No | 124922 | |
著者(漢字) | 仲上,豪二朗 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカガミ,ゴウジロウ | |
標題(和) | 緑膿菌による虚血性創傷感染成立にクオラムセンシングが果たす役割の解明 | |
標題(洋) | Investigation of the role of the quorum sensing system on the establishment of pressure-induced ischemic wound infection by Pseudomonas aeruginosa | |
報告番号 | 124922 | |
報告番号 | 甲24922 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 博医第3342号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 健康科学・看護学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 褥瘡は一度発生するとQOLの低下や医療コストの増大をもたらすため、効果的な予防、治療策が講じられる必要性がある。感染は、これらを阻害する最も重要な合併症の一つであり、治癒を遅らせるばかりでなく、敗血症などの致死性合併症のリスクも高める。したがって、早期に褥瘡感染を診断し、感染に対する適切な治療を行う必要がある。しかしながら、現状では褥瘡感染を適切に診断することが困難であり、そのために早期に行うべき治療が遅れている現状がある。 褥瘡感染の診断は通常、創部の細菌培養結果と臨床症候に基づいて行われる。細菌培養は創面のスワブ培養を行うのが一般的であるが、褥瘡などの開放創では常に外界からの細菌曝露を受けているため、結果の解釈が困難である。また、宿主の免疫力低下により典型的な臨床症候が出ないといった問題により、適切な臨床的判断ができない。以上より、褥瘡感染の診断は現状では困難であり、客観的かつ信頼性のある新たな診断指標の確立が早急に求められている。 感染は宿主の抵抗力と細菌の病原性とのバランスの不均衡により生じることが広く受け入れられている。そこで、本学位申請者は、細菌の病原性を客観的にアセスメントすることによって感染の診断が可能になるのではないかと考え、その客観的指標として、近年明らかになりつつある細菌の遺伝子制御機構であるクオラムセンシング(QS)機構に注目した。QSとは、密度依存的遺伝子制御機構であり、シグナルの濃度を感知することによって互いの密度を把握し、一定のレベル(クオラム、法律用語で「定足数」を意味する)を超えた際に、下流にコードされている遺伝子の転写活性を上昇させるシステムである。グラム陰性桿菌でよく研究されており、特に重要な日和見病原菌であり、また、褥瘡感染の重要な細菌である緑膿菌において広く研究が進んでいる。緑膿菌QS機構では、I遺伝子から産生されるIタンパク質によってクオラムセンシングシグナルであるアシル化ホモセリンラクトン(AHL)が合成され、環境中のAHLの濃度がクオラムを越えると、R遺伝子から産生されるRタンパク質とAHLの複合体が形成され、制御下にあるプロモーター以下の遺伝子発現が活性化する。緑膿菌のQS機構には主に、las系およびrhl系の2種類が報告されている。las系のAHLはN-(3-oxododecanoyl)-homoseline lactone (3OC12-HSL)であり、rhl系のAHLはN-butyryl-HSL (C4-HSL)である。las系はエラスターゼ、alkaline proteanse、Las B プロテアーゼ、exotoxin A、ピオシアニン、pyoverdin、hemolysinなどほとんどの病原因子を制御しており、rhl系はlas系に制御される病原因子のいくつかの発現を調節している。緑膿菌AHLは生物膜透過性が高いため細胞壁を自由に行き来することが可能であり、環境中のAHL濃度がクオラムを超えると病原性遺伝子の発現が活性化されることによる組織破壊、すなわち感染が起こると考えられる。 これまでに、QSに関する様々な研究が行われているが、そのほとんどがin vitroであり、in vivoでの検証はほとんど行われていない。特に、褥瘡などの慢性創傷を対象とした研究は皆無であり、実際にAHLの定量が感染の診断指標になりうるかは不明である。そこで、本学位請求論文では以下の二点に関して検討を行った。1.創傷組織からのAHL定量方法の確立、2.褥瘡感染に緑膿菌QSが与える影響の検討。 まず、創傷組織からAHLが定量できるかどうかを検証するために、緑膿菌感染褥瘡モデルの作成を行った。褥瘡モデルはSugamaらの方法を参考に作成し、圧迫前後に緑膿菌標準株PAO-1を接種した。コントロールにはPBSを注入した。創作成後、3、7日目に組織を採取し、細菌数定量、病理学的所見の評価およびAHLの定量を行った。結果、緑膿菌接種群において、肉眼的、細菌学的、病理学的に感染が確認され、緑膿菌感染褥瘡モデルができたことを確認した。創傷部のAHLも定量可能であった。コントロールではAHLは定量されなかった。これらの結果から、緑膿菌感染の際に、AHLが定量されることが明らかになり、褥瘡感染の診断の指標になりうる可能性が示唆された。 そこで、次に、本技術を応用し、QS欠損株を用いて緑膿菌褥瘡感染にQSが果たす役割を検討した。QS欠損の種類は各種報告されており、いずれもin vivoでの病原性が低下することが知られている。しかし、褥瘡などの慢性創傷での報告はない。本実験で使用した細菌は、PAO-1、lasIrhlI破壊株であるPAO-MW1、lasRrhlR破壊株であるPAO1-MP3であり、コントロールにはPBを用いた。これらを同様の褥瘡モデルに圧迫後接種し、3日目の組織反応を評価した。結果、3日目の時点では創傷に生じた炎症反応はPAO-1においても各種破壊株においても同程度に重度であることが明らかになった。しかし、QS破壊株では、バイオフィルム形成が未熟であり、また、PAO-1のみでAHLが定量可能であった。バイオフィルムは宿主の免疫力から回避する能力が高く、持続的な感染には必須のQS依存性の病原性であると考えられていることから、AHLがPAO-1のみで定量されたことは、AHL定量が褥瘡感染の診断指標になりうる可能性を示しているものと考えられた。今後、緑膿菌による褥瘡感染の診断指標になりうるかを検討するためには、経時的な経過を追う必要がある。 以上より、本学位請求論文において、褥瘡感染における緑膿菌QSの役割の一端が初めて明らかにされ、AHL定量による創傷感染診断の可能性が見出されたといえる。今後の研究により、明確な感染診断指標の提唱が可能となると考えている。 | |
審査要旨 | 本研究は、現在の医療水準では診断困難な、褥瘡に代表される慢性創傷における感染の新たな診断技術を開発するため、細菌の遺伝子発現機構であるクオラムセンシングの概念に基づき、緑膿菌虚血性創傷感染をモデルとして検討を行った。クオラムセンシングとは、密度依存的遺伝子制御機構であり、シグナルの濃度を感知することによって互いの密度を把握し、一定のレベル(クオラム)を超えた際に、下流にコードされている遺伝子の転写活性を上昇させるシステムである。創傷感染のうち重量な起炎菌である緑膿菌のクオラムセンシング機構では、I遺伝子から産生されるIタンパク質によってクオラムセンシングシグナルであるアシル化ホモセリンラクトン(AHL)が合成され、環境中のAHLの濃度がクオラムを越えると、R遺伝子から産生されるRタンパク質とAHLの複合体が形成され、制御下にあるプロモーター以下の遺伝子発現が活性化する。本研究により、下記の結果を得ている。 1.緑膿菌による虚血性創傷感染モデルをラットにて確立し、これまで報告のなかった創傷サンプルからのAHLの定量を試みた。結果、R蛋白を過剰発現し、下流にlacZマーカー遺伝子を組み込んだレポーター株を用いることにより、AHLの定量が可能であることを見出した。また、その濃度は組織中緑膿菌数と高い相関を有しており、その定量方法が妥当であることを明らかにした。 2.次に、クオラムセンシングが虚血性創傷感染を惹き起こすのに重要な要因となり得るかを確認するため、クオラムセンシング関連遺伝子欠損株を用いて検討を行った。本研究では、las、rhl両系のR遺伝子またはI遺伝子を欠損させた株、それぞれlasRrhlR破壊株、lasIrhlI破壊株を、上記のラット創傷モデルに使用した。その結果、3日目の時点で創傷に生じた炎症反応は標準株においても各種破壊株においても同程度に重度であることが明らかになった。しかし、クオラムセンシング破壊株では、バイオフィルム形成が未熟であり、特にlasRrhlR破壊株では集落形成が一切みられず、プランクトニックな状態で存在していた。AHLは標準株のみで定量可能であった。また、創傷面積はlasRrhlR破壊株で著明に拡大していた。in vitroで細菌運動性を検討した結果、lasRrhlR破壊株において、運動性が著しく亢進していた。これらから、lasRrhlR破壊株におけるバイオフィルム形成能の著しい阻害および、創傷面積の有意な拡大は、細菌運動性の著しい亢進によるものである可能性が示唆された。また、バイオフィルムは宿主の免疫力から回避する能力が高く、持続的な感染には必須のクオラムセンシング依存性の病原性であると考えられていることから、AHLが標準株のみで定量されたことは、AHL定量が褥瘡感染の診断指標になりうる可能性を示しているものと考えられた。 以上、本論文は緑膿菌による虚血性創傷感染にクオラムセンシングが関与していることを明らかにし、クオラムセンシングシグナル定量が感染の診断指標になる可能性を示唆したことにより、今後の新たな感染診断技術の確立に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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