学位論文要旨



No 124920
著者(漢字) 大田,えりか
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,エリカ
標題(和) Body Mass Index別の妊娠中の適正体重増加量と周産期リスク : ベトナム、カンホア県、ニャチャン市におけるPopulation-based調査
標題(洋) Appropriate Gestational Weight Gain by Body Mass Index for Lowering Perinatal Risk : a Population-based Study in Nha Trang City, Khanh Hoa Province, Vietnam
報告番号 124920
報告番号 甲24920
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3340号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川上,憲人
 東京大学 教授 神馬,征峰
 東京大学 教授 上妻,志郎
 東京大学 教授 水口,雅
 東京大学 講師 宮下,光令
内容要旨 要旨を表示する

緒言

妊娠中の体重増加量と、周産期リスク(低出生体重児、Small for gestational age:SGA、Asynmmetric SGA、巨大児、Large for gestational age: LGA、子癇前症、帝王切開)は、関連があるといわれている。周産期リスクは、新生児死亡率や、成長発達、のみならず出生児の将来の生活習慣病のリスクにまで影響を及ぼすといわれている。

欧米における適正な体重増加量の範囲の根拠となる研究は多いが、痩せ型や小さい体型のアジア人を対象とした研究は1施設を対象としたもののみで、エビデンスは明らかになっていない。

痩せ型や小さい体型の女性が多い南西アジアのベトナムにおいて、妊娠中の体重増加と周産期リスクの関連を明らかにすることで、周産期リスクを減少させる妊娠期のケアの根拠になると考えられる。

目的

本研究は、ベトナム人妊婦のBMI別の妊娠中体重増加量と周産期リスクの関連を明らかにすることを目的とした。そのために以下の2つを目的としてあげた。

(1)妊娠前のBMI 別に、妊娠中の体重増加量と周産期リスク毎の確率(probability)を推定する。

(2)周産期リスク毎の妊娠中の体重増加量のレベル別のリスク比を明らかにする。

対象と方法

本研究の対象であるニャチャン市は、ベトナムのホーチミンから北に442kmほど先の中部に位置する人口40万人の市である。本論文は、2006年6月から2008年7月までに11回の訪問(計7か月間)の現地調査で収集したデータに基づいている。

本研究は、ベトナムカンホア県ニャチャン市の県立カンホア総合病院およびcommune health center(8か所)で、2007年7月から2008年6月に出産したニャチャン市在住の単胎妊娠女性3024名を対象にpopulation-based prospective cohort調査を行った。

調査は、病院およびcommune health centerに勤務し、調査方法のトレーニングを受けた助産師が実施し、調査内容として以下のデータ収集を行った。

1.質問紙調査:妊娠前体重、年齢、教育、収入、婚姻状況、職業、初経産、妊娠初期エコー診察の有無、妊婦健診受診回数、目標体重増加量、喫煙・飲酒の有無、家族内の喫煙の有無、家族内の屋内喫煙の有無、エジンバラ産後うつ病評価尺度、妊婦身体活動質問紙等

2.診療記録:最終月経、出産予定日、早産経験の有無、妊娠合併症の有無、妊娠中の入院の有無、ヘモグロビン値、ヘマトクリット値、妊娠中の貧血の有無、児の性別、アプガースコア1分・5分、母親と新生児の分娩状況、予後等

3.身体測定・計測:母親:体重・体脂肪量・身長・胎盤重量、新生児:体重・身長周産期リスクとして以下の8つとした。用語の定義は以下のとおりである。

1)低出生体重児:2500g未満で出生した児

2)SGA(Small for gestational age):週数性別毎の出生体重が胎児成長曲線の10%tile未満の児

3)Asymmetric SGA:SGAの中でポンデラルインデックス(出生体重(kg)/出生身長(m3)が10%tile未満の児

4)Symmetric SGA:SGAの中でポンデラルインデックス(出生体重(kg)/出生身長(m3)が10%tile以上の児

5)巨大児:4000g以上で出生した児

6)LGA(Large for gestational age):週数性別毎の出生体重が胎児成長曲線の90%tile以上の児

7)帝王切開:帝王切開術

8)子癇前症:ICD10 code O149、妊娠期の収縮期血圧が140mmHg以上、拡張期血圧が90mmHg以上に蛋白尿を伴う

BMIカテゴリーは、先行研究より低BMI群を18.5kg/m2未満、標準BMI群を18.5以上23.0 kg/m2未満、高BMI群を23.0 kg/m2以上とした。

データ分析は、R. version2.7.1.を用いCubic Spline logistic回帰により、BMI別の妊娠中の体重増加量における各周産期リスクの確率(probability)を算出した。発症の少なかった低出生体重児、巨大児、子癇前症は、調整因子を主成分分析にて調整した。SPSS.Ver16.0を用い、ロジスティック回帰分析により、従属変数をそれぞれの周産期リスクの有無とし、独立変数に主として妊娠中体重増加量、BMIカテゴリーとし、調整因子として、年齢、初経産、収入、教育、身体活動量、家族の屋内喫煙の有無、児の性別と出産週数としCrude Odds Ratio:以下COR(95%信頼区間:95%CI)およびAdjusted Odds Ratio:以下AOR(95%CI)を算出した。

本研究は、東京大学医学部およびベトナム国立衛生疫学研究所(NIHE)の倫理委員会の承認を得て行った。

結果

分析は、データの欠損があった33名を除いた2989名で行った。低BMI群は780名(26.1%)、標準群は1955名(65.4%)、高BMI群は254名(8.5%)であった。平均体重増加量は、12.2±3.9kgであった。妊娠中の体重増加量が10kg以上の割合は、低BMI群で77.3%、標準群で74.0%、高BMI群で64.7%であった。妊娠中に喫煙をしていた妊婦は1名(0.03%)、飲酒は9名(0.3%)であった。平均出生体重は、3227±423gであった。

自己申告の妊娠前体重は、母子手帳の記録の2658名(88.9%)が妊娠初期の妊婦健診の体重と相関が(Pearson correlation coefficient:0.911,p<0.001)と高かった。また、出産予定日は最終月経に基づくが、86%が妊娠初期のエコー診察にて妊娠週数の確定を行っている。

周産期リスクの発症は、低出生体重児が94名(3.1%)、SGAはAsymmetric SGA196名とSymmetric SGA165名を含む361名(12.1%)、巨大児85名(2.8%)、LGA295名(9.9%)、帝王切開840名(28.1%)、子癇前症43名(1.4%)であった。

BMI別の妊娠中の体重増加量における各周産期リスクの確率(probability)の推定を行った。本文中図8において、SGAとLGAの重なる点の体重増加量は、両者のリスクがBMI別に低い値を示したところである。SGAおよびLGAの出生の確率が低い点は、低BMI群では、18.4kg、標準群では12.4kg、高BMI群では6.3kgであった。

低出生体重児は、多変量ロジスティック回帰により妊娠中の体重増加量が10kg未満の場合に(AOR(95%CI)=1.71(1.09-2.69)、p=0.02)であり、低BMI群は、(AOR2.65(95%CI:1.69-4.18)、p<0.001)と有意に高かった。SGAは、Appropriate gestational age(AGA)に比べて、体重増加量が10kg未満(p<0.001)、低BMI(p<0.001)、子癇前症(p=0.012)であるほど有意に低く、高収入(p=0.025)、妊娠週数が長い(p=0.012)と少なかった。Asymmetric SGAは、体重増加量が10kg未満(p<0.001)、低BMI群(p<0.001)、子癇前症(p=0.09)であれば有意に多く、妊娠週数が長い(p<0.001)と有意に少なかった。Symmetric SGAは、体重増加量が10kg未満(p=0.003)低BMI群(p<0.001)、経産婦(p=0.012)に有意に多かった。巨大児は、体重増加量が15kg 以上(p<0.001)、高BMI群(p=0.001)にて有意に多く、低BMI群で有意に少なかった。LGAはAGAに比べて、体重増加量が15kg以上(p<0.001)、高BMI(p<0.001)、経産婦(p<0.001)であるほど有意に多く、低BMI(p<0.001)、24歳未満(p=0.03)であるほど有意に少なかった。帝王切開は、体重増加量が15kg以上、高BMI群、35歳以上が有意(p<0.001)に多く、低BMI群24歳未満は有意(p<0.001)に少なかった。子癇前症は、体重増加量が15kg以上、高BMI群で有意(p<0.001)に多かった。

考察

本研究は、妊娠前のBMI別に、妊婦の適正体重増加量を推定したアジアで初めてのpopulation-base prospective cohort調査である。痩せ型の多いベトナム人の中で、妊娠中の適正体重増加量の推定を非線形にて行い明らかにした。ベトナムのニャチャン市では、低BMI群の妊婦が高い割合で存在するにもかかわらず、低出生体重児の出生が少なく、その要因として適正な体重増加量と関連があることが明らかになった。

本研究と先行研究との周産期リスクの比較検討の結果、ベトナム人女性の妊娠中適正体重増加量は、低BMI群(BMI<18.5 kg/m2)で10.0-18.0kg、標準BMI群(18.5≦BMI<23.0 kg/m2)で10.0-15.0kg、高BMI群(BMI≧23.0 kg/m2)で5.0-10.0kgと推定された。

以上の結果により、ベトナム人女性におけるBMI別に妊婦の適正体重増加量を非線形の図を用いて推定した。低BMI群が高い割合で存在するアジア人における周産期リスク予防のための適正体重増加量が示唆された。また、ベトナムにおける低BMI群の女性が低出生体重児を出生する割合が低いのは、高い割合(77.3%)で妊娠中の体重増加量が10kg以上であり、妊娠中の喫煙者がほとんどいないことが影響している可能性が明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は痩せ型や小さい体型の女性が多い南西アジアのベトナムにおいて、妊娠中の体重増加と出産時の周産期リスク(低出生体重児、Small for gestational age:SGA、Asynmmetric SGA、巨大児、Large for gestational age: LGA、子癇前症、帝王切開)との関連を調査し、妊娠前BMI別の妊娠中の体重増加量における各周産期リスクの確率(probability)を推定し、周産期リスク毎の妊娠中の体重増加量のレベル別のリスク比を明らかにしたものであり、下記の結果を得ている。

1.分析は、データの欠損があった33名を除いた2989名で行った。低BMI群(BMI<18.5 kg/m2)は780名(26.1%)、標準BMI群(18.5≦BMI<23.0 kg/m2)は1955名(65.4%)、高BMI群(BMI≧23.0 kg/m2)は254名(8.5%)であった。平均体重増加量は、12.2±3.9kgであった。妊娠中の体重増加量が10kg以上の割合は、低BMI群で77.3%、標準群で74.0%、高BMI群で64.7%であった。妊娠中に喫煙をしていた妊婦は1名(0.03%)、飲酒は9名(0.3%)であった。平均出生体重は、3227±423gであった。

周産期リスクの発症は、低出生体重児が94名(3.1%)、SGAはAsymmetric SGA196名とSymmetric SGA165名を含む361名(12.1%)、巨大児85名(2.8%)、LGA295名(9.9%)、帝王切開840名(28.1%)、子癇前症43名(1.4%)であった。

2.BMI別の妊娠中の体重増加量における各周産期リスクの確率(probability)を推定した。SGAとLGAの重なる点の体重増加量は、両者のリスクがBMI別に低い値を示している。SGAおよびLGAの出生の確率が低い点は、低BMI群では、18.4kg、標準群では12.4kg、高BMI群では6.3kgであった。本研究と先行研究との周産期リスクの比較検討の結果、ベトナム人女性の妊娠中適正体重増加量は、低BMI群で10.0-18.0kg、標準BMI群で10.0-15.0kg、高BMI群で5.0-10.0kgと推定された。

3.低出生体重児は、妊娠中の体重増加量が10kg未満と低BMI群は有意にリスクが高かった。SGAは、Appropriate gestational age(AGA)に比べて、体重増加量が10kg未満(reference:10-15kg)、低BMI、子癇前症であるほど有意にリスクが低く、高収入、妊娠週数が長いと少なかった。Asymmetric SGAは、体重増加量が10kg未満、低BMI群、子癇前症であれば有意に多く、妊娠週数が長いと有意に少なかった。Symmetric SGAは、体重増加量が10kg未満、低BMI群、経産婦に有意に多かった。巨大児は、体重増加量が15kg 以上、高BMI群で有意に多く、低BMI群で有意に少なかった。LGAはAGAに比べて、体重増加量が15kg以上、高BMI、経産婦であるほど有意に多く、低BMI、24歳未満であるほど有意に少なかった。帝王切開は、体重増加量が15kg以上、高BMI群、35歳以上で有意に多く、低BMI群24歳未満は有意に少なかった。子癇前症は、体重増加量が15kg以上、高BMI群で有意に多かった。

以上、本論文は、妊娠前のBMI別に、妊娠中の体重増加量における各周産期リスクの確率(probability)を推定し、周産期リスク毎の妊娠中の体重増加量のレベル別のリスク比を明らかにし、妊婦の適正体重増加量を推定したアジアで初めてのpopulation-base prospective cohort調査である。痩せ型や小さい体型の女性が多い南西アジアのベトナムにおいて、妊娠中の体重増加と周産期リスクの関連を明らかにすることで、周産期リスクを減少させる妊娠期の保健指導の根拠として重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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