学位論文要旨



No 124918
著者(漢字) 上村,鋼平
著者(英字)
著者(カナ) ウエムラ,コウヘイ
標題(和) 群間差に関する事前情報を考慮したベイズ流被験者数再設定方法と新しい評価系の提案
標題(洋)
報告番号 124918
報告番号 甲24918
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3338号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大江,和彦
 東京大学 准教授 李,廷秀
 東京大学 准教授 山崎,喜比古
 東京大学 准教授 荒川,義弘
 東京大学 准教授 福田,敬
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

近年、医薬品の研究開発成功確率が低下し、開発費が高騰していることが懸念されている。このような非効率的な医薬品開発の一因に、検証的臨床試験における被験者数設定の不確実性が挙げられる。被験者数設定の不確実性に対処可能な試験デザインには、群逐次デザインと被験者数再設定がある。群逐次デザインは、あらかじめ多めの被験者数を設定しておき、群間差が大きい場合には、有効性による試験の早期中止によって被験者数を減少させることが可能なアプローチである。被験者数再設定は、従来の固定デザインと同じ初期被験者数を設定しておき、中間解析で観察された群間差に基づき必要被験者数を調整し直すアプローチである。被験者数再設定を行うと最終解析時の第一種の過誤確率が増大してしまうことが問題となっていたが、それを制御するための多くの統計的方法論が提案されたことにより、その問題はほぼ解決された。一方、被験者数再設定の第一種の過誤確率を制御するために行う統計的な調整の代償として効率の低下が生じるため、群逐次デザインと比較して被験者数再設定の性能が悪いことが指摘されている。また、既存の被験者数再設定法は、中間解析で推定された群間差を真値とみなしたもとで必要被験者数を再設定するため、その推定誤差の影響が考慮されていない。そこで、本研究では群間差に関する事前情報を考慮に入れたベイズ流被験者数再設定方法を提案し、シミュレーション研究によりその性能評価を行うことを目的とする。また、Adaptive Sample Size Designに特化した新しい評価系の提案も行う。

2. ベイズ流予測検出力基準を用いた被験者数再設定

検証的臨床試験における通常の被験者数設定は、可能な限り多く収集された群間差に関する事前情報に基づき絞り込まれたの事前範囲 Prior Range of δ(PR)、あるいはいくつかのあり得るシナリオの中で尤もらしいと期待される値又は実施可能性を持つ値をδ(pre)(事前に仮定する群間差)とおいて設定される。これまでに提案された被験者数再設定基準には、中間解析で推定された群間差δ1でδ(pre)を置換する基準(D(replacae))、δ1を真値とみなしたもとでの条件付検出力(Conditional Power)基準(CP)、無情報事前分布(Noninformative Prior)を仮定した予測検出力基準(Noninfo)がある。これらの基準に基づく再設定被験者数は、いずれもδ1の推定誤差の影響により真に必要な被験者数と異なる危険性がある。本研究では、δ(pre)とその不確実性を表すを用いての事前分布(正規分布)を設定し、これに基づくベイズ流予測検出力(Predictive Power)基準を提案する。事前平均はδ(pre)とし、事前分散σ0(2)の設定を二通り提案する。一つ目は、σ0=|δ(upper)-δ(lower)|/2Z(0.025)

δ(upper),δ(lower)はそれぞれの上限と下限、Z(0.025)は標準正規分布の第(1-0.025)th分位点とする。これは、事前分布の95%被覆区間幅がPR幅に一致するようなのσ0(2)設定方法である。二つ目は、σ0=|δ1-δ(pre)|

これは、事前分布の重みを中間解析のデータに基づき決定する設定方法である。これら二通りの事前分布に基づく予測検出力1-βが目標検出力に一致するために必要な第二ステージ被験者数(中間解析以前を第一ステージ、以降を第二ステージとする)の推定方法(A, B)を以下に示し、それぞれPP(info)A及びPP(info)Bと呼ぶこととする。

αは第一種の過誤確率の片側名義水準、n1は第一ステージ被験者数、ZA(Z1)は標準正規分布の{1-A(Z1)}th分位点を表す。A(Z1)は中間解析結果(Z1は第一ステージに基づく検定統計量)を与えたもとでの条件付過誤確率を表し、

C2は最終解析における検定の棄却限界値、tは情報量時間(予定被験者数に占める第一ステージ被験者数の割合)、φ(・)は標準正規分布の分布関数とする。

3. シミュレーション研究

3.1 設定

提案する被験者数再設定方法の性能評価、既存の被験者数再設定方法及び群逐次デザインとの性能比較を行うためにシミュレーション研究を行った。被験薬の対照薬に対する優越性検証のためのランダム化二群比較試験を想定する。試験治療群j(j=1:被験薬群、2:対照薬群)に割り付けられた被験者の結果変数Y(ij)は、平均がそれぞれμ1=δ、μ2=0共通の群内分散σ2=1に従う正規乱数より発生させた。群間差の真値δはδ=0.15-0.35まで0.02刻みとし、最大被験者数N(max)とした。PR=[δ(lower)=0.2,δ(upper)=0.3]に対しδ(pre)=0.225,0.275の二通り設定し、これに基づき初期被験者数はN(initial)=310,208とした。群逐次デザイン(Group Sequential Design)の被験者数は多めにN(GSD)=N(initial),(N(initial)+N(max)))/2,N(max)と3通りの代表値を設定し、対応するデザインを順にGSDS,GSDM,GSDLとした。有効性による試験の中止基準は汎用されるO'Brien & Fleming型の境界とし、δ1≦0ならば無効中止とした。被験者数再設定の最終解析には、Cui, Hung, Wang (1999)の重み付Z検定を用いた。

3.2 評価指標

既存の評価指標である検出力と期待被験者数はトレード・オフの関係にあるため、これらを後悔度という概念に基づき統合した新しい指標、平均後悔度MR(Mean Regret)を以下のように提案した。

N(UP_s)は、第s回目に発生させたシミュレーションデータ(s=1,2,...,S:本研究ではS=100,00)の中間解析結果に基づき被験者数再設定を行った結果得られる検出力が目標水準より不足していた場合にはその不足検出力(Under Power)を被験者数の次元に換算したものをさす。同様にOSsは第s回目の過剰被験者数(Over Size)をさす。基準N(UP_s)、基準OSsはそれぞれ30%の検出力不足、2倍の被験者数に基づくものとした。提案する平均後悔度MRは、発生させたシミュレーションデータ1回ごとに評価した直接指標であり、各試験デザインの適応的性能のばらつきも含めた評価が可能になる点も既存の指標と異なる。

3.3 結果

他の設定でも同様の傾向であったので、結果の図はt=0.5,δ(pre)=0.225の設定のみを示す。検出力の結果を図1に示す。被験者数再設定よりも多くの初期被験者数を設定した群逐次デザインGSDM,GSDLは、被験者数再設定よりも一貫して検出力が高く、すべての設定において内のどの群間差に対しても目標検出力を達成していた。一方、被験者数再設定と同じ初期被験者数を設定したは、被験者数再設定よりも一貫して検出力が低く、PR内のすべてに対し目標検出力を達成できる設定はなかった。一方被験者数再設定では、初期被験者数を多めに設定した場合か中間解析が早期でなければ、PR内のほとんどの群間差に対し目標検出力を達成できた。

期待被験者数の結果を図2に示す。図1と比較すると、期待被験者数は検出力が高いデザインほど多く、低いほど少なかった。縦軸に対する二本の参照線はPRの上限及び下限に対する固定デザインの必要被験者数を表す。PR内で各デザインと参照線を比較すると、GSDM,GSDL及びNoninfoは固定デザインの被験者数の上限と同等かそれを超える期待被験者数となっていた。図1, 2の結果より、提案する予測検出力基準のPP(info)A及びPP(info)Bは、検出力及び期待被験者数のいずれも真の群間差に基づく理想のデザインTrueからの乖離が最も小さい傾向にあった。

提案した指標の平均後悔度MRの結果を図3に示す。Noninfo以外の被験者数再設定は、PR内のほとんどの群間差に対し群逐次デザインよりも平均後悔度が低いことが示された。また、提案するPP(info)A及びPP(info)Bは他の被験者数再設定デザインとCP,D(replace),Noninfo比較し、平均後悔度がより低い傾向にあった。また提案した方法は、δ(pre)の近傍の群間差に対する後悔度が最小になる傾向を示した。

4. 考察

本研究ではベイズ流の被験者数再設定基準に基づく新しい被験者数再設定方法を提案し、既存の被験者数再設定方法及び群逐次デザインとの性能比較を行った。提案する被験者数再設定方法は、既存の評価指標である検出力と期待被験者数のいずれにおいても真の群間差に基づく理想のデザインとの乖離が最も小さく、他のデザインと比較し最も適応的性能に優れたデザインであるといえる。この理由として、提案する被験者数再設定基準は、ベイズの定理に基づき事前情報を中間解析データで更新可能であり、事前情報を中間データで置き換えるという形の既存の再設定方法と比較し、より多くの情報を活かした上で必要被験者数の再見積もりがなされたためと考えられる。本研究で新しく提案した評価系では、後悔度という概念を用いて検出力と被験者数が試験効用へ与えるトレード・オフを考慮することが可能になった。さらに、各試験デザインを適用した際の適応的性能のばらつきを考慮した平均後悔度の提案により、実際には1回限りでしかない臨床試験において中間解析結果のみに基づき誤った被験者数を再設定してしまう危険性を直接評価することが可能となり、提案するベイズ流被験者数再設定方法が中間データの不確実性に対する頑健性を持つことが確認された。

5. 結論

本研究では、群間差に関する事前情報を考慮した新しいベイズ流被験者数再設定方法を提案し、その性能をシミュレーション研究により評価した。その結果、提案法は既存の被験者数再設定方法及び群逐次デザインと比較し、検出力及び期待被験者数がいずれも真の群間差に基づく理想の被験者数再設定デザインに最も近く、検証的臨床試験における被験者数設定の不確実性へ対処可能な方法として、より優れた適応的性能を有することが示された。また、群逐次デザイン及び被験者数再設定というAdaptive Sample Size Designに特化した評価系を新たに提案したことにより、不足検出力と過剰被験者数が試験効用に与えるトレード・オフ及び試験デザインの性能のばらつきを考慮した評価が可能になった。これによって、提案するベイズ流被験者数再設定方法が、中間データの不確実性に対する頑健性を持つことが確認された。

図 検出力

図 期待被験者数

図 平均後悔度

審査要旨 要旨を表示する

本研究は群間差に関する事前情報を考慮に入れたベイズ流被験者数再設定方法を提案し、シミュレーション研究によりその性能評価、及びAdaptive Sample Size Designに特化した新しい評価系の提案を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1. 提案したベイズ流被験者数再設定方法は、既存の被験者数再設定方法及び群逐次デザインと比較し、検出力及び期待被験者数がいずれも真の群間差に基づく理想の被験者数再設定デザインに最も近く、検証的臨床試験における被験者数設定の不確実性へ対処可能な方法として、より優れた適応的性能を有することが示された。

2. 群逐次デザイン及び被験者数再設定というAdaptive Sample Size Designに特化した評価系を新たに提案したことにより、不足検出力と過剰被験者数が試験効用に与えるトレード・オフ及び試験デザインの性能のばらつきを考慮した評価が可能になった。これによって、提案するベイズ流被験者数再設定方法が、中間データの不確実性に対する頑健性を持つことが確認された。

以上、本論文は、中間データが真であると仮定したもとで必要被験者数を推定する既存の各手法に対し、中間データのもつ不確実性に着目し試験開始前に得られる事前情報をベイズ流に利用するという新しいアイデアに基づく被験者数再設定方法を提案し、Adaptive Sample Size Designとしてより優れた性能を持つことを示した。本研究は、近年その実際の応用に期待が高まりつつある被験者数再設定という新しい臨床試験デザインの分野に対し、より性能の良い新しいデザインを提供でき、また実際にAdaptive Sample Size Designを計画する際に有用なデザイン性能指標も提供できたことから、新薬の臨床開発成功確率の向上を目指す上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24382