学位論文要旨



No 124921
著者(漢字) 園,環樹
著者(英字)
著者(カナ) ソノ,タマキ
標題(和) 包括型地域生活支援における家族支援 : 利用者を支える家族を支えるか、家族に代わって利用者を支えるか
標題(洋) Family Support in Assertive Community Treatment : To support family members who care for clients or to support clients instead of family members
報告番号 124921
報告番号 甲24921
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3341号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村嶋,幸代
 東京大学 准教授 松山,裕
 東京大学 准教授 上別府,圭子
 東京大学 特任教授 金生,由紀子
 東京大学 教授 大江,和彦
内容要旨 要旨を表示する

背景

日本の精神医療・福祉施策は激動期にある。「入院中心から地域生活中心に」という大きな流れの中で、精神障害者に対するケアマネジメント、中でも精神病院の脱施設化を進めた国々の地域精神保健の中核である集中型・包括型のケアマネジメントの代表的プログラムであるACT(Assertive Community Treatment)に注目が集められている。

ACTとは、重い精神障害を持つ人々(多くは重症あるいは慢性の精神疾患、あるいは精神医療サービスの頻回利用者)のニーズに合うように特化した地域ケアパッケージであり、世界的にそのプログラムの普及が行われている。ACTは、(1)服薬管理等の医療サービスも含み、(2)頻回のアウトリーチサービスを主体としながら、(3)精神科医・看護師・精神保健福祉士・作業療法士などの多職種がチームを形成し多彩なサービスを提供し、(4)24時間週7日対応を原則とし危機介入も行う、などの特徴をもつ医療・保健・福祉の包括的な地域生活支援プログラムである。

2003年5月からACTを導入する実験プロジェクトが国立精神・神経センターで開始されたが、欧米諸国とは異なる状況でACTを導入するためには、日本独自の配慮も必要になる。特に日本では、地域で生活する精神障害者の家族との同居率が欧米諸国と比して高く、地域ケアにおいて家族の果たす役割が大きいため、家族支援をACTの構成要素に位置づける必要性が指摘されている。しかしながら、ACTの利用者家族に対する支援に焦点を当てた先行研究は少なく、ACTで提供されたサービスを定量的に評価し、アウトカムとの関連を分析した先行研究は見当たらない。

そこで本研究の目的は、ACT-Jで提供されたサービスを記述的に明らかにし、同居家族の有無によるサービス内容の違いを明らかにした上で、同居家族がいる利用者に対する家族支援の形態とアウトカムの関係を分析し、効果的な家族支援のあり方を検討することとする。

方法

概要

本研究は、千葉県市川市にある国立精神・神経センター国府台病院を臨床の拠点にして開始された。ACT-J により提供されるサービス内容は多岐にわたり、診察・薬の配達・外来受診同行、訪問時における疾病や治療薬に関する情報提供、カウンセリング、クライシス時の訪問、住居支援、日常生活支援、身体的健康管理のための支援、金銭管理の支援、就労支援、家族に対する支援などが行われた。研究データに関しては、カルテなどから社会人口学的属性や入院日数を得、面接調査と自記式調査は、基準となる入院からの退院直後(ベースライン時)と12カ月後に実施した。なお、本研究は東京大学大学院医学系研究科倫理委員会ならびに国立精神・神経センター精神保健研究所倫理審査委員会の承認を得ている。

対象

対象者は、国府台病院精神科に2003年5月1日から2007 年10 月31 日の間に入院した者2860名のうち、年齢が18 歳以上60 歳未満、主診断が統合失調症、感情障害、等の精神疾患(痴呆性疾患(F00-05)、人格障害(F6x)、精神遅滞(F7x)は除外)、居住地が市川市、船橋市、松戸市のいずれかで、過去2年間の精神医療サービス頻回利用者(2回以上または100 日以上の入院など)で社会生活機能が低い(過去1年の最高GAFが50以下)重症の精神障害を抱えていると判断される257名の中で、研究趣旨について十分な説明を受け参加について自発的な同意が得られ、ACTのサービスが提供された102名とした。

尺度

プロセス尺度

サービスの提供量の評価には、電子サービスコード記録とよばれる臨床記録を用いた。これは、精神障害者の地域生活支援を記述するサービスコードの体系を、既存尺度やガイドライン、資料、これまでの経験を参考に作成したもので、サービスを14 分類し、コード化し、これらのコードとともに、サービスの提供者、利用者、場所、日時などを電子的に記録・蓄積するシステムである。ベースライン時から12カ月の間に提供されたサービスについての記録を分析対象とした。

アウトカム尺度

The Brief Psychiatric Rating Scale (BPRS): 簡易精神症状評価尺度は、Overallらが、包括的な臨床的症候群を評価することを目的に作成した尺度で、全18項目からなり、各項目は 1(症状なし)から 7(最重度)までの 7 段階で評価される。

Global Assessment of Functioning (GAF): 機能レベルの測定には、アメリカ精神医学会の精神疾患の診断基準マニュアル第 4版(DSM-IV)の第 5軸である機能の全体的評価GAFを用いた。

Self-Efficacy for Community Living (SECL): 地域生活を行ってゆく上での自信の測定には、大川らのSECLを用いた。この尺度は自記式尺度で、日常生活、治療に対する行動、症状対処行動、社会生活、対人関係の5 領域、計18 項目からなり、各項目の内容に対する本人の主観的自信を「0 : まったく自信がない」~「10 : 絶対に自信がある」の11 段階で回答を求めた。

Client Satisfaction Questionnaire - 8 (CSQ-8): 対象者が受けている援助サービスに対する満足度の測定には、立森らのCSQ-8を用いた。この尺度は8 項目からなり、各項目でサービスの満足を1~4 点で回答を求める。高得点が高い満足度をあらわす。本尺度は1年後調査においてのみ使用した。

その他、ケア必要度尺度、QOL尺度、服薬態度尺度 (DAI-10) 、統制感尺度、エンパワメント尺度などを用いた。

分析

家族支援の形態とアウトカムの関係を評価するため、先行研究の知見をふまえ、分析対象を同居家族がいるケースに限定した上で、家族支援の形態によって「本人を支える家族を支える(後方支援型)」と「家族に代わって本人を支える(支援代行型)」の2群に分類した。ここでは、家族によって提供されることの多い「日常生活支援」「経済生活支援」「住居支援」などの総提供量のZ値をZ1、ACTスタッフによる家族に対する支援の総量のZ値をZ2とし、Z1 > Z2であれば支援代行型、Z1 < Z2であれば後方支援型の家族支援とした。その上で、家族支援の形態を独立変数、12ヵ月後時点の各アウトカム指標の得点を従属変数、ベースライン値を共変量とする共分散分析などを行った。

結果

対象者の平均年齢は39.4歳で、男性が44%であった。主診断は統合失調症が最も多く73.7%を占め、気分障害圏が19.2%であった。また、家族と同居している利用者は76.8%であった)。提供されたサービスの内容は、精神症状・服薬管理に関する支援が最も多く1ケース当たり年間56.7回(平均53.2時間)、次いで社会生活支援が28.8回(33.5時間)、家族に対する支援が15.2回(19.5時間)であった。ベースライン時のニーズとサービス提供量の間に有意な相関がみられた。同居家族がいる群といない群のサービス提供量を比較した結果、非同居群で多く提供されていたサービスは、「日常生活支援(5.8倍)」「経済生活支援(4.4倍)」「住居支援(4.7倍)」「連絡・調整(7.0倍)」であった。また、支援代行型では、GAFが増加、BPRSが減少、自己効力感が増加し、サービス満足度が高かった(表1)。

考察

ACT-Jでは、精神症状・服薬管理の他に、社会生活支援、日常生活支援、家族支援などのサービスが多く提供されており、これらのサービスの内容や量は、各利用者のニーズに応じて大きく異なっていた。しかし、精神症状に関する支援と家族支援に関しては、全てのニーズ領域との間に有意な相関が見られ、利用者のニーズの内容によらず提供される、ACTの重要なサービス内容であると考えられる。

精神症状に関する支援がニーズ領域によらず広く提供されることは、ACTは重度精神障害者を対象としたプログラムであることからも容易に予想される結果である。一方で、家族支援の提供量が全ての領域のニーズと相関が見られた結果は特筆に値し、精神障害者の地域ケアにおける家族の役割の大きさを改めて示す結果であるといえよう。

同居家族の有無によるサービス内容の比較結果により、ACTと家族が役割分担をしつつ本人を支えるという構造が示唆された。

支援代行型と後方支援型の利用者アウトカムを比較した結果、精神障害者本人を支える家族を支えるよりも、家族に代わって本人を支える形の家族支援が、精神症状、社会生活機能、自己効力感、サービス満足度といった利用者アウトカムに関してより有効であることが示唆された。

結論

本研究は、ACTの家族支援と本人アウトカムに焦点を当てた初めての体系的な評価研究である。ACTチームと家族が役割分担しながら利用者を支える構造が明らかになり、さらに、家族に代わって利用者本人を支える形の支援が、症状の軽減、社会機能の改善、自己効力感の向上、高いサービス満足度にとって有効であることが示唆された。核家族化など、家族の形が変わり障害者を支える家族機能が脆弱化する中で、専門職が精神障害者の生活の場で、家族の責任を引き受け、精神障害者を支援することが重要かつ有効であると考えられる。

表1 ベースライン値を共変量とする各アウトカム指標の共分散分析

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ACT(Assertive Community Treatment)の家族支援と本人アウトカムに焦点を当てた初めての体系的な評価研究である。日本における初めてのACTの実践であるACT-Jで提供されたサービスを明らかにし、同居家族の有無によるサービス内容の違いを明らかにした上で、同居家族がいる利用者に対する家族支援の形態とアウトカムの関係を分析し、効果的な家族支援のあり方を検討することを本研究の目的とし、下記の結果を得た。

1.ACT-Jでは、精神症状・服薬管理の他に、社会生活支援、日常生活支援、家族支援などのサービスが多く提供されており、これらのサービスの内容や量は、各利用者のニーズに応じて大きく異なっていた。しかし、精神症状に関する支援と家族支援に関しては、全てのニーズ領域との間に有意な相関が見られ、利用者のニーズの内容によらず提供される、ACTの重要なサービス内容であることが示された。

2.同居家族の有無によるサービス内容の比較結果により、非同居群で多く提供されていたサービスは、「日常生活支援(5.8倍)」「経済生活支援(4.4倍)」「住居支援(4.7倍)」「連絡・調整(7.0倍)」であった。ACTと家族が役割分担をしつつ本人を支えるという構造が示された。

3.支援代行型と後方支援型の利用者アウトカムを比較した結果、精神障害者本人を支える家族を支えるよりも、家族に代わって本人を支える形の家族支援が、精神症状、社会生活機能、自己効力感、サービス満足度といった利用者アウトカムに関してより有効であることが示唆された。

以上、本論文は、ACTの家族支援と本人アウトカムに焦点を当てた初めての体系的な評価研究であり、ACTチームと家族が役割分担しながら利用者を支える構造が明らかになった。さらに、家族に代わって利用者本人を支える形の支援が、症状の軽減、社会機能の改善、自己効力感の向上、高いサービス満足度にとって有効であることが示唆された。本研究は、精神障害者の地域生活における効果的な家族支援を検討する上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24611