polypeptide - Expressing Metaplasia (SPEM)の出現について報告している。SPEMとはSPあるいはTFF2が陽性で、形態としては十二指腸のブルンネル腺や幽門腺と類似している胃底腺領域の化生である。本論文は1年以上に及ぶスナネズミの解析を行い、下記の結果を得ている。

1.非感染群ではSPEMや腸上皮化生は観察されなかった。

2.感染群では感染による炎症所見とともに、SPEMを含めた胃粘膜上皮の構造、細胞構成の経時的変化および細胞形質の経時的変化を認めた。

3.SPEMの伸展様式としては、まず腺境界部より出現し、大弯側へ広がった。

4.細胞構成の変化として、炎症細胞浸潤のある部位にSPEMは発現し、壁細胞の消失、主細胞の減少、腺窩上皮の過形成、腺底部でのTFF2陽性粘膜細胞の出現を認めた。

5.SPEM腺管構造の変化として、感染の初期にはSPEMの腺管は直線状であるが、感染の後期になるとSPEMの腺管は屈曲し、拡張してゆき、TFF2が陽性であるgastritis cystica profunda(GCP)も出現した。

6.SPEMの化生細胞群の形質の変化として、感染の初期にはSPEMはIntrinsic Factor (IF)を発現しているが、感染35週を過ぎると、同部位においてIFの発現は消失していった。感染50週になると、MUC2陽性の杯細胞を伴った腸上皮化生が出現した。

7.SPEMと腸上皮化生との関係を調べるためにTFF2 + MUC2を用いた二重蛍光染色を行った。その結果、SPEMとMUC2が陽性である腸上皮化生が同時に存在する腺管が認められた。このような同一腺管上での両者同時発現のほか、細胞レベルでも嚢胞状になった腺管においてTFF2とMUC2が双方とも陽性である細胞が存在した。

以上より、H. pylori感染後の化生の過程は、一連の段階を経る動的なものであるということが示され、SPEMは胃底腺における化生の初期段階のものでこれに続いて、SPEMからGCPや腸上皮化生が発生してくる可能性が示唆された。

萎縮や腸上皮化生が胃癌と強く関連していることから、本研究は胃癌発生過程の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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