学位論文要旨



No 124914
著者(漢字) 小林,小百合
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,サユリ
標題(和) グループホームにおける認知症高齢者の「食」に関連したケア : ケア提供者の「食」に対する視点とケアのプロセス
標題(洋)
報告番号 124914
報告番号 甲24914
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3334号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 講師 宮本,有紀
 東京大学 講師 児玉,聡
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

厚生労働省の報告では、我が国の2002年の要介護認定者314万人のうち149万人が認知症であり、2015年には250万人になると推計している。介護保険をはじめ、医療面でも徐々にシステム化に向けた取組みが行われているが、いまだ構築の途上であり、認知症の病態の本質が生活障害であり、日常生活場面でのケアは依然として重要であることからも、ケアの方法論の確立は急務である。

我が国の代表的な認知症ケアの取り組みの一つに認知症高齢者グループホーム(GH)がある。5人から9人の認知症高齢者が家庭的な環境の中で、24時間の専門スタッフのケアを受けながら可能な限り自立した生活を営むことを目的としたケアセッティングである。GHは、介護保険サービスとして位置づけられ、2008年9月現在で9,700か所以上の事業所が存在している。

現在、多くのGH では利用者の重度化や終末期ケアの問題が顕在化し、医療との連携やケアの質向上が求められている。GH が認知症高齢者にとって有効なケアの場であることは共通認識されつつあるが、日常生活の中で認知症高齢者の生活行動をどのようにアセスメントし、ケアに繋げていくのかについての根拠となりうる研究は少ない。

そこで、本研究では、GH におけるケアの質の向上に向けて検討していくために、提供される頻度も高く、多様な側面が関連している生活行動であり、他の利用者との交流や、GHに象徴的な「なじみ」を演出する可能性が高い「食」に関連するケアをとりあげ、記述することが有用と考えた。

2.目的

GHに入居している認知症高齢者に提供されている「食」に関連したケアを記述することにより、ケア提供者が(1)認知症高齢者の「食」に関連した生活行動をどのような視点でとらえているのか、(2)どのような解釈・判断をおこなって実際のケアに繋げているのかを明らかにすることを目的とする。

3.方法研究

本研究では、エスノグラフィーを研究デザインとして採用した。首都圏Y市内の4ヶ所のGH をフィールドとして、管理者、スタッフにインタビューを実施した。また、「食」場面を中心に、GH で日常的に行われているケアに対して参与観察を行った。調査は2007年4月~10月に実施した。

分析は、インタビュー内容について継続比較分析法を参考に、参与観察で得られた情報も加味しながら、フィールドワークと並行してすすめた。ケア提供者の語りの中から「食」に関連したケアに反映されたと思われる視点をすべて抽出し、データを類似性と相違性によって分類し、視点のカテゴリを生成した。続いて、利用者個々にどのように視点を適用しているのかを再構成し、どのようなプロセスで利用者を捉えケアに繋げているのかを記述した。研究結果は、妥当性を確保する目的で、質的分析結果の内容について各GH の研究協力者に確認を依頼し、メンバーチェックを行った。

なお、本研究は東京大学大学院医学系研究科倫理委員会の承認を得た。

4.結果

管理者を含めた各GH のケア提供者数は計48名で、うち29名から研究協力の同意が得られ、調査期間中に面接が実施できたケア提供者は23名であった。平均年齢は39.7歳(範囲20-60歳)で女性は19名、介護福祉士やホームヘルパー2級などの有資格者は20名であった。GHでの経験は、管理者の平均は93.5ヶ月(範囲48-132ヶ月)、一般のスタッフでは34.3ヶ月(範囲3-84ヶ月)であった。GH の利用者のうち、本人または家族等から研究協力への同意が得られた利用者は、全36名中35名であった。平均年齢は85.6歳、女性が26名であった。認知症の診断ではアルツハイマー型認知症が20名と多く、次いで脳血管性認知症は5名であった。入居期間の平均は29.1ヶ月であった。平均介護度は3、N式老年者用精神状態評価尺度(NMスケール)による認知機能の得点は平均25.7(範囲5-46)、N式老年者用日常生活動作能力評価尺度(N-ADL)による日常生活動作の得点は平均31.3(範囲3-48)であった。各GH利用者の年齢と性別、介護度には有意差はなかったが、NMスケールおよびN-ADLの得点には有意差が見られ、いずれもGH-Cの得点が低くかった。

次に、ケア提供者の「食」に関連したケアの視点をカテゴリ化し、続いて、これらの視点をケア提供者がケアのプロセスの中でどのように用いているのかを記述した。GH における「食」に関連したケアの視点とプロセスについて、図1に示す。

ケア提供者のケアの視点を分析した結果、ケア提供者は、利用者個々に対しては《自分で食べる》、《しっかり食べる》、《食事を楽しむ》という3つの視点で食に関連した行動を見ていた。また、これらの視点とあわせて、他の入居者との関係に注目して《居心地良く食べる》という視点で、利用者の食を捉えていた。

インタビューの中では、こうした視点は、観察項目としてばかりでなく、ケアの目標や評価の視点としても語られていた。以下、視点のカテゴリごとに概要を説明する。

(1)自分で食べる

ケア提供者は、「自分で食べる」ことができるかどうかという視点で利用者を見ていた。まず、食物を口元に運ぶという、食べる動作が自分でできるかどうかという視点で利用者を捉えていた。さらに、食べる動作に大きく影響する要因として、義歯の有無や調子、噛むことやむせこみなど、また「寝起きで調子が出ない」といった体調面などの、身体の調子に焦点を当てた視点で利用者を捉えていた。

(2)しっかり食べる

すべての利用者について、重要な視点として語られていたのは食欲と食事の摂取量についてであった。実際の食事摂取量について気にかけ、食事時間帯や入居以来の経過、食事内容や提供の仕方などによって、摂取量がどのように変化しているのかを関連付けて捉えていた。さらにケア提供者は、利用者が満遍なく、バランスよく食事を摂取しているかについても気にかけ、摂取量と内容のバランスを確保するために、利用者の口を開ける大きさや食べるスピードなどから、利用者の嗜好を把握していた。また、ケア提供者は、利用者が実際に手を伸ばして食べる順番や種類について、その様子を丁寧に見ていた。ケア提供者のイメージする食べ方と異なる行動を示した場合や、以前の食べ方と異なってきた場合は、認知症の進行を危惧しつつ、有効なケアを検討するために、さらに注意深く利用者の行動を見守っていた。

最後までちゃんと食べることができるかどうかは、認知症をもつ利用者をケアする上で、欠かせない視点であった。スムースに食事ができない利用者に対しては、食事のどの段階でも注意深く利用者を見守って、ケアに繋げていた。また、スムースに食べている利用者に対しても、しっかり食べていることを確認しながら見守っていた。しかし、利用者の混乱した行動を解釈できない場合は、なかなかケアに繋げられず、ケア提供者は、利用者の変化に対して大きな戸惑いを感じていた。

(3)食事を楽しむ

ケア提供者は、食事を楽しみにしている利用者が多いと認識していた。彩りを工夫した食事を見て喜んでくれる様子などから、利用者が食事を楽しんでいることに喜びを感じていた。利用者が食事を楽しんでいるかどうかは、食事そのものを味わって食べているかどうかと、食事に満足感をもっているかという視点で捉えられていた。

(4)居心地良く食べる

利用者個々の食べることに視点を置く一方で、GH は共同生活の場であるがゆえに、他の利用者やスタッフとの関係が食べることに大きな影響を与えていた。これらは、直接的な相互関係の場合もあれば、周囲との関係もあり、ケア提供者は、どちらについても注意を払っていた。また、利用者自身が関係を調整し、気分良く食べることができるように、GH の中で居心地のよい居場所を得ることができるかどうかを把握して、ケアに繋げていた。

視点の分析に引き続き、ケアのプロセスについて分析した結果、《はじめはよく見て観察する》、《多様な状況を知る》、《状況をみながらケアする》というカテゴリが生成された。ケア提供者は、よく見て観察し、多様な状況を知るというプロセスを通して、どのような条件のときに、利用者がどのような反応を示すのかという経験を蓄積していった。また、暫定的な解釈に基づいたケアの試行錯誤によっても、利用者の反応を確かめていた。この経験の蓄積に基づいて、それぞれの利用者のケアを実施していた。さらに、ケア提供者は、利用者間の人間関係にも配慮して、ある利用者に実施しているケアが他の利用者にどのように映るのかという視点でも、経験を参考にしてケアを組み立てていた。

5.考察

ケア提供者は、利用者について、《自分で食べる》、《しっかり食べる》、《食事を楽しむ》、《居心地良く食べる》という4つの視点を用いて、「はじめはよく見て観察する」ことで帰納的に状態を把握し、ケアの試行錯誤を通して多様な状況下での利用者の反応を踏まえて、状況をみながらケアしていくプロセスを経ていた。客観的指標がなく、系統的アプローチではないこうしたケア実践は、帰納的に利用者一人一人を把握することで、より個別的ケアが提供できるという利点がある反面、帰納的な気づきがケア提供者の個人的観察力に依存するために、観察項目や内容自体の広さや深さがケア提供者によって異なるという危険性も十分にあり得た。また、今回明らかになったケアのプロセスでは、状態の変化が急激ではない利用者に対しては有効だが、状態の変化が急激で、利用者の行動が解釈できない場合は、認知機能や日常生活動作の得点が比較的高くても、プロセスは有効に機能していなかった。

図1「食」に関連したケアの視点とプロセス

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、グループホームにおいて認知症高齢者に提供される「食」に関連したケアについて、エスノグラフィー法によるインタビューと参与観察を通して、ケア提供者の視点とプロセスを明らかにしたものであり、以下の結果を得た。

1.ケア提供者の「食」に関連したケアの視点を分析した結果、《自分で食べる》、《しっかり食べる》、《食事を楽しむ》、《居心地良く食べる》という4つのカテゴリが生成された。こうした視点は、観察項目としてばかりでなく、ケアの目標や評価の視点としても語られていた。また、ケア提供者は、《自分で食べる》、《しっかり食べる》、《食事を楽しむ》という3つの視点によって、利用者個々についての食に関連した行動を見ており、《居心地良く食べる》という視点では、他の入居者との関係に注目して利用者の食を捉えていた。

2.ケア提供者の「食」に関連したケアのプロセスについて分析した結果、《はじめはよく見て観察する》、《多様な状況を知る》、《状況をみながらケアする》という3つのカテゴリが生成された。

3.ケア提供者は、利用者について、《自分で食べる》、《しっかり食べる》、《食事を楽しむ》、《居心地良く食べる》という4つの視点を用いて、《はじめはよく見て観察する》ことで帰納的に状態を把握し、ケアの試行錯誤を通して多様な状況下での利用者の反応を踏まえる《多様な状況を知る》というプロセスを重ね、どのような条件のときに、利用者がどのような反応を示すのかという経験を蓄積して《状況をみながらケアする》というプロセスを経ていた。こうしたケア提供者の「食」に関連したケアの視点とプロセスについての全体像を図示した。

4.ケアの視点とプロセスを記述したことにより、ケア提供者が帰納的に利用者一人一人を把握することで、より個別的ケアが提供できるというグループホームにおけるケアの特徴が明らかになった。一方で、こうした帰納的な気づきがケア提供者の個人的観察力に依存するために、観察項目や内容自体の広さや深さがケア提供者によって異なるという危険性も示唆された。また、今回明らかになったケアのプロセスでは、状態の変化が急激ではない利用者に対しては有効だが、状態の変化が急激で、利用者の行動が解釈できない場合は、認知機能や日常生活動作の得点が比較的高くても、ケアのプロセスは有効に機能していなかった。

以上、本論文は、インタビューと参与観察により、グループホームにおける認知症高齢者の「食」に関連したケアについて記述することにより、ケア提供者のケアの視点とプロセスを明確化し、グループホームにおけるケアの可能性と課題について示唆を得た。本研究は、社会的には注目されながら、日常生活の中で認知症高齢者の生活行動に対するケア提供の構造化が明確ではなかったグループホームにおけるケアについて、「食」に焦点化して、その全体像を明確化した点に独創性があり、認知症高齢者ケアの指標、評価、教育等に活用可能な知見を提供できたという点で、極めて実践的に有用であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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